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7話 本当に大事なこと

「さて、そろそろ始めるとしますかね、ダリウス王」


 時計の針が12時を回ったころ、サジタハの主要都市で、ダリウス・イリアルと全権を委任されている者が同じ部屋に集まっていた。


 だが、未だ会議は始まっていない。


 なぜなら、この場に来るはずの人物がまだ来ていないからだ。


「すまない。まだ、来るべきはずの人物が来ていない。全く、年甲斐もなく話し込んでいるな、あいつは……」


「ほう、ダリウス王が個人的に呼んだ、ということでよろしいのでしょうか」


「そういうことになりますな。全く、自由奔放で申し訳ありませんがね」


「いえいえ。こちらとしても、興味が尽きないですよ。ダリウス王が個人的に接している人間に、出会えるのですから」


 あくまでどちらも笑みを絶やさない。これが人の上に立つ者の余裕か。


 ──今回、彼がこの場に呼んだのは、『賢者』だ。そのために、極秘でここまで来てもらった。


 彼が極秘裏に呼んだ『英雄』たち。彼らはカモフラージュだ。彼らはどうあっても目立ってしまう。


 だからこそ、『英雄』たちには目立ってもらい、その隙を突いて『賢者』に来てもらう。それが、今回の一つ目の策だ。


 なのに、当人が来ないとは何事か。本気で給料を減らそうかと悩んでいる時。


 立ち入ることが禁止されているはずの部屋のドアが、乱暴に開け放たれる。


 そこから、息を切らした騎士が入ってきて──。


「た、大変です……アリス、王女様が……」


「なんだと……!?」


 サジタハを巻き込んだ戦いは、刻一刻と歩み始める。


























「それで? アリス王女様。どうしてこんなところに? また道にでも迷ったんですか?」


「子供扱いするのは止めて。私が迷うわけないでしょ? ──ねえ、肯定してよ。なんでそこで押し黙るの、ねえってば!」


「だーもう! うるさい事この上ないなあ、この王女様!」


 そして、謎の少女──アリスに絡まれたシュウは、先ほどのベンチに座っていた。勿論、アリスから少し離れてだが。


「じゃないと、お前の親衛隊にいつ殺されてもおかしくはないからな……」


「──なに、いきなり一人で話し始めて。もしかして、ストレスでも溜まり過ぎて幻影でも見えるようになったの?」


「それは中々都合がよすぎると思うんですよね。別に、俺は幻を見てるわけじゃないんだ。ただ、どうしたこうなったのかな……っていう自責の念に駆られてるだけで」


「さて、私がここに来た理由、分かる?」


「お前が広げた風呂敷だろ……少しは回収しろよ……!」


 シュウの独り言を拾ったアリスにも責任はあると思うのだが、彼女は全くそう思っていないようだ。


 シュウの言葉を完全に無視して、かまってムードを出しながらしゃべり出す。


 ──正直、答えたくはない。だって、答えたら面倒ごとに巻き込まれる。最早疑いようもない。


 王都の時だって、アリスが起点のようなものだ。彼女にさえ会わなければ、暗殺者などに出くわさなかったというのに。


「うん。分かった。そうだな、早くガイウスを探そう。あいつのことだ、きっと心配してるさ」


「ちょ、ちょっと……そんなわけが……」


「さあさあ! 行きましょう、王女様! 必ずや騎士様の下へと送り届けて見せます!」


 面倒ごとに付き合っていられないと、残酷な判断を下し、アリスに退場を願う。とはいえ、この中に放り込むのも酷なので、一応ガイウスの所まで送り届ける必要があるだろうが。


 アリスの手を掴み、強引に立ち上がらせ、彼女の肩を押しながら歩んでいく。なにか文句を言っているようだが、耳を傾ける義務はない。


「だから……何度、このくだりを繰り返すのよ、この馬鹿!」


「なら、もったいぶらずにさっさと明かせばいいだろ! いい加減に面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なんだよ!」


「分かった、分かったから! 肩押さないで……」


 アリスの懇願により、致し方なく手を離し、自由の身にする。意外と肩を押されるのは痛かったのか、アリスは自分の手で肩を何度かさすってから、改めてシュウに向き直った。


「えーこほん。シュウ。貴方、私の買い物に付き合いなさい。これは、王女の命令よ。断ったら絶対許さないんだから!」


「はあ……なんだ、そんなことかよ……」


「え……?」


 どこか顔を赤くして、早口で告げるアリスに、思わずシュウも溜息をついてしまう。


 ──アリスの事だから、もっと無理難題でも突きつけてくるかと思ったが、杞憂だったようだ。


「そんなことぐらいで、命令すんな。そんな風に自分を偽って生きてると、本当に大事な場面で、言いたいことが言えなくなるぞ」


「──なんで、こんなときだけ、大人ぶるのよ……」


 せめてもの反撃も、徒労に終わって。アリスの手を掴んで、通りに向かって歩き出す。


 その間、アリスの顔が赤く染まっていたのは、シュウには分からなかった。




























 かつ、かつ、と。廊下を歩く音だけが響いていた。


 その空間には窓すらなく、完全に閉鎖された空間と言えばいいだろうか。


 外部からの接触は一切絶たれており、この場に来るには厳重な警備を潜り抜けるか、もしくは全権委任者の許しがなくては入れない。


 とはいえ、例外も存在する。


 ローズ・ウェルシア。イリアル王国の五人将にして、最強と名高い女性。この世界ではあまり好かれない灰色の髪を一つに束ねている女性。


 彼女は、イリアル王国の人間で唯一、この場に入ることが許されている。


 5年前の事件。ローズが王国に保護され、初の任務を与えられた時の事。僅か15歳にして、異例の抜擢の裏で起こっていた事件の時の功労者として、全権委任者に許可されたのだ。


「ローズ様、お久し振りです」


 彼方より歩いてくるローズを見つけ、深々とおじぎをする執事。ローズは軽く会釈し、執事の先に存在するドア。それを押し、部屋の中に入る。


 ──そこにいたのは、20歳ぐらいの青年だった。しかし、青年はベッドに寝かされており、安らかな寝息を立てている。


 髪は伸びきっており、長い間目覚めていないことが見て取れる。体に外傷はない。ただし、目覚めることはない。


 彼は、5年前の唯一の被害者だ。


 名前は──アキレウス・ウォルナー。サジタハの全権委任者の子供。


 魔族に加担し、主要都市を巻き込む事件を起こそうとした張本人。しかし、ローズの尽力によりそれは防がれ、アキレウスも倒された。


 世間的には死んだことになっている。だが、実際には死んではいない。


 ローズが傷つけた結果、それ以来、目覚めることなく、こうして眠っている。


 ここは、国家秘密と同等だ。


 外部に漏らすことは許されない。ゆえに、ローズもこの場所を漏らさないことを条件として、ここに来ているのだ。


「どうして、貴方は目覚めないの……」


 近くに置かれていた椅子に座り、未だ目覚めないアキレウスの髪に触れる。


 ──もう一度、話したい。あの時のように、笑いあいたい。


 だが、それは今は叶わない。愛しい人間は、今目の前で永遠にも等しい眠りについている。


 ローズは、一瞬だけ目を伏せて──立ち上がる。これ以上、ここに立ち止まっているわけにはいかない。


 彼らの想いを巻き込んだ戦いは、すぐそこにまで迫ってきているのだから。

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