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14話 今、できること

 男は緩慢な動きで歩き出す。まさに、隙だらけだ。この状態で攻撃すれば、おそらくは防御の姿勢すらとれないだろう。


 だが、敵の術中にはまってはいけない。攻撃をするということは、敵に姿を見られる危険性があるということだ。


 相手方の条件が姿全体をとらえることか、もしくは、顔をとらえることか、については分からないもの、相手の挑発に乗って、ノコノコと姿を現せば、呪いをかけられてしまう。


 また、顔が条件であっても、フードは深くかぶっていないので早いスピードで動けば、フードがめくれ、呪いをかけられてしまう。


 かといって、このまま何もしないでいれば遮蔽物をどかされ、呪いをかけられてしまう。


 結局は何を選んでも、結果は変わらない。


 シュウがスマホをもって突貫したとしても、二度は通用しないだろう。それに、シュウが呪われるだけ。


「くそっ‥‥‥」


 シュウは地団駄を踏み、歯ぎしりする。


 しかし、男は表情を一切出さない。おそらくは、まだ策があることを警戒しているのだろう。


 シュウはシルヴィアに目配せをする。その目線にシルヴィアは頷き、フードを目深にかぶる。


 男は一歩、また一歩と近づいてくる。対するシルヴィアはまだ動かない。


 男が傘をどかそうと手を伸ばしたとき、男の体が後ろへ傾いた。


 動いてはいけないはずのシルヴィアが傘から飛び出し、男の腹に一撃食らわせたのである。


 予想だにしなかった一撃に男は、後ろへよろめく。


 しかし、シルヴィアは止まらない。


 後ろへ後退した敵へ追い打ちをかけるように、剣に手を伸ばし、抜刀。そのまま前を斬り裂く。


 それに当たった敵はかなりの勢いで壁際へ吹き飛ばされていく。一切、勢いは緩まずそのまま壁に激突。壁には亀裂が生じる。


 シルヴィアは深追いはせず、敵が起き上がるのを待つ。


 激突した壁からは男の笑いが聞こえてくる。何か打算があるものではなく、心から笑った、そんな笑い。


 しかしそれには安心など感じさせず、むしろ、不安が助長していく。


 起き上がった敵の体には斬りつけられた傷跡が酷く残っており、シュウは思わずそれから視線をそらす。


 しかしそれを気に留める様子もなく、男はシルヴィアを見据えて言った。


「ああ、そうか。お前は目からの情報などなくても問題ないのか。これはミスだった。いや、まさか、自ら情報源を奪うなど考えられなかったので、思考が一瞬飛んでしまった」


 フードをかぶり、顔を把握させない選択を取ったのは二つの理由がある。


 一つは、不確定だが、顔を見られなければ呪いにかからない、ということを考慮してである。


 だが、これに関しては先ほども述べたように、シルヴィアの速さをもってすれば、フードなどすぐ取れてしまう。これにより、シルヴィアの一つの武器であるスピードはなくなる。だが、シルヴィアは深くかぶることによって、ある程度のスピードを確保したのである。


 だが、これには相応のデメリットがあり視界が奪われてしまうのだ。シルヴィアにそのことを話したら、大丈夫、何とかなるから、と押し切られてしまったのだ。


 その後シルヴィアに説明を求めたところ、視界はなくとも聞こえる音から敵がどこにいるのか、何の攻撃をするのかが予測できるそうだ。


 まさに、チートの鏡である。


 何はともあれ、この方法ならシルヴィアはおそらく呪いにかからない。


 若干のずれはあるかもしれないが、こちら側の攻撃は当たる。敵方も多少なりとも攻撃の手段があるかもしれないが、シルヴィアには遠く及ばない。


 つまりは、この勝負はシルヴィアの勝ちだ。


 そう確信したところで、不意にシルヴィアが揺れた。


 突然膝をつき、頭に手を当てている。剣はまだ落としてはいないが、手が不気味なほどに震えているのが見て取れ、剣を持っていられなくなるのも時間の問題だろう。


 そして、シュウはその光景に心当たりがあった。直接見たわけでない。しかし、確信はある。


「な‥‥‥んで、呪いが?」


 条件を満たしていないはずなのに、それは発動している。


 今までの戦闘を見れば、男は顔を把握しなければ呪いはかけられないはずなのに。


 男は薄く微笑みながら、


「簡単なことだ。すでにかかっていたということさ、呪いにな」


 その言葉を聞いて、シュウは激しく動揺する。


「その反応を見る限り、今までの呪い対策はすべてお前の発案のようだな。だが、一歩詰めが甘かった」


 ──どういうことだ? まさか、まだ見落としが?


 今までのシュウの行動を回想する。朝から事件に遭遇し、果ては今回のような事件すら起こった。その間に何か—─。


 そこで、シュウは気づいた。男は戦闘中一切笑みを消さなかった。つまりは、この結末が必ず訪れることを知っていたということになる。そこからたどれば──。


「まさか‥‥‥俺たちが情報収集だと言って、駆け回っていたころから‥‥‥いや、もっと前。あの一回目の、宣戦布告をしてきた時から、全部仕組まれていた?」


 シュウの推論に男は顔を歪めて、笑う。


「く‥‥‥はは、ははははははは!! ああ、いいなお前。どこで培ったかは分からないが、いい洞察力だ。もしや、探偵などでもやっていたのか?」


「あの時から呪いをかけていた? まさか、呪いをいつ発動できるかを決められるのか?」


「そうさ。別にすぐに呪いを発動させなくたって術式は消えない。さすがに解呪されてしまえば消えてしまうだろうが、お前たちならそうなる前に俺のことを見つけられると踏んでいたからな」


 男は楽しそうに、愉快そうに嗤って。


「案の定、『英雄』は引っかかった。『英雄』は強いさ。なぜなら、わずかな情報から相手のことを予測してしまい、なにより、呪いがほとんど通用しない。だったら、その元をたたけばいい。情報を遮断すればいい。今、『英雄』は視覚はおろか、聴覚や匂いすら感じなくなっている」


 結局は、すべて敵の掌の上だった。やつにしてみれば、実に笑いをこらえるのに必死だっただろう。


 自分が描いたシナリオ通りに事が運んでくれたのだから。


 しかし男はだが、と続けて、


「お前の事だけは想定外だった。今だって呪いの術式を発動させているのに、お前には効いていない。まったく、なんでもかんでも思い通りにはいかないということだな」


 シュウの存在がイレギュラーであったことを告げる。だとしても、シュウには何もできない。剣の才能があるわけでもないし、大魔法士でもないのだから。


 シュウ一人では、この場を打破することすら出来ない。


 つまり、詰み。チェックメイトだ。


 だというのに、シルヴィアは未だ剣を落とさず、あきらめるような素振りすら見せない。

 

 そのシルヴィアの姿を男は不思議に思う。しかし、彼にはシルヴィアの視線は送られていない。彼女は後ろを見ている。そう、シュウを。


 シュウはシルヴィアの視線が未だ諦めていないことを悟った。そして、そのサファイアのような輝きをもつ瞳はシュウにあることを告げていた。


 ──信じてる、と。


 シュウはその瞳を見つめながら、ここに来る前の会話を思い出していた。




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