18話 延長戦
実際に見たわけではなかった。
だが、少女は見てしまった。知ってしまった。
その尊さを。誰にも及ばぬ素晴らしさを。
その輝きは、陰ることなく全てを照らすものであると信じて。
──未来を視ることは禁忌だ。
これから辿るであろう世界を見るのは、規則違反だ。
そして、少女が世界に介入するのも許されていない。
今までは何とかなった。だけど、次から上手くいくとは限らない。
いつ見つかるか、取り上げられるか。綱渡りのような感覚をずっと味わっていた。
これが見つかれば、いつか世界に干渉する手立てすら失う。
あの男の目を謀るのがどれだけ難しいかなんて分かっている。
それを繰り返すたびに、命をすり減らし、魂は摩耗していく。
だが、諦めることはない。放棄してしまうことはあり得ない。
諦めれば、誰が改変すると言うのか。誰が、あの男へと手を届かせられるというのか。
だから、どれだけ危険な行為であろうと。規則違反であろうと。やめることはしない。
いずれ至る世界。その結末。知っていながら何もしない何者かにはなりたくはない。
少女の仲間だった祖達の死を何度も見つめながら、それでも前へと進むしか方法は残っていない。
そうすれば、いつか変わると信じていたから──。
そして、辿り着いた場所は。
あまりにも無残で、滑稽で、惨めで。痛感させられた。もはや、一人ではどうにもならないのだと。
◆◆◆◆◆
「出来れば、仲間たちの手で死んでほしかったのだけれど……仕方ないわね」
「残念だけど、そんな簡単には死んでやれない。俺は、まだやらなきゃいけないことが残ってる」
言葉を交わすのは、ボロボロになったシュウと『嫉妬』だ。
延長戦の終了を告げるには相応しい対決。
「憎たらしい……全てを台無しにしておきながら、それでもまだ。自分のために生きたいだなんて、浅ましいにもほどがあるわ」
「悪いけど。お前が言ってることは何一つ理解できない」
シュウには、彼女の言っていることが全て分かりえない。だって、シュウには身に覚えのない話だ。
「だから、一つだけ聞いておく」
「──なに?」
「あいつらを元に戻すには……お前を倒すしか方法はないんだな?」
彼らを操る権能。その起源である少女を倒せば、必ず解けるだろう。だが、他に方法はないのだろうか。
それが聞きたかった。
「──ないわ。私を倒す以外に、彼らを夢から覚ます方法はない。腹を括りなさい。どこかに潜んでいる少女の願いを、貴方が受け持つ必要はない」
シルヴィアの願い。『英雄』だからとか、関係なしに助けたい人を助ける。
それは傲慢なのかもしれない。なにせ、自分の救いという定義を押し付ける行為に他ならないのだから。
だが、所詮そんなものだ。人間という生物は、自分の考えを押し付け合う生き物だ。
だから、別にこの考えが間違っているなんて思わない。むしろ、シュウには出来ない──誰にも選べなかった選択をした少女を、尊敬する。
しかし、こいつらだけは、救われてはいけない。
「ああ。元からそのつもりだ。お前は何人も殺した。救われていいはずがない。だから、報いを受けろ」
「──ええ。出来るものなら」
そして、最後の戦いは始まる。
「その前に一つ。答え合わせをしてもらっていいか?」
「──なんの?」
「決まってるさ。お前の、権能についてだよ」
なにせこっちは答えが聞きたくてたまらない。
どうせ、この先の戦いには関係ないのだから今したって問題はないだろう。
「──いいわ。聞いてあげる。安心して。私は当たっているなら、正解を付けてあげるから」
「そりゃどうも」
信用なんてあったものではないが、あっちがどう思うと関係ない。
どうせこれ、シュウがやりたいだけなのだから。
「お前の権能は人を操る。そう、お前は俺に言っていた」
「ええ」
ならば、シュウが答えるべきところは一つに絞られる。
どんな条件の下、権能がかかるかだ。
今までのおさらいをすれば。『賢者』には有効であり、王国から派遣された者達も有効。なぜかシルヴィアとシュウにだけは効かず、しかしミルには効果が薄い。
ミルについての推測は、今この場にミルがいないことからのものだ。
もしも彼女が操られているのならば、迷わずここへ連れてくる。
シュウが彼女の立場であれば、必ずそうする。
だが、彼女はそうしなかった。つまりそれはミルを操ることが出来ない状況にあると言っていい。
奥の手として使うのもいいが、この場面での切り札はあまり意味をなさない。
ゆえに勝手にそう結論付けた。
「俺はずっと悩んでたよ。だって、万人が当てはまる条件なんて何一つなかったから」
人はそれぞれ違う。一人として同じ人間は存在しない。
操られた人間の特徴を取っても、全員に共通するかは別だ。
「決定的になったのは、ミルの行動だ」
彼女は、権能にかかるまで僅かなタイムラグがあった。
そして、シルヴィアは言っていた。
ミルは感情を操作できると。例えについては今更触れなくてもいいだろう。
「この場の誰をも操る能力であり、『賢者』の時もすぐにかかっていたから、ずっと即効性だと思っていた。なのに、ミルには当てはまらなかった。そこには理由があるはずだ」
なら、この場合で重要になるのはミルの感情操作だ。
あの時、一瞬。彼女は表情を消した。
無表情と言うことは、嬉しいとか、悲しいとか。感情を持っていないということになる。
つまり、彼女は使ったのだ。無意識か、それとも条件を見破ったかは分からないが、確かにそれを使った。
で、あれば。
条件は自然と絞り込めるはずだ。
「そして、あったじゃないか。万人にも当てはまる条件。たった一つだけ」
誰もが有しており、そこに至るまでの過程は違えど、最終的に同じそれを有するそれ。
「それは感情だ。そして、人間は生きている限り、幸福も、後悔も、感じずにはいられない」
恐らくは彼女の権能の適合条件。それは後悔だ。
仮にも『大罪』と呼ばれているのなら、幸福を条件にする必要はないだろう。
とはいえ、相手の意地が悪いならその線はなくもないが──。
「お前の権能。その条件は、負の感情を抱いているかどうかによって操れるかどうかが決まる」
だから、ミルには効きが悪かった。彼女は抱いている感情を消すことが出来る。
人として生きるのなら、負の感情は抱かずにはいられない。
ただ、分からないのは。なぜ『嫉妬』がこの能力なのか、という点だ。
「──正解よ。よくわかったわね」
「ヒントはたくさんあったんでね……」
「でも、それが分かったところで何になるの? 解除方法が分かったわけではないし、この答え合わせは無意味なものだと思うけれど」
「ま、そうだろうな」
確かに無駄な時間だ。
これが分かったところで、意味はない。
ならば、なぜこんな問答をしたのか。
──そもそも、シュウが出来ることなど限られている。
彼には力がない。悔やましいほどに、何の力すらも持っていない。
ならば、彼がこの場に参じた理由も必然と決まってくるはずだ。
「お前なら、分かるはずだ。俺には何の力もない。だけど──俺には考える力がある」
誰だって等しく与えられている力だ。
それだけが、シュウがこの場に立った理由だ。
「さっきお前は言ったよな。この問答には何の意味もないと。──正解だよ。これほんとに何の意味もない。だけど、俺はずっと心配してたんだよ。お前が、俺の言葉に乗らないで、速攻で殺される可能性もなくはなかったからな」
「──何を?」
「お前は確信してるんだろうさ。お前の勝ちを微塵も疑ってない。当然だよな、味方は一人しかいないんだから」
今この場に参上したのは、シュウだけ。彼女の用心深さからすれば、視界に映らない敵程厄介な敵は居ない。
ゆえに、探らせていただろう。今この場に来ていない少女の動向を。
そして、シルヴィアが行動を起こせば自らに知らせてくれるだろうと。
「だけど、侮ったな。最後の最期で、勝ちは貰っていくぜ」
「──不愉快極まりないわ。敗北が決まっていて、なぜそれでも足掻くの? 大人しく死ねばいいのに」
「言っただろ? ──俺はシルヴィアの力になる。だから、こんなところで死んでやれない」
彼女は鬱陶しそうに、シュウを見て。
「──私は、『嫉妬』の祖。レヴィアタン。私はずっと、魂を受け継いできた。何度も器を変え、器が死に絶えるたびに新たな器へと移った。長い、長い物語だった」
「──」
「でも、その苦悩は今日、ここで終わる。──もう、ここで死になさい」
無慈悲な宣告。
そうして──。
「お前の苦しみは、俺には理解できない。理解したくもないし、分かっちゃいけない気がする」
何千年と生きてきた妄執。何のために生きたのか、どうしてそこまでして死を受け入れないのか。
そんなものは理解しなくていい。ただあるのは、生き残るために相手を倒すという気概だけだ。
「だから、最後の戦いだ。お前の執念が勝つか、それとも俺の方が生き汚いか。──勝負だ、『嫉妬』レヴィアタン」
そう宣言して──。
大気が震える。何かに臆したかのように、これまでにないくらいに。
「は、ぁぁあああああああ!!」
何もかもを壊し、二人の間に割り込むのは──。
魔法を超えた純粋な斬撃。
真の意味で、彼らの戦いに終幕を引くに相応しい舞台は整い、舞台で踊るキャストは揃った。
最後に勝利するのはどちらなのか。それはまだ分からない。




