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16話 災難は忘れたころに

「おーい、大丈夫かい? 明後日の方向を向いていたけど」


「──ん、ああ。俺は大丈夫だ」


 そして、何もかもが終わってこちらに帰って来た時に最初に目に映ったのはメリルだった。


 とはいえ、心配そうな顔はしておらず、むしろ楽しんでいるようにすら思われる。


「てか、お前あんな魔法とか使えるんなら最初から使ってくれよ……」


 あんな魔法──とは『嫉妬』との戦闘で見せた魔法の数々。


 空間転移魔法だの、浮遊魔法と他の魔法の同時発動だの。間違いなく魔法士達の頂点に立つ『賢者』の姿に相応しいものだった。


 不満があるとすれば後半まで──ともすれば、最後まで使わなかったことだ。


「すまないね。ボクも敵の手が分からない以上、本気を出すわけにはいかなかったんだよ。ほらさ、折角出した奥の手が無効化とか話にならないだろう? それにああいうのは危機になってから使うのが美徳であって……」


「言い訳は良いから」


 これがロマンだとでも言うのなら、シュウは完全にロマンに殺されかけたわけになる。というか『賢者』も『賢者』で意外と余裕はかなり残っているように思われるが。


「実際どうなんだ。さっきの空間転移魔法……デメリットとかさ」


 使い方次第では世界すら滅ぼすことすら出来る代物だ。あれが何発も撃てるようならば、魔族にとって『賢者』が最悪の敵ということになる。


 だが、『賢者』はそんなことはあり得ないと首を振る。


「まあ、実際は君の言うとおりだ。これは秘中の秘──奥の手もいい所だよ。あれ、普通の魔法士だったら発動することも出来ないぐらいに魔力を持っていかれるんだ。そう何度も使えるような代物ではないんだよ」


「そうか……悪いな」


「何が?」


「そんな奥の手使わせちまって。本来なら、もっと重要な場所に取っておくべきだったはずなのに……」


「気にする必要はない。そもそもこれは、ボクが君のため……つまりは君が危険に陥らないようにするために編み出したものだ。むしろ、これは本来の用途なんだよ」


 だから気に病む必要はないとメリルは言ってくる。だが──シュウにはそれは届いていない。


 彼女を見ていながら、別の所で思考を動かしていた。


 今、メリルはこう言った。空間転移魔法を生み出したのは、シュウのためだと。


 つまり、彼女は何らかの方法で、シュウがこの世界に来るのを予期していたことになる。


 空間転移魔法などという訳の分からないチートだ。だが、それは簡単に生み出せるものではないだろう。


 それこそ、シュウが来た一年如きで作ったものでない事ぐらい分かり切っている。


 なら、彼女はどこで何を知った。彼女は、何を知っている──?


「それよりも……ああ、うん。色々と怪しいな……よし」


「どうした?」


「取りあえず、今の殆ど魔力を失ったボクでも出来る魔法を使って……君を『憤怒』との決戦上へと送り届ける。理由は……そうだな、ボクの勘がそう告げている」


「──」


 彼女が『憤怒』が倒されたのを彼女は知っていない。ゆえにそう思うのも仕方ないとは思うが──。


(いや、違う……違うぞ……あの女の子だって言ってたじゃないか。まだ終わらないって……)


 ならば、警戒をするのに越したことはない──。


「ああ、分かった。頼む、シルヴィアの所まで、送り届けてくれ」


「任せてくれ。必ず、そうしよう。大丈夫、君の安全は『賢者』の名に懸けて保証しよう」


 それが一番信用できない所ではあるが──今だけは甘んじて受け入れよう。


 あの日の決意が、シルヴィアに告げたあの言葉が、シュウの脳裏に蘇る。


 決意したはずだ。守ると。


 だから──。


「絶対に……守り切って見せる……!」


「いい心構えだ。ゆえに、ボクも禁忌を解放しよう。あ、あとこれも持って行ってね」


「お、おう……そ、それより禁忌……? まだ奥の手的なものがあるのか?」


 メリルに何かを渡されるが、禁忌という単語にすっかり流されてしまうシュウだ。しかし、当のメリルは小憎たらしい笑みを浮かべて──。


「以前君にやったときに不評だったからあまりやりたくはなかったんだけど……それでも、この状況なら仕方ないし、しかも君は承諾してくれたしね?」


 騙された。


























「シルヴィア様。無事でしょうか、怪我などは……」


「私は大丈夫です……それより、ガイウスさんの方こそ、『憤怒』と相対したって聞きましたけど……大丈夫だったんですか?」


「ええ。今は撤退を始めているところです。これ以上、ここに留まるのは良い選択ではないとの判断なので……」


 確かに、ここにこれ以上留まるのは良い選択ではない。


 ここは人の住まなくなった、言わば魔獣の巣窟だ。今回は『憤怒』と『英雄』の戦闘で、寄り付かなくなっているが、あまり長く滞在すれば集まってくるのも時間の問題だ。


 ゆえにさっさと撤退するのが良策といえよう。


「ミル……も大丈夫? ケガとかしてないよね?」


「はい。私は無事ですが……シルヴィア様は」


「あ、えっと……流石に無傷で勝利とは行かなくって……」


 ボロボロの服から垣間見える火傷。それは決して生易しいものではない。


 むしろこの傷を負ったまま、『憤怒』と決着をつけたのだ。


「それより……シュウの方は、大丈夫かなあ……」


 だがそこはシルヴィア。自分の体の心配よりも他人の心配を優先させる。


 その模様には思わず、ミルも頭を抱えたくなるが、これがシルヴィアの美徳であるので何も言わない。


 だが、それはシルヴィアだけでなく、この場の全員が知りたい事柄の一つだろう。


 今回の『嫉妬』と『憤怒』攻略だが、実はあまりに急なものだったので、シュウとの連絡を考えていなかったのだ。


 シュウも襲撃前に『賢者』の所へと行かなければならないとのことで、詳しい作戦を練る暇もなかったのだ。


 ゆえに『憤怒』を倒したと言って、安心できる要素はまだないのだが……それでも、今だけは素直に喜ぶべきなのだろう。


「じゃあ、取りあえず王国の方に戻ろうか」


「はい。シルヴィア様は勿論、馬車にてお休みください。今回の立役者なのですから、少しぐらい休んでも罰は当たりません」


「で、でも……少しぐらいは手伝わないと……?」


「どうしたのですか、シルヴィア様……」


 まだ働こうとするシルヴィアだが、途中で何かに気づいて眉を顰め──。


「うおおおおおおおあああああああ!!!???」


 直後悲鳴と共に──シルヴィアの目の前で轟音がまき散らされる。


 空から降ってきたのにも疑問はあるし、何よりこの土地に来る人間などそうそういないわけで──。


「何やってるの……シュウ」


「え!? シュウなの!?」


 ミルが何やっているのか、といった蔑みの視線をシュウに向けて。シルヴィアはミルの言葉の真偽を確かめようと煙が巻き起こる場所へと向かう。


 そして、そこにいたのは──。


「い、てぇ……これ、盾なかったら危なかった……」


 まるで死神もかくや、と言うような黒服に、特徴的な黒髪。全身を黒ずくめにした少年──シュウが砂まみれになりながら立ち上がる。


「ああ、シルヴィア。久しぶり……」


 そして今更のように、挨拶するのだった。


























「それで、シュウの方は『嫉妬』を倒したってこと?」


「ああ。実際に倒したのは『賢者』で、俺は何もしてないんだけど……」


 『賢者』メリルの策に嵌り、空中浮遊のまま反対側まで空の旅をしたシュウだが、おかげで彼らが王国に帰る前に合流できたので、良しとしよう。


 取り敢えず、シルヴィア達に『嫉妬』との戦い──勿論、『賢者』の空間転移魔法の説明は省いたが──を説明し、危機は去ったことを話した。


「そう。それで? 本題は何?」


「──」


「ここに来るまで何時間かかったかは分からないけど……でも、貴方は浮遊魔法を嫌っていた。なのに、そこまでしてここに来る理由があったということになるけれど」


 流石はといったところか。ミルはシュウがここまで来た理由を見抜いている。


 とはいえ、実際に起こるわけではなく、あくまで可能性なのだが。


「実は……」


「ちょっと待って」


 意を決して話そうという所で、なぜかミルが制止する。


 その行動に思わず顔をしかめ、何してるんだと言いたくなるが──。


「逃げなさい。シュウ、シルヴィア様を連れて」


「え? ど、どうしたの、ミル。それにシュウも……」


 これ以上にないくらいに切羽詰まった顔に、落ち着いた声音。その症状はまるで──。


 最悪の事態。


 やはり、まだ終わってなどいなかったのだと痛感させられる。


(このままだと……シルヴィアも……)


 未だ状況が掴めていないシルヴィアの腕を強引に掴み、外へと引きずり出そうとする。


「ちょ、シュウ!? まだ状況が掴めてなくて……どういう、事なの?」


「今は詳しく説明してる暇はない! でも、早くここから去らないと……」


 ──最悪ミルと戦うことになる。


 その一言を告げるのが、どれだけ苦しい事か。間違いなく、シュウとシルヴィアには出来ない。


 だから、ここから離れるのが最善だ。


 そして──。


「フ、フフ。久しぶりね。また会えたようで何よりよ」


「てめえ……なんで、生きてやがる……!」


 先ほどまでこの都市を支配していた砂嵐は消え、代わりに支配しているのは吹雪。そしてシュウは、この吹雪を知っている。『賢者』とシュウを苦しめてくれたものだ。


 目の前にいるのは、化け物だ。海竜のような尻尾を生やし、頭には悪魔の象徴とも呼べる角を生やし、しかし、体格は、その顔は、シュウの知っているものではない。


「初めまして、と言った方が正しいかしら」


「『嫉妬』……!」


 シュウの目の前で死んだはずの『嫉妬』、その復活。


 理屈は分からない。ただ事実としてあるのは、そいつがそこにいるということだ。


 ならば、するべきことは一つだけ。


「では、早速で悪いんだけど……死になさい。無様に、滑稽に」


 彼女の指示の下、集まってくるのは王国の騎士達。


 彼女に操られ、意識を失った者達。それと同時に、シュウを穿つための氷が上空へと出現する。


 終わらない戦い。


 それは更に激化していく。

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