3話 辿り着くのは『賢者』の下
「おおよそ予想はついている。『大罪』の二枚抜き、それに関してボクの力を借りようと言うんだろう? ササキシュウ」
「ああ。正解だ。力を貸してくれ、『賢者』、メリル」
そして、シュウは『賢者』と塔の前で対峙していた。
彼女は水色の長髪を、しかし今日は三つ編みにしている。いつもなら持ち合わせているはずの杖すら持っていないのだから、この場で強襲されたらどうするつもりなのか。
だが、そんな風に突っかかるために来たのではないのだ。
「取りあえず、話をしよう。君とボクの相違について。どうして、よりにもよって、ボクを訪ねてきたのか。誰よりも信用できないはずの、このボクを」
時を遡り、約一日前。
王城にて開かれた緊急会議の後の事だ。
「さて、あんな風に啖呵切っちゃったけど……どうしたらいいと思う? シルヴィア、ミル」
「呆れた。そんなことも考え付いてもいないのに、あんなことを言ったの? もう、それは馬鹿の範疇を軽く通り越してるわ」
「悪かったな! いや、だけど、こう……こっちにだって譲れないものはあるんだよ!」
救い出せる可能性が一片でもあるなら、挑戦しないわけにはいかない。
確かにこれはいつもと同じような博打であり、賭けだ。
今回の勝利条件、それは『大罪』を二人倒すことだ。
そこに恐らくは最高か、最悪かの上限がついてくるだけで。
最高なのはほとんど犠牲者が出ず、順調に撃退すること。最悪な場合は圧倒的な犠牲の上、主力を海田状態での勝利だ。
それを達成するのならば、シルヴィアは必要不可欠だ。いなければならない存在である。
とすれば、必然的にシュウは一人で立ち向かうことになる。あんな化け物のような奴らに。
「うーん、どうだろうね……でも、これ以上戦力の増強は望めないだろうし……」
「──」
「なんだよ、ミル。その顔は。まるで何か思いついたような面してるけど」
「──シュウ。貴方は、絶対に果たしたい願いのためならばどんな人でも組むことが出来る?」
何かを思いついたようなミルは、シュウになぜかそんな質問を繰り出す。
正直、なぜそんな質問を繰り出すのか。その意図は汲み取れないが、ここは茶化さずに答えるべきだ。
「──ああ。例え、どんな悪人だろうとやってやるさ」
「それが、貴方の嫌いな人間でも?」
「──」
察した。
ここまで来れば誰にだって分かる。
唯一分かってないのは、シルヴィアぐらいだ。
彼女は目の前のやり取りを、ただ首を傾げながら聞き入れるしかない。
「一応聞いておくけど……その道しかない?」
「ええ。それ以外には」
「──」
あまり関わりたくはない部類、というのが世界には何人かいる。例えば自分に対して何らかのルールを取り決め、あるがままに存在する人とか。
あるいは自分とは決定的に反りが合わないと思う人種とか。
ミルが言いたいこと。それは即ち──シュウが毛嫌いしている『賢者』との、共闘であった。
「それで、ボクが選ばれたと」
「ああ。本当は嫌だけど、それでもしょうがなく、どうしてもこれしかないってんで、こうなった」
「君さ、どれだけボクの事嫌ってるのかな。別にそこまで嫌われるようなことをした覚えはないんだけど」
「安心しろ。お前の株は既に俺の中じゃ最低だから。それにお前、王国の歴代の王様で一人殺してるじゃないか」
むしろ、信用度に関しては敵である『大罪』達とほぼ同等ぐらいだ。
理由だって多々ある。一年前の事件や、その前に起こった村の襲撃。確かに貢献していることが多いかもしれないが──シュウとしては信頼したくないのだ。
どこか、それを許さないと言っている。本能が、それは危険だと警告している。
尚且つ、メリルは一度王を殺している。それも恐らく、彼女を信頼しない一因になっているのだろう。
「全く……ほんとに。前が行けなかったのかな、たぶん。──ああ、あの頃の自分を本気で殴りたい……それに……王サマの場合はあっちが契約を破ったから……」
「──?」
「ああ、気にしなくていい。君には身に覚えのないことだよ。誰もが経験していて、だけど誰もが思い出すことはなく、ただ埋もれていくだけの物語に過ぎない。君が気にかける必要は、何一つないさ」
どこか自嘲を交えて、一方的に突き放すメリル。そんな彼女らしくない態度に、シュウは疑問しか覚えないが、今はどうだっていい。
今、シュウがするべきことは疑問に思うことではないのだ。
「それで、考えてくれるのか。俺と一緒に『嫉妬』を倒すことを」
「君と一緒に、か。それはきっと魅力的な提案なんだろう。いや、普通に考えれば何の意味も含まれていない事なんだろうことは理解出来るけど」
哀愁を漂わせ、答えるその姿にはどこか見覚えがあった。それに今日の姿だって。
──何から何まで、調子が狂う。
「だけど、それは出来ない。ボクには世界に干渉する権利を与えられていないんだよ。ボクは確かに裏でコソコソ企んでいるさ。でもね、ボクはそんな壮大なことは出来ない。そういうふうに決定づけられているんだよ、忌々しいことにね」
「やっぱり何か企んでたんじゃねえかよ……でも、それは信用できない」
笑みを漏らしやんわりと断るメリルだが、シュウはそれを承諾しない。
もはや、この手の連中は信用できないのだ。グラン然り、メリル然り。如何せん怪しすぎるやつらが多すぎる。
「だから、一つ。お前を絶対に動かす策を持ってきた」
指を一つ立てて、メリルに誇示する。
その仕草に、メリルは眉を動かして──。
「簡単な話だ。──お前が動かないなら、俺が無駄死にするだけだ」
「──本気で言ってるのかい、シュウ」
一切の余裕が消えた。
先ほどまで微笑を絶やさなかったメリルは、しかし今この瞬間微笑みが消える。
──ここからだ。
メリルの鬼気迫るその姿に、思わず竦みたくなる衝動を抑え、一歩もひかないよう尽力する。
言葉選びを間違えれば、きっと彼女は力を貸してはくれないだろう。
だから、全てはシュウにかかっている。
「ああ。本気も本気だ。これ以外、方法はなかったんだ」
「──笑えない冗談はよしてくれ。君が、無駄に死ぬことを選ぶはずがない。だから、これはボクを誘うための一手。違うかい?」
見抜かれている。
所詮は平凡なのだ。ここ一番で頼りない事ぐらい分かっている。
だが、これだけは成功させなければならない。
「お前が、そう思うのは当然だろうさ。そして、俺も無駄に死ぬわけじゃない」
「──どういう……?」
「土壇場になれば、お前は来てくれるだろう?」
心理を突いた。
「お前はなぜか俺に執着している。俺が生きていなければ困ることがあるのかは知らないが……でも、お前は俺を死なせたくはないんだろう?」
それは今までの『賢者』の行動からも推測できる。
一年前の事件の折、あの時のシュウの行動を防いだこと。
もしも、あれ以上の意味があったら。いや、違う。
そもそも、メリルのあの行動の真意は──ダンテの戦いを見せるためじゃない。
シュウを守るためだったのだ。シュウに死んでほしくないから、そんな行動に打って出た。
「変な所で、鋭いね。シュウ。──君のその推理は間違ってはいない。これはボクにとっての最初で最後のチャンスなんだ。出来れば手放したくはないさ」
シュウの真剣なその視線に耐え切れなくなったのか、メリルはただ目を瞑って口を開いた。
「こんなチャンス、もういつ回ってくるかなんて分からない。とはいえ、君の掌の上で転がるのも癪でしかない」
「なんでこんな時に意地を発動させんだよ……」
『賢者』を名乗っている者として、ただの人間に出し抜かれるのは納得がいかないと喚いている。
「とまあ、そんな意地はこの際捨てておこう。だから、まず君に聞こう。──ボクを戦いに引きずり出すのは、勿論勝算あってのことなのか。それとも、ただ手が足らないからボクを引きずり出したのか」
「──勝算については、正直きついとは思ってる」
なにせ相手の権能が分からない。敵の札が謎に包まれた以上、軽々しく倒す可能性があるなどというのは間違いだ。
「だけど、ゼロじゃない」
0パーセントでない限り、諦める必要はない。別にどこへ行っても閉じ込められるような事態には陥らないはずだ。必ずどこかに抜け道がある。
「──信用しよう。出来る限りの事はする。だが、これだけは命じておいてくれ。もしも、君の命に危険が及ぶようならば、ボクは躊躇せずどこかへ弾き飛ばす。例え、その先に破滅が待っていようともね」
「──ああ。出来ればその時なんて来ないことを願うけどな」
額から汗を流しながら、ホッとした様子で溜息をつくシュウ。
見ての通り、なんでも見通す『賢者』相手に賭けで勝った。まあ、勝ったというよりかは勝たせてもらったという方が正しいのかもしれない。
「それじゃあ、とりあえず、あんまり気が進まないけど……よろしく、メリル」
「なんだろう。君はふざけているのか、それとも馬鹿にしているのか。ますます、興味深いな。──だが、まあ。そっちがそれを求めるならば、ボクも断る理由はないね」
「なんなんだよ……屁理屈多すぎんだろ」
不満しか募らない『賢者』。彼女と同じく不安しか感じないシュウ。一見すれば仲が悪く見える二人が、不承不承ながらも握手を交わした。
そんな二人がタッグを組んで、果たして勝機はあるのか。
──『嫉妬』と、『憤怒』同時攻略作戦。
その日は、刻一刻を迫るのであった。




