2話 作戦会議
「それで、『大罪』が確認されたってのは本当なのか? ガイウス」
「ああ、残念ながら事実だ。先ほど境界を監視する騎士達が報告が上がった。『賢者』も、これについては首を縦に振っている」
伝えられた情報が嘘なのかどうか、シュウは目の前で腕を組んで座っている青年──ガイウスへと疑問を投げかけ、彼はそれを肯定した。
『大罪』の確認という一大事に、もはや体裁など構っている暇などあるはずもなかった。本来であれば、王国側が用意した馬車に乗り数日後に着くところだったのだろうが、その過程は全カットさせてもらった。
シルヴィアがミルとシュウを抱え、森を突っ走ってきたのだ。
そして、今現在彼らが居を構える王城──その中に存在する部屋にて作戦会議の場に加わっていた。
そこには五人将全員が揃っており、これが本当だと言う何よりの証明になってしまっているのだ。
「そうか……そんで、これは、作戦会議ってことだよな……」
「ああ、だが、生憎と策は思い浮かばない。何より握手なのは相手側の手が知りえないことにある」
「つまり、どんな能力か分からないから対策の施しようがないってことですね……」
若干息を乱していたシルヴィアだが、ようやく整ったのか彼女も会話に参加してくる。
確かに、ガイウスの言っていることは間違いではない。
『大罪』には厄介な力──権能があることが確認されている。
だが、こちら側はそれを一切知りえないのだ。例え、分かったところで防ぐことなど9割以上不可能だろう。
そういうものなのだと、勝手にシュウは解釈している。
だが、知らなければ9割どころか絶対に回避することは不可能だ。
「『賢者』とかならなんか知ってそうだけどな……」
3000年前より生きる『賢者』。かの女性ならば知っていてもおかしくはないのだが──。
「残念だが……それは拒否された。いや、正しくは自分で勝手に調べろ、と言っていたようだが」
だが、シュウのそんな甘い期待はすぐさま切り捨てられる。しかも、意味が取れないような言葉を残しての、協力全否定だ。
だが、まあそれこそが『賢者』らしいと言えばらしいのだが、正直今のような緊急事態においてはそんな『賢者』らしさなど出してほしくはなかった。
ついでに言えば。
(なあ、グラン……お前も知らないのか? こう、3000年前から続いてるとか、さ)
『そうだねえ……正直、『大罪』なんて関わりたくもないような奴ばっかりだったからね……』
肝心な時に役に立たない精霊もいるのだが。
「色々と考えた結果だが……正直、彼らの狙いが分からない」
「どういうことだ? ガイウス」
「いや、彼らが本気で人間領を攻め立ててくるのならば、私達は為すすべもないはず……だが、彼らはなぜか、二人だけでやってきた」
「付け加えるなら、あいつらは協力なんて言葉を知らない。だから、今回のは不自然過ぎるのよねー」
ガイウスの推測を裏付けるように、15年前の戦争で『大罪』達とも邂逅を果たしているマーリンが補足する。
それ自体は見抜けないことはない。
なんというか、彼らはそれぞれの目的のために戦っている気がするのだ。
──魔族のため、自らの種族のために。そんな共通の目的は何一つ存在せず、むしろ自らの我欲を満たすだけに動いてる。ともすれば、それが目的なのかどうかは分からない程に。
まるで、軸がないように思うのだ。
──シュウが言えた義理ではないが。
「それはそれとして……どうするよ、こんな出鱈目を通り越した馬鹿野郎どもが二体だけど……」
「『憤怒』とて化け物だ。君の体を使った際ですら、その実力は垣間見えていたほどだ」
これも一年前、魔族襲来の折の出来事だ。シュウが精神世界にて、銀髪の少女と語らっていた時に表では面倒なことになっていたようだ。
そして、ガイウスの言っていることは残念ながら本当だろう。間違いなく、厄介な敵となるのはもはや明白である。
「敵の事をなんも知らないまま、突っ込むのは流石に無理だろうしなあ……」
と、『憤怒』に対する対抗策を決めかねていると──。
「なら、私が囮になるわ」
「は?」
なぜか成り行きでここに来た少女──ミルが挙手しているのだった。
「だって、私はあの『憤怒』に目を付けられている。間違いなく、あの男は自らの信念に従い、まず最初に私を殺しに来るでしょう。なら、時間稼ぎは容易いわ」
確かにミルに戸惑ってくれていれば、その間『嫉妬』を打倒することは可能なのかもしれない。
だが、それは余りにも危険だ。
彼らが持つ能力すら定かでないのに、囮など──。
「ああ、うん。これ自分にも帰ってくるから何にも言えない」
思ってから気付いた。
今まで得体のしれない敵と戦ってきたが、そのたびにシュウは無茶をしてきた。
今シュウが思っている不安を、もしかすれば彼らに与え続けてきたのかもしれない。
──だが、そんな価値などシュウにはない。
精々、使い潰されるまで気張るだけだ。
「異論はないようだ……だが、大丈夫だろうか。無論、貴女の実力を悪く言うわけではないのだが……『憤怒』を長い間押しとどめられるとは、あまり思いにくい」
ミルの主張に、ガイウスは思っていることを隠し立てせずに話す。
だが、それはきっと誰もが思っていることだろう。
魔族の最高幹部──『憤怒』を、ミルだけでその場に縫い付けられるとはどうしても思えないのだ。
彼らの実力を見れば、誰だって実力不足を痛感するのだから。
「そう、ね。間違いなく、敵わないわ」
認めた。
誰もが思っている疑問を肯定した。
だが、認めたうえで。
「それでも、この中であれば私が一番向いている。勝てないのと、耐えるのは全く違う」
この場に集まったほぼ全員が、敵を排除する力しか持ち得ていない。それはつまり勝つしかできないと同義だ。
守ることは得意としない。
「耐える戦いなら、まだ私にも勝機は見えてくる。──ただ耐えればいいのでしょう? なら、それは私の得意な分野。この中で誰よりも向いている戦術よ」
「でも、それなら俺も──」
「シュウ。貴方は駄目」
シュウも同じような力を持つものとして、加わろうと口を挟もうとするが──しかし、ミルがそれを制止する。
シュウに与えられたのは、得体のしれない力──なぜか呪い系統を全面的に撥ね退けるものと、もう一つ。
──銀髪の少女より与えられた守るための力だ。
使いようによっては攻撃にも使えるかもしれないが、その本質は基本的に守ることに特化している。
耐久ならば、シュウが適しているだろうと思ったのだが、彼女にも一応の考えはあるようだ。
「貴方にはやってもらいたいことが、あるようよ?」
「──?」
ミルがそうやって後ろを指さして──。
そして、全員が神妙な面持ちでシュウを見つめていた。
「──えっと、何か俺に用ですか?」
そんな全員の視線に耐えられず、茶化そうと口を開けると──。
「君にやってもらいたいことがある」
ガイウスがそう呟いた。
「『大罪』の二つ同時攻略。──間違いなく、前人未到だ。『大英雄』を除けば、誰も果たしたことのない偉業だ」
『大英雄』がかつて成し遂げた偉業。『大罪』の全員を丸ごと倒すという正に人外の結果をもたらした。
だが、もはやここには『大英雄』はいない。シルヴィアがいるが、ダンテには及ばない。それは彼女自身が一番分かっていることだ。
「だが、今は戦力が足りないことを嘆いている段階ではない。各々がやるべきことを果たさなければ、まずこの偉業を再現することは不可能だろう」
「──つまり」
「ああ。君にはもう一人の『大罪』。──『嫉妬』を対処してもらいたい」
今回の襲撃者。『大罪』のもう一人。
一年前のあの事件で垣間見たあの化け物への第一印象は、まず恐ろしいだった。
いや、全員が全員恐ろしいのには変わりないのだが、『嫉妬』については何か他の『大罪』とは一線を画しているように思うのだ。
力では恐れるに足らず、知恵では『強欲』には及ばない。だが、それでも得体の知れなさは間違いなく、『大罪』の中でもトップだ。
「別に一人で、というわけではない。シルヴィア様もそちらについてもらい、『嫉妬』を討つ。私達はそれまで待てばいい」
それは最善であり、今この場で最も正しい選択だ。
間違っているはずなどない。
だが、シルヴィアを連れて『嫉妬』を倒すまで、一体どれだけの人が犠牲になるだろうか。
その間の犠牲をシュウという人間は許容できるだろうか。
例え、それが叶わない願いだと知っても、それでも求めようと足掻くのがシュウという人間だ。
「いや、それはいい」
だから、シュウはそれを拒んだ。
その言葉に、誰もが目を見開いて──。
「『嫉妬』は俺が何とかする。だから、シルヴィアは『憤怒』を何とかしてくれ」
そう言って、無理して笑って。
シルヴィアへと言葉を投げかける。
また、シルヴィアも。
同じように笑い返して、拳を突き出してくる。
「──任せて」
短くそれだけ言って。伝えたいことは言い切ったというように席から立ち上がる。
その二人の様子に、五人将たちは面食らったような顔をして。
「──ふ」
ガイウスは愉快そうに顔を歪め、マーリンはただ子の成長を見守るように目を瞑って、ヴィルヘルムは変わった二人の関係に口を吊り上げ、アルベルトはただめんどくさそうに欠伸をして、ローズは耐え切れないように笑みを零す。
それを見届けて。
「そんじゃあ、始めようぜ。──今まで散々やってくれた奴らに、痛い目見せる時だ」




