75話 激闘の終結
──何かが頭の中に流れ込んでくる。
知らない土地、知らない人。右も左も分からない中、ただ確かなのは目の前に脅威が迫ってきていることだけだった。
天高くまで生い茂った木は枯れ枝のように折れ曲がり、目を見張るほどの大自然は今炎の渦と化していた。
そんな大規模な山火事が起こったような場所で、煙を引き裂き進んでくるのは化け物の格好をしたものだった。
七つの首を持ち、それぞれの口からは魔法を発射し七色の魔法でもって焼き尽くしている。
──地獄、だ。
思わず目の前の光景に呆然としていると、足音を立てて誰かが近づいてくるのが分かり、ゆっくりとそちらを向く。
「無事だったか! ──、ああ。最初の不意打ちでこちらは壊滅に近い被害を被っている。このままじゃすぐにでも陥落するだろう……!」
安心したような声で話しかけてくるのは、周りを覆うような炎と同じ色の髪で灰色の瞳を持つ青年だった。
王都の騎士達が着ている真っ白な制服に身を通し、腰には一本の極上の剣が据えられている。
「──ああ、僕は今すぐにでもあの怪物を倒さなければならない。叔父も、祖父も、皆あいつを抑えているんだ」
そう言って指さした方向にいるのは七つの首を持った化け物、八岐大蛇だ。
よくよく見れば、その足元付近には大勢の人が剣を持ち戦っているのが分かる。
だが、青年はどこか申し訳なさそうな顔をこちらに向けてくる。
「勿論、悪いとは思っている。誰もが剣を取り立ち上がる中、だけど君だけが逃げるなんて」
空を覆い隠していた木は、しかし既に火に侵食されてきているのか青空が垣間見える。そこから覗くのは眩しき太陽などではなく、欠けた月だ。
それはまるでこれからの惨劇を現わしているかのようで──。
「だけど、それでも……シルヴィアは、シルヴィアだけは守らなくてはならないんだ……」
遠くに見えるのは母親と思しき誰かに抱えられている小さな少女だ。今は眠っているのか、目を瞑って大人しくしている。
目の前の青年は愛おしそうにシルヴィアの肌を撫でて──。
「大丈夫。必ず戻るから。だから、とりあえずは王城に行って今回の襲撃を報告してきてくれ。ユリウスに言えばきっと取り計らってくれるだろう。僕も出来る限り早く行くから」
「シルヴィアをお願いね。私もまだこの子の行く末を見守りたいのよ。だから、そんな顔をしないで。必ずこの子に会いに来るから」
シルヴィアを抱えていた少しだけ黒みがかった桃色の髪の女性は、こちらに小さな少女を預けてくる。
そうして、彼らは戦場へ征く。
だけど、その光景に不安しか覚えなくて──。
「アリサ。あとは頼んだよ」
それだけ聞こえて、目の前は断絶された。
「今の……なんだ……?」
自分の手を見て、そう呟く。
早鐘のように鳴り響く心とは裏腹に何らかの感情が動いている。
それが恨みか、もしくは感謝は判断がつかないがただどうにもならない感銘だけが浮かんできて──。
「シュウ。早く行こう? みんな集まってるよ?」
「シルヴィア……ああ、そうだな」
俯くシュウの視線の先に桃髪の少女、シルヴィアがひょこっと心配そうな声と共に話しかけてくる。
若干答えに詰まったのは、先ほどの回想で出てきた幼子の名前がシルヴィアと同じだったからだ。
しかも外見すら同じだった。桃髪と青色の瞳。この外見だけはそうそういるものではあるまい。
とすれば、考えられるのはシュウが見たのは過去の記憶だったという線だ。
「しかも、あれは……シルヴィアの、親だったのか……?」
シュウはシルヴィアの事情に詳しいわけではないのだが、少なくとも親と呼べる人物はダンテだけだったように思える。
もしもあの場でシルヴィアの親が死んでいたのならば、これは敵討ちにでもなるのだろうか。
「だけど、今はそんなことを考えている暇じゃない……」
全ての雑念を振り払い、シルヴィアと共に最後の戦場へと駆ける。
シルヴィア渾身の一撃を受けた八岐大蛇は既に瀕死と言ってもいい。
強化された残り三つの首は一つだけを除いて斬り落とされ、体には致命傷を負っている。
ゆえに騎士達及び五人将は今攻撃を畳みかけている所だ。遅れてはなるまい。
「行こう。──終わらせるために」
「ああ、そうしよう、シルヴィア」
そして、『英雄』の力を扱うシルヴィアが参戦し、一気に形成は傾く。
致命傷を負ったはずの八岐大蛇は、それでも足掻いていたものの、手負いの状態でシルヴィアに勝てるほど甘くはない。
持ちうる限りの総攻撃を展開し、全力を持って八岐大蛇へ叩き込んでいく。
そして、ついに──。
『グウオオオオオオオオオオォォォォオオオォォ!!!!』
生命ある生き物の最期の叫び──断末魔が森林を揺らし、音を立ててその巨体が沈む。
──八岐大蛇の最期。同時にこの最大の戦いの幕が下ろされる。
だが、八岐大蛇の瞳は何かを伝えようとシルヴィアとシュウを見据え──。
『──あ、あ……まる、デ、アナたたちハ、ジョ、おうと黒の……。あ、ア……どうカお許しクダさ、い……光、ノ巫女、ヨ……。ワタシ、は……』
意味不明な文字を羅列し、だがその心理を問いだす暇などあるはずもなく──。
瞳に宿る輝きは失われ、ようやく戦いは終わった。
──シュウが体験した中で最大となる戦闘は幕を閉じたのだった。




