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70話 送る言葉

 シュウ達が八岐大蛇と戦っている間、シルヴィアは自分の部屋に戻ってきていた。


 先ほどの黒髪の少女との邂逅。それを経て、眠りから覚めたシルヴィアは部屋を見渡す。


 ──一体、何だったのだろうか。先ほどの少女は。


 自らの使用人を思わせる色の髪をしている少女は、もしかしたら彼の同郷だろうか。


 どこにあるのかも分からない。ササキシュウの故郷。


 だが、今となってはそんなことは些細に過ぎない。


「また、聞こえてくる──」


 『英雄』の力を受け継いだ時から、何度もシルヴィアの心に語り掛けてくる何者かの声。これがずっとシルヴィアの心を苛んでいるのだ。


 逃げ場などは用意されておらず、そのうちシルヴィアの考え、何もかもが変えられてしまうかもしれない。


 それが怖い。どうしようもなく、怖いのだ。自分が変わり、誰にも思い出されなくなるのが怖い、辛い。今は抗っていられるかもしれないが今後もずっとそうだとは限らない。


 何らかの拍子にシルヴィアの心が緩み、声がシルヴィアを変えるかもしれない。


 そんな恐ろしさが常に付き纏って離れない。忘れようとしてもこの声が嫌でもそれを思い出させる。もう、嫌なのだ。


 だからこそ、外に出るのが怖い。『英雄』の務めを果たすのが怖い。


 怖い事ばかりで、何も出来なくて──。


「シルヴィア様。お食事の時間ですので、ここに置いておきます」


 そんな中、聞こえたのは聞き慣れた少年の声ではなく、古くからの付き合いである少女の声だった。


「──、ミル。シュウは、どうしたの?」


「シュウは、やるべきことを果たしに行きました」


 それだけで理解出来る。シュウは自分のやるべきことを果たすために八岐大蛇の下へと向かったのだ。


「──どうして、シュウはそんなにも……」


 シルヴィアにはシュウという人物が理解出来ない。一見すれば吹けば飛ぶような弱い人物であるのには変わりないのに、それでも自分に与えられた役目を果たそうとしている。


 なぜ、そんなに強いのだ。どうしてそんなにも強くあれるのか。どうして、そんな風に自分の役割を果たせるのか。


「シルヴィア様。何か勘違いされてるようですが、シュウは別に戦うために行ったわけではありません」


「──え?」


 では、何のために戦いに赴いたのだ。どんな理由がそこにあって行く事を選んだのか。


「やるべきことを見つけるためです」


「──やるべきこと」


 ミルから伝えられた言葉。それをもう一度呟く。


 シルヴィアだってかつてはそうだった。自分のやるべきことがあった。だけど、今はやるべきことなど何一つない。力が湧かない。誰のために戦えばいいのか、それが分からないのだ。


 勿論、『英雄』を受け継いだのだから誰のために戦えばいいのか、それは分かっているはずだった。力のない者を守るために抗うのだと、そう決めたはずなのに──。


「では、私には仕事が残っていますので」


 シルヴィアの苦悩を知っているのか否か。だがミルはその場から去っていく。これ以上どう揺さぶろうが無駄だと悟ったのだろう。


 床を歩く音が去ってから、シルヴィアは恐る恐ると言った調子でドアを開ける。そこにはいつも通りに食器が置かれており、いつものようにそれを部屋へ持って──。


「──これは、なに?」


 だが、そこで気づいた。その隣に、丸型の魔法道具が置かれている。恐らくはミルが先ほど置いたのだ。何の意図があるのかは分からないが、とりあえずそれを拾い、部屋の中へと戻る。


「なんだろう、これ」


 ひとまず食器類をテーブルに置き、一口もつけないまま魔法道具を眺めていた。


 直径は数十センチのそこまで大きくないものだ。王都に行った際、全区域に付けられていた魔法道具に似ている。王都の魔法道具の効果は主に放送すること。つまりは映像を映し出すことが出来るのだ。


 このアイデアは元々先々代『英雄』──シルヴィアの母親代わりを務めていたアリサが出したものだと聞き及んでいる。正直、こんな使い方があるなど当時は驚いたものだ。


「じゃあ、これもどこかに起動させるボタンが……あ、押しちゃった」


 アリサ譲りの天然とポンコツ具合を見事に発揮し、得体のしれない魔法道具を起動させてしまう。とはいえ、ミルが用意したものなのだからあまり心配はしていないが。


 ──そして、魔法道具が起動し映し出されたのは衝撃的な映像だった。


「お、とうさん……?」


 小さな球体から映し出されたのは今は亡きダンテの姿だった。首に古ぼけたマフラーを巻きつけ、どこか安っぽそうな印象を与えるその影は申し訳なさそうにそこに立っていた。


『あ、あー。よし、ちゃんと取れてるな』


 久しぶりに聞いた言葉はそんなものだった。そして飄々とした態度を崩さず、魔法道具の前へと立つ。


『久しぶり、かな、シルヴィ。これを見てるってことは、きっと俺はもう死んでるんだろうな』


 恐らく彼の言葉を信じるのなら、これは王都以前に撮られたことになる。だが、その時からきっと覚悟していたのだ。


『そんで、俺の力はシルヴィに継承された。──どうだ、シルヴィ。その力は? 最悪だろ。誰の声かもしれないものが、俺達を変えようとしてくる』


 その言葉を聞いて、シルヴィアは絶句する。ダンテですら苛まれていたのだ。


『迷っちまうだろ。自分をどれだけ強く保ち続けても、結局は迷う道を辿る。誰も避けられない。これが誰であろうと変わらねえんだ』


 なら、ダンテはなぜそうも強くあれたのか。この声に呑まれず自分を貫き通せたのか。


『でも、抗う方法はある。──誰かを守りたいって、そう願えばいい』


 ダンテはどこか哀愁を漂わせ、願えばいいと言った。


『この力は、そういうもんだ。渡った奴の使い方次第でどんなことでも出来る。間違った使い方をすれば世界だって滅んじまう。──出来るだけ、お前には継がせたくはなかったよ』


「──」


『だから、正しい方向に使えばいい。いるはずだぜ、今のシルヴィになら』


 頭に浮かんできたのは、今まで出会った人達。その最期に黒髪の少年がいて──。


『──俺は守れなかった奴がいた』


 かつて戦争で失った大切な者達。それを思い出して、ダンテは目を伏せる。


『──だから、シルヴィア。期待してるぜ』


 だが、ダンテは前へ向きシルヴィアへ訴えかける。


『俺に出来なかったことを、シルヴィアなら出来ちまうって。だって──もう答えはあるはずなんだから』


「──」


『俺に倣おうとするな、俺に近づこうとするな。──お前は誰よりもすごい。俺なんかよりも遥かに。だから、俺の真似はしないでくれ』


 シルヴィアはそれを聞いて、ゆっくりと首を振る。


 ──違う。シルヴィアはすごい人間などではない。ダンテの方がよっぽど立派で、『英雄』だった。それに、ダンテを見習うことは、追いつくことは出来ないとしても、シルヴィアの願いなのだ。それを捨てることなど出来ない。


 だが、そんなシルヴィアの心すら見透かしたように──。


『俺とシルヴィアは違う。どこまでも、違うやつなんだ』


「──」


『だから、見せてくれよ。俺の教えを超えて、俺に倣おうとすることを止めて、シルヴィアの本当の願いを叶えるところを。俺に出せなかった答えを出してくれ』


 今までも無意識にそうしてきたのだろう。シルヴィアはダンテに追いつこうとしていた。彼と同じ世界を見れたらどれだけよかっただろうかと考えて。


 だけど、それではダメなのだ。追いつこうとするだけでは、決して届きなどしない。


『──俺を超えろ。俺に追いつくんじゃない、俺を追い越すんだ』


 きっとその道はどこまでも険しい。決して納得することの出来ない領域に足を突っ込むのだから。


『──そして、お前の本当にしたいことをしてくれ。なんだって出来るさ。誰かを愛するでもいい、誰かを守り抜くでもいい。そのための力はそこにあるんだからな』


「──」


『──信じてるぜ、俺の愛しい娘(シルヴィア)。お前が全部に終止符を打つことを。──誰の声だかなんだか知らねえが、そんなやつら吹き飛ばせ! シルヴィアはシルヴィアだ。安心しろ、変わりやしない』


「──、あ」


 そこで、映像は途切れた。伝えたいことを伝え終わったかのように微笑んで──。


 暫く、動けないでいた。


 ──ダンテは生前ずっと言っていた。守りたい誰かを見つけろと。


 きっとダンテはこれを見越していたのだ。何かがなければ『英雄』になった途端、潰れると思って。


 考えていた。彼女が守るべきものを。


 思い出していた。最初の願いを。


 振り返っていた。王都での悲劇の引き金となった戦いを。


 ──最初は追いかけるだけでよかった。ダンテというあまりにも偉大な背中を目に焼き付け、その後ろに追いつければよかった。


 だけど、それではダメだとダンテは言った。そして、無心でその背中を追い続けるには多くの事を知り過ぎた。


 ──五人将、国王、王都の人間、ミル。彼らの命はシルヴィアが守らなければならないのだ。


 そう思って、押しつぶされそうになっていた。


 違ったのだ。


 そうじゃなくていいって、言ってくれている人がいたではないか。


 一人だけになる必要はどこにもない。周りには頼りになる存在がたくさんいるのだから。


「──ここは?」


 気づけば、シルヴィアはまた真っ白な世界にいた。


 どこまでも白が続いており、だけど一歩外に出れば怨念が渦巻く世界。


 そして、目の前には──。


『さて、お前の願いは何だろうか』


 不敵な笑みを見せる燃えるような赤い髪の青年が立っていた。


 恐らくシルヴィアを超えるほどの強さを持った青年はただそう問うていた。


『幾人の願いが集結し、幾人の祈りが収束する中で、お前は何を願う?』


「──」


『滅ぼすしか能のない力で、何を願う。傷つけるだけの才能で、何を祈る。今代の『英雄』よ。──答えを聞かせてほしい』


「私は、この力で守りたい人がいる」


 きっとそれこそがシルヴィアに力が託された意味なのだ。


 例え、呪われた力であろうと扱い方を間違えなければきっと大丈夫だから。


「──私さ、ずっと勘違いしてた。誰にも理解されないって。でも、違ったの」


 シルヴィアはずっと避けてきた。黒髪の少年も、誰も。


 だけど、シルヴィアの味方になろうと悩んでいたのかもしれない。


「滅ぼす力なんて知った事か、怨念の籠った声なんてどうでもいい。──私は『英雄』にはならない。一人で戦場を駆ける孤独な人になんかなってやるもんか」


 今までとは違った雰囲気で、そう宣言する。


「私は私がしたいことをする──!」


 全ての感情が渦巻く世界で、シルヴィアは確かにそう言った。


「私の願いは──大切な人を守れる力が欲しい!」


 それを聞いて。目の前の青年は一瞬時間を忘れたように停止して、次には笑った。


『ふ、はははは!! そうか、面白い奴だな。誰もが一人で悩んで、その先に辿り着くと言うのにお前は前提から違っていたということか!』


「人の決意をそうやって笑って……」


 目の前で笑う青年を見て、シルヴィアは頬を膨らませる。


『ああ、いい答えだ。確かに受け取ったよ、その願い。誰よりも輝く『光の巫女』よ。全てを打ち払うがいい。お前の行く先はきっと険しいものだ。お前が守りたいと願う誰かはかなり頑固なやつだ』


「知ってるよ。いつも危なっかしくて、いつだって誰かのために戦ってるけど。それでも死なせたくないの。──守りたいの」


 シュウは今までシルヴィアを助けてきてくれた。だから、シルヴィアも助けるのだ。


『いい奴に出会ったな、もしお前があの時代に居れば悲劇は避けられたかもな……』


「──3000年前の事?」


『ああ、いつか知るだろうな。──シルヴィア。導いてやってくれ。もう、間違えないように』


「──うん。じゃあ、行くね」


『行って来いよ。お前の守りたいものを守るために』


 そうして、シルヴィアは去った。




















 真っ白な世界から戻ってきたシルヴィアを歓迎したのは、冷めきった食事だった。最近は食べる機会がなくなったミルの食事。それがひどくシルヴィアの空腹を掻き立てる。


「でも、先にやるべきことを、だよね」


 正直作ってくれたミルに申し訳ないのだが、今は願いを叶えなければならない。


 だって、三人で食べた方がおいしいのだから──。


 だから、部屋に置いてあった剣を取り、ダンテの遺品であるマフラーを強引に首に巻き付ける。


 そうして、鏡の前に立って──。


「酷い顔……でも、これくらいでいいよね」


 手入れのされていない髪を眺め、手で撫でてそれで構わないと納得し、シルヴィアは部屋を出る。


 誰もいないことを確認し、向かうのは玄関だ。


 そして──そこにいたのは、シルヴィアの従者であるミルだ。


「シルヴィア様。八岐大蛇の場所に向かわれるのですね」


「えーと、うん、そう。──守りたい人達がいるから、ね」


 シュウも、五人将の人達も、何もかもを守れるとは思わないけど。それでもシルヴィアは一人ではないのだから。


 全員で事に当たれば、きっと何とかなるだろうと信じて。


「シルヴィア様が決意された事なら、私はそれを後押しします。──私は何があろうとシルヴィア様の味方ですから。行ってらっしゃいませ」


「──うん、行って来るね」


 それだけ交わし、シルヴィアは決戦へと向かうのだった。


 そうして、二人の運命は再び交錯する。


「シルヴィア……?」


 黒髪の少年はそう呟き、場に天使が舞い降りる。


 何かを守るために彼女はただ一人の人間として舞台に躍り出る。


 ──そして、戦いは苛烈していくのだった。

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