10話 宣戦布告
シュウ達がそこに着いた時には酷い有様だった。
人が中央に束ねられておいてあり、そこかしこに血の海が出来上がっている。これが全部人の血だということなどもはや明白だ。
「これ‥‥‥全部、貧民街の人が?」
「いや、わからねえ。だが、、あそこに積みあがっているやつらが始めた争いが原因だって聞いている。」
「だからって‥‥‥ここまでやるのかよ?」
掠れた声でシュウが聞き返す。
そこに転がっているのは、人だったものだ。
手が切れ、頭が落とされ、死屍累々たる光景に、思わず吐き気がこみ上げてくる。
その様子を見かねたシルヴィアが、シュウの背中につき、子供をあやすように背中をさすってくる。
「さあ‥‥‥だが、普通ならここまでは出来ないだろう。レイ、何か魔法の反応は?」
考えられる選択肢である魔法の行使。しかし、それはレイが否定する。
「ううん、魔法を使ったのなら何らかの痕跡が残るはず。でも、この場にはそれがない」
「じゃあ、体になんか呪いがかけられてるとか? 前に魔法の中に呪いっていうのがあるのを聞いたんだけど」
シルヴィアの一言にレイは調べてみなければわからないと言う。
とりあえずあとは専門の人たちに任せるということになり、その場をあとにしようとしたとき、変化が起きた。
山積みされた死体の中から一つが動き出し、動くはずのない手を、足を動かし、立ち上がる。
それを見て、シュウ以外の三人はとっさに自分の武器に手をかける。
しかし動いたそれは彼女たちには目もくれず、ずっとシュウを見つめてくる。
開くはずのない口を開き、そして、笑う。
「今頃来たのか、『英雄』」
まるで生きているかのように表情を変え、流暢に喋りだす。
「遅かったな。お前がもっと早く気づいていたら被害は少なく済んだろうな」
そんな風にシルヴィアを、『英雄』を煽っていく。しかし、これではっきりする。やつらの狙いは『英雄』であるシルヴィアだ。
「これは、宣戦布告だ。俺は今後、王都にてを殺戮を繰り返す。止めて見せろ、『英雄』」
シルヴィアに指をさし、余裕の表情で宣言する。
「では、さらばだ、『英雄』。また、会えることを願っているよ」
最後にそれだけを言い残し、今まで動いていた死体は糸が切れたように崩れ落ちた。
しばらく、沈黙が下りていた。
全員が先ほどの死体から目が離せない。いや、正確には敵のおぞましさから。
その沈黙を破ったのはシモンだった。
「とりあえず、俺たちは王城に戻る。今回のことをガイウスさんに報告しなきゃならない。お前たちはどうするんだ?」
「私は行けない。師匠にも今回のこと報告しなきゃならないから」
「ごめん、シモン。報告は任せていい? ちょっと見てみたいの」
シルヴィアとレイはそれぞれ残る意思をシモンに伝える。
シモンはため息をつき、王城へと戻っていった。
「それで、どうする?」
シモンがいなくなったところで、シュウはこれからのことをシルヴィアとレイに尋ねる。
「そうだね、さっき言った通り私は師匠と合流する。今回のことは伝わってるかもしれないけど」
「私はここに残るわ。調べたいこともあるし。シュウは?」
そう尋ねられるも、シュウは一応彼女たちの前でシルヴィアの従者ということになっているので、シルヴィアについていくことになる。
その旨をレイに伝え、シュウとシルヴィアはその場を後にする。
そのまま詰め所を通過し、東ブロックにある酒場を目指し、歩いていく。
さきほどまでなら楽しくすらあった空間は、貧民街の一件により気まずすぎる空間へと早変わりした。
シルヴィアはダンテがいるであろう酒場につくまで、思いつめた表情を崩さず、それゆえに一切口を開くことはなかった。彼女の性格を鑑みるのならば、大方、この惨劇に気づけなかった自分を責めているのかもしれない。
しかし、シュウには何も言えない。彼女の苦しみを理解することができないシュウには励ます権利すらないのだから。
シルヴィアは何も言わず、シュウも何も切り出せない。そのまま会話に花が咲くことは酒場につくまでも、そして、酒場についてからもなかった。
「え? 来てないんですか?」
気まずい空間を終え、酒場にやってきたのだが、店員が言うにはダンテらしき人物は来ていないということだ。
ほかの酒場を回ってみるも、ダンテの姿はなく、シュウとシルヴィアは途方に暮れていた。
「どうする? シルヴィア。ダンテさんのこと誰も見てないらしいけど。なんか心当たりとかない?」
「ううん、わかんない。いつもは私にどこにいくか伝えてから行くから。こんなこと初めてで……」
さすがにシルヴィアでもわからないらしい。だが、ダンテは王都に来たとき、必ずどこかに行くと言って、一日帰ってこなかったことがある。。ということは、ダンテはそこに行っている可能性があるとということだ。だが、シルヴィアも場所まではわからないと言っているので、勝手に戻ってくるのを待つしかないということだ。
「これからどうする? レイと合流するか?」
シルヴィアはこれからのことを思い、わずかに目を伏せる。
「そう、だね。とりあえずは、貧民街の一件を起こした犯人を捕まえないと」
そうだ。シルヴィアは貧民街の犯人を捕まえなきゃいけない。しかし、この広い王都で探すことなどほぼ不可能に近いだろう。シルヴィアはそれをわかっていながら、それでも探し出そうとしている。
それが、力を持っている者の責任であり、人々の信頼と期待を裏切るわけにはいかないから。
──そんな期待裏切ったところで別になんにもないというのに。
だが、そこが彼女らしいのだろう。
シルヴィアは何か決心したかのような顔で、シュウに話しかける。
「ねえ、シュウ。これからは危険だから‥‥‥もう関わらないほうがいい」
それは彼女の口から伝えられた提案。きっと、ずっとこのことを言うタイミングを見計らっていたのだろう。
「敵は少なくともシュウの事は狙ってないはず。だから、逃げて。一番いいのは王都から出ることだけど‥‥‥さすがにそれは無理だから、お金を渡すから宿とかに戻って‥‥‥」
早口で捲し立てながら避難を促してくる。
「それは無理かな」
「なんで……? 君はこの事件には関係ない……まだ標的じゃない。でも、もしかしたら、この瞬間にも私と一緒にいるからって標的に加えられるかもしれないんだよ?」
シュウの断言に桃色の髪を揺らしながらシルヴィアは、会ってから初めて大声で叫ぶ。もしかしたら、シュウはシルヴィアという人間を勘違いしていたのかもしれない。
彼女は優しい。見ず知らずのシュウを助けてくれるほどに。いつだって勇敢で、強くて、迷うことなんかないと、そう思っていた。
だけど、本当はそうではなかった。
彼女は人間だった。彼女は優しすぎるのだ。だから、今回もすべてを背負おうとしている。誰かが傷つくのは嫌だから、誰かが傷つけるところを見るのが嫌だから。だからきっとすべてを自分一人でやろうとしているのだろう。もしかしたら、過去に何かあったのかもしれない。その出来事が、彼女を縛り付けてしまうのかもしれない。
シュウにはそのことは分からないけど、でも一つだけ分かる。
そんな戦い方をしていればいつかシルヴィアが壊れる。
「ああ。怖いよ。今だって冷や汗やばいし、手が震えるの止まらないし……何より、ああいうことをしたやつらと会いたくないって思ってる」
「じゃあ、なんで‥‥‥」
「簡単さ。約束したじゃないか。君の仕事を手伝うって」
シュウは迷いなくシルヴィアに言いきる。
「で、でも‥‥‥」
「ま、死にそうになったら、『英雄』さんがたすけてくれるだろうからさ」
シュウは笑いながら言う。正直、自分の身すら自分で守れないことは理解しているし、足手まといになることは確定事項だ。我ながら情けないことだと思う。
シルヴィアにはたくさんの貸しがある。一生償っても償いきれないほどのだ。それについては今後返していくつもりだが、ここで逃げてしまえば、きっと彼女に顔向けできなくなる。そんな気がしたから。
まあ、死んでもそんなことは口に出さないが。
シュウの情けない発言を聞いて、シルヴィアはふっ、と今まで見たことのない顔で笑った。
そして、シュウも照れくさそうに手を差し伸べる。
「行こうぜ。犯人捕まえにな」
「──ありがとう」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
まずは、貧民街での件を引き起した犯人を見つけるために、再び西ブロックへ行くことになった。
シルヴィアは今まで以上に晴れ晴れとした顔でシュウの手を引っ張り、進んでいく。
しかし、どうしてもシュウの頭から先ほどのシルヴィアが笑顔は離れてくれなかった。