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66話 悲しき運命を超えて

 誰もが死んでいて、誰もが息絶えたその世界で、誰かはただ蹲っていた。


 炎が世界を包むそこで、ただ一人になったその誰かは許しを請うように地面に額をこすりつける。


 その誰かの周りにいるのは、桃色の髪の少女と金髪の少女、他にも青髪の少女と赤髪の少年の死体がただ虚しく転がっていた。


 剣が突き立てられ、部位が欠損し、果てには全てが何もなくなったものまで。


 ──これはどこかの世界の物語。語られることのない世界の真実。


 だけど、この結末は避けられない。きっとこの世界の宿命は決められているのだ。


 例え、幾度も世界を繰り返したとしても。この悲しき運命は変わらない。


 世界に終焉をもたらす誰かがいる限り、何度でも世界は終わり続ける。


「俺は例え、何度滅びようと──を救う」


 その決意は誰にも届かず、世界は終焉を迎えた。
















「なんだ……今の夢」


 王都の宿屋のベッドの上で、シュウは自分の頭に手を添えながら先ほど見た夢の内容を思い出していた。


 誰かが一人で立っていて、周りには見知った誰かの亡骸が数えきれないほどにあった。


 あんな世界をシュウは知らないし、そもそも見た事すらない。では、一体何なのだろうか。


 予知夢。それがシュウの頭の中をよぎる。シュウはそんな体験はしたこともないのだが、もしかすればあれは今から迎える結末なのだろうか。


 では、この世界は滅びるとでも言うのか。なら、原因はなんだ。少なくとも『大罪』が暴れまわったわけではなさそうだ。むしろ自然災害と言った方が正しいのかもしれなかった。


「この先を聞きたいなら、俺はあそこに行けってことなのか?」


 王都での戦いが始まる前に呼ばれた真っ白な世界。あそこにいる黒髪の少女は真っ白な空間を『世界の中心』と評し、また世界の記憶があると言った。


 そして、いずれシュウが訪れる場所とも言っていた。では、そこにいけば何もかもが分かるのかもしれない。


「とりあえず王城に行くか……」


 考えても答えの出ない考えは捨て置いて、ベッドから起き上がり王城へ行く準備を始めた。


「おはよ、シュウ。準備は出来た?」


「ああ、万端とは言いにくいけど取りあえずは。特に準備する物もなかったしな」


 王城へときたシュウは出迎えに入り口で待っていたレイと会話を交わす。


 シルヴィア邸より持ってきたお金と最低限のものだけだ。いつも持ってきているスマホは今回お留守番だ。これ以上シュウの世界との繫がりをなくすのは精神的にきついところがある。


 とはいえ、シュウには気になることがあった。とても重大で、見逃すことの出来ないものだ。


「なあ、レイ。その格好は止めた方が……それに、寝癖が酷いんじゃないか……」


 今のレイの姿はいつも通りの白い制服ではなく、ついさっき起きました感が滲み出るパジャマ格好だ。尚且ついつもは綺麗に整えられている青髪は、しかし今だけはとんでもない方向に撥ねている。


 それを指摘されたレイは、しかし別段気にする様子も見せずに自分の姿を見回し不思議そうに首を傾げた。


「何かおかしいところある? というか、寝癖に関しては触れないでほしいんですけど……」


 どうやら危機管理能力が足りていないようだ。普通そんな格好で外に出るなどシュウだってしたことがない。


「いや、もう何を言っても無駄そうだから……寝癖ぐらいは直しておこうぜ」


「いつものにセットするのに時間を要するんですー。さっき起きたばっかりだからセットする時間がなかったんですー」


「なんかもうめんどくさい気がしてきたぞ……」


 起き抜けになるとテンションが上がるのかもしれない。いつも以上に対応が面倒になっている。シュウのそんな御座なりな対応に口を尖らせつつ、中へ案内しようと門をくぐる。


 そのまま王城の中の長い廊下を歩きつつ、レイは八岐大蛇戦についての情報を話し始める。


「それでなんだけど……八岐大蛇のルートはおおよそ計算通りで、あと一週間ぐらいで王都に到着するみたい」


「ああ。それで、どこで八岐大蛇を迎え撃つんだ?」


 レイは懐から古ぼけた紙──地図を取り出し、広げると王国の南に位置する一つの森林地帯を指さす。


「ここ。エルベスト森林で八岐大蛇を迎え撃つ。ここは東の方に抜ければ世界樹の近くに行けるから立て直しは容易に出来るっていう判断から」


「エルベスト森林で八岐大蛇を倒すのか……そういや、なんで世界樹で立て直すんだ?」


「世界樹には魔物が寄り付かないの。たぶん、15年前の契約によって時の精霊が抑えている限りこっちには来れないはずなんだけど……」


 どこか歯切れが悪そうに呟くレイだったが、シュウもその契約とやらに疑問を持たざるを得ない。


 時の精霊と契約を結んだのは王族だ。その契約内容は明かされている情報において、魔族領と人間領の永遠隔絶。つまりは二度と魔族及び魔物はこちらに来れないはずだった。


 今までは散発的な魔物の被害しかなかったため、魔族と人間領の隔絶の際にこちら側に残ってしまった魔物が何らかの影響によって反映してしまったと考えられてきた。


 だが、王都での戦いはもはやそれだけで説明は出来ない。そもそも魔族の力をどうやってこちら側に持ってきたのかについても分かっていない。


 精霊は契約には逆らえない。だからこそ、精霊は契約を順守しているはずなのに魔族はやってくる。今回の八岐大蛇もそうだ。精霊の力により本来魔族との境界線を越えられないはずなのになぜか人間領に現れている。


「まあ、何か起こったときはそこまで撤退する方針か……撤退できればいいけどな」


 正直、不安しかない。八岐大蛇戦で何か異常事態が起こるとすればもはや後戻りの出来ない状況になっている可能性が高い。


 それに、あまりあてにならない勘が、今この時だけは警鐘を鳴らし続けている。何かがあると、今なら引き返せると訴えているのだ。


「どしたの、シュウ。なんか顔が青いよ」


 いきなり顔が青ざめたことに対しレイが疑問をぶつけてくる。


「え……あ、いや、なんでもないよ。それより、レイは早く寝癖を直したほうがいいんじゃないか?」


「むー。これ結構時間かかるんだよ、めんどうなんだよ? 今日だって本当なら昼に起きるはずだったのに……」


「おい……どこの引きこもりさんだよ……がっつり生活習慣乱れてるよ……」


 まさかの生活を送っているレイだが、昔の自分を見ているみたいでいい気分ではない。とはいえ、桜に注意されて以降、7時に起きて12時には寝る習慣がついているので見習わせてやりたいところだ。


 未だ文句を言い続けるレイだが、流石に寝癖の付いた髪は嫌らしく結局王城に与えられている一室に戻っていった。


「そういや、レイってここに住んでるんだ……」


 今更な感想を述べ、適当に時間を潰すために王城内を歩き回るシュウだった。




















 夜までの時間稼ぎで王城を歩いていたシュウだったが、たまたまガイウスが仕える王女──アリスに見つかり、結局時間まで話し相手をさせられ、ガイウス達に合流したのは時間ぎりぎりだった。


 既にヴィルヘルムとマーリン、そしてガイウスの部隊は既に隊列を組んで集合していたため、ものすごく入りづらい。


 誰にも気づかれぬよう忍び足を使い、後ろに並ぼうとしたのだが──。


「シュウ、君はこっちだ。全員に紹介しなくてはならないからね」


 結局ガイウスに見つかってしまい、強制的に目立つ位置へと移動を余儀なくされる。


「さて、全員そろったようなので今回の作戦を伝える。今回の目標は三大魔獣が一匹八岐大蛇だ。ゆえに、私達はエルベスト森林にて八岐大蛇を迎え撃つ。──ここまで異論はあるか」


 今この状態で出せる兵士が少ない中、恐らくここにいる全員が主力──というよりかはこの戦いに割ける人員だ。彼らも分かっているのだろう。自分たちが死んでしまえば残った者達は殺されるのみだと。


 ゆえに、その目は真剣そのものだ。ガイウスから発せられる一字一句を聞き逃しはしない。


「そして、今回は一人私の部隊で預かる者がいる。既に王城の件で知っている者も多いとは思うが、改めて紹介しよう。ササキシュウ。シルヴィア様の従者であり、王都での戦いの際反乱を鎮圧した功労者だ」


 作戦を全て伝え終ったところでガイウスはようやくシュウの紹介に入り、全員の視線がシュウに集まる。功労者だのなんだの言われているが、それも全てシュウの印象を悪くさせないためのものだろう。


 例え、黒を禁忌としなくなったとしても、未だ黒を忌避の対象として見る者は多い。変にいざこざを起こす可能性は否めないのだ。


「ガイウス様。その者は信じられるのですか?」


 そしてシュウが思った通り、並んでいるうちの一人はそんな風に発言した。


「信じられないか? 黒というだけで」


「我々はずっと黒を忌避してきました。その先に黒の迫害があったことも知っております。そして、今も我らは内から湧いてくる恐怖を、捨てきれないのです」


 『賢者』が言ったこと。それは正しいと証明された。身の内から湧き出る恐怖を抑えきれる人はいい。だが、出来ない人だっているのだ。


「今、王都は危機に瀕している。いや、一都市だけでなく国、更には人間という単位で危機が迫っている」


 それは『大罪』の復活。ダンテの犠牲と共にどこかへ飛ばされた彼らは、しかしいつ襲ってきてもおかしくはない。今この瞬間にでも。


 そうなれば、もはや醜い争いを繰り返している暇などない。


「私達はもう一度結束する必要がある。国という概念に縛られず、人種という垣根を越えなければいけない」


 そうでなければ、対抗できない。『大英雄』がいない今、誰もが見て見ぬふりは出来ないのだ。


「今、私達がすべきなのは信じることだ」


 例え、黒であろうと人間であることには変わりない。だから、恐怖に身を委ねることなく信じる必要があるのだとガイウスは騎士達に説く。


「今はまだ信じられないのかもしれない。だから、その恐怖が信頼に変わるまで君達は彼を登用した私と彼を従者としたシルヴィア様を信じてほしい」


「ガイウス様の判断に──いや、五人将たる貴方に従いましょう」


 彼らは一斉に胸に手を置き、藍色の髪の騎士に敬意を払う。


 さあ、準備は整った。シュウがこの世界に来て、初めてとも言える討伐。その火蓋は切って落とされた。

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