65話 出発前夜の前の日
シュウが王都に着いてまず目に入ったのは、瓦礫が積もる寂れた町──とは程遠い、活気あふれる東ブロックの様子だった。
聞くところによると甚大の被害を受けたのは貧民街である北ブロックであり、その次が南ブロックだ。幸い東と西のブロックは被害をあまり受けていないようだ。
まだ王都の中でも経済が回るであろう二つのブロックが無事だったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
とはいえ、安心は出来ない。先日の戦いで散った命は帰ってこないのだから。それに──。
「貧民街は不吉だからもう復興はしなくていい……か。本当に、くそだな……」
一部の貴族が住人を扇動し、王に何度も進言しているようだ。今でも貧民街での復興は少しも進んでおらず、やろうとするたびに彼らの邪魔が入るそうだ。
だけど、王都に住む人間からすればそんな思いは当然あるはずだ。今回の事件は元はと言えば貧民街から始まっているだから。
「それより大事なのは……どうやってガイウスに連絡取ろうかな……」
散々決意を述べて、結局無策なのだった。
「いやあ……レイ達に会えてよかったよ。このままだと最悪の展開になるとこだったから」
「何でもいいけど行き当たりばったりの人生送ってるね、シュウ。私達がたまたま商業区にいなかったらどうしてたの?」
「そりゃ……王城に突っ込むしか」
今現在シュウがレイ達と歩いているのは西ブロック──商業区とも言うらしい──だ。あのあと、何をどうすれば王城に入れるのかを考え、考え抜いて、ようやく出した答えがレイ達を探すという運頼み戦法だ。
その作戦を思いついた理由はたった一つ。彼らと二回目の出会いの時に彼らはこうして商業区を歩いていたのだ。かなり運に頼った戦法であり、シュウはなぜかこの世界では不運なので不安だったが賭けに勝てたようで何よりだ。
もしもいなかったら、王城へ突入だろうが恐らくは門前払いされていた可能性が高いのだが。
「それで、王城に行ってどうするの? もしかしてガイウスさんに用なの?」
賑わう人を避けながら、レイはシュウに王城へ行きたい理由を質問してくる。
「ヴィルヘルムさんから伝えられた情報。っていえば、分かるか?」
その言葉を聞いて、レイと傍らで遠くを見ていたシモンの雰囲気が一瞬で変わった。今までのようなどこにでもいるような少年少女ではなく、歴戦の兵士の顔つきに変化し、神妙な面持ちで慎重に口を開く。
「シュウも、聞いたの? 例の件」
「ああ、シルヴィアに力を借りたいっていう内容だったけど、無理だった。だから、俺が代わりに来たんだ」
「シュウに、務まるの? 『英雄』の責務を、人々の希望を守る役目を」
「悪いけど……それは無理だ」
無理に決まっているではないか。シュウはどこにでもいる一般人と筋力は変わらないし、人より少し頭の回転が速いだけの普通の少年だ。
どこまで行っても輝くことの出来ない、平凡を貫くシュウに特別の代わりなど務まるものか。
「だけど、俺に出来ることはやらなきゃいけないって、そう思うんだ。それがどんなものでも構わない」
例え死地であろうと、シュウはお構いなしに進む。そうでなければ、きっと見えない。シュウの答えは探し出せない。
レイはそんなシュウの決意を聞いて、大きく溜息をついた。
「変わったね、前よりも」
そう呟いて、どこか悲しそうな顔を向けて。
「いいよ、ガイウスさんに話はつけておくから。シュウが一緒に戦いたいって」
「ああ、ありがとう」
「レイ。いちいち通すのは面倒だ。だから、いっそのことシュウを連れていけばいい」
「相変わらずの脳筋思考だな、シモン。だけど俺もそっちの方が早いと思う」
「ちょっとシュウ。シモンと話し合わせちゃダメ。シュウにも脳筋思考移るよ」
そんな風に冗談を言い合って、久しぶりに心から笑えて。
かつて『賢者』から言われた言葉があった。こっちは地獄だと。誰もシュウの言葉なんて信じないと。確かにそうだと思っていた。特別な才能なんて何もなくて、一人で戦っているのだと思い込んでいた。
だけど、思い知らされた。きっとレイが八咫烏戦の時に伝えたかったのは、一人ではないということだったのだろう。
だから、シュウも早く見つけなければならない。この世界で生きる理由を、戦い続ける理由を。
それこそが、シュウがこの戦いに赴く最大の理由なのだから。
「では、シュウは私の部隊に入るといい。無論、王都での戦いで奔走した功労者だ。悪い事にはならない──はずだ」
レイとシモンの手引きにより王城に入れたシュウは、ガイウスに八岐大蛇との戦いに参入することを伝えにガイウスの所まで来ていた。
シルヴィアが八岐大蛇との戦いに来ないことを伝えると、ガイウスはただ目を瞑って先ほどのように言ったのだ。
ガイウスが心配していることの予測は容易につく。黒髪が国全体で禁忌にならなくなったものの未だ黒を忌避する者も多いのだ。ゆえに、シュウはもしかすればガイウスの部隊から弾き出される可能性だってある。
「いや、それでいいよ。てか、加えてもらえるだけでもいいのに、ガイウスが引き取ってもいいのか。俺は不運だから作戦通りに絶対行かないぜ?」
「君は……いや、問題ないだろう。そもそも作戦なんてあるようでないものだ。八岐大蛇の情報についてはあまりにも少なすぎる。ゆえに対抗策などないんだ」
「そこは八岐大蛇の状態を見て、決めるってことか。でもそうするしかないよな……」
王都で戦った八咫烏の時も苦労したものだが、あれの場合は能力を見てからでも一応対策は取れた。とはいえ、あまり様子見はよくない。八咫烏の時だって一歩間違えていれば王城の中は惨劇になっていた。
「それについては精霊に聞くのが一番いいかもしれない。あいつも情報を出すって言ってたしな」
「精霊……? シュウ、まさか精霊と契約したのか? この短期間で?」
「ああ、そうだけど……何か悪かったか?」
とはいえ、精霊使いにはほど遠いだろう。なにせシュウが契約した精霊は外には出てこれない。ゆえに戦力としての期待は不可能だ。
「シュウ。一応聞いておくが精霊の名前は?」
「グラン、とか言ってたな。聞き覚えはあるか?」
「いや、聞いたことのない名前だ。だが、精霊に名前がつくとなると相当上位の精霊になるのだろう」
「精霊の名前って全部についてるわけじゃないのか」
精霊にはランクがあり、名前があるかないかで格付けが決まってくるそうだ。とはいえ、今現在上位の精霊は72体おり、時の精霊や未だ姿を現わさない四大精霊もその中に当てはまるらしい。
「そうか。取り合えず出発は明後日の明朝となる。それまでは英気を養っておいてくれ。今は最悪の事態に変わりない。──悪いことが重なることもあるかもしれない」
「ああ、分かった。必ず勝とう、ガイウス。皆を守るために」
「──ああ、その通りだね」
最後にそう受け答えして、時間は過ぎていく。




