9話 急変
シュウ達は西ブロックの商い通りから少し離れた位置にある高台に来ていた。
この高台は西ブロック全体を見渡せるほどの高さにあり、ほかのブロックにもこのような高台が設置されているということだ。
今現在の時間は10時ぐらいだろうか。日本であればすでに仕事や学校などでこの時間にいる人はそう多くはないが、この世界ではそれは当てはまらないらしい。朝からまったく変わらない──どころか、増えてさえいる気がする。
そんな中で魔法を行使するにはいかず、またシルヴィアの助言もあり、高台にて魔法の実演をする運びとなった。
「すごいな。こっからの景色は」
「そうだね、いつもは南の高台しかいってなかったから‥‥‥こっちの景色はこんなにもいいんだね」
シュウの感嘆にシルヴィアも賛同する。
「でも、やっぱり景色って点を考慮したら東京のタワーのほうがいいな」
「東京? それって地名?」
シュウの発言にシルヴィアは食いつく。
「ああ……そうだな。まあ、俺の故郷の王都みたいなもんだよ。何ていうか、ここよりも文明が発達してる。ちなみに夜とかに見ると絶景多いぜ」
そのシュウの説明にほんの少しだけサファイアの瞳が輝く。
「へえ、そうなんだ。‥‥‥行って、みたいな」
「なら、行ってみるか?」
「え? 本当に?」
「ああ、約束する。なんなら契約とかで縛ってもいいんだぜ?」
シュウの邪悪な笑みを前にシルヴィアは首を横に振り、笑う。
「そんなことしないよ。でも、約束するんだったら、ちゃんと守ってね?」
シルヴィアはシュウに向けて、約束を守るように言う。それを聞いたシュウは拳を握りしめて、
「ああ‥‥‥絶対帰るさ。約束するよ‥‥‥」
今は会えない両親に向かって、自分に言い聞かせるように呟く。きっとそうでもしないと、故郷への哀愁でどうにかなってしまいそうだから。
とはいえ、現状誰が召喚したかが分からないため当分は帰れないだろう。
なんにせよ、情報が少ない。シュウは何のためにこの世界に召喚されたのか、それを暴かなくては恐らくは帰ることはできないだろう。
シュウのそんなどこか悲壮めいた顔にシルヴィアは暗い顔をし、それっきり喋らなくなる。
ちなみにこの場にはシモンはいない。ここに来る途中で鍛錬場所を見つけたらしく、今頃はそこで剣を振っているだろう。
「そろそろ始めよう?」
完全に哀愁モードに入っていたシュウだが、レイの一言により我に返る。
「そうだな‥‥‥じゃ、お願いします」
そのままシュウはおじぎ。その格好をレイは不思議がるもそのまま進める。
「一応聞いてみるけど、シュウは魔法を使ったことは‥‥‥ない、よね」
「ああ、さすがにそれはないな」
「それじゃ、見てて」
シュウにそう言い、レイは杖らしきものを魔法の行使に入る。
「凍り付け──フロスト」
レイの魔法が完成し、杖から氷が発生する。
「これは氷魔法の一番基礎の魔法なんだけど、どう? 見てわかる?」
レイの質問にシュウはかぶりを振る。
「てことは、そもそも魔法の基礎知識がないってことかな」
「そうだな。魔法なんて習ったこともないし」
「魔法っていうのはね、体の中に宿る魔力を使って発動させるの。ただ、使いすぎると魔法が使えなくなっちゃうから注意すること。ここまでは?」
シュウは首を縦に振る。
魔力──RPGとかのMPのことであってるはずだ。そして、その消費は使う魔法によって変わってくるということだ。
「で、どう発動させるかっていうと、頭の中でイメージするの。どんな魔法を発動させるか、そうすればおのずと魔法は完成するわ」
かなり抽象的な説明だ。だが、感覚的なものらしいので、決してレイの教え方が下手くそではないということだ。ちなみに、本人談である。
「じゃあ、イメージしてみよっか。目をつぶって」
レイに催促されて目をつぶり、イメージする。何をイメージするかは何の属性と繋がってるかにより変わるらしい。
シュウは影属性なので、それらしいものをイメージすればいいというわけだ。
──待て。これ何をイメージすればいいんだ?
今更になって何をイメージすればいいのかわからず、レイに聞こうと目を開けようとしたら──あの景色が見えた。
知らない男女二人が話し合っている風景。しかし朝見たときぼやけていたそれは、鮮明になっている。
そして、声が。
シュウの心を甘やかに溶かしていく声が、聞こえる。
それはまるで不安な幼子を安心させるかのような慈愛に満ち溢れた声。
「ずっと、見守っているから」
それが聞こえて、シュウはどこか安堵して——。
そのまま、意識が暗転した。
今、シュウはシルヴィアに土下座を何度もしていた。
どうしてこうなったのか、その発端は先ほどのやり取りある。
「──て。起きて!」
そんな焦った声が聞こえて、目を開けてみれば。まさに目と鼻の先に心配そうな顔をしたシルヴィアがいた。
「う、うわあああ!??」
いきなり叫んだら、シルヴィアに怒られた。
異世界に来ての二回目の目覚めはそれほどいいものでもなかった。
どうやら、あの声が聞こえてから寝てしまったらしい。異変に気付いたシルヴィアが何度も呼びかけたが反応せず、何十回目のチャレンジでようやく起きたということだ。
シルヴィアについては先ほど叫んでしまったことを謝りに行ったら、大丈夫、気にしてないから、と若干涙目だった。いや、想像してほしい。誰だって目の前に美少女がいたら叫んでしまうだろう。
それで、今に至るまでずっと土下座をしていたわけだ。
一通り謝罪が終わったころを見計らって、レイが前に出てくる。
「それで、どうだったの?」
「あー、それについては‥‥‥」
あの光景のことを説明しようとしたまさにその瞬間、階段を猛スピードで駆け上がってくる姿があった。シモンだ。
レイもそれに気づいたのか、階段のほうへと向かっていく。
あちらもレイに気づいたらしく、叫ぶ。
「レイ! 今すぐ貧民街に行くぞ!」
「え? ちょっと待って。何かあったの?」
「ああ、貧民街で大規模な抗争が起こった。被害は報告を聞いた限りじゃ相当やばいとのことだ」
それと同時に、王都の空を少しずつ暗雲が蝕んでいっていた。
王都の北ブロック、貧民街の一角にて異常事態が起こっていた。
貧民街において問題は絶えることはない。普通に暮らしていても、どこそこで問題が起こったなどすぐに伝わる。そのたびに兵士が衛兵に来ていたものの、近頃は問題の数が多すぎて対処しきれず、今では衛兵が来ることなど大きな問題以外にありえない。
だから。
今回もそうだったはずなのだ。いつものように問題が起きて、しばらくたてば何事もなかったようになる。そのはずだった。
しかし、そこで異変が起きた。
いや、最初から仕組まれていたのかもしれない。
最初は青年たちが諍いを起こしていると貧民街に広まり、そして終わるはずだった。
結論から言えば、先ほどまで諍いを起こしていた集団は全滅していた。
いや、それだけでは済まされない。その場を通りかかったすべての人が血の海に沈んでいた。
その場に立っているのはただ一人。その一人は中心に立っているのにも関わらず、そのローブには一切の返り血すらついていない。ローブを羽織っているせいで顔を伺うことはできないが楽しそうに顔を歪めているのはわかる。
「くくっ‥‥‥はは、すごいぞ、この力は。これなら‥‥‥」
貧民街の一角の壊滅の知らせは、今か数十分後、王宮に伝えられ、『英雄』一行へと伝わっていく。