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51話 墜ちる

 無慈悲な一撃。それが王城に向かって放たれ──。


 轟音を立てて、王城に当たり爆発する。


「あ……」


 その掠れた声はレイのものか、それともシュウのものか。だが、今となってはどうでもいい。


 化け物が振るえる最大の一撃が、王城に直撃した。


 由々しき事態──どころの話ではない。あれだけの暴風。いくら五人将たるローズがいたところで、防げるはずがない。


 終わったのだ。またしても、シュウは一歩届かなかった。


 八咫烏もそれを悟ったのか、歓喜の叫びをあげて再度シュウを目指して降下してくる。


 八咫烏の脅威が身近に迫る中、それでもシュウは王城の有様から目を離さなかった。


 外壁が消し飛ばされ、剥き出しになる王の間。そしてそこには多数の瓦礫が降り、血の華が咲いていることで──。


「え──」


 そこで、気づいた。


 空から血が降ってきていることに。それも異常なまでに。


 信じられなかった。だが、空に浮遊する生き物などもはや一匹しかいない。


『ア、アアアアアア!!?』


 王城を壊すほどの衝撃を放ったはずの八咫烏のその体。そこに深く傷が入っている。


 そして、間違いなくそんなことが出来るのは一人しかいないのだ。


 王城にいるはずの最強の五人将。ローズ。彼女がついに牙をむいた。


「まさか」


 最早前の面影などありもしない瓦礫だけの世界で、後ろに王や使用人達住人を守りながら灰色の髪の女性は蠱惑的なその顔をどこか呆れさせ、呟いた。


「ここを壊せるとでも思ったの。それは浅はかよ。──私が殺させやしないわ」


 確固たる決意を口にして、全身から発せられるは殺気だ。


 王の前で不敬を働いた無礼者に罰を与えなければならない。


「だから、与えておいたわ。貴方が私達を殺そうとしたそのままのダメージを」


 誰がやっても落とせなかった八咫烏。だが、ついにローズの手により致命傷を与えることに成功する。


 そして、王都の絶望を消すために。最高の刺客もやってくる。


「ほんと、間に合って何より!」


「微力ながら助太刀いたしましょう」


 シュウの目の前を通り、八咫烏へと突貫していくのはマーリンとヴィルヘルム。


 歴戦の猛将が、八咫烏を地に墜とすために参戦する。


 ローズからの致命傷により、高度が少しずつ下がってきている八咫烏。完全に撃墜させるために五人将の剣が唸る。


「レイ。足場を!」


「はい! マーリン様!」


 マーリンからの指示により、レイが数十センチほどの氷を作り出し、上空へと射出する。だが、今度は用途が違う。


 攻撃するためではなく、攻撃を与えるための手段として使うのだ。


 空に無限とも呼べるほどに作り出し、反撃の準備が整った。


 後はこれを乗り越えて、残す問題は一つ。大罪を退けることだけに集中できる。


「さて、王都を散々荒らしてくれた罪、払ってもらうわよ」


 マーリンが圧倒的な剣気をその身から放ち、八咫烏へと切っ先を向け──。


 地面を蹴り上げ、レイが作った氷を駆けあがっていく。


 八咫烏もただ黙って見ているだけではない。八咫烏が血を滴らせながら、翼をはためかせ暴風を作り出す。


 だがそれらを全て躱し、まるでアクション映画のような動きでもって八咫烏を地へと墜とすために剣が振るわれる。


 マーリンの剣の切っ先が爆発し、ヴィルヘルムの剣が肉ごと斬り裂いて、そして他方からも援軍が来る。


「よっと」


 そんな気抜けした声を放つのは、同じ五人将の青年──アルベルトだ。


 彼もまた獲物を引っ提げ、八咫烏に槍を突き立てていく。


 正に、圧巻だ。あれほど苦しめられた八咫烏がたった三人により追い詰められていく。


 もしかすれば、五人将だけでも八咫烏を倒せたのではないかと思うほどに。


「八咫烏が……」


「すごい……」


 思わず、感嘆の声であった。


 状況は完璧なはずなのに、だけど、心が何かざわついている。


 まだ、何かあると心が訴えかけている。まだ、八咫烏は奥の手を残していると。


「まさか……でも」


 シュウはその可能性に、しかし首を振った。


 あり得ない。だけど、それでも──。


 八咫烏は既に虫の息だ。なら、もうどこにも対抗の余地など残されていないはずではないか。


『アアアアアアアア!!!』


 耳を劈くような断末魔が、王都中に響き渡る。


 だけど、それは最もシュウを掻き立てるもので──。


「やばい、逃げろッ!!」


 シュウは怒号のような声を発し、八咫烏に攻撃を与えている五人将たちが一斉に振り返って──。


 次の瞬間、最後の抵抗とでも言うべきか。


 大気に浮かんでいた氷が一瞬で粉々になり、得体のしれない何かが世界を覆う。


 上空を埋め尽くすのは、闇だ。太陽を覆い隠し、自分が太陽だと言わんばかりに主張してくる。


 そして、最大の衝撃がシュウ達を襲った。


「がっ──」


「きゃ──」


 シュウの体に何倍もの負荷がかかったような、そんな感覚が襲ってきた。


 ──動けない。恐らくは重力だ。本来、人間にかかっている負担を何倍にもしたのだ。


「ぐっ、が、あああ──」


 圧倒的な質量が背中に乗っかかっている中で、それでも足掻こうと動くが体が言うことを聞かない。


 八咫烏はそれを見届け、シュウをめがけて落下を再び始める。


 ──動け。動け、動け!


 何度も体に言い聞かせる。


 何もかも守れやしないのは嫌だから。このままレイ達を巻き添えにするわけにはいかないから。


 だから、シュウ一人だけが犠牲になればいい。それだけで誰かが救えるのなら、それでいいのだから。


 だけど、足掻いても何も出来なくて。


 薄れゆく意識の中で、何をやっているのだろうと考えていた。


 シュウがしたいことは何だったろう。誰かを救うのではない。


 シルヴィアを救うのではなかったのか。では、なぜ誰かを救おうとしている。


 簡単だろう。だって、見殺しには出来ないのだから──。


「大丈夫だよ」


「──、あ?」


 囁くように、それでいて安心させるような声が、シュウの耳に届いた。


 それはきっとシュウが守りたいもので──。


「君が守りたいものは、私が守るから」


 桃色の髪を揺らし、神が如きの美貌を持つ少女がそこにいた。


 シュウが欲しい力を持っている少女が、そこにいたのだ。


「必ず、守って見せる」


 力強い言葉があって、酷く安心できて──。


「これ以上先には、行かせない──」


 八咫烏を屠る『英雄』。シルヴィアが全てを守るために、この場に馳せ参じた。


 八咫烏が目の前の脅威に、初めて目を向ける。


 ゆっくりとシルヴィアは八咫烏へと向かう。


 そして、跳躍。八咫烏はそれを迎撃して──。


 しかしそれら全てを躱し切り、八咫烏に剣をぶち込んでいく。


 翼を、何もかも削り取り──。


『アアアアアア!!!』


 遂に三大魔獣が一匹、八咫烏が地へと墜ちる。


 自由に空を泳いでいた『空飛ぶ災厄』、ついに終わりを迎えて──。


 そして、再起不能だったはずのガイウスとシモンもまた落下地点へと降り立つ。


 3000年もの間、世界を人々を苦しめてきた魔獣に終止符を打つために。


「さよなら、八咫烏」


 そうして、王都で行われた闘い。八咫烏との死闘。


 それはついに終わりを告げるのだった。

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