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異世界のオラリオン ~最弱から始める物語~  作者: ミノ太郎
序章~すべての始まり~
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序章~次元を超えてあなたに送る魂の賛歌~

 その世界はまさに地獄だったと言えるだろう。


 誰のものとも知れない屍。腕、足、欠損したはずの部位。それらが重なり合って、一つの地形を織りなしている。


 屍が重なり積み上げられた頂点で、ようやく蠢く者がいた。


 体を汚い外套で包んでいるのだが、茶色の色だったそれも今では自らの血と返り血で真っ赤に染め上げられていた。


 屍を踏み場にしてゆっくりと立ち上がったそれは、目深に被ったフードを取り──晒されるのは若干血によって汚れている黒髪だ。


 その誰かは周りを確認して、ゆっくりと屍の上を歩いていく。


 ふらふらと、今にもこけそうな状態でしかしその足取りは確かになっている。


 ──どうして、こんなことになってしまったのだろう。


 踏みゆく屍を見て、赤と白に染まった大地を見て、どす黒く光り輝く空を見てふとその誰かはそう思った。


 いや、誰かという表現では蠢く影を説明することは出来ない。正しくは少年だ。


 ただし体格は軍人、と評するにはあまりにも頼りない。あくまで中肉中背であり、戦場で戦うに必要な剣なども持ってすらいない。


 少年は屍を何度も踏み越えた先で、空を見上げ耳を澄ます。


 そうして聞こえてきたのは、壮大な鐘の音だ。それが奏でるのは死した者へと送る鎮魂歌(レクイエム)


 幾重にも重なった鐘の音がこの戦争にて命を落とした者へと祝福を送っているのだ。


 散っていく者達に送る最後の歌。その表現はきっと間違ってはいない。


 だが、少年は最後までそれを聞き届けることなくまた歩き出す。


 エルフやドワーフ、果てには少年が把握しきれていない種族。分け隔てなく平等に死が訪れていた。


 全てが死に絶えたこの場所で、たった一人生きている少年は一体何を目指しているのか。なぜ、生きているのか。何の目的があって歩いているのか。


 そうして、ようやく辿り着いた先にあったのは。屍も何もない空間だった。血などの不純物は一切含まれておらず、それが神聖な場所のような雰囲気を醸し出している。


 そこで暫く立ち止まって。


「間に合ったかな」


 誰に聞かせるわけでもないのか、小さな声量で呟く。


 不自然に盛られた土、蹴り上げられたりでもしたのか少しだけ陥没している地面。何より、少し先には地下数十メートルに及ぶまで抉られている場所を見回し、ただ嘆息する。


 自然災害と言えば正しいだろうか。それほどまでに人が作り出せるような状況を軽く超えていた。


 少年はその場所に踏み入れようとして、しかし足をそこに入れることを躊躇う。


 ──入ってはいけない。


 そんな感情が、少年の頭をよぎった。


 ただ身勝手な願いでこの破滅を招き起こした張本人に、この神聖なる世界に足を踏み入れてはいけないのだ。


 この世界にて、もしも情報が後世に残るのならばきっと少年は悪魔とでも罵られるかもしれない。


 それほどの事をしたのだ。だから文句は言えない、言いようがない。


 人が背負うべき業を超えて、この世界にもたらしたのは破滅の運命だ。


「もう一度、来るよ。例え何度生まれ変わろうと、俺はここに来て、君を救うことを止めない」


 少年はその場から背を向けて、別れ際にそう呟く。


「何度失敗しようとも、俺はこんな結末を許せない。──破滅を何度も迎えようとも、必ず運命を変えて見せる」


 確固たる決意を口にして、ようやく目の前に迫る脅威に気が付く。


 そこにいたのは黒髪の少年と同じような年齢の少年だった。いや、その体格を鑑みれば青年と言っても間違いではないだろう。


 神を象徴する白の鎧を纏い、燃えるように輝く赤髪に相反するように青の瞳を持つ青年はただ立っていた。


 もはや国としての体裁を保つことが出来なく、時期に滅ぶことが容易に想像されるであろう国のシンボルが鎧の胸の部分に掘られている。


 ──エルピス王国。人類にとっての希望の国であり、戦争によって壊滅状態に追い込まれた悲運な国。かつて黒髪の少年も足を運んだことのある国だ。


「よう。見ない内に老けちまったように見えるな」


「ウォル……なんで、お前の、その剣についてる血は……」


 ウォルと呼ばれた青年は黒髪の少年の質問に、手に下げた剣を少年に見せつけるように上へと持ってくる。


「安心しろよ。お前がやったことは徒労に終わったわけじゃない。──だが、俺とお前は決着をつける必要がある」


 そう言って、黒髪の少年に向かって剣を投げ捨てる。それは青年の親しかった少女が持っていた剣。


「──戦え。俺と最後まで。あの時の続きを、相容れない者同士は戦うしかないんだ」


 その言葉に従うように、黒髪の少年は剣を取り構える。


 少年は間違っても剣術に優れているわけではない。だが、戦わなくてはならない理由があるから戦うのだ。


 きっと目の前の存在には敵わない。何合持つかは知らないが、勝つことはあり得ない。


 だから、最期に一言を告げる。


「──ごめんな。あの時の約束、守れなくて」


 そうして、互いの剣がぶつかる音が屍しかない戦場で響き渡る。


 だけど、予想通り長くなど続かなくて──。


 鈍い音が響いて、剣ごと斬り伏せられる。


 壮大な鐘の音はまるで黒髪の少年の死を祝福するかのように鳴り響いて。


 何も出来なかった。何の力もなかった。


 だけど、少年は沈みゆく意識の中で願う。


 ──もう一度、君に会いたい。そうしたら、今度こそ命を懸けて君を守り抜く。


 そんな願いは今この場では何の意味もなさず──。


 黒髪の少年は命を落とした。

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