物語のはじまり
それは、金色の太陽のひかりがさんさんとふりそそぐ、夏の昼下がりの事でした。
「ままー」
大きな水色のタオルケットをひきずりつつ、眠い目をこすりながら、小さな男の子が声をあげました。
「ままー、かずくんおっきしたよー。ジュース、ちょーだい」
カズ君はそう言いつつ、お母さんを探してTVのある部屋へと向かいました。
「ブドウのジュース、ちょーだい」
お昼寝の前に、お母さんが約束してくれた3時のおやつは、カズ君の大好きなブドウの100パーセントのジュースと、ふわふわのホットケーキ。いつものように、お昼寝を嫌がって駄々をこねていたカズ君に「お昼寝をちゃんとしたら、おやつに焼いてあげる」と指切りげんまんをして約束してくれたのです。
「ままー? かずくん、おっきしたのよー?」
いつもなら、TVのあるお部屋で大きな布を広げて、ちくちくと、何か縫っているはずのお母さんの姿がありません。それどころか。
「まま…?」
以前〈マエ〉に一度だけ、カズ君がうっかり触って指をちっくんとしてしまった為、きっちりと色々な糸とともに箱の中にしまわれているはずの針が、布に刺さっているだけでなく、ガラスの低いテーブルの上に転がっているではありませんか。
「ままー」
カズ君は心細くなっていしまいました。自分では、ちょっぴりだけれど大きくなっているつもりですが、それは、あくまでも赤ちゃんの頃に比べての話です。大人からしてみれば、まだまだ2歳のカズ君は「赤ちゃんに毛が生えた程度」など、非常にシツレイキワマリナイことを(特にお父さんが)言ったりするのです。なので。
「ふえぇぇぇ」
カズ君はいつもとは全く違う様子にとても不安になって、とうとう泣き出してしまいました。
壁にかけられている鳩時計の中から、鳩が飛び出し「ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー」と4回鳴きました。なのに、お母さんは帰ってもこなければ、姿も現してくれません。カズ君は泣き疲れてうとうとしていたのですが、突然、お庭のほうからライオンが吠えるよりものすごい声がしたのです。
「!!」
カズ君はびっくりして、飛び起きました。ドキドキする心臓をなだめながら、静かに音をたてないように慎重に抜き足差し足忍び足でお庭のほうに向かいました。
「!!!」
お庭にいたのは、大きな角をはやした鬼でした。思わず叫びそうになった口をおさえ、カズ君は気づかれないように、お父さんの言う「センリャクテキテッタイ」とやらを行うことにしました。ですが。
「そこにいるのはだれだあ」
大きな手がにゅうっと伸びてきて、カズ君を軽々と摘み上げました。
「おい、こいつもつれていくぞ」
「おうよ」
そう言って、鬼はカズ君を肩の上に担ぎ上げてしまいました。
「その子を離せ!」
「!?」
突然、まぶしい光、いいえ、輝きが、カズ君を担ぎ上げている鬼を照らし出しました。鬼はその輝きに目をやられたのか、カズ君を放り出してしまいました。カズ君は鬼の肩から放り出されてお庭に落っこちてしまうところでしたが、「あぶない!」という声とともに、なぜか体が宙に浮かんだのです。
「ほえ?」
びっくりして、目を真ん丸にしていたカズ君の目の前に、カズ君より年上の女の子が姿を現しました。その女の子は、TVで見るような魔法の杖のようなものを握りしめているではありませんか。
「おねえちゃん、まほーしょーじょ?」
「そうよ!!」
女の子は胸を張ってそう言いましたが、その言葉に突っ込みを入れた存在がいました。
「それを言うなら『魔法幼女』だろ」
「なにそれ」
「小学校にまだいけないような年齢のオコサマを世間一般に『少女』とは言わない」
そう言って、すぅーっと泳ぐようにカズ君の前に現れたのは、白くてふわふわしている丸い形のナニカ。
「これ、なに?」
「『これ』!?」
その白くてふわふわしているナニカは、カズ君の疑問に怒ったような声をあげました。
「言うに事欠いて『これ』だって!?」
「これは『せいじゅう』だって」
「ミサキまで『これ』呼ばわり!!」
その白くてふわふわしているまんまるのナニカは、なにやら上下左右に忙しく動き回って見せますが、カズ君にも「ミサキ」と呼ばれた女の子にもさっくりと無視されました。
「おねえちゃん、これ、なんて名前?」
「『まんまる』って呼んでいるわ」
「『まんまる』だって!!」
再び、そのナニカは上下左右に激しく動き回って見せます。どうやら、「憤懣やるかたない」とでも表現しているようなのですが、悲しいかな。未就学児であるお子様ふたり組にはまるっきり通じていません。
「この星獣たる『フェッリクス・スターライト・シバリオ3世』をよりによって『まんまる』なんて低俗な呼び方を」
「てーぞく?」
「ほっといていいよ。ママが言ってた。『まんまる』は『ちゅーに病』だって」
「うん。わかった」
カズ君は、こっくりとうなずくのでした。