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8 100年後の邂逅

「あ……あぁ……」 


 身体を支えていた足が崩れる。

少し経って、再びネロが遅れて走ってきた。


「ソール、アンジュは?」

「……」

「……そんな」


 頭の中が真っ白になって、何も考えられない。

意識を失ってしまいたかった。


「もう嫌だ、何でこうなったんだよ……何で俺だけ残して殺すんだよ!」


 今まで堪えていた涙があふれ出した。

アンジュが持っていたナイフを、おもむろに心臓の位置に持っていく。

いっそのこと、終わってしまいたかった。


「やめてよ。ここで死んだって何にもならない」


 ネロがナイフを持つ右腕を掴んだ。

まるで氷に触れたかのように冷気が腕を襲った。

それが、彼が既に死人であることを意識させた。


「このままノワールに殺されるか、自分で死ぬか、どっちが怖いか……わかるだろ」

「何でそんなこと言うの? ここで死んだって何もないって言ったでしょ」

「殺してくれよ! もう嫌なんだ! 何もかも!」

「だめ。それは僕が許さない」

「……ネロ」

「ソールだけでも、僕が守るよ。必ず」


 そう言って下を向いたネロの口角が、歪んだ気がした。


――――なんてね。


「ふふふっ、はははははっ、あははははっ!」


 ネロは突然おぞましい笑い声をあげた。

その勢いでフードが取れた。


「あぁやっと殺せた! どこに隠れてるのかと思ったけど、ソールを連れてきたらあっさり自分から出てきて、バカみたい。面白かったけど」

「……え?」

「まだ気づかない? 僕がノワールだよ。ネロじゃないよ」


 『ネロ』が、『ノワール』?

ソールは髪を垂れ下げたまま顔を上げた。


「知ってるでしょ? ノワール・ビビット。ここを斬られて、広場で首を晒された『いたずらっ子』」


 ネロは黒いフードを引っ張って、自分の首筋の傷跡を晒した。


「僕はキミの先祖、ジャック・ベルザックに首を斬られて死んだ。でも天国に行けなかった。生前の行いが悪かったからってね。じゃあどうすればいいの? って聞いても、誰も教えてくれなかったよ。僕の声は、誰にも聞こえない。これからは誰にも見えない幽霊として、墓場を彷徨い続けることしかできない。永遠と続く暇は、僕からしたら死以上の罰だった」


 ネロはソールの右側にある、手入れのされていない墓を指す。

そこに、『Noir Bibit』と書かれていた。

今まで先祖の墓以外をまともに見たことがなかったので、知らなかった。

墓場から離れた場所にノワールの墓があったことを。


「僕が行き場を失ったのは、ジャックや村人たちのせいだ。僕は僕を殺した村人たちが許せない。その子孫も殺して根絶やしにしないと、気が済まない。そうやって怨み続けてたらね、ちょうど10月31日に少し遠くまで歩けるようになって、物が持てるようになったから、この斧でたくさん村人を殺したよ。でも僕が物に触れるようになってから、ジャックには僕が見えるようになった。ジャックが仮装祭とか言って変なカボチャを作ったせいで、僕はまた村に入れなくなったんだ。

 それからもっと怨んだら、ジャックが布団から出られなくなってさ。面白くなってきたんだ。もう少し怨み続ければ、僕が10月31日より先に村に入ることができるかもって。この仮装祭をやめさせないと、村人を皆殺しにすることができないからね。でも僕が現れるより先に、ジャックは死んで、村人も知らない人ばかりになった」


 ネロは三日月の浮かぶ空を見上げた。

その瞳は、寂しげだった。


「気がついたら100年も経ってさ。31日より前に入ることはできてたけど、僕も村人を殺す気はなくなったんだ。それどころか、仮装祭が羨ましくなってきた。だからソールが僕に衣装を作ってくれて、嬉しかった」

「それなら何で殺したんだよ!」


 ソールは涙声で叫んだ。 


「優しかったのはソールだけ。他は100年前と同じ、僕を晒し者にした村人だった。僕に石を投げてきた子どもは一番目に殺してやったよ。

 キミの信じた『ノワールを倒してくれるネロ』なんて端からいないんだよ。ノートは、僕に助けを求める間抜けな村長の顔が見たくて仕掛けた、僕の『いたずら』。僕は優しいキミを信じたんだよ。僕が落ち込んで逃げれば、必ず追いかけてきて、あの家でノートを読んでくれるって思ってたから」

「ノワールの話は……」

「ノワールの話は嘘だって、書いてなかった? 本物のネロ・スペクトラがあのメモを届ける前に僕が殺したからね。僕が書いた嘘の話が伝わって紙芝居になったんだ」

「おまえが殺人鬼ノワールなら……何で俺を殺さねえんだ」

「キミを最後に残した方が、アンジュとか他の全員を殺すのに都合がよかったからね。それに死にたい人間を殺したら、キミが報われるでしょ? だから、死にたいけど死ねない。キミには僕と同じ苦痛を与えてあげる。分かってくれるよね?  僕を追いかけてくれたキミなら」


 ネロは袖から柄の長い斧を取り出した。

月光を浴びて光る刃と付着した肉片を見て、ソールは後ずさった。


 この斧がソールにだけ見えなかったのは、ネロがフードの中に隠していたからだ。

ネロの姿が見えない者にしか、この斧は見えないのだ。


「や、やめろよこんなこと!」

「どうして? 死にたくないの?」

「おまえが天国に行けねえのは、人を殺したからじゃねえのかよ!」

「……逆に聞くけど、どうして殺しちゃいけないの? これ以上何か罰があるの?」


 ソールはゴーストの仮装を引っ張るとネロが頑なに拒んだ理由と、ネロが常にフードをかぶっていた理由をやっと知った。

そしてあの話における『ネロ』が示すものが、『カボチャ』であると信じ、ネロに見えないようにナイフに手を伸ばす。


 ソールが死ねば、彼はさらに殺戮を繰り返す。

それを止めるためには、ここでネロ――ノワールの幽霊を消し去るしかない。

彼の言葉に唆されてカボチャを作らなかったこと、その罪を滅ぼすために、やらなければならない。


「僕にとって罰なんて脅しにもならないよ。もう死んでるし」


 カボチャは木の後ろに転がっている。 

ソールはネロから逃げるように見せながら木まで後退する。

背でカボチャを見えないようにしながら、切り込みにナイフを差し込む。

口の部分が開いた。


「ねえソール、どうやって死ぬのが怖い?」


 ネロを見据えながら、ソールは震える手で石と石を擦る。


「……何してるの」

「死ぬのはてめえだ、ノワール」

「ッ!」


 蝋燭に火を灯すと同時に、ネロの手が動いた。

斧がソールに振り下ろされる前に、光を浴びた腕が骨と化した。

斧は地面に落ちた。


「てめえがノワールって名乗るのは、自分で弱点を教えたようなもんなんだよ」


 何の断末魔もあげずに、ネロは消えていった。

残ったのは黒いフードだけだ。


 幽霊になってまで殺戮を繰り返した人間だ。

きっと、完全には消滅していないだろう。

例えその時が100年後になろうとも、すべてを失った孤独に100年苛まれようと、彼と同じように現れて阻止するだけだ。


「……考えてみれば、ノワールもマヌケな幽霊だった」


 ネロが、アンジュの生存を確信していた理由。

全てネロ=ノワールと結びつければ分かる簡単なことだった。

死への恐怖とネロとアンジュが生きていた安堵で、考えることをすっかり忘れていた。


「でも、本当のマヌケはそれに翻弄された俺だ」


 ソールは歪な顔をしたカボチャに寄りかかり、座り込む。

目を閉じると、一粒の涙が零れ落ちた。


***


 数か月後、隣村からやって来た青年が、手入れのされていない墓場を通りかかった。

そして青年が帰ってきてから、隣村で毎年仮装祭が行われるようになった。


 青年の話によると、その墓場には二人分の骸骨が横たわっていたのだという。

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