7 兄妹の逃走
「どうしたの? 寒いの?」
震えていると、ネロが顔を覗き込んできた。
その顔をまともに見ることができなかった。
「寒いんだね」
そう言って、ネロは立ち上がった。
「僕は幽霊だから、寒さも暑さも感じない。死ぬことを経験してるから、恐怖も感じない」
「……」
「でも、キミがつらい状況にいるってことは分かる」
「……」
「アンジュを探そう。生きてるはずだよ」
奥にあるアンジュの部屋は、扉が閉まっている。
ソールは震える手でドアノブに手をかけて、扉を開けた。
「いないね」
部屋には誰もいなかった。
扉が閉まっていたからか、血の痕は一切ない。
唯一、変わっていないアンジュの部屋だ。
「アンジュが隠れそうな場所とか分かる?」
ネロは先程からアンジュの安否を気にしている。
自分の姿が見えないのに、なぜそこまでアンジュを気にするのだろう。
その理由を考える余裕は、今のソールにはない。
「かくれんぼとかしなかったの? アンジュが好きな場所とかないの?」
ネロは勝手にアンジュの部屋を探っている。
何が彼をそこまで駆り立てているのだろう。
「アンジュは、きっとどこかでキミと同じように震えてるはずだよ。だから、早くソールが生きてるってことを伝えて安心させてあげたいんだ。キミにも、ずっと震えていてほしくないよ」
「……こんな状況で、俺一人が現れたところで、アンジュが安心するわけねえだろ。それどころか……俺を怨んでるだろうな」
とソールが言うと、ネロは首を傾げた。
「何でアンジュがソールを怨むの?」
「俺があれを作らなかったせいでこうなったのなら、何度謝っても、死んでも、許されねえんだよ」
「あれって? ノワールと何か関係があるの?」
「アンジュが隠れる場所は、いつも家の中だった。いるとしたら……」
ソールはアンジュの部屋を出て、その向かいにある自分の部屋の前に立った。
扉には少量の血が付着している。
固唾を呑んで、扉を思い切って開ける。
部屋に誰かが入り込んだような痕跡はない。
ソールは真っ直ぐ机に向かい、椅子を引いてずらした。
机の下に、わずかに出っ張った床板がある。
「こんなところに地下室があったの」
「床板が外れただけだ。これを外せば、家の下に出る」
ネロの前で、ソールは床板を外す。
下にあった穴から、家を支える木柱と土が見える。
そしてその中から、アンジュが顔を出した。
「ソール……?」
アンジュはすぐに穴の下から出てきた。
ソールは安堵して胸を撫で下ろした。
「よかった……」
アンジュは家と地面のわずかな隙間に隠れて、やりすごしたらしい。
なぜかナイフと中に蝋燭が入ったカボチャを抱えている。
「アンジュ、そこにいたんだ」
ネロが驚いた様子で言った。
「おいアンジュ! 何でみんな殺されたんだ!? 誰がやったんだ!」
とソールが聞くと、アンジュは怯えた様子で後退した。
「ソール! 見えないの! そこにゴーストがいるの! 大きな斧を持ってるでしょ!」
アンジュはソールの後ろを指さして泣き叫んだ。
「ゴーストって、ノワール? どこ?」
ネロが後ろを振り向く。
しかしそこには誰もいない。
ソールが周囲をくまなく見渡しても、大きな斧などどこにもない。
「アンジュ!」
二人が後ろを見ている間に、アンジュが部屋の外に飛び出した。
ソールはすぐにアンジュを追いかける。
アンジュは家を出て、そのまま家の後ろにある森の中に入っていった。
この暗い森の先は村人たちの墓場がある。
入り組んでいる道なのでネロが着いてきていないようだが、今はそれを気にかけている暇はない。
「アンジュ! 待て!」
アンジュは一度振り返り、立ち止まった。
「ソールにはあいつが見えないの? あいつがみんなを殺したんだよ」
「あいつ? ノワールか?」
「わかんない。でも、ゴーストはジャック・オー・ランタンが嫌いなの! ママがいつも紙芝居で言ってた! だから」
アンジュの視線が、腕に抱えたカボチャに落ちた。
よく見ると、カボチャには歪な両目が彫られている。
そのうち片方は昨日ソールが彫ったものだ。
「それで、ノワールを退けられるのか? やっぱり、あれは単なるおとぎ話じゃなかった……俺のせいで、みんな死んだってのかよ……」
ソールはアンジュからカボチャとナイフを奪い、口の部分にナイフを突き立て、切り込みを入れていく。
すると、草木を踏みつける音がした。
「早く! あいつが来る!」
「くそっ!」
間に合わないと確信したソールは、右腕でカボチャを抱えて、もう片方の手でアンジュの手を取って走り出す。
できるだけ入り組んだ道を選びながら、足音が聞こえなくなるまで逃げる。
「ここまで来たら……」
立ち止まって少しの間休もうとすると、再び足音が聞こえてきた。
ソールは逃げようとして、やめた。
足音の主はゴーストではなくネロだった。
「そこにノワールがいるの?」
ネロの言葉はアンジュに聞こえているのだろうか。
アンジュは何も答えずに、ソールの腕を引っ張って逃げ出す。
「アンジュ、ノワールってどんな見た目をしてるんだ!?」
アンジュは走りながら俯く。
そのうちに、自然にソールがアンジュを引っ張る形になった。
「見えないの? 大きな斧……あれが、パパとママを殺したの」
「斧? 斧なんてなかったぞ!」
墓場への道から逸れ、木の量が多くなり、足元の草も深くなってきた。
ソールは邪魔な木をナイフで切った。
その時、アンジュが躓いたらしく、掴む腕に思い切り引っ張られた。
「おい大丈……」
振り返ったソールの顔に、大量の返り血が付着した。
「アンジュ……っ!」
首のない妹の身体が、そこにあった。




