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5 ノワールとネロ

『みんな! ありがとう!』


 謝っても許してくれないゴーストを追い払う為に、村長がカボチャを彫ったランプ――ジャック・オー・ランタンを作った。

その結果ゴーストは消え、ノワールはいたずらをしなくなるのである。

何度も見た内容だ。

この話のせいで、ジャック・オー・ランタンは村長が作ることになっているのだ。


「おしまい。どうだった?」


 母は子どもに感想を聞いている。

その時、ソールは一つまずいことを思い出した。


 毎年、この紙芝居を見た後にジャック・オー・ランタンを飾るのだ。

そして今年のものは、ソールが一つ片目を彫っただけという状態だ。

ネロとの騒動があったせいで、すっかり忘れていた。

しかし、ネロのことも気になる。


 ソールは母の目を盗んで、ネロと同じ方角へさりげなく歩き出す。

誰も追いかけてこない。

母が配るお菓子に夢中で、誰にも気づかれていないようだ。



 ネロが逃げた道は、木が生い茂っている一本道だった。

この森はソールも入ったことがない。

探検しようとする子どもはいたかもしれないが、ソールはそういったことに一切興味がなかった。

道は一本なので迷うことはないだろう。


 しばらく進むと木が少なくなり、道が開けた。

そこに植物に覆われた家があった。

誰も住んでいなさそうだ。

適当にここで時間を潰して、後で戻ろうとソールは思った。

だが、文字が消えかかっている表札を見ると、『SPECTRA』と書いてあった。


「スペクトラって、ネロの家か?」


 どう見ても人が住めそうに見えない。

こんなところに住んでいたのなら、誰の目にもつかないのも納得だ。


「おい、誰かいるのか」


 ソールは扉を叩く。

扉には斧で斬りつけたかのような穴がいくつも開いていて、鍵は壊れている。

隙間を覗いてみても、人がいる気配はない。


 扉に手を掛けると、今にも壊れそうな音を立てながら勝手に開いた。

手を放すとぼろぼろと木の破片が落ちてきた。


 周囲が木に囲まれている為に中は薄暗かった。

開いた窓から木の枝が顔を出している。

踏み出す度に、床板がみしみしと音を立てた。

地面には蟻がうろついている。


 誰もいない。

ネロはどこに行ったのだろう。

森の一本道はこの家でちょうど途切れていた。

いるとしたらここだと思ったのだが、既にもぬけの殻のようだ。


 今から母が怒っている現場に戻りたくない。

だからといってここで時間を潰そうにも、こんな薄気味悪いところで寝る気にはなれない。


 どうしようか悩みながら部屋に踏み込んだ瞬間、ソールは息を呑んだ。


「骨……?」


 蜘蛛の巣に覆われた部屋。

その中心に、白い骸骨が転がっていた。

しかも、首から先がない。

一歩踏み込むと、足もとでぐしゃ、という音がした。


 おそるおそる下を見ると、一部が砕けた頭蓋骨が転がっていた。

頭蓋骨だけが少し離れた場所に落ちていた理由は分からない。

ここで一体、誰が死んだのだろう。


 逃げようか、と思った。

だが、ここには誰もいない。

それより気になるものを見つけた。

骨の手の近くに、ノートのようなものが落ちている。

そっとノートを拾い上げると、隙間から一枚のメモが出てきた。


『ノワールの話は偽物だ。気づけ、ベルザック』


 古びたメモには、走り書きでそう書いてあった。

ベルザックとは父ウィル・ベルザックのことだろうか。

少なくともソールのことではないだろう。


 ノワールの話とは、『ノワールの10月31日』のことだろうか。

よく分からないままノートを開いてみると、『ノワールの10月31日』と書いてあった。

しかしベルザック家にある紙芝居とは違って、拙い字で書かれた小説だった。

話は短かった。


 ノワール・ビビットは、自分を受け入れない人間を殺さずにはいられない人格破綻者だった。

いつも罪のない子どもを追いかけまわし、夜中に首を刈り続けていた。

それを知った村長は、友人であるネロにノワールを捕らえるよう頼んだ。

ネロは首に傷を負いながらもノワールを捕らえることに成功し、村長は10月31日にノワールを斬首刑にした。

それでも子どもを殺された母親たちはノワールを許さず、彼の首を村の広場に晒した。

それはノワールが真っ白な骸骨になるまで続いたのだという。


「どういうことだ? 俺たちが知ってる紙芝居は嘘で、実際はこうだってことか?」


 気になるのは、その続きだった。


『ノワールは死後も自分の醜態を晒し続けた村人たちを怨み、幽霊となった。そしていつも10月31日に姿を現し、誰彼かまわず首を刈って殺すようになった。だが幽霊になったノワールはどうもカボチャを彫って作ったランプが苦手なようで、10月31日にカボチャさえ用意すれば出てこないことが分かった。私はそれを仮装祭として毎年行うことにした。 

 それでもノワールの怨念が消えたわけではない。ノワールの怨念は村長である私の身体に悪寒を与えた。さらにそれは私の息子にも移ってしまった。おそらくその子孫までこの怨念に蝕まれるだろう。さらに分かったのは、この怨念に蝕まれる者は、ノワールとネロの姿が見えるらしい。

 ノワールの怨念がいつか私の子孫をひどく蝕み、仮装祭よりも前に実態を現す時が来るかもしれない。だがその時はネロもまた現れ、この村を守ってくれるだろう。

 全てはノワールを殺した私の罪。その滅ぼしにもならないかもしれないが、せめてこの話を後世に伝えよう。そして100年後も、村長と村人がこの話と仮装祭を継ぐことを、願ってやまない。

 1432年 ジャック・ベルザック』


「100年後って……」


 今は1532年。

ちょうど100年後だ。

最初は随分具体的な小説だと思ったが、読み終わった後のソールにはこの話が嘘だとは思えなかった。

理由は、ネロが昨日現れたことだ。


 ジャック・ベルザックは昔父に聞いた、ソールの先祖の名前だ。

そして父を蝕んでいる持病がノワールの怨念であるのならば、この話がおとぎ話だと証明する方が難しい。

ネロは、この村を守るために現れた幽霊だったというのか。

そんな話、信じられるわけがない。

だが、ネロは確かにこの村にいなかった。

つい一昨日、29日までは。


「ネロ……」


 この話では、ネロはノワールを捕える際、首に傷を負ったらしい。

彼の首筋には、確かに傷跡があった。


 ネロは、子どもから受けた仕打ちにかなりショックを受けている様子だった。

この話が嘘だとしても、あんな態度を取ってしまったことを、ネロに謝らなければ気が済まない。

さらに、ソールにはやらなければならないことがある。


「そうだ、カボチャを作らないと」


 この話が本当なら、ノワールも今頃復活するということだ。

信じられないが、あまりにも現実味があった。

もしこの話が架空だとしても、父の頼みを無視してカボチャを作らなかったことに対する罪悪感が湧き上がってくる。


 早く家に戻ってカボチャを作ろう。

まだ日は沈んでいない。

間に合うはずだ。

そして、ネロに会ったら謝って、彼について詳しい話を聞こう。

そう決めて立ち上がった、その時。


「させない」


 誰かの声と共に、ソールの頭が強打された。

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