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3 チェイス・オア・トリート

 再び家の外に出ると、外はすっかり日が暮れて暗くなっていた。

やっと夜か、とソールは思う。

ネロと長い10分を過ごしたせいで、時間が経つのが遅く感じる。


「さてと」


 ソールはカボチャにナイフを刺し、目の形を彫り始める。

今年のカボチャはやけに大きくて時間がかかりそうだ。

ナイフに力を込めながら、ソールはネロについて考えていた。


 本当に、彼は何者なのだろう。

誰にも見えないのに、なぜ仮装祭に参加したいのだろう。

そもそも、自分が見えていないことを認識しているのだろうか。


「何してるの?」


 上から声が聞こえた。

この中性的な声は、ネロだ。

ソールはナイフをカボチャから抜き、上を見上げる。

案の定、ネロが立っていた。


「見りゃ分かるだろ」

「何、そのカボチャ。気に入らないなぁ」

「え?」


 ソールは思わず聞き返した。

刹那の間、ネロが何を言ったのか分からなかった。


「見てるだけで反吐が出そう」

 と、ネロははっきり言った。


「なんだよ! そこまで言わなくたっていいだろ!」


 ネロの言葉に腹を立てたソールは、ナイフを地面に叩きつけた。

ジャック・オー・ランタンを作るのは下手だと自覚していたが、布の切り方すら知らなかったネロに言われたくない。


「だって、気に入らないものは気に入らないから」


 そう言って、ネロは先ほどと同じ方角へ歩いて行った。


「誰もおまえのために作ってねえよ」


 ネロは振り向くこともなく、すたすたと歩いていく。


「なんなんだよ。ムカつくな……」


 地面に落ちたナイフを拾って、ソールは作業を再開する。

だが、ネロの言葉が頭から離れない。


『何、そのカボチャ。気に入らないなぁ』


 耳を塞ぎたい気持ちを抑えながら、目を掘る。

思ってもないところにナイフが刺さった。


『見てるだけで反吐が出そう』


 脳裏でネロの言葉が何度も繰り返される。

それにつられて、失敗の頻度が増えてくる。


「大体、親父も毎年毎年……あんなにたくさん不気味なカボチャ作って何になるんだよ。祭が終わったら全部捨てるくせによ」


 雑に削がれるカボチャと一緒に、だんだんやる気もそがれてきた。


「あーめんどくせえ。こんなもんやめだ」


 ソールは苛々するあまり、一つのカボチャを片目だけ彫ってやめた。

全てのカボチャを後ろ向きに置き、家に入る。

母にはカボチャは明日のお楽しみなどとうそをついた。


***


 ベルザック家のカボチャが片目のまま、10月31日を迎えてしまった。


「ソール、午後から広場の紙芝居手伝ってくれない?」


 母が呼んでいる。

ソールは布団をかぶったまま起きようとしない。


「腹が痛い」


 腹痛というのは仮病だ。

本当は、ネロに会いたくないだけだ。

今広場に行ったら確実にネロに見つかる。


「じゃあ紙芝居はそこに置いておくから、治ったら一度読んでおいてね」

「どうせ毎年読んでる『ノワールの10月31日』だろ? あんなおとぎ話、信じる奴の方がいないって」

「おとぎ話とか言わないの。私たちのご先祖様が100年続けてきたのよ」


 『ノワールの10月31日』はソールも昔広場で何度も読んでもらった。

村人に対し悪戯ばかりしていたノワール・ビビットという男の子が、10月31日に幽霊に追いかけられ、改心するという話だ。

その幽霊を追い払うのに使うのがジャック・オー・ランタンらしい。

だが幽霊を信じない年齢になると、そんなものを汗水たらして作るのもバカバカしいと思う。


 今頃アンジュは友達と仮装自慢をしている頃だろう。

ネロという名の面倒な変人が見えないアンジュが羨ましい。


「そういえば母さん、ネロって知ってるか?」


 ソールは駄目元で聞いてみた。


「ネロ?」


 母は首を傾げた。

ネロはずっとこの村に住んでいると言っていたが、母も知らないようだ。


「ネロ・スペクトラとかいうやつ」

「さあ、知らないわ」

「昨日、母さんがアンジュを呼んだ時俺の隣にいたんだけど」

「え? ソール一人じゃなかった?」


 予想通りの答えが返ってきた。

やはり、ネロはソールにしか見えていなかったらしい。

そんなネロがどうして突然出てきて、ソールに関わって来たのか。

変人の考えることはよく分からない。


「元気そうね。腹痛なんて仮病でしょう」

「そんなことねえよ、うおっ腹が痛くなってきた。いてえええ」

「……あなた、そんなバカだったかしら」


 母は呆れて部屋を出て行った。



 それからしばらくの間二度寝していたソールは、家の扉が開いた音で目を覚ました。

今両親は家にいるので、アンジュが帰って来たらしい。


 あれだけ仮装祭を楽しみにしていたアンジュが、午前中に帰ってきたのが驚きだ。

同様に驚く母の声が聞こえてきた。


「ママ、もういやだ」


 声色と鼻をすする音で、ソールはアンジュが泣いていることに気がついた。


「どうしたの?」

「大きなゴーストが、追いかけてくるの。足もなかった」


 ゴーストが追いかけてくる?

『ノワールの10月31日』じゃあるまいし。

ソールは他の子どものいたずらだろうと推測した。


「変なゴーストなの。魔女みたいで、リボンつけてるから見た目は怖くないんだけど」


 アンジュの話を聞いて、真っ先に浮かんできたのは昨日のネロの姿だった。

ネロが切っていた布はアンジュに見えていた。

その状態でネロが布をかぶれば、足が見えなくなる。


 ソールはアンジュを気の毒に思ったが、自分の責任とは思っていなかった。

昨日会ったばかりのネロに構ってやる義理はない。


「『お菓子をくれないと追いかけまわすぞー』とか言ってきて、逃げたらすごい速さで追いかけてくるの。あたしたちが貰ったお菓子、全部取られちゃった」


 勝手にソールの材料箱を物色したのを見る限り、なんとなくネロのやりそうなことだ。

少し話しただけでそう思えた。

ネロには人のものを取るという罪悪感が存在しないのだろう。


 しかし、昨日ネロの声はアンジュに聞こえていなかった。

これは一体どういうことだろう。


「ソール、ちょっと来て」


 アンジュが泣き止まないからか、母が呼んでいる。

歳の離れた妹を持ったせいで、ソールはよく慰めに駆り出される。


「何だよ?」


 玄関に行くと、泣きじゃくって顔がくしゃくしゃになっているアンジュと、いかにもそれに手を焼いている様子の母がいた。


「アンジュがお菓子を取られたんですって」

「知ってるよ。全部聞こえてた。子どものお菓子まで奪うなんてとんでもねえ奴だな」

「犯人を見つけて叱ってきて」

「何で俺がそんなことしないといけねえんだよ」


 犯人はどうせネロだろう。

そんなことをする人間は今まで一度もいなかった。


「この祭は代々村長が中心になって仕切ってきたの。ルール違反も取り締まるのよ」


 毎年父は『ノワールの10月31日』に則って、限度を超えたいたずらをする子どもを叱っている。

父の罵声は子どもたちを畏怖させるらしく、父のおかげで子どもたちの秩序が保たれていると言っても過言ではない。

しかしその父が寝込んでいる今、ソールがやらないといけなくなった。

それは分かっているのだが、相手が大きな子どもである以上一筋縄ではいかない。


「分かったよ、行けばいいんだろ」


 玄関の扉が重く感じる程、気が重い。


「ったく、ネロだって仮装する年齢でもねえだろ」


 昨日はネロに散々腹を立てたので、ソールはこの騒動が全てネロのせいだと確信していた。

ゴーストの特徴以前に、ネロ以外にこんなことをする人間が思い浮かばないのだ。


 それにしても『お菓子をくれないと追いかけまわすぞー』とは初めて聞いた。

これでは『トリック・オア・トリート』ではなく『チェイス・オア・トリート』だ。

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