2 滑稽なゴースト
なぜネロはソール以外の人間に見えないのだろう。
腕を組み、横目でネロを見ると、早速白い布をかぶろうとしている。
「わっ!」
どうやらソールを驚かせようとしたらしいだが、布をかぶるところを見てしまったソールは何の反応もできなかった。
「……なんだよ」
「全然驚いてないね。それじゃ意味ないなぁ」
仮装祭は、仮装した子どもが家を渡り歩き、『お菓子をくれないといたずらするぞ!』と言ってお菓子を貰う行事だ。
この祭で求められるのは、どれだけ怖い仮装をして驚かせられるか、である。
ネロはソールが驚かなかったことが気に食わないらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。
ネロの仮装より、ソール以外の視界に入らないネロ本体の方が問題だ。
「おい、おまえ何者だ?」
とソールはたずねた。
「何者って、僕はネロだよ」
ネロは淡々と答えた。
「そういうことじゃねえんだよ。何で俺にしか見えないんだって聞いてるんだ」
「何がソールにしか見えないの?」
「おまえだよ。アンジュも母さんも明らかにおまえが見えてなかった」
「うーん、言ってることがよく分からないよ。あ、ちょっとそこにあるやつ借りていい?」
まだ話が終わっていないのに、ネロはソールの材料箱を物色し始めた。
自分が見えていないのに気づいていないのだろうか。
そこまで鈍いとも思えない。
ネロは箱からリボンや籠など、様々なものを取り出している。
籠を持っていくのは分かる。
お菓子を貰うための必需品だからだ。
だがそれ以外はどちらかと言うとかわいいものばかりで、怖さが半減しそうだ。
「それ使うのか?」
「色合いが好きだから」
もう注意するのも説明するのも聞くのも面倒くさい。
この奇人が何を考えているのか、さっぱり分からない。
この人苦手だな、とか、あんまり関わりたくないな、とか誰もが一度は思ったことがあるはずだ。
ネロはまさしくそれにあたる。
まともに会話が噛み合わない。
しかも他の人間には見えないという不可思議なオマケ付きだ。
「じゃーん!」
声に気づいて振り返ると、なぜか頭にツインテールのように二つの魔女の帽子をかぶり、肩から腰にかけてカラフルなリボンを巻いた――滑稽なゴーストの姿がそこにあった。
「それ、全然怖くないぞ」
「あ、驚いたね。それなら成功だよ」
自分では気づかなかったが、ソールは無意識に驚いていたらしい。
そんなソールを指さして、ネロは嬉しそうに笑っている。
ソールは馬鹿にされる側の人間に、馬鹿にされている気分になった。
「目立っていいでしょ?」
多くの子どもが驚かせることを目的としている仮装祭で、目立つことを目的にしている人間は初めて見た。
やはり、ネロはどこか変わっている。
「手伝ってくれてありがとう。明日が楽しみだね」
「そうだな」
ネロについては分からないことが山程あるが、これで何のぎくしゃくもなく帰ってくれそうだ。
とソールが思った矢先、ネロはゴーストの仮装のまま一回くるりと回った。
「ねえソール。明日、僕と一緒に家を回ろうよ」
「嫌だ」
ソールは即答した。
「えー何で?」
「俺仮装する歳じゃねえから」
「駄目だよ、ちゃんと祭に参加しないと。明日、広場で待ってるからね?」
ネロは笑いなれていないような微妙な笑顔で言って、去っていった。
「……冗談じゃねえ」
承諾していないにも関わらず、ネロに勝手に約束されてしまった。
それだけで、明日の祭が楽しみでなくなり、憂鬱にまでなってきた。
ネロがいたのは僅かな時間なのに、ソールは丸一日一緒にいたような疲労感に襲われた。
「ただいま」
家に入ると、クッキーのような甘い匂いが漂ってきた。
キッチンを見ると、予想通り母とアンジュがクッキーを焼いていた。
だがよく見るとアンジュは試食しているだけで、ほとんど手伝っていない。
ソールはため息をついて、自分も試食しようとキッチンに入った。
「あ、ソール」
ソールに気づいた母が、こちらに向かってきた。
何か伝えることがあるようだ。
「パパが部屋に来いって言ってたわ。パパ、朝から持病が発症したみたいで、寝込んでるのよ。きっといつものカボチャのことじゃないかしら?」
仮装祭の前日になると、村長である父がいつもカボチャの彫り物を作って、村中に飾っている。
部屋に行かなくとも用件は分かる。
父が寝込んでいるということは、手伝わなければならないのだろう。
「わかったよ」
二度目のため息をついて、廊下をまっすぐ歩いて父の部屋に入る。
部屋の隅にあるベッドに、毛布と布団にくるまっている父の姿があった。
毛布をかぶるほど寒い時期ではないが、見慣れた光景だ。
今更文句はない。
「ソール、すまないがジャック・オー・ランタンを作ってくれ」
開口一番、悪い予感が的中した。
「例年私が作るのだが、体調が悪くてな。お前も次期村長になる身だ。この際、やってみてくれ」
父のベッドの周りに、大きなカボチャが置いてある。
ざっと見て10個は超えているだろう。
「……病気は大丈夫なのかよ」
「今年はちょっと発症が早かっただけだ」
父は苦しそうに咳をした。
父の病気が仮装祭の前に発症したのは初めてだ。
「毎年思うんだけど変な病気だよな。いつからだっけ」
「この村の村長になってからだ。寒い季節になるといつも悪寒がする。なのに暖かくなるとすっかり元気になるんだ。何の病気かは医者に聞いても分からんって言われてな」
「そこまでして作らないといけないのか? あんまり無理しない方がいいぞ」
「ジャック・オー・ランタンがないと、仮装祭は成り立たないからな。そこにある一番大きなカボチャはこの家の分にしてくれ。頼んだぞ、ソール」
この部屋に行かずに自分の部屋で寝てしまえばよかった、とソールは後悔した。
これでは断れない。
「俺、あれ作るの苦手なんだよな……」
ソールは三度目のため息をついて、大量のカボチャを外に運び出した。




