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1 目に見えない奇人

 ――この村に、俺にしか見えない村人がいる。

そんなことを、誰が信じるだろう。

だが、彼は確かにここに存在している。

彼は夢幻か、あるいは……。


***


 10月30日。

小さな山奥の村ベルザックでは、明日の仮装祭の準備が行われていた。

母親たちはお菓子を作ったり、仮装する為の衣装を用意している。


 山の尾根から橙色の陽が差す夕方。

村長の家の前では、村長の息子ソールとその妹アンジュが魔女の衣装を作っていた。


「今年は仮装しないの?」

「ああ。さすがに15歳を超えたらお菓子を貰いに行くのも恥ずかしくてな」


 ソールは仮装をする気はないが、一緒に魔女の仮装を作ることを楽しんでいた。

そんな二人に、近寄る影があった。


「ねえ、僕も混ぜてよ」


 そう言った中性的な声の主は、黒いフードをかぶった少年だった。

身長はさほど高くなく、年齢はアンジュより少し年上、15歳前後といったところだ。

初めて見る人間であることは間違いない。


「……誰だ?」


 ソールは黒いフードの少年に顔を向け、たずねた。

少年の顔はフードが邪魔をして見えなかった。


「僕はネロだよ」


 二人は首を傾げる。

元々子どもが少ない村なので、ソールも全員の顔と名前は知っている。

だが、この村にネロという少年はいなかった。


「ネロ・スペクトラ」


 聞こえていなかったとでも思ったのか、ネロはフルネームで名乗ってきた。

突然話に入ってきた見知らぬ人間に、ソールは口を開けて呆然としていた。

アンジュもきょとんとしている。


「スペクトラ? 初めて聞いたな」

「ネロって呼んでよ。その呼び方はよそよそしくて気に入らないなぁ」

 と言って、ネロは肩をすくめた。


「ネロは隣村の人か?」

「ひどいな、ソール。僕、ずっとこの村に住んでるんだけど……」


 ネロは顔を上げた。

首の辺りに一直線に傷跡がある。

それよりソールはネロが自分の名前を知っていたことが気になった。


「アンジュは僕のこと知らないとか言わないよね?」


 ネロの視線がソールの左下、アンジュに向けられた。

ネロはアンジュの名前も知っている。

いまいち信じられないが、ネロは同じ村の住人であるようだ。


 アンジュはネロではなくソールの方を見て首を傾げる。

傾けられた首の動きに合わせて、魔女の帽子がずれた。


「僕は知ってるのに二人とも知らないんだね。まあいいや、これから改めて仲良くしようよ。僕はネロだよ。よろしく。アンジュも僕のことはネロって呼んでね。僕はもうアンジュって呼んでるから」


 なんだこいつ。

言葉で形容しがたい、しいて言うなら変な人間だ。

ソールは頭をかいた。

もしかして今まで家に引きこもっていて、ソールの目につかなかった人間なのかもしれない。

彼の持つ陰鬱とした雰囲気がそう思わせた。


「じゃあネロって呼ぶぞ。ネロ、何しに来たんだ?」

「さっきも言ったじゃん。僕も仮装祭に混ぜてよ。いいでしょ?」


 どうやらネロは仮装祭に参加したくて話しかけてきたらしい。

とても仮装をする年齢には見えないが、本人が仮装したいならすればいいだけの話だ。


「いや、俺に言わなくたって、参加したいならすればいいだろ」

「衣装の作り方が分からないんだよ。だから教えてほしいんだ」

「何の仮装か知らねえけど、難しいのは面倒だからやめた方がいいぞ」

 とソールが言うと、ネロはフードの中から無地の白い布を取り出した。


「ゴーストの仮装をするのか?」


 ネロは黙ってうなずいた。


「じゃあ、目と口の部分を切らないとな」


 ソールは持っていたハサミをネロに手渡した。

ネロはハサミを慣れない手つきで持つ。


「これ、どうやるの?」


 穴のあけ方を知らないのか、ネロは布にハサミの先をあてて首を傾げるという動作を何度も繰り返している。

見るに見かねたソールは、ネロからハサミを奪って布を切り始めた。


「こうやって、布を折って切れば穴があくんだ」

「そうなんだ。知らなかったよ」


 適当に教えただけなのに、感謝されてしまった。

それがソールを少し申し訳ない気持ちにさせた。


 ネロはソールの見よう見まねで布を切る。

先程の動作が嘘のように、手際よく切っていく。

元々器用な人間なのだろう。

目の部分にあいた二つの穴は、綺麗な円型だ。


「ソール、あたしゴーストの仮装なんてしないし、布の切り方とか聞いてないよ」

 と、アンジュが口を挟んだ。


「いや、おまえじゃなくてネロに教えてるんだよ」

「さっきから思ってたんだけど、ネロって誰?」

「誰って、俺の隣にいる奴だろ」


 ソールはネロの方を見て答えた。

ネロは布を切るのに夢中で話を聞いていない。


「隣? 誰もいないよ?」

「えっ?」


 ソールは素っ頓狂な声をあげてネロを指さす。

その様子を見たアンジュは何かを思いついたのか、手叩いた。


「あ、明日の出し物の練習? ソールは何もしないのかと思ってたけど、こっそり練習してたんだね」

「何言ってんだよ。だからそこにネロがいるだろ」

「そのハサミと布を浮かせるマジック、すごいね。どうやってるの?」


 アンジュの視線は一向にネロの方を向かない。

ソールが返す言葉に困っていると、家の窓が開き、母が窓から身を乗り出した。


「アンジュ、ちょっと手伝ってー」

「はーい」


 母はソールを一瞥したが、ネロの方は見なかった。

見たことのない人間がいるのに驚かないのだろうか。


「あたしママのお手伝い頼まれてたの、忘れてた。先に家に戻ってるね」


 アンジュは足早に家に入っていった。


「お母さんの手伝いかぁ」


 やっと話したと思ったら、ネロは感心している。

アンジュに認識されていなかったことを、全く疑問に思っていないようだ。


「……」


 どうしてアンジュはネロが見えないようなふりをしたのだろうか。

ソールをからかっていたのか、それとも。

しかし、アンジュがここで演技をする意味がどこにあるのだろう。

それに、母もネロには気づいていないように見えた。


「アンジュはえらいね」


 ソールが何度も目を擦っても、ネロは変わらずそこにいる。


「ソール、何をしているの?」


 考え込んでいると、隣の家に住む老婆が声をかけてきた。


「準備だよ。明日の仮装の」

「一人で? 大変ねぇ」

「いや、そこにいるネロに教えてるんだ」

「おかしなことを言うのね。そこにはあなたしかいないじゃない」

「え?」

「年寄りをからかうのも程々にしておきなさいよ」


 老婆は杖をつきながらネロの横を通り過ぎて行った。


「どういうことだ?」


 信じられない現象が起きている。

このネロ・スペクトラという少年は、ソールにだけ見えている。

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