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Over Land  作者: 射手
第六章  ユーマ・シフォン
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第六章  ユーマ・シフォン ⑧

Viwe:ユーマ・シフォン

Time:二年前


 両腕を波立たせるように翻して、風を受けて減速、減速しながらゆっくりと降下して着陸する。後ろを振り返ると、さっきの人たちがいた場所は遥か遠くに見える。この世界に『スキル』があるとはいえ、危険を冒してまでユーを追いかけてくるとは思えない。普通は誰だって『外』は怖いはずである。


 でも、あの畑は『町』の外に作られてたなぁ……。


 両足で苔生した地面を踏みしめて少し歩く。山奥ということもあり、かなりじめじめ、としている。生えている木々も背の高いものばかりで、陽光を阻む。遥か上方で緑の葉々が明るく灯り、力のない光を届ける。そのおかげもあり、木々の足元には静かで空気の澄んだ神秘的な世界が広がっている。


 たしかに『外』は怖いところ。しかし、『あの子たち』にとっても『人間』は怖い存在なのだ。


 茂みの中に割って入ると、膝丈程度の小さな『子』たちが茂みから出てくる。


「あっ、ごめんね」


 小さな声で謝ると、薄茶色の毛並み、イタチのような細っこい姿の『その子たち』はぴたり、と立ち止まってユーの方に振り返る。くるるるる、と鼻鳴くと真っ黒なビー玉のような目でユーを見る。まるで、体格や力量を図っているかのようにユーの全身をきょろきょろ、と見る。勝てる、と算段が付けば襲いかかってくるのだろうか。しかし、ユーにとっては『そんなこと』はどうでもいいことだ。


「おいでぇ」


 かがみこんで、小さな声で呼びかける。両手のひらを上に向けて、手には何もないことを見せる。敵ではない意思を見せると、『その子』はゆっくりとユーの元に歩んでくるが、他の『子』たちが、キィー、キィーと警戒を呼びかける。


「そうだ」


 『その子』が仲間たちとユーを交互に見比べている。自身の『好奇心』と仲間の声とどちらを選ぼうかと迷っているようにも見える。ユーはポッケを弄ると、さっきの畑から摘んだきのみを取り出す。小豆程度の大きさの赤紫のそれは、指で潰すと同じ色の果汁が溢れ出てくる。その果汁はさっぱりとした甘みと、少しの渋みを感じる。形や大きさこそ違うが、ぶどうとほぼ同じ味だ。


「おいでおいでぇ」


 きのみを数個手のひらで踊らせる。すると、『その子』は完全に好奇心に負けたように一歩、一歩と近寄ってくると、常に鼻をすんすん、と鳴らす。少しでも変なものを感じたら逃げようとしているのだろう。次第に、その鼻はユーの指先に触れ、次にはきのみに触れる。二度三度匂いを確認すると、小さな口できのみに齧り付く。『その子』の歯がきのみに食い込むと、プチっときのみは弾け、果汁を飛び散らせる。


「あっ」


 一つをぺろりと平らげ、もう一つに差し掛かった時だった。再度プチっと弾けた果汁が『その子』の目に入ってしまった。キィーゥ、キィーゥと前足で顔をこするが、果汁が取れない。さらに沁みるのだろう。その場でのたうち回っている。


「もう、大丈夫?」


 ハンカチを取り出して、顔を拭おうと手を近づける。すると、


「キィーゥ!」

「いっっ」


 小さな口に噛み付かれてしまった。小さな口とはいうものの、立派な牙があり、ユーの人差し指に数ミリの刺し傷が二つ出来上がっている。『その子』はくるるるる、と小さく鼻鳴くと、すぐにユーの前から去っていった。


「あー、向こう行っちゃった」


 失敗失敗、いきなり違う匂いが目の前に現れるとびっくりしちゃうよね。反省しながら人差し指を伝う血にハンカチを当てる。みるみると広がっていく真っ赤な染み。血は止まる気配がなかった。


「可愛かったなぁ、フェレっちと名付けよう」


 『こっち』での名前を知らないので勝手に名付ける。そうすることで『あの子たち』が一層愛らしく感じられるようになる。「可愛かったなぁ」と何度も呟きながら、ユーは茂みの中を進んでいくのであった。



——————————



 しばらく茂みの中を進むと、目の前に崖が現れる。高さ三メートルくらいだろうか、見上げて上に生えている木を見る。付けている目印を探して視線を数往復さけると薄ピンクをリボンが少し離れた木の幹で揺れているのを見つける。


「あっちか」


 ぽつりと溢して、リボンに向かって歩く。非常に気が重かった。


 薄ピンクのリボンの揺れる木の真下。崖の中腹くらいから抉れ、小さな洞窟となっている場所がある。雨風を防いでくれる程度の場所、そこには幾重にも藁を敷き込んだベッドがある。そして、そこには傷を負って横たわっている『子』が、そこで眠っていた。

 ユーが近寄ると、『その子』は耳をピクリと動かして、こちらを見る。


 太陽のような黄金の毛並み。三メートルほどある巨躯。鋭い目と牙を持つ『大狼』。『その子』はユーの姿を見つけると、ぐるるるる、と呻く。


「ご、ごめんね、ご飯……、持って帰ってこれなかったよ」


 ははは、と苦笑して頭を掻く。『その子』は呻き声を大きくして、前足を起こす。


「だ、ダメだよっ!まだ治ってないんだからっ!!」


 ユーが不用心に近寄ると、鋭い爪が切り裂いてくる。肩口を抉られ「うぅ……」と蹲る。


 ふんっ!と鼻息を荒げ、『その子』はユーを見る。その目は、憎しみが込められていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 『この子』に初めて会ったのは、ほんの二週間ほど前のことだった。その頃のユーは、『グランタリア』の片隅に住処を得て、暮らしていた。一時期は『賊』に占拠されていた『グランタリア』だったが、『OLRO』が『この世界』に来て状況が一変した。『OLRO』は軍隊を『グランタリア』に派遣し、『賊』から『グランタリア』を奪還したのである。そのおかげもあり、ユーは日に二回支給される食料を得て、生活していた。

 正直にいうと、そんな世界情勢はユーにとってはどうでもよかった。ユーにとって大事なこと。それは、『この世界』に棲む『動物』たちとの触れ合いだった。野性味の強い『動物』たちは『現実世界』では考えられないほど敵意を剥き出しにし、襲いかかってくる。多くの人は、『それ』を恐れ、逃げ隠れるか、戦った。

 でも、ユーには逃げ隠れることも、戦うこともできなかった。『現実世界』の動物たちは、もはや全種族が食用となっている。犬や猫、ウサギや蛇、ライオンや象までも、人間の『食べ物』となっている。『食べ物』の無くなった『現実世界』においては、少しでも『食べられる可能性』のあるものは全て『食べ物』である。そんな世界に成り果てている。

 ユーは、そんな人間になりたくなかった。『動物』と戦うんじゃなく、『動物』を愛したいと、強く思っていた。


 そんな中、『賊』から『グランタリア』を奪還した『OLRO』は、次なる作戦を決行した。それは、『グランタリア』が更に安全な『町』となるための『作戦』だった。『OLRO』はヘリコプターや大砲、戦車を『この世界』に持ち込んで、『モンスター』の掃討を行なった。森は爆撃に燃え盛り、『動物』たちは傷を負っていった。

 強く思った。どうして『人間』は同じことができるのだろうか、と。『現実世界』においても、犬や猫、ライオンや象を食べる、食べなくてはならなくなった時節に、大きな反発があったはずだった。それは、ユーにとっては『歴史』で学んだことだ。しかも、ごく最近の『ごく浅い歴史』であった。


 ユーは『人間』を恥じた。『ごく浅い歴史』すら繰り返す『人間』を恥じた。『グランタリア』の中から響く『動物愛護的な発言』をする『人間』を恥じた。重火器の轟音に耳を塞ぐ『ユー』を恥じた。だから、ユーは『グランタリア』を出た。


 『外』へと出たユーは、爆撃を受けて倒れている『大狼』と出会った。綺麗な黄金な毛並みが真っ赤に染まり、後ろ足を一本、爆撃によって失っていた。それでも、首を起こして、ぐるるるると唸る。ユーを、『人間』を睨む。『一緒』なんだ、と絶望に襲われた。

 呆然とするユーの上空から、バラララララ、とヘリコプターの汚い音が響いて来た。そして、嫌に大きな声で「そこの少女!離れなさいっ!」という警告が聞こえた。


 『嫌』だった。『大狼』が殺されるのも、『人間』扱いされるのも。ユーは『スキル:身体変化』で両腕を大猿に変化させると、『大狼』を抱き上げて逃げた。それでも追いかけてくるエンジンの音と、音声。ひたすら逃げて、逃げ続けた。次第に森が深くなり、ヘリコプターの音が聞こえなくなると、ようやく落ち着いた。そして、ユーの右肩が血にまみれているのに気がついた。

 ずっと、『大狼』は、ユーの肩に噛みついていたようだ。ユーに抱かれていたこともあり、肩を噛み砕くには至らなかったみたいだが、『大狼』を地面へと下ろした今、非常に鋭い目でユーを睨んでいた。しかし、『大狼』も失血のダメージからか、地面に突っ伏して倒れ込んだ。


 それからは、ずっと畑から食物を盗んでは、『大狼』と共に生きてきた。ユーの一方的な感情だとしても、絶対に『大狼』は守るんだと誓った。

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