第六章 ユーマ・シフォン ①
これは夢である。
そう夢なのだ。
俺は今、いつものログハウス、バー兼用喫茶店のカウンターに座っている。後ろのテーブル席できゃいきゃいと話を続ける女性五人衆の声をBGMにしながら、おっさんから受け取ったウィスキーで舌を湿らせる。木目調の店内を照らすのは仄明るい関節照明。大人の静かな雰囲気が流れる中、場違いなほどの笑い声が響く。アルジールとユーマ、そしてアルジールの友人であるギルファードは揃って、ユーマの自室である屋根裏部屋で映画鑑賞をしている。いつもは酒に付き合ってくれる直人は、夕食前に薫からの銃弾に倒れ、自室で眠っている。そう、ここまではいつも通りなんだ。これだけならば、夢だなんて思わない。
「おとーさん、またお酒飲んでる……」
「酒ぐらい飲むさ……」
頭が痛くなる。後ろのテーブル席から、あすかが立ち上がり、俺の隣のカウンター席に腰掛けた。『腰掛けた』のだ、あの小さく、幼いあすかが、脚の長いカウンター席に。
隣をちらりと見る。そこには二十歳そこそこにまで成長した姿のあすかがいた。ちなみに、後ろの席で会話を楽しんでいるみずき、薫、そら、つばさの見た目は変わっていない。言ってしまえば俺もだ。つまり、あすかだけが成長した世界に俺はいる。
「おとーさん、お酒止めなよ~」
「どうせ酔えやしないからいいんだよ……」
夢なんだし、とは言えずにまた酒を口に含んだ。今まで何杯も何杯もウイスキーをロックで飲んでいるが酔った気配がない。やはり夢だ。
「なんか落ち込んでる?」
「あぁ、落ち込んでるよ……同い年くらいのお前に『おとーさん』なんて呼ばれてるんだからな……」
「んん?何言ってんの??」
ジーンズの似合う長い脚、主張せず膨らんでいる胸。どうやら、あすかはスラッと美しいスタイルに成長するらしい。ちなみに顔だちは、今の可愛らしい顔立ちはそのままに頬が引き締まって、綺麗になっていた。そういえばこの前、直人の奴が「あーちゃんは十年後が楽しみだ!!」なんてほざいていたっけ。
確かに可愛い……。
「って、俺は何を考えているんだーっ!!」
「おとーさん……なんか、変」
「あぁ!変だろうとも!!頭トチ狂ってんだからな!」
てか、なんつー夢見てんだよ、俺……。
俺の深層心理って何考えてんだよ……、バカかよ……。
カウンターにうな垂れると、あすかは心配そうに覗き込んできた。端整な顔立ちに整えられた眉が垂れている。
「おとーさん、だいぶ酔ってる?」
「深層心理が酔ってる……」
「わけわかんない……」
だろうな……。
と、そんな話をしていると、トイレに行きたくなってきた。夢とは言え、酒をがぼがぼ飲むと行きたくなるものなのだろうか……。
「ちと、トイレ行ってくる……」
「うん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫~」
まさか、あすかに心配される日が来るなんてな。足取りを確かめると、やっぱり酔ってなんていなかった。
焦らせやがって……。
そんなことを心で呟きながら、トイレに入る。
「………はぁ、まさか、あすかがあんなに可愛くなるなんてなぁ~」
と、思いながら用を足そうとした。
「………。待て、これは夢……、夢なんだ!!ここでしたら絶対に情けない気持ちで目を覚ますことになる」
ぎりっぎりのところでなんとか持ちこたえ、『ブツ』を格納する。危うく放出してしまうところだった。
「よし、起きてトイレに行くかな……」
………。
………………。
「どうやって起きんの?」
冷や汗が流れた。
いつもはどうやって起きてんだ?
分からない。
どうしようどうしようっ!!
こんこん
「おとーさん?大丈夫??」
「へ、へーきだ!なんともないっ!!」
やばいっ!やばいやばいっ!!
起きなければ、早く起きなければぁ!
「ほんとに?倒れてたりしないよね?」
「大丈夫!ぜんっぜんっ!まったく!!」
起きろーっ!!俺起きろーっ!!
必死に自分を起こそうと、両手で頬を叩きながら強く念じる。
夢の中から……。
頼むっ!そろそろ起きてくれっ!!
『奴』がすぐそこまで来てるんだっ!
それでも、俺が起きる気配はなかった。
「おとーさん?」
起きろーっ!!
「おとーさんっ!?」
早く起きろーっ!!
そろそろ際どいぞ!
「おとーさん!」
どーやって起きんだーっ!
「おとーさん!!」
どんどん
ドアがノックされる。
やばい、やばいぞっ!
「ちょっ、どうしたの?」
ドアの向こうからみずきの心配そうな声が聞こえた。
げっ、みぃ!?
「おとーさんがはいってでてこないの」
「えっ?蓮ちゃん、開けるよ?」
「ちょ、待て……」
がちゃ。
「どうしたの?」
「いや……、俺が起きなくて……」
「「へ?」」
開けられたドアから見えたのは、パジャマ姿のみずきとあすかだった。しかも、彼女たちの背後に見えるフロアは暗く、薫やつばさの姿がない。更に付け加えるならば、カウンターで自分が酒を飲んでいた痕跡もなくなっていた。つまり、さっきまでの夢の世界とは完全に違っていた。
「おとーさん?」
「あれ?あすかがちっちゃい?」
「うぅ?」
「あの……蓮ちゃん、大丈夫?」
みずきがそう言う気持ちも分かる。
でも、俺の頭もこんがらがっていた。
ここは夢?現実?
「なぁ、ここは夢の中?」
「訳が分からないんだけど……、寝てる?」
「………、かもしれないな……」
もう諦めるしかなかった……。
なんだったんだ……、今の夢は……。
軽く落ち込みながら、部屋に戻ると、
「やり過ぎだってば……」
「だいじょーぶだって、さぁって次は、野生女の夢を……」
怪しい会話を繰り広げるアルジールとギルファードがいた。
………。
「お前らかああああああああっ!!」
「ひいいいいいいいっ、逃げろおおおおおお!!!」
結局、その夜は満足に寝ることができなかった。




