第五章 ルーファス・リーデル ⑨
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「後日また連絡を差し上げる、か」
潜入捜査からグレイヤが戻り、合流した私たちは、そこら中に乱立しているプレハブ小屋の路地に集合した。本当は喫茶店などがよかったが、さすがに『ナインクロス』の中で話はできない。路地で彼女の報告を聞き、それを文書にまとめる。本社に送るために一部、そして、今後の自分たちの行動を考えるために一部。それらを作成しながら、私たちは話し合った。ちなみに、シンはプレハブ小屋の屋根から周囲を見張っている。
「その連絡はどのようにしてくる?」
「私の携帯の番号を伝えてあります。連絡はそれで」
「信用できるのか?」
「そればかりは隊長に会っていただかないと。少なくとも彼の用意した飲食物には毒は盛られていませんでした」
毒は盛られていませんでした、って……。彼女と合流した際に、小一時間説教をしたと言うのに、しれっとそんな事を言われると、説教した甲斐があるのか疑わしくなる。しかし、報告を包み隠さないところは評価できるところではある。
「食べたのか?」
「ええ、こちらの覚悟を提示できなければ、話ができないような状況でしたので」
「よくやるよ……」
囮役を泣くほど嫌がっていたってのに、覚悟さえ決まれば女はこうも強いものなのだろうか。
「『安全な町』と『ナインクロス』、それこそが大きな問題になるでしょう」
「そうだな。連絡はどれくらいで着きそうだ?」
「先方は『ナインクロス』の防衛、モンスター討伐の指揮を執っているである『クリストフ』を用意すると言っておりました。最長でも二,三日ではないかと」
彼女の報告を聞き、私は顎に指を這わせる。防衛とモンスター討伐の指揮、私たちが以前より持ち合わせていた情報とは全く異なる肩書きだ。『賊』を指揮し、『町』から物資を奪い去る輩の肩書きではない。確かに、『ナインクロス』としては、彼は英雄なのかもしれない。『町』を作るだけでも相当な功績である上に『壁』までも建設し、ある程度の『安全』を手に入れている。『ナインクロス』の内面から彼を見れば、立派な肩書きが与えられるのも理解できる。
しかし……、いや──、
「二,三日、『ナインクロス』に留まろう。この町の話をするには、あまりにも悪い印象しか持ち合わせていない」
「ほ、本気……ですか?」
「本気だ」
彼女は、一度は私の決定に難色を示したが、すぐに「わかりました、先方に連絡を取り、宿の手配をします」と仕事に取り掛かった。
やはり二十五歳事務職志望の女の子には、きつい仕事である。
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グレイヤが先方に連絡を取り、用意してくれた宿は『キム・リクソン』が所有する建物だった。そもそも『ナインクロス』には宿というものが存在しない。この世界で住む場所のない人が行き着く町なのだから無理もないだろう。
私たちは無人となっていたその建物に上がりこむ。普段は使われていないようで、エントランスや各部屋には薄っすらと埃が積もっていた。
「それで、キム・リクソンは?」
「先ほど連絡を取った際、仕事に出ていて戻るのは朝方になるそうです。先に休むように言付かっています」
彼女の報告を聞いて、「そうか」と相槌を打って、私は勝手に空いている部屋に入り込んだ。部屋にはベッドが一台、小さな机が一つあるだけで、真っ白無地のクロス、グレー色のカーペットが敷かれた簡素なものだった。ベッドの脇には小さな窓が一つあり、ベッドに腰掛けながら外を見ることができる。私は疲れていたのか、ベッドに腰掛けると、すぐに目を閉じてしまった。
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どれほど時間が過ぎただろうか。目を開くと、窓の外はまだ暗かった。「ふぅ」と溜息を吐いて、ベッドの脇にある窓から夜の闇に呑まれた『ナインクロス』の町並みを見下ろす。目の前を走る道は両壁に落書きが施され、道端にはゴミが散乱している。少女が一人、黒服に連れられて歩いている。一つ向こうの通りでは、少年たちが集まって『何か』をしており、さらに視界の端に広がる大通りでは、肩と肩がぶつかったと言って喧嘩が勃発している。そして、薄暗い路地裏では一人の青年が金を払ってクスリを買っていた。
そういえば、グレイヤが言っていたな。
『なぜ人は腐るのだろうか、どのようにして廃れていくのか』と。
その答えは分かりそうで分からなかった。いや、答えを出すのを躊躇っているのかもしれない。その答えが出てしまうと、私は『OLRO』として仕事ができなくなってしまう、そんな気がする。
それからしばらくの間、部屋の中で私はずっと窓の外を見ていた。決して好転のしないドラマでも見ているような気持ちで、どんどんと悪化していく様を目に焼き付けていった。
強盗、強姦、クスリ、非行、売春……。
私は人の醜い部分を、じっくりと目に焼き付けていった。
そんな中、私の視線は突然、空へと引っ張られた。
そのとき、その瞬間にして、『ナインクロス』の空は騒がしくなった。
「これが……、『ナインクロス』……」
眼下には劣悪な人の醜態。そして、そこから視線を上げて空を見ると、数十と群れている翼を持つモンスターたちが眼下に向けて咆哮している。もし『壁』がなければ、地上にも多くのモンスターたちが駆け回っていたことだろう。そうなれば、この町は地獄。地獄の中で人は生きていけない。だから、人は死んでから地獄へと行くのである。
しかし、そんな地獄にこの町は生きている。
それが『ナインクロス』──。
「あれは……」
空を翔るモンスターたちを眺めていると、一条のレーザーポイントが空を走った。そして、レーザーがモンスターを捉えると、破裂音が町に響き、そして同時にそのモンスターは爆発に飲み込まれた。
「………」
「隊長っ!」
爆発音と共に、私の部下たちが部屋に飛び込んできた。部屋で休んでいたところ、先ほどの爆発音を聞きつけてやってきたのだろう。二人とも状況を把握しているようだ、シンは窓の外に視線をやり、グレイヤは「行きますか?」と私の指示を仰いだ。
まったく、私の部下たちは……。
「モンスター達の行動、行方を追う。その先に、モンスター退治する人間がいるはずだ。まずは彼らと合流する」
「分かりました」
「了解ッス」
私は優秀な部下たちを連れて、『キム』の家から飛び出した。
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松明すらも満足に灯っていない道を私たちは走った。一体どこに向かっているのかも分からない。空を見上げると、数えるのが億劫になるほどのモンスターが空を徘徊していた。これだけの数を相手するとなると大変だ。それどころか、町を守りきれるのかどうかも問題である。再び空を見上げると、モンスター達はみな同じ方向へと向かっている。
モンスターには『ファーストアタック』というシステムがあり、最初に自分を攻撃した人間を狙うという習性がある。空を覆うほどの数のモンスターを呼び寄せるなんて、一体どれほどの人が戦っているのだろうか。
そのモンスターの動きについていくと、がらり、と土地の開けた場所に辿り着いた。そこでは──、
「カマぁ!ちゃんと狙って撃てっつの!!外してんじゃねぇよ!!」
「うるさいわねぇ、プロの仕事に口出さないでちょうだい」
「おらぁ、ノースクロス上空!増えたぞ!!」
「もう、キリないわねぇ」
長身の男が直滑降してくるモンスターを剣で薙ぎ払いながら吠える。その背後には、更に大きな男がスコープを覗き込みライフルを構えている。他には──、
「隊長、キムがいます」
グレイヤがそう言うと同時に、私も彼を発見していた。すらっと伸びた背丈に、腰くらいまである髪の男。彼もまたショットガンで応戦していた。彼らが一太刀、一撃を振るうたびに、モンスターは失墜していく。それだけで彼らの力が大したものであることは分かるのだが……。
「まさか、三人でやってるんじゃないだろうな」
私の視界の中には、剣の男、ライフルの男、そしてショットガンの男、キムの姿しかなかった。これだけの数のモンスターを相手に僅か三人で、だなんて……。
そんなことを考えていると、キムがモンスターの体当たりを受けて、吹き飛ばされ地面を転がった。それを続けて狙うモンスターが三、四匹。巨大な口を開けて、彼に襲い掛かる。
「っ!行くぞ!!」
言うが早いか、私をはじめグレイヤとシンの三人は彼の元へと駆け出した。地面に倒れこんだキムの眼前にまで迫るモンスターの牙。背後からは、彼の仲間も彼の名前を叫んでいた。
間に合わない。
どんな弾丸も、彼に襲い来るモンスターの牙よりも速く『そこ』に辿り着けない。
私を除いて──。
「はあああああああああっ!!」
私は『スキル:駿足』を最大限発揮し、『持ち物』から剣を引き抜いて、彼に襲い掛かる牙に斬りかかった。全速力、そして全体重の乗った斬撃はモンスターの牙を粉砕するに至り、次太刀でモンスターの首を刎ねた。
「なっ!?」
一瞬にして目の前に立った私に驚いたのだろう。キムの驚愕の声が背後から聞こえた。
「シンっ!グレイヤっ!!」
「問題なしッス」
「援護します」
さらに、左より迫りくるモンスターにはシンが得意の槍術で斬り払い、右後方から襲い掛かってくるモンスターにはグレイヤが接射でショットガンをぶっ放した。
「──っ、あなたは」
「挨拶は後にしようか『キム・リクソン』。シンは上空より、グレイヤは地上にて、各個モンスターを撃退せよ」
「了解」
「ういッス!」
私の指示を聞くと、シンは自身の武器である槍を片手に『スキル:跳躍』で漆黒の海と化している空に飛び上がると、周囲にいる飛行型モンスターを薙ぎ落としていく。その槍捌きは見事なもので、一瞬にして三匹ものモンスターを屠り、地上に羽を舞い落とす。
また、背後ではショットガンからライフルへと持ち替えたグレイヤが夜空で戦うシンの援護を行っていた。
「誰だか知らねぇが、助かった」
二人の戦い様を見上げていると、背後からキムとは違う声が掛けられた。
おそらく、彼こそが──、
「『クリス』だ、あんたは?」
振り返ると、一癖ありそうな笑みを見せる『クリストフ』が私に右手を差し出していた。一見すると普通の青年なのだが、彼こそが世界的犯罪者の一人。
私たちの相手だ。
「『ルーファス・リーデル』だ。所属は……『OLRO』だ」
彼の右手を見つめて言った私の一言にキムが息を呑んだのが分かった。『OLRO』の存在を知らない人間は『この世界』にはいないだろう。そして、なぜ『OLRO』が誕生し、『ここ』にいるのか、その理由も分からない者はいない。
そんな因縁の相手が、今、目の前にいる。
「『OLRO』……か、おいキム、てめぇ何か企んでんな?」
『クリストフ』は右手を引っ込めて、『キム』を睨む。しかし、それを咎めるような迫力は纏っていなかった。
「これから企むところだ。まさかこのタイミングでかち合うとは思ってなかった」
キムはようやく立ち上がると、観念したように息を吐く。どうやら彼の行動は『ナインクロス』の総意ではなかったようだ。では、彼は一体『OLRO』に、私たちに何を求めていたのだろうか。
「ふぅん、まいっか。『ルーファス・リーデル』つったか?あんた」
「あぁ」
「キムを助けてくれたこと、一応礼を言っておく。ありがとな」
「気にするな。彼は私たちの仕事相手で、『ナインクロス』の問題を片付けるチャンスなんだ。死なれては困る」
そういうと、『クリストフ』は「それが『OLRO』の仕事……か」と呟いて、私の横をすれ違うように歩いてきた。
そして、ちょうど私の真横まで近づくと、彼は更に小さな声で呟いた。
「ちっせぇな、『OLRO』の仕事っつーのはよ」
そういうと、彼は歩く速度を上げて向こうへと歩いて行った。
「おいっ、クリス!まだ片付いてないぞ!!」
「『OLRO』のみなさんがいれば十分だろーが。俺ぁもう寝る」
キムが呼び止めるように叫んだが、彼はそのまま振り返ることなく、町の闇の中へと消えていく。壁に阻まれた太陽が空を照らしていた。
「小さい……だと……?『OLRO』の仕事が……──ッ!」
私はもう見えない彼の姿を睨みつけ、怒りに震えた。『賊たち』を束ねて『町』を襲うような奴に、『OLRO』の何が分かるというのだ。
「~~~っ!お前たちの仕事はどれほどのものだと言うんだっ!私は!必ずこの世界を平定してみせる!お前たちのような賊共をっ!のさばらせて堪るかっ!」
当然、返答はなかったが、私は叫ばずにはいられなかった。
私はこの世界を、全人類が夢見た世界を、必ず守ってみせる。




