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Over Land  作者: 射手
第五章  ルーファス・リーデル
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第五章  ルーファス・リーデル ⑧

view:グレイヤ・ファム・ウール



 その後、男に連れて来れられたのは、風俗ビルの地下にあるクラブであった。ドアは締め切られているのに、重低音と人の踊り狂う音が廊下にまで響く。


「さっきのクリスくんといい、今日は女連れが多いなぁ」


 ドアの前に居座っている黒服が、私の手を引く男に声をかけた。男は「へぇ、クリスが?」と会話を始める。


「つっても、クリスくんはキャンさんだけどな。これからVIPに?」

「クリスとは別だけどな」


 そう言うと男は、私の手を引いてドアを潜った。私としては、もう少し話を聞きたかったのだがここで変な動きをすれば怪しまれると思い、男に喜んでついていくアホな女を演じた。決して上手くはないけど……。


 あの二人はここに入り、VIPルームの奥の部屋にいる。つまり、『ジェラード・アイスラーム』もそこに……。


 ドアを潜ると、さっきまでとは比べ物にならないほどの大音量が体を揺さぶってきた。鋭く光るストロボ、闇を切り裂くレーザービーム、体の奥底を揺さぶるような重低音。そして、人の熱気。狂乱、そういう言葉が似合う光景だった。小中学生と思われる少年たちもそこで踊り狂い、体を触れ合わせては恍惚とした表情を浮かべる。さすがは『ナインクロス』、薬の売買がそこかしこで横行し、法もモラルもあったものじゃない。


 聞こえはしないが、男は「こっちだよ」と厭らしい笑みを浮かべながら私の手を引っ張る。そこには『VIPエリア』と書かれた扉があった。それを開くと、信じられないほど長い廊下がずっと向こうまで伸びている。本来、VIPルームって、ダンスフロアを一望できる場所にあるものじゃないのだろうか?


「不思議?」


 VIPエリアへのドアを開けると、男は振り返りながら言う。


「そうね、VIPルームってもっと中央にあるものかと思ってたんだけど」

「ふふ、そうだね。この奥の部屋にVIP中のVIPがいるからだよ。本来この場所は彼の休養ために作られたんだよ」


 私が『OLRO』の一員であることを露にも考えていないのだろう、男は極秘情報を易々とリークした。さっきの黒服との会話である程度は予測できていたが、それが確信に変わった。この奥に『ジェラード・アイスラーム』がいる。

 ダンスルームとVIPエリアを繋ぐドアが閉ざされると、赤絨毯の敷かれたVIPエリアはしん、と鎮まりかえった。さっきまでの重低音はまったくと言っていいほど聞こえなくなっている。


「静か……」

「でしょ?ここはそういう場所なんだ。っと、こっちこっち。奥には行かないでね」


 男は奥に進もうとした私を引き止めて、手前の部屋へと招き入れた。その部屋の中はよりふかふかな絨毯が敷き詰められていて、尚且つ柔軟なソファ、テーブル、そして、あらゆるお酒が並んでいた。さすがはVIPルームだ。


「適当に座って、今お酒注ぐから」

「い、いや私は──」

「ん?」


 グラスに酒を注ぐ彼を止めそうになって、躊躇う。ここで断ったら、不審だな、と考え至って「いや、なんでもない」と取り繕う。


 しかし、


「大丈夫だよ、ここはいかなる通信手段も遮断される。どんな会話をしたって外には届かないよ」

「っ!?」

「どうしたの?座って。遊びたいんでしょ?」


 私の反応を見て男はニヤリと笑い、グラスに酒を注いでいった。いや、まだ取り繕える。そう思い、気付かれないように深呼吸をして平静を取り戻そうとするが、それも無駄に終わる。


「『OLRO』の、人間だよね?」


 ゆっくりと、優雅にソファに沈み込みながら、男は私を見つめる。言葉は疑問文だったが、持つイントネーションは断定だった。私の正体を知った上で、ここに招き入れるということは、生きて帰す気はないということだろうか。


「あなたは……」

「私はキム。この町を裏で仕切っているのが『ジェラード』や『クリストフ』だとしたら、私は表で仕切っている立場にある」


「あなた方からすれば私は裏方なのかもしれないけどね」と付け足して、男は酒を注いだグラスを私に向けた。たしかに『OLRO』にとっての表は『ジェラード』や『クリストフ』。

 『キム』という人物の名は聞いたこともなかった。


「誓って毒や薬は入れてないよ、安心してほしい。私は話があってあなたをここに招き入れた」

「そう。それで、話というのは?」


 体が震える。私はこういう腹の探り合いは得意ではない。それにここは相手の地、何があってもおかしくない。


「あなた方はこの町のことをどのように認識している?」

「………」

「言葉を選ばなくても結構だよ、気楽にして。その方が好ましいから」


 どうすればいいの……。こんなときに限って隊長とは連絡が取れないし、助けにも来てくれない。でも、『クリストフ』を深追いした私の失態であるわけで……。

 こうなったら……。


「犯罪者集団の町、と認識しています」


 私は胎を括った。ソファに座り、手元にあるグラスを手にとって、一気に酒を煽る。それを見てか否か、「ええ、結構。その認識に間違いはないよ」とキムは微笑んだ。


「賊の行為は決して許されるものではないし、ここに来るまでにお見せした通り、この町にはモラルの欠片もない」


 彼の言葉に、先ほどのダンスホールの光景が浮かんだ。踊り狂う人の群れ、少年たちまでもが混ざり合い、薬物が横行している。人が腐り、心が腐り果てた結果がこれなのだろう。


「では、あなた方は人がなぜ『こうなる』のか考えたことは?」

「なぜ?」

「ええ、人が腐る理由を」


 なるほど、結局そういうことか。町の現状を知らせ、『OLRO』を掌握しようと。

 ならば──、


「いいえ、我々は機械的に任務をこなすだけですから」

「機械的に?」

「ええ、秩序やモラルはその場所で形を変えるもの。そんなものに柔軟に取り組んでいれば、我々は何もできなくなる。すべき使命を見失うことになる。あなた方は他者の生活を脅かし、人の命を奪っている。人として守るべき最低限の規律さえ守られていない」


 屈するわけにはいかない。頭を垂れるわけにはいかない。頑とした意思を、立場を示さなくては、『OLRO』は『ナインクロス』に飲み込まれてしまう。


「ならば、『この町』の人間には死ね、と?」

「でしたら、『他所の町』の人間は奪われて殺されろ、と?」


 きっと、隊長ならばこうするに違いない。ここは譲ってはならない一線だ。


「おそらく、この場で私と話しても平行線のままでしょう。然る時に、然る場所で、然る相手を用意します。結論はそのときにでも」


 そういって、私は席を立つ。心臓がばくばくと弾け、膝が震える。今、私は彼らを刺激した。彼らの意見と真っ向から違え、挑発行為をした。もし、目の前の男が何か罠を仕掛けていたのならば、今、この時が絶好のタイミングだ。

 しかし、男は立ち上がり、「そうですね、こちらも然るべき人物を揃えましょう」とこちらに手を差し伸べてきた。

 一瞬その手に驚いたが、すぐにその手を握ると、自然と安堵の息を漏れた。すると「おやおや」と私の手を握った男は笑みを浮かべ、「外まで送りましょう」といい、そのまま私の手を引いて歩き始めた。

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