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Over Land  作者: 射手
第五章  ルーファス・リーデル
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第五章  ルーファス・リーデル ⑤

 蓮たちに連れられてやってきたのは、砂浜から土手を上った先にあるログハウス。日に焼けた木肌に絡みつく雑草の蔓、ひび割れてきている丸太。外見は決して綺麗だとは言い切れない建物であるが、味わい深く感じることもできる。ドアを開けると、きぃ、という木の軋む音と共に、ドアを添えつけられた小さな鐘が控えめに鳴った。


「おう、いらっしゃい」


 低めの渋い声が私たちを迎え入れる。フロアには、声の主にして、ログハウスの主でもあるマスターがプレートにコーヒーと紅茶、そして淡く黄色味掛かったミルクジュースのようなものを運んでいる。その先には、陽の光が燦々と入り込む窓に並んで設置されたテーブル、その椅子に髪の長い女性と、膝の上に小さな女の子を乗せた女性が向かい合って座っていた。


「マスター、心が落ち着く飲み物をいただけるかな?」

「ほう、またヤバい仕事でも掴まされたのか?」


 何度か来店し、顔見知りの仲ではあるが、マスターは会話を一往復させるだけで、状況を読み取ってしまったらしい。私の背後では、「うぅぅ……」と、未だ涙を見せる部下が一人、その周囲には彼女を慰める彼の娘と、引き攣った笑顔を浮かべるその友人が並んでいる。もはや、会話など無くとも読み取れたのかもしれない。


「適当なテーブルにでも座って待ってな、すぐに準備してこよう」

「よろしくお願いする」


 マスターとすれ違うと、私はカウンターへと向かった。私に続いてカウンターに並んだのはマスターの娘の友人、神阪 蓮。そして、部下のシンが続いた。そして、泣き続ける我が部下、グレイヤは薫とみずきと並び、日の当たりのよい窓際のテーブルに向かう。


「どうしたグレイヤ?また泣かされたのか?」

「うぅ……、つばささぁぁーんっ!」


 先に座っていた女性が立ち上がり、彼女を慰めると、すぐにグレイヤは女性に抱き着いた。女性の名は、秋風 つばさ、凛とした立ち振る舞いと言葉遣いをし、男前な女性である。『この町』にはグレイヤが敬愛する女性がかなり多く存在する。


「あ、あはは、大変ですねぇ」

「そ、そらさんもぉ……、助けてくださいいぃ」


 そんな賑やか且つ微笑ましいテーブルを背に構え、私と蓮、シンはカウンターでマスターを待つ。


「相変わらず大変ですね」

「そうだろう?」


 蓮は親指の先を背後のテーブルに向けて言った。『ナインクロス』に潜入することではなく、グレイヤのお守の方を、だ。これからの事を考えると、少々、いやかなり頭が痛い。


「仕事の度に『ああ』では今後も困るというものだ」


 溜息混じりで答えると、ちょうど、マスターがやってきて私たちにコーヒーを並べていく。マスターの持つプレートにはカップとポットが残っており、そこからほんのりと甘い香りが漂ってくる。


「それはリラックス効果がありそうだ」


 話を区切って、マスターに声を掛ける。すると、「ハーブの力で『あれ』が落ち着くとは思えないがな」と投げやりな言葉が返って来た。マスターの言葉に、少し背後を振り返ると、文章で表すのも悍ましい上司への悪口イン女子会が執り行われていた。せめて、そのターゲットがいない所でやっていただきたいものだ。


「それにしても、『ナインクロス潜入』なんて、『OLRO』も思い切ったことをするもんですね」


 蓮はコーヒーを口に運びながら言う。


「いや、これでも慎重に事を運んでいるつもりだよ。『世界政府』から『ナインクロス』に制裁を与えろって通達が来てるくらいだ。『現実世界』で唯一活発な仕事が葬儀屋だからな」


 いつどこに死体が現れるか分からない『世界』となってしまった『現実世界』。無縁仏や、残虐な死体が転がり、人物が特定できないものも多く、『現実世界』では、毎日一千人以上の葬式が執り行われている。それも『Over Land』に因を持つものだけで、である。仕事が活発というだけで、『誰を』焼いているのか、『誰を』埋めているのか分からない状態であるため、商売としては大赤字であるという。

 そんな『Over Land』の後処理に追われている『現実世界』としては、『Over Land』の犯罪者たちを許せないのは当然のことである。


「………、そうですね」


 彼はコーヒーを嚥下すると、目線を下へ向けた。


「なにか思うところでもあるのか?」

「いや、まぁ、そうですかね」

「おとーさん」


 蓮が何かを言い淀んでいると、背後から無垢な声が漂ってきた。振り返ると、幼い少女が、おどおどとしながら蓮を「おとーさん」と呼んでいた。一瞬何事かと思ったが、すぐに頭を整理して状況にフィットさせる。


「おめでとう」

「ちがっ!そんなんじゃ!」


 祝福の言葉を贈ると蓮が慌てふためいて、両掌を私に突き付ける。何が違うと言うのだろうか。蓮が慌てている間にも、少女は彼の膝元にまで寄り添っていた。


「お嬢ちゃん、こんにちは」

「っ!~~~、うぅ……」


 普段『OLRO』の気難しいおっさ……、失礼、上司とばかり接しているため、幼い子供への対応の仕方はどちらかと言うと、苦手な方であることは確かである。だからこそ、私にできる最大限の笑顔と柔らかな口調で話したのであるが、少女は怯えて、蓮の影に隠れてしまった。

 そのことに若干なりとショックを受けていると、蓮が彼女を抱き上げ、「あすか、挨拶しな?」と促す。すると、怯えながらも「こ、こんにちは……」と言い遂げると、すぐに背を向けて蓮の腕の中に納まった。

 その可愛らしい仕草に心がほっこり、とするが、私としては大きな疑問を抱かずには居られなかった。


「蓮、相手は誰だ?」


 すぐに背後を振り返り、窓際の暖かな陽光に包まれているテーブルに目を向ける。絶賛上司の批判中であるが、気にしない。


「だ、だから──」

「さっきの話では、みずきではないな……、薫か?」

「いやいや、さっきその子そらさんの膝に座ってましたよ?」


 今まで沈黙して話を聞いていた青髪の部下、シンが割って入って来た。仕事でない話では率先して入ってくる。


「なんとっ!そうか、お似合いじゃないか」

「だから違うって──」

「それにしても、水臭いじゃないか。この間来たときには、そんな素振りすらなかったというのに」

「蓮さんって秘密主義なんですねぇ」

「聞けよっ!」


 蓮は口調を荒げると、シンの頭を押さえて口を噤ませる。次いで、私に睨みを利かせてくるが、顔を赤くしている点で迫力がない。


「うむ、聞こう」


 開き直ると、蓮は言い辛そうに膝の上に目を向けると、口籠りながら「ん、っと……、この子は、引き取ったんだよ」と小声で言う。聞き取らせないためか、少女の頭を撫でながら。

 言い辛そうな様子、少女に聞かせないようにする様子、そして、『Over Land』の情勢、彼の言葉、それらを繋ぎ合わせると、一つの答えに辿り着く。むしろ、それ以外の答えは『この世界』では、なかなかお目に掛かれない。


「そうか、辛い仕事だな」

「辛いのは、あすかの方だ。俺がもっと早くに……」


 そう呟くと、彼は唇を噛んだ。強い後悔、おそらく近い過去の話だろう。


「『OLRO』でも引き取ることはできるが?」

「いや、この子は俺が」

「そうだな、そんなに信頼されてたら、引き離しはできないな」


 彼の膝の上、腕の中に納まる少女は、話の内容が全く分からないといった様子で、私と彼の顔を交互に見ていた。

 『こんな子』をこれからも見ていくことになるのだろうか。


 ──させるものか。


 カップに残ったコーヒーを一息に飲み干すと、私は席を立つ。この少女を見て、悠長にお茶など飲んではいられない。


「行きますか?」


 そう言葉を発したのは次いで席を立ったシンだった。普段はちゃらんぽらんだが、人のちょっとした変化や、態度はよく見ている。その言葉に「あぁ」と返し、「ご馳走様。蓮、今後も頼りにしているよ」と、言葉を残し、背後のテーブルに向き直る。


「グレイヤ、出発だ」

「えぇっ?や、やっぱり行くんですかぁ?」


 まだ名残惜しそうにテーブルにしがみ付き、駄々を捏ねる彼女であるが、私の表情を見ると、「はぁ……」と大きな溜息を吐いて立ち上がる。


「明日は『雨』だ。到着は早い方がいい」

「分かってますよ、『餌役』もやります。その代り、ちゃんと守ってくださいよね」


 頬を膨らませて、不機嫌が溢れ出ている態度のまま、「ヘリを回してきます」と彼女はログハウスから出て行った。なんだかんだ言って、やってくれるのは有り難い。


「それでは、今後とも『町』のことはよろしく頼む」

「任せてくださいよ」

「グリィにも、ちょっとは休みあげてくださいね」


 そう返事をしてくれたのは、薫とみずき。更に、みずきは席を立って私に紙袋を手渡してきた。


「余りものですが、移動の最中とかに食べてください」

「そうか、有難う」


 受け取ると、足元に何かが近寄ってくる。目を落とすと、そこには小さな少女が私の服の裾を力弱く引っ張っていた。


「なんだい?」

「が、……、がんばって」

「っ、あ、あぁ!もちろん」


 少女、あすかの頭を撫でると、彼女はすぐに蓮の元に引っ込んでいった。そして──、


「『ナインクロス』の情報とかが手に入れば、俺たちにも聞かせてほしい。可能であれば、でいいんで」

「そうだな、情報は共有すべきだ。まとまれば開示しよう」


 ──私と蓮は握手を交わした。


 ログハウスを出ると、太陽が海に沈もうとしていた。長い間隔で聞こえてくる波の音、そして、それを切り裂くように聞こえてくるヘリコプターの騒音と風圧。ちょうど、砂浜に着陸しようとホバーリングをしているところであった。


「さぁ、行こうか」


 私とシンが乗り込むと、ヘリコプターは上昇を始めた。

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