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Over Land  作者: 射手
第五章  ルーファス・リーデル
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第五章  ルーファス・リーデル ④


 波の穏やかな『海の町:グランシャリエ』。海水浴にはうってつけの遠浅の砂浜が広がり、視界には横一文字に水平線が伸びている。太陽の角度はまだ鋭角な時間だが、『グランシャリエ』周辺は温暖な気候の為、すでに多くの人が海水浴を楽しんでいる。

 ざざぁん、と耳に優しい波の音が届く。目を閉じると、そのまま睡魔に絆されてしまいそうだ。しかし、すぐに鉄が空気を切り裂く音に邪魔をされ、更に背後からの風圧に圧されてしまう。振り返るとそこでは、攻撃ヘリコプターが一機、その背後では輸送ヘリコプターが一機、ホバーリングしている。操縦席にはイヤーマフをしたグレイヤが座り操縦桿を握っている。なんだかんだ言って、現場向きの人種だと思う。


「お待たせしました、いつでも行けますよ」


 イヤーマフをパカッ、と外してグレイヤが微笑む。しかし、まだヘリコプターのエンジンがかかっている為、大声だ。


「燃料は?」

「大丈夫です、『レンド~グランシャリエ間』の往復は可能です。三分の一程度余る計算です」

「弾薬もグリフィン三十匹の大群を想定して準備してるッスよ」


 グレイヤに次いでシンもサムズアップして答える。つまり、準備は万端だ、と言う事。


「分かった、では行こうか」

「了解っ!」


 私もヘルメットとイヤーマフを装着して、ヘリコプターに乗り込む。すると、徐々に上昇を始め、指針を確認、方角を確認すると、グレイヤは『レンド』へと向け、ヘリコプターを発進させた。



━━━━━━━━━━



 『海の町:グランシャリエ』と同じく海に面した田舎町『レンガの町:レンド』にも穏やかな波の音が響いていた。『グランシャリエ』との違いは町の規模と、リゾート地のようなエメラルドブルーの海面ではなく、海底が海面に移り込まないダークブルーな海であること。『グランシャリエ』が娯楽の海だとすれば、『レンド』は漁に向いた仕事の海である。とはいえ、波が届ける柔らかなサウンドに変わりはなく、ここにもまた一人、砂浜に寝転んで目を瞑る青年がいる。

「くかぁー」と寝息をたて、温かな陽気を届ける昼前の砂浜はさながら極上のベッドだ。ここ数日立て続けに『賊』が襲来し、まともに寝ていなかったことも相乗し、より至福の時を味わっている。


「えぇっと、あっ」


 砂浜の上にある土手の向こう側からそんな声が流れ弾のように飛んで来た。そこには、温もりを感じることのできるログハウスがあり、青年たちが寝泊まりしている『喫茶Bar』が本日も開店している。


「そこです、そこ」


 声はさっきよりも近くから聞こえる。そして、さくさく、と砂浜の踏みしめられる音が近づいてくる。それは、至福の時の終わりを告げる悪魔の足音。しかし、その悪魔本人には悪気がないのが厄介である。


「蓮ちゃーん、お客さんだよぉ」

「んん、む」


 真上から降り注ぐ声と太陽光を遮る影に邪魔されて、目を開く。そこには、にへー、とだらしない笑顔を貼り付けた古田みずきが青年の顔を覗き込んでいた。


「客?」

「うん、ルーファスさんだよ」


 青年の声にすぐに答えを言うみずき。だらしない笑顔のまま、彼女は振り返る。その視線の先には、スーツを着た男が立っていた。


「休んでいるところ悪いな、レン」

「あぁ、あんたかぁ」


 青年は目を擦ると、気だるそうに体を起こす。まだ、微睡んでいるようで、大きな欠伸と大きな伸びをして、そのまま海の向こうをぼんやりと見つめる。


「あまり休めてない様だな」

「まぁね、二日連続だったし……くぁ」と言うと、再び欠伸をする。


「あぁ、薫なら買い物行ってますよ」


「いしょっと」と、立ち上がりながら青年──神阪 蓮は欠伸の影響の残る涙目のまま、私を見る。その顔だちはまだ少年のようなあどけなさが残っており、『この町』を守る凄腕の『傭兵』だとは思えない。寝起きのせいかもしれないが。


「薫とは市場で会ったよ、『賊』の引き渡しはグレイヤが担当だ」


 言いながら、苦笑いが出てくる。確かに、彼女の担当なのだが、なぜかグレイヤは薫に懐いている。年齢的にも逆なのではないかと思えるのだが、確かに自信に満ちている薫の雰囲気には人を寄せ付けるものがある。そのせいか、グレイヤは薫と会うと、「薫さぁーんっ!」と駆け寄って抱き着き、大好きな主人にじゃれつく犬と化す。そんな部下の姿を思い返すと苦笑の一つも出るものである。


「そすか」

「あぁ、相変わらず美女に囲まれて羨ましい限りだよ」


 蓮の隣に並ぶみずきに目を向ける。すると、彼女は「え、あ、ははは」と照れ笑いをして頭を掻いた。すぐに蓮に「何照れてんだよ」とツッコまれて「いいじゃん」と彼女は膨れた。


「蓮はパートナーはいるのか?」

「いないですよ」


 なぜか彼は食い気味に返答してきた。普段からこういうやり取りをしているからなのか、彼は自然と余所行きの笑顔を顔に貼りつけた。


「蓮ちゃん……」


 隣ではみずきがジト目で蓮を睨んでいた。


「まぁ、聞いたところで話が弾むものでもない話題だけどな」


 なんとなく事情を把握し、話題を転換する。


「最近、『賊』の活動がより活発化してきているが、何か問題はあるか?」

「うぅむ」


 少し考える蓮、おそらく思うところはあるのだろう。しかし、彼はいつも決まって、「特にないですね」と答える。これは勘だが、私に対して何か隠し事があるのではないだろうか。


「そうか、それならばいいのだが」


 追及せずに話を切る。彼との関係は良好であるに越したことはない。


「じゃあ、逆に聞きたいのだが」


 そう前置きして、「『ナインクロス』について何か知っていることはないか?」と尋ねる。一瞬、蓮の表情に不信感が見えた所で、「私の班で『ナインクロス』への潜入捜査を行うことになったんでな」と重要事項を話す。こちらの重要事項を話したことにより、蓮の表情は戻り、「特に知ることはないですが、一度話をしたい相手だとは思いますよ」と答えた。その表情は曇っており、おそらく過去に何かしらの出来事があったのだろう。


「そうだな、私も個人的にはそう思うよ」


 『犯罪者集団』と決めつけている『OLRO』としては、『話し合い』というよりは『尋問』の方になるだろう。私としては対等な立ち位置で話をしてみたいものだ。


「『ナインクロス』や『レンド』、君たちのことだが、協力し合うことができれば、『この世界』はもっと良くなると思っている」


 今は無法地帯であるが、法や規則が出来れば、確実に『現実世界』を超える『世界』となるだろう。いや、そうならなければならない。今の『現実世界』は失われたものが多すぎる。食糧も底を尽きれば、必ず人間世界は滅亡の一途を辿るだろう。それを防ぐためにも、『この世界』、『Over Land』を大いに活用しなければ。その為にも、現在『Over Land』において、圧倒的な技術と力を持っている『レンド』と『ナインクロス』とはいい関係を築くべきだ。と、いうのが私の持論である。


「上手くいけば、いいですけどね」


 蓮も思うところがあるのだろう、表情を曇らせたままではあるが、賛同してくれた。その隣では、みずきも難しい顔をしている。


「みぃはよく分かってねぇだろ」

「うん」


 彼女の言葉に思わずズッコケそうになる。


「でも、協力し合うことはいいことだと思うよ?」

「そりゃあな」


 私と蓮で乾いた笑いを合わせる。それでも、きっと『問題』に直面したときには、彼女は迷わず行動することが出来そうな気がする。そうなれば、誰よりも頼りになる存在となるだろう。本当に、いいチームだ。


「さて、そろそろかな」


 時計を確認すると、グレイヤ達と別れて三十分程度が経過していた。『賊』の引き渡しとしては、そろそろ終わる頃だろう。そう思って、土手の方を振り返ると、数人の女性集団と、一人気まずそうについて歩く青髪の青年が歩いて来た。


「隊長!『賊』の収容完了しました」


 どこか上機嫌な様子でグレイヤが言う。薫の近くだと本当に楽しそうだ。


「うん、ご苦労様。じゃあ、先に輸送ヘリに出てもらおうか」

「了解です」


 すぐに携帯を取り出すと、グレイヤは通話を始めた。テンションが高いと仕事も早くなる。


「話は終わりましたか?」

「あぁ、粗方ね」


 薫もどこか嬉しそうな口調だ。おそらく、グレイヤに色々と褒めちぎられたのだろう。隣で蓮も不審そうな表情を顔に出している。


「『ナインクロス』の件、聞きました。大変そうですね」

「あぁ、いつかはやらないといけない事だからね、このまますぐに発とうと思う」

「へ?」


 何かが砂浜に落ちる、サクッ、という音が聞こえた。その音の元へと全員が目を向ける。そこには、携帯を落とし、呆然とするグレイヤの姿があった。


「この、ままですか?」

「あ、あぁ、そうだが?」


 自失したまま、彼女は私に確認をとる。確かに伝えていたはずだが?そう思って、青髪の青年、シンの方を見る。

 すると、青年は顔を横に向けた。


「シン?」

「す、すんません。忘れてました」


 昨晩の夕食後、色々と凹んでいたグレイヤを家に帰し、私とシンの二人でヘリコプター等の申請に総合事務所へと向かった。その最中に、『その話』をし、彼女にも伝えるように言ったはずであった。まぁ、直接伝えなかった私にも非はあるだろう。


「な、なんで……」


 グレイヤのよれた声が、穏やかな波の音とハミングし、より一層の悲壮感が伝わってくる。周囲を見回すと、蓮を始め、みずき、薫まで私たちから距離を取っていた。

うむ、とても息の合った行動だ。素晴らしい。


「ば、バカなんですか!隊長は!?どこに行くと思ってるんですか!『ナインクロス』ですよっ!『ナインクロス』!!『賊』の巣窟で、私たちのことを『敵』と思ってる連中の巣ですよっ!!隊長はいいかもしれないですがっ!私には色々と覚悟が必要なんですよっ!分かってますかっ!!」

「あ、あぁ、分かった。分かったから落ち着け?な?」

「なぁにが落ち着けですかっ!どっちが落ち着けって、そっちが落ち着けですよっ!何、いきなり敵本陣に突っ込もうとしてんですかっ!いいですかっ!?色々作戦とかも必要なはずですっ!準備も覚悟も必要なんですっ!!慌ててるのはそっちですっ!!」


 こうなったら彼女は止まらない。何が嫌って、泣きながら心に響くことを訴えてくるのが嫌だ。上司であり、彼女に指令を出す立場の私が同情してしまうほど、全力で訴えかけてくるのである。本当に勘弁してほしい。


「聞いてますかっ!昨日の話では十分の一の確率で死ぬ仕事なんですよぉ!それをっ!」

「大丈夫だからっ!なっ?私とシンもいるんだっ!な?そうだろ?」

「信用できませんよぉぉおおぉおぉおおぉおおっ!」


 二十五歳女子のギャン泣きを目の前で見て、どうしていいか分からなくなってしまう。五歳くらいのお子さんをお持ちのお母さん、いつもお疲れさまです。私は今、すごく疲れています。


「る、ルーファスさん?少し、ウチで休んでいきますか?」

「そ、そうさせてもらおうかな」


 薫の提案を採用し、ギャン泣きするグレイヤを引き摺って、私たちはログハウスへと向かった。

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