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Over Land  作者: 射手
第五章  ルーファス・リーデル
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第五章  ルーファス・リーデル ③

 会議は景色の綺麗な二方向が羽目殺しの窓に囲まれている二百平米ほどの広い部屋で行われる。私が会議室のドアを開けた時にはすでにほとんどの椅子が埋まっていた。しかし、それぞれの椅子には誰が座るものであるかという名札が置かれていて、椅子が無いということはない。


「少し遅いんじゃないか?ルーファス君」

「はっ、失礼致しました。ローレウス議員」


 スクエア型の淵の太い眼鏡を掛けた、不自然な黒髪の男が、私を睨む。ローレウスは『現実世界』において、圧倒的な権力と統治力を持っている『世界政府』の上位議員である。ローレウスの他にも『世界政府』の『上位議員』は四名が『OLRO』に配属されている。頭の柔らかい、ユーモア溢れる人間はいない。なぜならば、ここで決定したことは全て彼らの責任となり、ここで決定したことにより彼ら自身の首が締まるのである。些細な発言の端にさえ、気を巡らせなければならない立場に置かれた人間に、ユーモアを言うゆとりのある者は少ない。


「ふん、早く座り給え。まずは、君の報告からだ」

「はっ、では、早速でありますが──」


 椅子の前に立ち、机に置かれたタブレットを手に取る。事前に作成しておいたプログラムを、各議員に転送し、話を始める。内容は『Over Land内での法について』、主に『賊』の殺人、強盗に対する法の作成だ。重苦しい話が繰り広げられる。


「ルーファス君の資料によると、『賊』にも多少の言い分があるようにも読み取れるが?」

「その通りです、『Over Land』を利用した動機のない殺人も確かに存在しますが、『彼ら』には──」

「そういう人情的なものは『今は』必要ない」


 ローレウスと同じく、『世界政府』の『上位議員』であるカルティスが、淡々とした口調で言う。まるで、人に対して何の感情も持っていないかのように感じる。


「今は法を作ることが先決だ。殺人、強盗には死罪。程度の厳しい法がな」

「それは行き過ぎのような気がしますが」

「構わんよ、今の『Over Land』のような無法地帯には、そのくらいの法が必要だ」


 まるで、『小学生のイジメ撲滅』のための法を作っている『終わりの会』のような簡単さだ。かなり厳しい決まりを作り、恐怖によって教育していく嫌われ者の先生のようだ。しかし、彼らは小学校の先生ではない。『現実世界』において、人道的な法、決まりを作り、世界各国に対して指導していく立場にある『世界政府』の人間である。


「しかし──」

「何かね?ルーファス君?」


 反論は無意味。四角い眼鏡を、くいっ、と指先で持ち上げて、私を睨む。どうやら、高圧的な眼鏡キャラの仕草は世界共通のようだ。私も、重々と自分の立場を分かっているはずだ。大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。


「では、今捕らえている『賊』の処遇ですが」

「必要な情報が得られれば、後は必要ない」


 とても便利な言葉だ。殺せとは言わない。しかし、暗に分かりやすい言葉だ。もし、今の発言が問題として取り上げられても言い逃れが可能だ。


『私はそういう意味で申し上げたのではない』


「分かりました、『彼ら』の処遇については私が管理しましょう」


 自ら進んで十字架を背負う。褒められた生き方ではないだろう。しかし、こいつらに人の命を握らせてはおけない。


「それで?」

「はい?」

「『フェリペ氏』を殺害した『ジェラード』とかいう男の身柄はいつ頃拘束できる予定なのだ?」


 『ナインクロス』の『ジェラード』、一体どういう男なのだろうか。非常に、可哀想な男だ。


「『フェリペ氏』は本当によくやってくれた。『グランタリア』を『OLRO』の拠点とするために粉骨砕身と働いてくれた。更に、『町』を拡大する方法も『発案』するとは、本当に優秀な人間を失ったものだ」

「………」


 私は全てを知らない。しかし、『フェリペ』が発案したという『町を拡大する方法』は間違いなく『ナインクロス』の技術のはずだ。それは『ナインクロス』の町の形状から見ても明らかだ。つまり、『ナインクロス』の技術を『フェリペ』が盗んだか、もしくは、『ナインクロス』が技術と引き換えに『何か』を『フェリペ』に求めたか、だ。おそらく、後者だろう。しかし、『ナインクロス』の技術は盗まれ、『ナインクロス』は何も得られなかった。そして、激怒した『ジェラード』が『フェリペ』を殺害した。『こんな仕事』をしていると、今の言葉からでも、そんな物語が想像できる。


「『グランタリア』は『水の町』で美しい町だそうだが、『賊』の手の届く場所ではどうしようもない。この『海の町』も悪くないしな」


 『フェリペ』を失った『グランタリア』は『賊』によりほぼ壊滅状態と化した。その為、『OLRO』は『グランタリア』を諦め、ここ『海の町:グランシャリエ』に拠点を構えた。大陸の真ん中に位置していた『グランタリア』と比べ、大陸の端に位置する『グランシャリエ』は『この世界』を統治するには動きづらい場所である。


「で?ルーファス君?」


 意思を孕んだローレウスの目が私を睨む。その意思は容易に察することができ、私はローレウスのシナリオ通りに言葉を発するしかなくなった。


「はっ、準備が整いましたら『ナインクロス』へ向かおうと思います」

「ほう」


 言わせておきながら、ワザとらしく関心するローレウス。この構図では、『ナインクロス』に行けと強要したのではない、という姿勢を保てるからだ。この素晴らしい世界において、こいつらは本当に異物だ、と心から思う。


「なら、良い報告が聞けることを願っているよ」

「もちろんです」

「『ジェラード』を捕らえる、それこそが『OLRO』の威厳を『世界』に示す一番の方法なのだからな」


 威厳を世界に示す。それこそが今の『OLRO』に一番必要なことだ。『現実世界』においての『世界政府』がそうであるように、『Over Land』において『OLRO』がそうならなければならない。人間が生活する世界において、自分たちがトップでなければならない。そうでなければ、人間世界は潤滑に動かなくなる。


 大した自信だ。と、心の中で嘲るが、今の自分には、それに頭を垂れることしかできない。


「理解しております」

「うむ、では次の議題に移ろうか」


 会議は、粛々と恙なく進行していった。



~~~~~~~~~~



 会議が終わり、このビル三階にある酒場のドアを開けた。会議自体は予定よりも遅れたものの今の時間は二十時、飲み始めるにはいい時間かもしれない。バーテンダーがシェイカーを振るL字カウンターを横目に見るテーブル席にその二人はいた。青髪の男と大人しい栗色の髪の女の相席は少々如何わしく見えた。私はバーテンダーにウィスキーのロックを注文すると、その席に向かう。私の姿を見た男は相変わらずの人懐っこい笑顔で手を振った。


「会議お疲れ様ッス!」

「おう、なんだもう呑んでんのか」

「シンだけです。私はまだ」

「すんません、店の雰囲気にやられちゃいやした」


テーブルの上には枝豆とナッツ、そしてフィッシュアンドチップスの皿が並んでいた。そして、青髪シンの手元にはビールのジョッキが握られていて、あと一口で飲み干されるだろう。


「グレイヤは?グラスが来てないみたいだが」

「あ、私は今頼みます」


ドリンク一覧を見て、「すみませーん」と手を上げた。少しするとウェイターが二つのグラスをお盆に載せてやってきた。これでみんなの飲み物が揃った。私はグレイヤの隣に座り、運ばれてきたウィスキーのグラスとカシスオレンジを受け取る。


「それにしても、いきなり飲み会なんてどうしたんですか?」


三人で乾杯をしてグラスに口をつけると、グレイヤが不思議そうな顔でたずねてきた。まさかお前が哀れだから、とは言えない。


「別に深い意味はない、なんとなくだ」

「そうなんですか?隊長ってお酒好きでしたっけ」

「嫌いじゃないな」


グレイヤはほんの少しだけ飲んだカシスオレンジのグラスをテーブルに戻した。彼女も酒が嫌いというわけではないのだろうが、目の前の男ほどガブガブは飲まない。


「シンは少し抑えたほうがいいな」

「ふぇ?なんスか?」


彼はフィッシュフライをフォークで突き刺して噛り付いた姿勢でこちらを見た。まぁいいけど。


「グレっちも飲んで酔わないと~、言いたいことも言えないッスよ~」

「わ、私は別にっ!て、いうか、私はあんたの上司なのっ!変なあだ名で呼ばないでっ」


ぷりぷりと膨れながら、グレイヤは枝豆を口に運んだ。こういう姿だけ見ていれば事務員をやっているOLに見えるのだが。現実ってのは厳しいものだ。ちなみに『この世界』も『OL』と略されて呼ばれることがある。だからなんだって話だが。


「そ、それで隊長。例の件はどうなりました?」

「………。もうちょっと飲んでからにしないか」


私にとってはもう少し酔いが回ってから、何気なく言うのがベストだったのだが、しかしこれは答えを言っているのと変わりないと後で気がついた。主に眉根ががっくりと下がったグレイヤの表情を見たときに。


「な、なんで他所に回してくれないんですかぁ!私たちはつい二日前にも任務に行ったんですよ!?」

「い、いやだから、もうちょい飲んでからにしないか?な?」

「はぁ……、死んだ……。私……次の任務で死んだぁ……」

「グレっち毎回同じこと言ってっし」


ちなみに彼女は昨日に行った任務でも、五日前に行った任務でも同じことを言っていた。項垂れて、しょぼくれて、テーブルに突っ伏す。そう考えてみると、かなりの任務をこなしているな、と改めて感じた。


「んで、どんな仕事なんスか?」

「言ってなかったか?」

「聞いてないッスよ」

「『ナインクロス』への潜入捜査だ」

「ぁー……」


シンまで遠い目をした。私の隣ではグレイヤが涙をチョチョ切らしている。


「そりゃ、グレっち泣くわ」

「あんたに同情されたって嬉かないわよっ!どーせ、囮役は私なんですよね……」


グレイヤは泣きながら、不貞腐れたことを言う。


「……よく分かってるじゃないか」

「ひっ、うぇえええええん!!そこは嘘でもシンって言ってくださいよぉーっ」

「分かった、嘘だけどシンが囮だ」

「バカーーーーっ!!」


グレイヤは号泣した。ちなみにカウンターではどうすればいいのか分からなくなったバーテンダーがオロオロとしていた。気にしないでください、いつもの事ですから、と目で合図したがバーテンダーの不安そうな表情は変わらなかった。


「私とシンが全力で守るから、な?お前は『ナインクロス』を歩いてくれたらいいんだ」

「ひっく、失敗する確立を教えてください……」


な、なんてネガティブなやつなんだ……。


「……二十五%くらいかな」

「よ、四回に一回死ぬんですかぁ~……」

「違う、死ぬ確立はその十%くらいだ!」

「それでも十回に一回じゃないですかぁ~……」

「違う!四分の一×十分の一=四十分の一だっ!!」


「いや……、隊長。分数の掛け算の問題じゃないッスよ」


それもそうだ。


その後、泣き続けるグレイヤを慰める会へと移行していった。たしかに事務職希望の二十五歳の女の子がする仕事ではない。いや、だからこそ、囮としては最大限の効果が期待──おっと、いけないいけない、口が滑るところだった。心の中で自分を律していると、携帯の音が鳴り響いた。そのサウンドは、イギリスの若き歌姫が歌う『女の子の未来に希望を抱く歌』だった。


「誰のかすぐに分かるな」

「そッスね」


 俺とシンが同調していると、グレイヤは涙目でこちらを睨みながら、携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。


「……本日の業務は終了しましたよぅ……」


 泣きながら、そして、酔いながら電話に出るグレイヤ。相手は誰なんだろうか、そんな対応していい人なのだろうか?


「っ!あっ、す、すみませんっ!はいっ!いつもお世話にっ!」


 すぐに、ガタンッと席を立ち、その場で三回最敬礼。電話の相手は必ず確認しないといけない。


「えっ?本当ですか?さすがですね」


 泣いていたと思えば、今度は「ふふふ」と笑う。上司との会話という感じではない。彼氏かと思えば、敬語が耳に付く。と、なれば彼女と仲が良くて、『OLRO』以外の人間ということか。


「分かりました、はい。では、隊長に報告します。ありがとうございますっ!」


 そう言って電話を切った彼女は、とても機嫌が良くなっていた。


「誰だ?」

「薫さんですよ、『レンド』の」


 『レンド』、それは大陸の南東に位置する半島の更に端の小さな『町』。『薫』というのは、『その町』を『賊』から守る少女の名だ。さっきのグレイヤの口調からすると、『薫』が『賊』を捕らえたという話だろう。と、ウィスキーを口に含みながら考えていると、グレイヤは嬉しそうに「『賊』を捕らえたそうですよっ!」と報告してきた。


「グレっち嬉しそうッスね」

「うふふー、そりゃあねぇ」


 本当に嬉しそうににやけながら、カシスオレンジを口に運ぶ。そりゃ、彼女にしてみれば、『賊の逮捕要請』ではなく、『賊の引き渡し報告』の方がいいだろう。囮しなくていいから。


「聞いてくださいっ!それも十二人ですよ!十二人!」

「ほぉ」

「マジっすか」


 その報告には関心せずにはいられない。先日の『グランヤード』で私たちが捕らえた『賊』は六名。それも逃亡しようとする男たちだ。しかし、『レンド』はその倍。状況は分からないが、十二名の徒党を組んでいる『賊』が彼らと鉢遭ったとして、逃げようとするだろうか。『彼ら』の実力を知る私ならば逃げるが、果たして。


「それで?」

「『賊』の捕縛人数が二十人くらいになるので、引き取ってほしいとのことです」


 さすがだ。という言葉しか出てこない。シンに至っては「すげぇ」という簡単な言葉を呟いた。『現実世界』で例えるならば、数人の少年たちが二十人ものテロリストから『町』を守った、というようなものだ。もちろん、『武器の使用』に制限のない『この世界』ならではであるが、それでも凄いことである。


「分かった、『ナインクロス』に行く前に『レンド』に行こうか」

「そうですね!あーぁ、『他の町』にも『薫』さんみたいな人が居ればいいのになぁ」


 両肘をついて、グレイヤは絵空事を言う。確かに、そうなれば私たちの仕事は楽になるだろう。しかし、『OLRO』としては避けたい事態ではある。それでも、私個人としては、『彼ら』のことをもっと良く知っておきたいと思う。


「それにしても……」


 私は携帯を取り出して、目を落とす。


「『蓮』は私の番号を知っているはずなのだが……」


 どことなく寂しさを覚えると、「隊長はいつも忙しいッスから!」とシンがフォローしてくれ、「気を遣ってくれたんですよ」とグレイヤからも気を遣われた。これも一つのパワハラになるのだろうか?と思いながら、私は残ったウィスキーを飲み干した。

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