第四章 ジェラード・アイスラーム ⑳
view:クリストフ・アルバー
「腹減らねぇか?」
「………」
俺はミノ虫を担いで、自身のプレハブ小屋に戻って来た。ミノ虫をソファに座らせ、俺は自分の掌に開いたナイフの傷口の治療を行う。といっても、ヤブ医者が調合した薬を塗り込んで包帯を巻くだけの簡単な作業だ。非常に沁みるが、我慢すれば二、三日すれば傷は塞がる。『この世界』の薬は、かなりの効果を持っており、大抵の怪我や病気はすぐに治してしまう。傷を負いやすい『この世界』特有のシステムなのかもしれない。
「……一人がいいか?」
「………」
しかし、ミノ虫の傷を癒す薬は『この世界』において、存在しない。自分のものも、他人のものも関係なく、容易く大切なものを奪っていく『世界』にも関わらず、だ。
ミノ虫は、首を縦にも横にも振らず、ただジッと床の一点を見つめていた。
俺ならば、一人になりたいと思うが、こいつの場合はどうなんだろうか。かなりの甘えん坊だから、傍に居た方がいいのだろうか。そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされる。その音に一瞬、ビクリと震えると、ミノ虫は顔を上げて、ドアを見た。
「誰か来た」
抑揚のない言葉でミノ虫が言うと、俺は「そうだな」と返して、ドアへと向かう。そこには、白髪の男、キムが立っていた。キムは「大丈夫か?」と言うと、部屋の中を覗き込んで、ミノ虫を見やる。
「ずっとあんな調子だ、で、何か分かったか?」
「あぁ、上がってもいいか?」
キムの表情が和らぐのを見て、「もちろん」と返して部屋へと通す。
「わりぃな、コーヒーも何も無くてよ」
そう言って、キムの椅子を一つ、ソファと対するように置く。すると、「構わんよ」と言って、キムは椅子に座った。
「状況の説明は、都度付け加えるとして」
と、前置きをした後、キムはミノ虫の方を見て、言った。
「ギルファード・エレンツは、生きている可能性がある」
「……へ?」
キムの言葉を聞いて、たっぷりと五秒間かけて、ミノ虫は掠れた声を出した。俺も、そのキムの言葉を信じられない。
「どういうことだ?」
俺の言葉を受け止めて、キムは少し笑った。彼にしては珍しい、心からの笑み。
「アルジールが、アルジール・クライが『レンド』で生きていたんだ」
「っ!?アルが?」
思わず身を乗り出さずにはいられなかった。フェルトと共に死んだと思っていたアルジールが生きていた。それも、『レンド』で。
「『死神』たちの話によると、ギルファード、『死神』の『レンド』への侵攻を防いだのが、アルジールだったそうだ」
あまりの衝撃に絶句していると、キムは説明を付け加えた。そして、その説明により、俺は更に頭を混乱させた。
「アルが、『死神』を防いだ?」
「あぁ、ちょっと信じられない話だけどな」
フェルトと共に『レンド』に行ってから三年。その三年の間に、アルジールに何があったのだろうか。
「無理やり戦わされたとか……」
「いや、それはない」
俺の考えうる意見を、キムはすぐに否定した。そして、キムはその根拠を口にする。
「アルジールは、ギルファードと少し話をしたそうだ。《『レンド』は襲わせない、『ナインクロス』へ帰れ》とな」
「アルは自発的に『レンド』を守ったってのか?」
そんな事があり得るだろうか?ほぼ確実に、フェルト率いる『死神』は『レンド』に対し殺戮を行ったはずだ。しかし、フェルトは殺され、『死神』たちは敗走を余儀なくされた。そんな場所に一人残った少年に『レンド』が友好的に接する訳がない。どんな暴言や暴力が少年を襲ったかなんて想像に難くない。なのに──。
「『レンド』のレン・カミサカって聞いたことあるだろ?」
「フェルトの……」
「あぁ、フェルトの仇だ。だが、そいつがアルジールを庇っていた可能性が高い。『レンド』のアルジールへの遺恨や憎悪に対応できた人間は、そいつ以外には考えられないだろう」
『レンド』のレン・カミサカ。一体、どんな奴なんだ。一体……。
「悔しいよな、俺ら『ナインクロス』はジェラード達が襲われたことを恨み『町』を襲っているのに、『レンド』はそれを庇った。どんな理由があるにしても、出来ることじゃない」
キムは苦い顔をして言った。おそらく、俺と同じ感情なのだろう。俺たちに出来ないことを、そいつらは簡単にやり遂げた。それが、悔しくて、……羨ましい。
「と、まぁ、以上からギルファードは生きているという見解になる。アルジールと戦ったのなら、殺し合うことはないだろう」
「………、だとさ」
ずっと黙って話を聞いていたミノ虫の頭を撫でる。撫でた拍子に前髪が流れ、幼い顔が露わになる。
「……アルちゃんも……生きて……」
「あぁ、『レンド』で元気にしてるってよ」
それから、ミノ虫の顔はくしゃくしゃになっていった。大粒の涙が溢れ出し、大きな泣き声を上げた。
「うっ、うあああああああああああんっ」
「よかったな、誰も死んでなくて」
「うっ、うんっ、うんっ」
ミノ虫の頭を撫でてやると、すぐに俺の胸へと顔を押し付けてきた。普段ならば「うわっ!鼻水汚ぇな、おいっ!」とか言うところだが、今日ばかりは大目に見てやろうと思う。
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そうして、しばらくの時間が過ぎ、ミノ虫が泣き止むと、キムは再び口を開いた。
「クリス、分かってると思うが」
「分かってるよ、俺たちの『計画』には『そいつら』の協力が必要だ」
俺はソファから立ち上がって、携帯を見る。『システム』を開き、『世界地図』を見る。大きな大陸が二つ、その内の一つ最南端に位置する田舎町、『レンド』。強力な力を持ち、自分たちを傷つけた敵を庇い、守ることのできる奴らがそこにいる。そいつらと、協力し合えれば俺たちは……。
「とはいえ、俺もキムも『ナインクロス』を離れるわけにはいかないしなぁ、ミノ虫、お前んとこのいい奴二、三匹貸してくんねぇか?」
「へ?え?」
状況を理解できていないミノ虫は、呆けた顔のまま俺とキムの顔を見比べる。
「さすがに、パルも腹が減っただろ?これから、ポールの店に行って、作戦会議といこうか」
「ん?んん?」
「今度は、こっちから攻めるぞ」
俺たちは揃って部屋から出て、『風速十メートル』が激しく吹き荒れる『ナインクロス』の空を見上げた。




