第四章 ジェラード・アイスラーム ⑲
view:ジェラード・アイスラーム
「うっ」
キャンサーの薬によって、眠らされた俺は酷く長い夢を見た。可能であれば、もう二度と見たくない類の夢だ。真っ黒のソファで眠っていた俺は、なぜかクリスのジャケットを羽織っていた。あいつはいつまで俺に期待しているつもりなのだろうか。
もう、戻れない。
クリスやティアたちと一緒に『世界』を旅していた頃には。
「ジェラード様」
ノックと共に俺の名を呼ぶ声が部屋に鳴り響いた。四六時中なり続けている重低音と共に、鬱陶しい音だ。
「あぁ?」
「『死神』が来ておりますが、いかがされますか?」
『死神』、『レンド』で殺されたフェルトの渾名。あいつは『ナインクロスの死神』と名乗り、『世界中の町』に復讐して回った。口には出さなかったが、当然、原因は俺なのだろう。フェルトは、俺の代わりにツケを払い、死んだ。一体、どんな最期だったのだろうか。
「ジェラード様?」
「あぁ、通してくれ」
俺は手近の酒と、注射器を手に取った。
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view:クリストフ・アルバー
「クぅリぃスぅくぅーーーんっ」
ガチャン、という音と共に耳障りな声が、俺の鼓膜を震わした。顔を上げずとも相手は分かる。垂れた髪で顔を隠しているホラー少女、ミノ虫だ。せめてもの抵抗として、身じろぎして、顔をソファへと埋める。昨日の夜は、夜中にドラゴンの襲撃があったため、自室に戻ったのは朝方、太陽が昇り始める直前だった。薄っすらと白けてくる空を見ながら、欠伸を噛みしめてドアを開けたのを覚えている。
「あれぇ?寝てるんですかぁー?」
見りゃ分かんだろが。と、声に出さずにツッコむ。しかし、ミノ虫は「ねぇねぇ」と、俺の背中をぺたぺた、と触ってきた。もはやタッチではない、ストロークだ。
「起きてくださいよぅー」
ゆさゆさと揺すってくる。しかし、俺は睡魔を優先する。
「ねぇねぇー」
指で首筋から背中を、ツゥー、となぞってくる。ぞわぞわするが、もちろん俺は睡魔を優先する。当然だ。
「クリスくぅん」
ミノ虫は耳元に湿度の高い声で囁いて来た。ついでに背中にもしがみ付いて来て、狭いソファに並んで寝転んでいる。しかし、俺は睡魔を優先する。鬱陶しいが、無視できないほどではない。
「ももももぉー」
ガキは俺の背中に口を付けて、零距離で吐息と同時に何かを言ってきた。背中が、もあっと温くなって気持ちが悪い。しかも、なんかベトベトしている気がする。
が、俺は睡魔を優先する。
「起きて──」
中ガキ生は、俺の背中を上ったかと思うと、ソファの背もたれと俺との間に滑り込んできた。目は閉じているが、ミノ虫の顔が目の前にあるのが分かる。
「──よぅ(ハート)」
「いい加減にしろ、ガキが」
俺は睡魔を優先できなかった。これ以上、俺のパーソナルスペースへの侵入は許してはならない。いや、もはや手遅れなほど接近を許していたが。
起き上がって携帯に手を伸ばす。時刻はまだ八時を五分程度過ぎた所だった。くそったれ、二時間くらいしか寝てねぇじゃねぇか。
「何しに来たんだ」
目の奥がズキリ、と痛み手を当てる。寝てないと正直辛いレベルだ。その問いに、ミノ虫は「ぬへへ」と気持ち悪く笑うと、「クリスくんを誘惑しに来ましたよぉー」と更に気持ち悪いことを言う。
「勘弁してくれ、普通の二十五歳独身男は中学生をそんな目じゃ見ねぇ」
むしろ、二十代後半、独身、男にカテゴライズされる人間は、ゴキブリ、蚊と並んで中学生は嫌悪の対象となることが多い。キーキーと猿みたいに喚き散らし、どこから湧いて出てきているのか分からない自信に満ちた表情で、我が物のように地元を闊歩する姿ときたら……。
「帰れ」
「えぇ?折角来たのにですかぁー?」
むしろ、呼んじゃいねぇよ。はぁぁぁ、と心の底から込み上げてくるような大きなため息が出てくる。
「ため息吐くと幸せが逃げますよぉ」
「むしろ、幸せを奪われてる最中だよ」
頭まで痛くなってきた。しかも、「まっさかー」とケラケラ笑っている声が聞こえて嫌になる。
「どこから、そんな自信が出てくんだよ」
「キャンさんには、ガンガン行こうぜ、と命令されてますよー」
小娘の自信の源が分かり、力を失くす。あのヤブ医者は俺をどこへ誘うつもりなのだろうか。
「それにしても、クリスくぅーん」
「んだよ」
ベッド代わりのソファに腰掛けたままの姿勢で、頭を抱えていると、ミノ虫がソファの回りをごそごそとしている。あまり物の無い部屋だが、物色されるのは気分のいいものではない。
「いつも着てるジャケットはどうしたんですかぁー?いつも肌身離さずあたしの様に大事にしてるのにぃー」
「余計な一文があったが?」
「あっ、そうですよねぇー、ジャケットは肌身離しますよねぇー、ジャケットですもんねぇー」
「ちげぇーよ!」
くそ、大きい声出したら本当に頭が痛くなってきた。しょうもない事ばっかり言いやがるし。
「昨日、ジェラんとこに置いてきたんだよ」
「なっ、なんと、二日連続でジェラくんとこ行ったんですかぁー?」
ミノ虫は何故か驚愕した。口(と思しき所)に手を当て、ふるふる、と震えながらゆっくりと俺から離れていく。一体何だと言うんだ。
「そこで……、ジャケットを脱いだ、と」
「ジャケットくらい脱ぐだろーが」
一体何だと言うんだ。
「だ、大丈夫ですかぁ?おし「そこまでだっ!口を閉じろ!」
このバカは一体何を言い出すんだ。
「ただの見舞いだ!顔見てすぐ帰ったっつの」
「ジェラくんって、早ろ「お前、俺が許可するまで口を開くな」
瞬時にミノ虫の頭を掴んで強制的に頷かせる。すると、なぜかミノ虫は嬉しそうに声を弾ませて言ったのだ。
「これって、イラ「許可してねぇよ」
どうして、こいつはすぐに下ネタに話が行くんだ。
「ったく、目ぇ冴えちまったじゃねぇか」
観念してソファから立ち上がると、窓の外を見る。昨日とは打って変わって、弱弱しいが太陽の光が見える。と、いうことは、外はよく冷えるということだ。しかも、『風速十メートル』のせいで体感温度は氷点下の冷え込みだろう。さすがに、ジャケット無しではキツイだろうな。そこまで考えが及んで、俺は部屋の隅に置いてある段ボールを開けると、そこから厚手のカーディガンを取り出して羽織った。
「ほへー、そんな可愛いの持ってたんですねぇー」
「うっせぇ、悪いかこの野郎」
袖を通すと、ちょうどいい大きさだった。そういえば、あいつは少し大きめの服を着る趣味だったよな。と、考え至って首を振った。やばいな、睡眠時間が短い上に『あんな』夢を見たせいだ。
「………、女だ」
「やかましい」
なぜか、ミノ虫にジト目で睨まれる。しかし、俺の知ったこっちゃない。
「ジェラんとこ行って、ジャケット取ってくるかぁ」
「わぁーい、デートだぁー」
「なんで、お前がついてくる前提で話が進んでんだよ」
頭が重く感じたが、何を言ってもついてくる事が分かったので、あまり体力を使わないように俺はさっさと部屋から出た。
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『風速十メートル』が吹き抜ける『ナインクロス』を歩いて、朝っぱらから厭らしい色で輝くネオンを掲げる『ノースイースト』、『風俗ビル』へとやって来た。周囲には二十四時間酒を配るように開店している居酒屋やバーが点在し、朝十時前の今でも店は活気付いている。道端には酔いつぶれて寝転ぶ人、そこら中で吐き散らかしている人、そんな事なんて関係ない様に客を呼び込む黒服。果たして、あいつらの守った町は、あいつらの望んだ通りになっているのだろうか。あのまま、滅んでいた方が良かったんじゃないだろうか。そんな風にさえ、思ってしまう。
隣にはピーチクパーチクと小鳥の様に煩い小娘が並んでいるが、その手はしっかりと俺の服の裾を握っていた。色々と鬱陶しい計算をされた行為だとは思うが、それでも、『あっち側』に行かないように握っているようにも見える。
もし、『あの時』、この小娘が事件を起こさなければ、俺はどうなっていただろうか。考えたくもない光景が頭に浮かんで、首を振った。
「どーしたんですかぁー?」
「うるせぇーよ」
こんなにも呑気で、楽観的な小娘を俺に宛がうなんて、ヤブ医者も、カマ野郎も分かりやすいことをするもんだ。本当に、とんだ迷惑だ。
「あれ?」
そんな感傷に浸っていると、ミノ虫が「なんか変ですよぉー?」とまた呑気な事を言った。つられてミノ虫の視線の先に目を向けると、そこは『風俗ビル』。普段ならば、ウザいくらいに黒服が並んでいるのに、今日は一人も入り口に並んでいなかった。
「たしかに、な」
「ですよねぇー?」
しかし、黒服がいないのは、そこの地下に用がある俺にとっては好都合だ。無駄な気を遣われなくていい。しかし、事態はそう簡単ではないようだ。
「え?へ?」
歩を進める内に『風俗ビル』から怒号が聞こえ、そして、大勢の人が『風俗ビル』の地下から溢れ出てきた。その怒号の中には悲鳴も入り混じっている。
「何かあったんですかねぇー?」
「さぁな、ミノ虫はここで待ってろ」
服の裾を握っていたミノ虫の手を払い、俺は一目散に『風俗ビル』へと走る。以前、一度だけ似たような光景を見た事があった。
「おい!何があった!」
「あっ!クリスさんっ!」
客を誘導していた黒服の肩を掴んで、こっちを向かせる。すると、黒服は俺の予想通りの言葉を口にした。
「ジェラードさんがフロアで暴れて……」
「………、何があった?」
「分かりません、ただ……、『死神』がジェラードさんの部屋に出入りしていました」
それだけで十分だった。つまり、『死神』に何かあったということだ。いや、おそらく……。
「分かった、全員無事に避難させろ。医者はさっきの事情をキャンサーに話して来てもらえ、いいな」
それだけ告げると、黒服の返事を待たずに『風俗ビル』の地下へと走る。行違う客をすり抜けて、地下三階へとたどり着く。いつもの重低音は聞こえてこない。俺はゆっくりとドアを開いて、中へと入った。
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ぐしゃり、と力を失った肉が床へと落ちる音がする。薄暗いフロアの中には、二十人はいるだろうか、人間が倒れており、そのほとんどが、真っ黒なローブ、真っ黒なスーツ、真っ黒のシャツの『黒装束』に身を包んだ、『死神』だった。
以前にも、同じような光景がここに広がっていた。いや、以前はもっと酷かった。もっと多くの『死神』がここに転がっていた。
「おぉい、起きろよぉ」
抑揚の激しい言葉がその場に響く。それに相するのは、「ひぃっ、ひぃぃっ」という悲鳴とも呼吸とも取れない撚れた声だった。
「『死神』ぃぃぃ、お前らはぁぁぁ」
「ひぃぃぃいいいいいぃっ!」
「ジェラっ!」
俺がジェラードの前に立った瞬間、奴は掴んでいた『死神』の髪を手放し、「クリスぅぅぅ!」と真っ赤に血走らせた目で俺を捉えて叫んだ。
「おせぇじゃねぇかあぁ、俺をぉぉぉ、止めれんのはぁ、お前だけだってのによぉおぉおお」
言うが早いか、ジェラードは何の躊躇いもなく『スキル:千手』を使い、俺に向かって五つのナイフを投げつける。目にも止まらぬ早業。しかし、それを『スキル:絶対的集中』を駆使し、全て躱すと五つのナイフは、背後のカウンターに並べられたボトルを破裂させた。
「クぅリスぅぅぅぅ」
「酒とクスリ入れてんだろ、暴れんな」
ジェラードはナイフを躱されたのが、どこか嬉しそうに、汚く笑った。
「くっかかかか、邪魔すんなぁぁ、今度こそぉ、全部終わらしてやるぅぅぅ!」
奴は深く一歩踏み込むと、酒とクスリに溺れた人間とは思えない速度で俺の懐へと入り込む。ナイフを持った拳が、俺の喉元へと一閃、左胸へと二筋の光が走る。喉元のそれを仰け反って躱すと、胸への二つを左右の手でそれぞれ掴み取る。ナイフが手を貫き、血が溢れる。
「ジェラード……、絶望するな、まだ──」
真紅の瞳を見つめ、語り掛ける。と、同時にがくがくと震える脚を払い、地面へと投げ落とす。
「早ぇ!」
「ごふっ!」
瞬時にジェラードの手からナイフを奪い、両手を抑える。少しでも緩めると、何をしでかすか分からない。
「くっ、くくくく」
「落ち着け、お前は「いつだ」──は?」
ジェラードは体を震わせて呻いた。暴れることもせずに、ただ叫ぶ。
「いつになれば『その日』が来る!いつだ!~~~っっっ、『死神』はまたぁ……、繰り返したぞ……」
「………」
ジェラードの手を抑えたままで、周囲を見回す。地面を這う『死神』たちの武器は、地面に転がってはいなかった。分かっていた。こいつが暴れるのは『作戦失敗』が理由ではないということは。
「まただ……、また『こいつら』はぁぁぁ、『仲間』を見殺しにして帰って来やがったんだぁ!」
以前、同じようなことがあった。それは、三年前のことだ。
「『いつ』だ!いつになったら『フェルト』の死は報われるぅ!『ティア』の死もぉ!『あいつら』の死もおぉ!それとも……っ、お前はもう投げてんのかぁっ!」
フェルト・クライが『レンド』で死んだ。ジェラードを庇い、ジェラードの、『ナインクロス』の無念を晴らすために『世界』に刃を向けた男だった。俺たちは兄のように彼を慕い、共に『世界』を旅した仲間だった。そして、共に『ナインクロス』を作った仲間だった。
「だったらっ、俺が終わらせてやるっ!俺らが作った『町』だぁ!俺が終わらせるのも自由だぁ!こんな……っ、『仲間』を見殺すような奴らっ!俺がぶっ殺してやるぅぅぅっ!」
「っ!滅多なことを言うなぁ!」
力任せに、ジェラードの頭を床に押し付ける。
「俺がいつ諦めたっ!報われんのをただ待ってるだけのお前とは違うっ!出てきてみろっ!穴ぐらん中で悟ったような事ほざいてんじゃねぇ!俺らは……っ!ずっと待ってんだよっ!」
ジェラードから離れ、立ち上がる。俺の抑えが無くなっても、ジェラードは起き上がることも、『妙なこと』をする素振りも見せなかった。
「おい、死神ども……」
床へと倒れている死神たちの方へと歩きながら声を掛ける。しかし、ほとんどが意識を失っており、反応は返ってこなかった。
「ちっ、最低な奴らだ。誰が犠牲になったんだ……」
「ギル、ファードだ」
「え?」
俺の言葉に応えたのは、ジェラードだった。簡単に、一言で。しかし、ジェラードの言葉に反応したのは、俺ではなかった。なぜ、そこにいたのか。外で待っていろと言ったにも関わらず、なぜ入って来たのか。
「待ってろって言っただろが」
「……ギルくんが?」
何を企んでいたのかは分からない。俺とジェラードのやり取りを影からこっそり見ているつもりだったのか、フロアの物陰から出てきたのは、ミノ虫だった。しかし、いつもの騒がしさはなく、呆然自失と、そこに立ち尽くしていた。
「……死んだ、の?」
「ミノ虫、外に出てろ」
「ジェラくん?」
ミノ虫は俺の言葉を聞こうとしない。それどころか、ジェラードの言葉を促す。誤魔化しの利かない、友達が死んだという情報を聞き出そうとする。
「ギルファード、だけが戻、っていない……、それだけだ」
「……っ」
ミノ虫は大きく、短く息を吸い込むと、体を硬直させた。そのまま、呼吸をするのも忘れ、ぱくぱく、と不規則に口を動かした。
「ミノ虫、……おいっ!」
近くまで寄っても反応しないミノ虫の肩を揺する。しかし、体を硬直させたまま、動かなかった。
「ったく、面倒の掛かる奴だ。ジェラ、もうすぐヤブ医者が来る、たぶんキムも一緒だ。それまで、変なことすんなよ」
「ふんっ」
それを返事として受け取り、俺はミノ虫を抱いて外へと出た。




