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Over Land  作者: 射手
第四章  ジェラード・アイスラーム
78/250

第四.五章  フェルト・クライ ②

Viwe:クリストフ・アルバー

Time:五年前



 目を覚ますと、『キャンサークリニック』の床に寝ていた。掛けられていたタオルケットを手に取ると、部屋の奥の方から「ど、どうして……」と震えた声が聞こえた。


「どうした?」


 上体を起こし、薬の影響で痛む頭を撫りながら、おろおろと狼狽えているキャンサーに尋ねる。彼女は両目に涙を蓄え、こちらに向き直ると「ジェラが……」と涙に濡れ震えた声で答える。


「ジェラ?」


 何を言っているのか理解する前に、ジェラードが眠っていたはずのベッドに目を向ける。そこはもぬけの殻となっており、血痕と体液がシーツに染みを作っていた。


「っ!何があった!?」


 すぐにベッドから抜け出して、キャンサーに摑みかかる。肩を摑みかかられたキャンサーは脱力しきり、がくがくと揺さぶられるがままの姿勢で「分からない……」と下を向く。


「私も……、眠っていたんだ……」


 昨夜、ジェラードを薬で眠らせた後、『数字』を告げ、ジェラードを壊してしまったキムが、その重責、罪悪感からか情緒不安定となってしまった。堪えていた涙は堰を切ったように流れ落ち、「すまんっ、すまんっ!」と崩れ落ちて、謝り続ける始末。見るに耐えなくなり、キャンサーから薬品の染み込んだ布をひったくって彼の鼻に押し当てた。

 そして、次々と壊れていく『弟』を見るのが耐えられなくなったキャンサーが貧血を起こして倒れ、その介抱の途中で、ポールから「お前も眠れ」と薬品を押し付けられた。


 結局、最後まで起きていたのは、ポールとフェルトのみだ。現在、二人は『キャンサークリニック』にはいない。


「ポールには電話したのか?」

「あぁ、今食事を作ってくれているそうだ……、あの子の事は知らなかったみたいだ……」


 顔面蒼白で、力も抜けているキャンサーは、再び貧血を起こして座り込んだ。今度の症状は軽いみたいで、座り込むと浅い息を繰り返しながらも俺を見上げる。


「フェルトには、連絡がつかない」

「家には?」

「すまないね、あたしゃ立つのが精一杯で……」


 そう言って、また顔を下げる。責めるつもりはないにも関わらず、どうしても彼女を責める形となってしまう。だから、せめてと「わかった、俺が行く」と告げて、『キャンサークリニック』の玄関へと向かう。


 しかし、その探し人は、向こうから玄関を開けて来てくれた。『目的』の人物を抱えて。


「フェル——ッ!!」


 真っ黒のローブを身に纏い、ジェラードを抱きかかえて中に入ってくるフェルト。しかし、二人の姿は夥しい量の血を浴びていた。顔にまで血飛沫を浴び、真っ黒のローブは赤黒く湿る。むせ返るような人脂、人血の匂いを振りまきながら、彼はジェラードをベッドに横たえる。そして、口を開く。


「こいつは、『グランタリア』に復讐に行っていた」

「ッ!!」


 フェルトの言葉に、俺とキャンサーは声を詰まらせる。そして、彼は聞き知った名を口にする。


「フェリペ、あいつがジェラードたちを殺そうとしたそうだ」

「フェリペ、だと?」


 以前住んでいた『グランタリア』の住人の一人。堅物で融通の利かない人物だった。俺たちが『新しい町』を作ろうとした時も、支援はしてくれず、それどころか俺たちを追い出そうとした。そいつが今や『グランタリア』の長となっているのだとすれば……。


「そして、ジェラードがフェリペを殺した」


 考えが及ぶのとほぼ同時に、フェルトの声が鳴った。


「どうして、フェルトがそれを?」

「………」


 フェルトに尋ねるが、答えはない。おそらく、起きたジェラードの後を尾けたのだろう。そして、行き着いた先が『グランタリア』。そして、行き着いた先が『フェリペへの復讐』だった。


「なぜ行かせた……、なぜ止めなかった……」

「………」


 答えはない。押し黙ったまま、フェルトはジェラードの髪を撫でた。


「なぜ、俺を起こさない……、あんたが……、あんたが『それ』をすんなよッ!!」


 詰め寄ってフェルトの赤黒く染まった黒装束を掴む。「クリス……」と憔悴しきったキャンサーが声を発するが、俺を止めるような力は伴っていない。


 赤黒く染まった黒装束。間違いなくフェルトも刃を振るったのだろう。普通に考えれば『グランタリア』の長たるフェリペがいるのは町の中枢であるはずだ。そこにジェラードが入り込むまでの間に『何事』も起こらないはずがない。そして、ジェラードがフェリペの元に辿り着いた後も、復讐を成し遂げた後も『何事』も起きないはずがない。更に、『それ』が少しであるはずがない。『町』の中枢なのだ。守りは鉄壁を極めたはずだ。


 『何』があったかなど、察するのは容易い。


「あんたには……ッ!あんたには、アルジールがいんだろッ!!」


 胸ぐらを掴み揺さぶる。以前にもティアを助けるために、人と戦ったことがあった。その時でさえ、フェルトは相手を手に掛けることはなく、あくまで戦闘不能にするに留まっていた。その時にも、彼は言っていたはずだった。


「アルには見せたくないからな」と。


「なぜだ!なんでッ!あんたが『それ』をする!!フェリペが相手だと分かれば!俺が行ったのに!!!」


 汚名を被るのは、『何』もない人間がやればいい事だ。


 しかし、フェルトは俺の手を振り払うと、普段から気丈な男は、見る影もなく涙を流して言った。


「そうだ、俺にはアルジールがいる。その通りだ」

「だったらッ!!」

「俺はッ!!アルジールの為に……ッ、『お前たちを見殺しにした男だ』!!!」


 彼の言葉に、俺は黙ることしかできなかった。


「お前たちが殺されていくのを、俺はアルジールを抱きながら見ていたんだ!!!クリスッ!俺はティアを見殺しにした男だぞ!!お前の!大切な人をッッ!!!」


 目の前が真っ白になる感覚に陥った。彼の言葉に反論することができなくなっていた。


「俺が『あそこ』にいれば!ティアは死ななかったはずだ!!アランも!ンバも!圭一もッ!!!」

「やめろ……」


「ジェラードもそうだ!ジェラード一人に託すんじゃなく、俺も行っていれば!ジェラードも!少年たちも守ってやれたはずだッッ!!!」

「やめてくれ……」


「恨めよ……、恨んでくれよ……ッ!俺は——」

「やめろおおおおッ!!!」


 気がつけば、拳を強く握り、彼の顔に突きつけていた。


「頼むから……、やめてくれ……」


 懇願することしかできなかった。しかし、フェルトは殴られたことをなかった事のように、立ち直るとキャンサーに「ジェラードの怪我を治してやってくれ」と告げる。


「フェルト……」

「怪我が治ったら、俺はこいつを休ませてやるつもりだ。『ノースイースト』の復興が終われば、そこに匿う」

「あんたは、どうすんだい?」


 キャンサーが力なく尋ねる。彼の意思はすでに分かっている。「やめてくれ」と言う代わりに尋ねる。


「『町』に復讐する。ジェラードは私の『親友』だ、黙っているつもりはない」


 それだけ言うと、フェルトは玄関へと向かう。向かう途中、俺とすれ違いざまに「止めるなよ、クリス」と釘を刺された。

 それでも、俺は彼を呼び止めた。


「フェルト」


 ドアノブを握っていた手を離して、それでも、こちらに振り返らずに「なんだ?」と言う。


「……、死ぬな」

「………ッ」

「たまには……、ポールんとこで、皆で酒を……飲もうな……」

「………、それは良いな」


 そう言って、フェルトは『キャンサークリニック』から出て行った。

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