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Over Land  作者: 射手
第四章  ジェラード・アイスラーム
75/250

第四.五章  フェルト・クライ ①

View:ポール・ネイザー

Time:五年前



「クリス……」


 信じられない光景を見ていた。『スキル:拡大視』の先では、己の全てを賭けた死闘に決着が着いていた。どちらの勝ちでもない。しかし、負けでもない。真っ白な巨躯で暴れる『そいつ』は醜い雄叫びをあげて、『雪山』の方へと戻っていく。荒れ果て、荒廃した『ナインクロス』を闊歩する姿は、『そいつ』の勝利に見える『絶望的』な光景だ。しかし、事実は、『そいつ』の膝ほどの背丈の人間に圧倒され、全身には致命的なほどの傷を負っている。『モンスター』でなければ『そいつ』は歩く事すら出来なかったはずだ。


「なんだって?」


 俺の小さな呟きに反応したのは、そばで怪我人の治療をしていたキャンサーであった。治療を行っていたはずなのに、小さな呟きを聞き入れるとは。俺の一挙手一投足、発する音にさえ気を向けていたのだろう。もしくは、『クリス』という単語に気を張っていたのかもしれない。

 しかし、俺は半ば『事実』に呆然としながら、言葉を垂れ流した。


「クリスが……、勝った……」

「なんだって!?」


 同じ言葉を繰り返したキャンサーは、勢いよく黒煙の方へと振り返る。しかし、『スキル』のない彼女の目には、残酷で、絶望的な光景しか見えていない。


「どういう事だい!?え?ポールッ!!」


 半ば胸ぐらを掴みながら、彼女は俺を問い詰める。しかし、そんな事など気にもならない。


「クリスが、『あいつ』を追い返した……」


 真っ白な体躯をした巨大な『化け物』。『絶望』を具現化したようなモンスターが、『ナインクロス』に襲いかかり、多くの仲間を殺した。そんな『絶望』に皆が下を向いていた。俯き、涙を流し、『奇跡』を祈っていた。

 しかし、起こったのは『奇跡』ではない。


「な、なんッ!クリス……ッ!」


 キャンサーは涙を止めることができず、顔を覆ってしゃがみこむ。「おぉぉぉ」と嗚咽をあげて泣き続ける。


「キャンサー……ッ、泣いてる場合じゃない……、ここは……、もう大丈夫だ」


 俺も涙を留めておくことができず、声を震わせてキャンサーの肩に手を添える。顔を上げた彼女は、俺の顔を見る事が出来ているのだろうか。くしゃくしゃな顔をそのままに、俺を見る。


「クリスを……、助けに行ってくれ……ッ!『この町』の……『希望』をッ!」


 キャンサーは鼻をすすり、涙を拭って、大きく頷いた。すぐに立ち上がり、地上へと繋がる梯子へと走る。その背中を見送ると、俺は『壁』の上で項垂れる『町の人々』と向き合う。息を大きく吸うと、可能な限り声を張り上げた。


「『絶望』するな!!『ナインクロス』!!!——」



View:クリストフ・アルバー

Time:五年前



 いつの間に俺は闇の中に放り込まれたのだろうか。

 長い間、俺は闇の中を彷徨っていた気がする。

 何も覚えていない。思い出せない。

 そんな中、無意識に、無気力に、俺の目は、ゆっくりと開いた。


 薄暗い部屋、その部屋に明かりがは灯っておらず、窓から僅かな光が差し込むのみだった。光の方へと視線を動かす。窓は半分以上が瓦礫と雪に埋まっていた。


「ぁ……、ぐ… …」


 まるで赤ん坊のような言葉が口から漏れる。


「クリス……?」


 視線とは逆方向から人の気配がした。泣き疲れたように声は掠れ、憔悴しきった声。どこか懐かしく感じるイントネーションと雰囲気を纏った声。


「起きたかい?」


 その声には、『何事もなかった』かのような錯覚に陥りそうなほどの優しさが備わっていた。まるで、『悪夢』に襲われた『息子』に掛ける『母親』の優しさの様であり、いつもの朝の目覚め、そんな錯覚を引き起こす。


「ティ……、ア……?」


 俺は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。その声の主は「〜〜〜っ」と言葉を詰まらせた後、俺の手を握って「もういいんだ、もういいんだよっ」と声をかける。その声を、どこか第三者的に聞き流していた。


「キャ……キャ…ン?」


 俺の手を額に当てて涙を流す人物が分かり、名を呼ぶと、その人はまっすぐに俺を見た。その視線を受け入れると、自分の中で大切なことを思い出す。「っ!」と体はビクリと震え、上体を一気に起こす。「まだだっ!ダメだ、クリス!」とすぐに立ち上がろうとする俺をキャンサーが制止する。しかし、彼女の制止を振り払って立ち上がると、まっすぐに外へと向かう。床が傾いていて少し歩きにくい。しかし、歩みを止める障害とはならなかった。


 ドアノブを握って、開いたドアの先には荒れ果てた『ナインクロス』が広がっていた。


「あ……、あぁ……」


 プレハブ小屋がそこかしこで転がり、なだれ込んできた雪がそこに居座り続けている。さらに、少し離れたところには、夥しい量のモンスターの死骸が転がり、そこには『人』の死体は一つとして残っていなかった。そして、そのほぼ中心と思われる場所は、真っ黒な焦げを残していた。その焦げは数十メートルの円に広がり、そこで何かが爆発したことを物語っている。


「〜〜〜っ!」


 その中心に、彼女がいたことを思い出し、俺は吠えた。醜くも獣のように泣き叫んだ。


 何も守れなかったことを思い出した。


「クリスっ!」


 俺の声に集まったのだろうか、俺の前に長身の男が現れると抱きしめられる。力強く、筋肉質で硬い体が俺を覆う。


「お前はよくやった!よくやったんだ!!」


 口を胸板に塞がれ、声を出せなくなる。徐々にその男が、ポールであることに気付くが、いつものような雰囲気ではない。男も熱い涙を流し、俺の頬を濡らす。


「何も考えなくていい!お前はっ!よくやってくれたんだ!!」


 次々と浮かんでくる仲間たちの最期の映像が脳裏に浮かぶ。


 俺は何度も何度も彼らの名を呼び、力が無くなるまで叫び続けた。



——————————



 気持ちが若干落ち着き、部屋を見回す余裕が戻ると、この部屋にあるもう一つのベッドに誰かが横たわっているのがわかった。見慣れた背丈、風貌、髪の色。『まだここにいるはずのない男』が、ベッドに横たわっていた。

 すぐに隣に駆け寄り、その顔を覗き込む。髪は炎にでも炙られたのか縮れており、顔の半分以上が酷い火傷を負っていた。さらに服はもちろん、上体も半分以上は焼け剥がれ、『彼』が『この世界』に留まっていることが奇跡とも思えるほどの重体だった。それだけではなく、脚に至っては、片脚の脹脛が削げ落ち、一体、どのようにして『ナインクロス』に帰り着いたのかさえも分からない。

 一体、彼の身に何があったのか。

 そして——、


「他の少年たちは?」

「分からないが、『名簿』を見る限りでは名前がない」


 知らぬうちに隣に並んでいたのだろう、キムは片手にスマートフォンを持ちながら言う。『名簿』とは『この世界』のシステムの一つであり、対象の人物を任意で登録することができる。『この世界』に存在していれば、その『名簿』に名前が記載される。

 その名簿に名前がない、と言うことは、『この世界』に存在していないことを意味する。


「何があったんだ?……ジェラードっ」


 目を覚まさない男に語りかける。微動だにせず、男は眠り続ける。その表情からは、巨大な『絶望』が見て取れた。


「確かなことではないが……」


 キムは自身のスマートフォンの画面を俺に見せてきた。そこには『世界地図』が表示されており、黒い点線が『大陸』を縦横断している。


「この線はジェラードが歩いたと思われる線だ。同行していた少年たちのことも考えるならば、危険の少ない場所を通るはずだ。それを想定し、日数も計算すると、おおよそこの経路で間違いないだろう」


 湿原を通り抜け『レア』に向かい、そこから海岸線を南下して『グランヤード』を通り、森の浅いところを通って『グランタリア』、そして大陸南東端に位置する『レンド』に向かって折り返し、『ナインクロス』に帰ってくる、という線が引かれていた。


「疑問は『レンド』に行ったのかどうかだ。一番最初に向かったのは『レア』で間違いないとしても、『レンド』に立ち寄る時間はほぼないはずだ」

「つまり、『グランタリア』で何かあったと?」


 静かにキムは頷いた。そして、告げる。


「ジェラードの脚は見たか?」

「あぁ」

「かなりの衝撃を伴い、破裂したように損傷していた。あの周辺に出現する『モンスター』で、あんな傷をつけられる奴は、いない」


 俺の知らない『モンスター』との遭遇も可能性としてあるだろう。しかし、『スキル:百科事典』を持つキムの知らない『モンスター』はあり得ない。それが意味するものとは……。


「『グランタリア』、もしくは『レンド』で人に襲われた可能性がある」

「………」


 俺は、『ジェラード』が出発する前夜に言った言葉を思い返していた。


 ——何があっても、『町』の人間には手を出すな——


 ジェラードの神妙な表情が思い浮かんだ。

 こいつほどの男が、ここまで傷を負い、倒れている状況から考える。


 考えれば、考えるほど、ジェラードが味わった『苦痛』『戦慄』、そして『絶望』が目に浮かんだ。


 少年たちを守りながら、決して反撃しないように逃げたのだろう。そして、少年たちは『この世界』にはいない。


「……キム」

「なんだ?」

「……、ジェラードが目を覚ましたら教えてくれ」


 ジェラードから目を背け、部屋の外へと向かう。『怒り』で、どうにかなってしまいそうだ。その『怒り』が何に対してなのかも、自分には分からなくなっていた。

 『町』に対してなのか、『モンスター』に対してなのか、『自分』に対してなのか、それとも——、


 『Over Land』に対してなのか。



 キムは俺の背に「わかった」と言葉をかけると、俺を止めることなく、ジェラードと向き直った。

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