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Over Land  作者: 射手
第四章  ジェラード・アイスラーム
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第四章  ジェラード・アイスラーム ⑯

view:ジェラード・アイスラーム

time:五年前



 その後の記憶は、ほとんどなかった。どこをどう歩いたのか、モンスターとの戦闘はなかったのか、何も覚えていない。森を抜けると、荒野に出る。生い茂っていた草木が雪山からの寒気の影響で突然姿を消す。つまり、『ナインクロス』まで、あと少しということだ。

脚は激痛を訴える。しかし、どうでもよかった。俺の体のことなど、どうでもいい。なぜ、俺はあいつらから離れたんだ。傍に居て、一緒に逃げれば、まだどうとでもできた。守ることができたはずだ。離れてしまえば、何もできない。後悔が心を蝕み、自虐心が募る。


 俺は、自分を殺したいほど、憎かった。


 しかし、まだ倒れるわけにはいかない。俺はまだ、役目を全うしていない。『ナインクロス』に帰り、クリスに『この事』を報告するまでは、俺は俺を殺すわけにはいかない。俺の手には、常にナイフが握られていた。いつでも、俺を殺せるように。


 それから、何度太陽が昇っただろうか。いや、そもそも『それから』という概念はない。空っぽの抜け殻が、眠ることも、食べることもなく、ただただ歩いているだけなのだ。機械的に脚を動かして、『ナインクロス』に向かう。脚はもはや諦めたのか、痛みを脳に伝えることはなくなった。空腹も、疲れも。何もない。


 次に記憶に残っているのは、『ナインクロス』が遠目に見えた時だった。ようやく、帰ってこれた、という感情はない。しかし、不思議なことに、久しぶりに脚は痛みを脳へと伝えた。


「っく」


 激痛に膝が折れる。『ナインクロス』が遠くに見えただけで、俺は安心したのだろうか。次に襲い掛かってきたのは疲れと空腹だった。


 まだ生きようとしている自分に嫌気が差した。


「クリス……、あいつらの……仇を……」


 一度取り戻した自我は、再度消えることはなかった。激痛と苦痛の次に襲い掛かってきたのは、後悔と憎悪。


 俺は……、まだ死ねない、止まれない……。


 激痛と苦痛に歯を食い縛り、体を起こす。歩かなければならない。辿り着かなければならない。伝えなければならない。体に鞭を打ち、立ち上がる。視線を上げて、一歩一歩、歩を進める。気が遠くなるほどの距離だが、『ナインクロス』はもう見えている。もう少しだ。




 しかし、悪夢は続く。




 ゴゴォオォォンッ! という巨大な爆音と共に、高く、高く爆炎が『ナインクロス』に立ち昇った。




 一瞬、何が起こっているのか分からなかった。全てを忘れ、ただただ、その光景に見入っていた。


「なん……だよ……」


 夥しい量の煙が巨大な塔の様に空へと伸びていた。


「ふざ……けんなよ……」


 よく見ると、『ナインクロス』の壁は一部が破壊されている。何があったのかは分からない。しかし、最悪の事態であることは分かっていた。


 気が付けば、俺は走っていた。動けないはずの体が、風を切っていた。


 クリス……、ティア……。


 祈るような気持ちだった。


 今行く、だから……。


 もう、誰も死なないでくれ……。



━━━━━━━━━━



 『ナインクロス』は、もうもうと濃い粉塵に包まれていた。崩壊した壁は一面だけだったが、コンクリートは剥がれ、中の鉄筋も不規則に捻じれ曲がっていた。そして、嫌に静かだった。何が『ナインクロス』にあったのだろうか。壁が壊されるという緊急事態ならば、町の人間を避難させているだろう。いざという時の地下シェルターはすでに着工しているはず。あとは壁の上に避難すれば、ある程度の脅威からは逃れられるだろう。

 祈るような気持ちで、俺は町の中央へと足を向ける。粉塵で視界は良くないが、見えないことはない。町が出来て以来、初めての静寂に息を呑む。少し歩くと、遠くから水の音が聞こえてきた。おそらく、『メインクロス』にある噴水だろう。


 その方へと体を向けた瞬間だった。凄まじい勢いで、粉塵を切り裂いて『何か』が飛び出してきた。


 体の形は人型。真っ白な体毛に覆われ、大きさは十メートルをゆうに超える。腕の太さも人の身長ほどあり、筋肉により僅かな起伏が見て取れる。超巨大なゴリラのような感じだろうか。


《よくも……、あの女ぁ……》


 喉を唸らせながら『そいつ』は言った。一目でモンスターだと分かるが、人の言葉を話すモンスターは初めてだ。それだけでかなり上位のモンスターだということが分かる。


《あの男も……、次は無いと思え……》


 『そいつ』は言いながら、腹部に手を当てていた。見ると血が流れており、『何か』と戦った後なのだということが分かる。……こいつだ。


「お前だな……、『町』をめちゃくちゃにしやがったのは……」

《あぁ?》


 『そいつ』は鋭い視線を俺に向けた。十数メートルはあるだろうか、遥か上から見下ろされる。それだけでも、気圧されてしまう。


 こんな奴とやり合える『男』と『女』は、あいつらしかいない。あいつらが戦ったのなら、こいつが全ての元凶で間違いない。


「ぶっ殺してやる」


 俺は一歩踏み出して、ナイフを振るう。『スキル:千手』を駆使し、何度もナイフを『そいつ』に打ち付けた。


《ぐ……ぅ……、これは……、『ファイ』の力……》


 『そいつ』の白い体毛は一本一本が針金のように固く、鋭い。ナイフを突き立てる度に、それは俺の拳に突き刺さり、血を吹き出させる。しかし、構うことはない。俺は何度も何度も腹部、大腿部、腕、手の届く『そいつ』のすべてに斬りつける。


《がぁっ!うぅ……、このままでは……》


 『そいつ』の動きは鈍かった。クリスとティアとやり合って逃げてきたところだからだろう。ここでトドメを刺す。


 しかし、


《がぁああああああっ!》

「ぐふぁ!」


 『そいつ』は腕を振り回し、俺に殴りかかってきた。躱す術なく、まともに『そいつ』の拳を食らい、俺は瓦礫の中にぶっ飛ばされた。飛び出した鉄筋が俺の肩を貫く。


「ぐ……う」

《ぐぅおおおおおっ、まだだ、まだ……、力に呑まれるわけにはいかんっ!》


 俺の霞んだ視界の中で、『そいつ』は顔に手を当てて苦しそうに呻いた。体は力を失い、全身から発せられているはずの痛みも感じなくなっていた。


《覚えていろ……、人間ども……、必ず……滅ぼしてやるからな……》


 俺は、意識を手放した。

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