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Over Land  作者: 射手
第四章  ジェラード・アイスラーム
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第四.五章  ティア・アルバー ⑥

View:クリストフ・アルバー

Time:五年前



 真っ白な体毛に覆われた人型の『そいつ』は、アランを踏み潰し、プレハブ小屋で圭一までも殺した。今尚、『そいつ』はアランの上に立ち続け、残った俺たちを見下す。


《さっさと殺してしまえ、人間は、皆殺しだ》


 『そいつ』は俺たちを指差し、言う。圧倒的な力の差を目の前にして、俺たちは動けなくなってしまった。

 もはや、絶望という言葉以外が思いつかない。


「アラン……、圭一……」


 ン・バールの声に我に返る。このまま立ち尽くしていては、全滅だ。


「ンバ、逃げろ」


 彼女の腕を掴んで、引き寄せる。しかし、彼女は俺の腕を振り払い、『そいつ』を睨みつける。


「あいつが……、あたしらの『壁』を……」


 歯を軋ませ、短剣を握る力が強くなる。彼女の纏う怒りが目に見えるようだ。

 しかし、———


「逃げんだよっ!お前まで死んだら、『壁』を作り直せねぇだろが!!」


 身を斬る思いで彼女に告げる。アランも、圭一も死んでしまった。『そいつ』の足元からは青白い光が漏れ出ている。それは、アランが死んだ証に他ならない。


 しかし、ン・バールは一歩たりとも動かなかった。視線は『そいつ』を射抜いて離さない。


「クリス、あんたが逃げな」

「はぁっ!?」


 彼女から言葉が信じられない。


「何言ってんだ!お前は『技術者』だろうが!!」


 『壁』を作り直すには、必要な人材。替えの利かない人間だ。


「問題ないよ、『壁』はみんなで作ったんだ。ノウハウはみんなが持ってる」


 ようやく『そいつ』から目が離れたン・バールは俺に穏やかな笑みを見せた。


「それに、クリスには守るもんがあんだろ?」


 ン・バールに言われて、俺は言葉に詰まる。こいつはズルいことを言おうとしている。


「ティアを守んのは、あんたにしか出来ないことだよ」

「うる、せぇ……」


 ここにきて、彼女は『町』を守れとは言わなかった。あくまで、自分の大切な物を守れ、と言った。


「こっからは建設屋の譲れない一線だよ、あんたはティア連れて逃げな」


 ン・バールの小さな体が、大きく見えた。褐色の肌から湯気が昇り、彼女の怒りが込み上げているように見える。俺は、その背中に圧倒されて動けなくなってしまった。

 その隙に、彼女は雄叫びを上げて、モンスターの群れに突っ込んでいく。


 『スキル:幻影』をいくつも生み出し、モンスターを混乱させて、瞬時にモンスターの間を駆け抜ける。


 視線は、真っ白の体躯をした『そいつ』から離れることはない。すれ違いざまに、スノーベアの爪が彼女を抉り、アイスウルフの牙が褐色の肌に突き刺さる。

 しかし、彼女は止まることはなかった。


 せめて……、一泡吹かせてやる……っ!


 彼女は歯を食い縛って、『そいつ』に向かって走り続けた。すでに左腕は無くなっていた。短剣を握る右腕だけが辛うじて体と繋がっている。


「うっ、ああああああああっ!」


 右脚も膝から先が、ホワイトタイガーに食い千切られた。倒れこむ寸前で、彼女は右手で持っていた短剣を『そいつ』に投げつける。肘から先はその遠心力で千切れ、腕ごと彼女の短剣は『そいつ』へと飛ぶ。

 しかし、届かない。失速して、地面へと落下していく。


「あたしの……、『町』をっ!壊しやがってええええっ!」


 地面へと落ちていく短剣が、ン・バールの意思を纏ったように、急に軌道を変えた。浮上し、再び『そいつ』に向かって刃を向けると、高速で『そいつ』へと飛んでいく。


「ンバちゃん……っ」


 その後方で、涙ながらに彼女の最期を見届けたティアが、彼女の短剣を『そいつ』の元へと導く。


 『スキル:念力』——言わずと知れた超能力。別名、サイコキネシス。物質に触れることなく、その物質を意のままに動かすことができる。放った弾丸すらも操ることができ、百発百中のガンマンになることができる。


《な、なんだ!?『これ』はっ!》


 自らに突っ込んでくる短剣を払い落としても、何度でも浮き上がって自身に斬りかかってくる。何度も、何度もその身を斬り付けられ、不可解な現象に『そいつ』は混乱した。


《くっ!ぐぉぉぉおおおっ!!》


 そして、短剣を握っていたン・バールの腕が青白い光を放つと、その光に目が眩んだ。平衡感覚すらも狂わせる光に大勢を崩した『そいつ』は、短剣を見失った。

 そして、『それ』が次に現れたのは、文字通り、眼の前であった。


《っっ!ぐぅぅおおおおおおおおおおっ!》


 眼球を短剣で貫かれ、更に、抉り込まれ、『そいつ』は激痛に叫んだ。


《ぐ、ぅうう!人間ごときがぁあああっ!》

「うるさいわね、獣ごときが」


 ティアは更に、短剣で『そいつ』の目尻を掻き斬る。『そいつ』の眼は潰れたが、短剣を握り取られてしまった。


《人間……、ごときがぁああああああっ!》


 『そいつ』は大きく吠えると、俺たちを睨む。片目になった、その眼は真っ赤に染まり『何かの文字』が刻まれている。

 その咆哮を受けながら、俺は呆然としていた。


 何も守れない。

 共に戦ってきた仲間たちも、みんな目の前で死んだ。


 そして、今、目の前には、視界を埋め尽くさんばかりの量のモンスターが立ち並び、俺を見ている。ぐるるる、と唸り、牙や爪を見せる。


 このままでは、『何も』守れないまま死んでしまう。

 『仲間』も、『町』も……。

 失ってしまう。


「……っ」


 体が竦み、動けない。脚は震え、怒りよりも、絶望の方が大きかった。

 スノーベアが両手足を縮め、力を蓄えると、その力を放出して一気に突進してきた。

 その瞬発的な動きさえも、スローモーションに見えた。

 避けられない。いや、避ける力も、意思もなくなっていた。


 スノーベアの体が俺と交錯する寸前、いきなり俺の体が意思と反して後退した。僅かに地面から足が離れ、急速に背後に飛んでいく。不意の浮遊感に虚を突かれ、頭が真っ白になっていた。


「何してんのっ!」


 後ろに流された先、ティアに叱咤された。彼女のその声は涙に濡れていた。


「あんたが『この町』を守んのよっ!」

「俺が?」

「そうよ、あんたなら『あいつ』に勝てるでしょ?」


 彼女は親指を『あいつ』に向けて言う。俺にはティアが言っていることの意味がわからなかった。彼女の顔は口調ほどの強さは残っておらず、溢れんばかりの涙声を流していた。


「何言って?」

「あたしが雑魚を引き受ける」

「ばっ!何匹いると思ってんだ!」


 彼女があり得ない事を言っている。眼前にいる数えるのさえ億劫になるほどのモンスターが見えていないのか、そう思えるほどの言葉だった。しかし、彼女は僅かに微笑むと、俺を抱きしめて、キスをした。


 一瞬の触れ合い。俺は彼女の行動に、彼女の意思を感じ取った。


「やめろ……ティアっ!」


 彼女の手を握る。遠くへ行こうとする彼女を、必死に引き止める。


「もう逃げよう!『町』なら作り直せばいい!一度作ったんだ!次だって!!」


 情けない事を言う俺に、彼女は首を振った。涙を流して、微笑みながら。


「ダメだよ。『ナインクロス』は『この世界』で初めて『人が作った町』。『この世界と戦う意思』なんだよ?壊れていいものじゃない。人の『希望』となった『この町』は、絶対に壊れちゃいけないの」


 彼女は、諭すように言う。彼女の言う言葉の意味は分かった。しかし——、


「『そんなもん』俺には関係ねぇ!!俺はっ!お前を守りてぇんだよ!!ずっと一緒にいてぇんだよ!」


 彼女の言う意思は立派だ。俺自身情けないことを言っているなんて承知の上だ。しかし、もはや俺にはそれしかない。

 彼女は呆気に取られたように間抜けな顔を見せた後、大粒の涙を流して、笑った。


 そして、俺の体が宙に浮く。


「ティア?」

「ありがとう……、あたしを……『人間』にしてくれて……」


 彼女を掴んでいた手がゆっくり、と離れる。


「あなたに会えて、本当によかった」


 ゆっくり、ゆっくりと俺とティアは離れていく。彼女の『スキル』によって、俺は意図しない方向へと運ばれていく。その速度は次第に加速していく。


「ティアっ!やめろっ!やめてくれっ!」


 加速は止まらない。流れる景色と合わさり、『風速十メートル』さえも追い越していく。

 俺は、その速度が収まり、地面に落とされるまで、何度も何度も、彼女の名前を叫び続けた。



——————————


View:ティア・アルバー

Time:五年前


 クリスを遥か後方に移動させると、不思議と涙は止まった。大丈夫、彼ならきっと、『あいつ』を倒してくれる。そして、『町』を救ってくれる。『あたし』にしてくれたように。


 周囲を見渡す。そこかしこに転がるコンクリート片、プレハブ小屋の破片、破断した鉄筋。様々なものが散らばっている。その全てを認識して、それらを宙に浮かばせた。


「ンバちゃん、アラン、圭一……、痛かったよね……」


 コンクリート片の一つ一つにまで、みんなの気持ちがこもっている。汗を流して、知恵を絞って作り上げた『これら』には彼らの魂と言っていいものが込められている。


「辛いよね……、苦しいよね……」


 その数、千を超え、更に増え続ける。『スキル』の限界を突破し、かなりの数の破片が宙を舞う。


「悔しいよね……、許せないよね……」


 そして、あたしの周囲に集まるモンスター共を睨みつける。


「みんなの意思、力を貸して……」


 破片は宙を飛び回り、無数の弾丸としてモンスターに襲いかかる。近くのモンスターにも、遠くにいるモンスターにも、空を飛ぶモンスターにも、その破片は飛び、突き刺さる。

 モンスターは攻撃を受けた人間に襲いかかる習性がある。

 幾千ものモンスターの視線を一身に受け、あたしは笑った。


 怖くなどない。モンスター、獣の視線なんて、『現実世界』でも十二分に見てきた。『現実世界』にはその獣共に屈してきた。辱めを受け続けてきた。でも、今は違う。


 兄さん……、あたしにも、守りたいものができました。


 兄さんが守ってくれたこの命、ここで使います。


 でも、あたしは、胸を張って、兄さんに会いに行けます。


 前後左右から、空からモンスターは牙を向いて襲いかかってくる。あたしは、目を閉じ、『スマートフォン』から円柱形の金属の塊を手に取った。

 そして、目を開いて、獣共を睨んで、先端についているピンに指を掛けた。


「あたしに触れるな!獣共!!」


 一気にピンを引き抜いた。


「あたしは——!!!」


 光があたしを包み込んだ。

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