第四.五章 ティア・アルバー ④
View:クリストフ・アルバー
time:五年前
立っていられないほどの激しい揺れと、雪山が爆発したのではないかと思えるほどの爆音が鳴り響いた。揺れはおよそ一分ほど続き、爆音は音量を若干下げて鳴り続ける。痛みが走るほどの耳鳴りを感じながら、俺は恐る恐る顔を上げた。腕の中ではティアが丸くなっており、不安な表情で俺を見上げる。ベッドの方では、フェルトがアルジールに覆い被さり、キャンサーはベッドの足元で耳を抑えて蹲り、キムも床にしゃがみ込んでいた。
「何だ……?いきなり」
自分で発した言葉が遠く感じる。抱きしめていたティアを離して、未だに鳴り続ける音の方へと体を向ける。そこに窓はない。仕方なく俺はドアの方へと向かい、すぐにドアを開く。
「なっーーー」
そこに広がる信じられない光景に、俺は言葉を失ってしまった。
『ノースイースト』が雪に埋もれていたのだ。比喩的表現ではない。文字通り、雪に埋もれていた。高さ三メートルほどあるプレハブ小屋の頭まで埋まり、または雪の塊に押し流されていた。一体、どこから雪が流れてきたのか。それを理解するのに、しばらくの時間が必要だった。
「壁が……」
たっぷりと一分かけて導いた答え。それは信じたくないものであった。壁に覆い隠されて、普通ならば見えないはずの雪山が見えたのである。よく目を凝らすと、コンクリートが剥がれ落ち、鉄筋が捻れ曲がって伸びているのが見える。そして、壁がなくなった事で、よりよく『最悪の事態』が見えるようになっていた。
「全員逃げる準備をしろ!」
未だ何があったのか理解できていない皆に告げる。訳がわからないといった表情で俺を見つめ、「なに言ってんだい」とキャンサーが力なく呟くのがやっとだった。
「壁が雪崩で壊されたんだ!モンスターが入ってきてる!!」
鮮明に見て取れる『最悪の事態』。壁の切れ間から夥しい数のモンスターがなだれ込んできていた。今まで見たことのないほどのモンスターの数。あまりの絶望的な光景に、どこか他人事のように感じてしまう。
しかしーーー、
「キャンサーは他の『みんな』と連絡をとってくれ!キャンとキム、ポールは住人を避難!あと、圭一とンバ、アランには避難経路の確保を!ティアとフェルトはーーーっ」
指示を出しながら、俺はフェルトの姿を見て、言葉を詰まらせた。腕の中には『雪山風邪』に苦しむアルジール。自分では立つこともできない息子を抱いていた。
「問題ない、行こう」
アルジールをベッドに寝かせるフェルト。その表情は苦痛に満ちていた。
「いや、フェルトはアルを連れて避難してくれ」
「っ、しかし……」
「そうよ、フェルトはアルちゃんを守ることを最優先することね」
ティアはすぐに察して、立ち上がって俺のそばに来ると、「私とクリスで時間を稼ぐ、そういう事ね」と拳を俺の胸に突きつけた。すぐに「バカ言うんじゃないよっ!」とキャンサーから悲鳴にも似た否定の言葉が飛び出したが、「キャンは早く連絡しろ、住人の避難が終われば、こっちを手伝ってくれ」と被せる。
「バカ……言うんじゃないよ……」と小さく呟くが、これ以上時間をかけられないと悟り、キャンサーは携帯を手に取った。そして、すぐにチューニングをすると、さっき俺がした指示の言葉を叫ぶ。携帯電話としての通話ではなく、無線機としての伝達だ。彼女がチューニングした番号は『俺たち』に繋がる特別な周波数。すぐに、《分かった》《りょーかい》《任せなさい》などと同意の言葉が飛び交う。
「死ぬんじゃ……ないよ」
「死なねぇよ」
指示を終えると、キャンサーはキムと一緒に『避難場所』に向かって走り出した。すれ違いざまに涙に溺れた優しい言葉が俺たちを撫でる。『避難場所』は、『壁』の上である。壊されて尚、壁にすがることになるが、地上のモンスターが来れない場所という利点は捨てられない。
「悪い……、ティア、クリス……」
「気にすんな」
「そうよ」
アルジールを抱いたフェルトが俺たちに並ぶ。その表情は複雑なものだった。
「『避難場所』に着いたら、アルジールだけじゃなくて、町のみんなも守ってくれよ」
「グリフィンとかも来るかもしれないしね」
せめてフェルトの気持ちが楽になればと言葉をかける。それに「分かった」と返事をくれると、フェルトも長くは話をせずに『避難場所』へと向かった。
「さて、どうすっか」
フェルトの背中を見送ると、唯一残った相棒に目を向ける。彼女は、このような状況であっても、笑った。
「ふふ、いつも通りでしょ?さっさと終わらして、壁の修復にかかりましょ」
こんな時でも、いや、こんな時にこそ前向きな言葉を言える人でよかった。彼女は銃を持ち、俺は剣を取り出すと、壊された壁を見据える。雪で埋もれた『ノースイースト』には、青白い光がチラついていた。
ーーーーーーーーーー
雪の中を俺と彼女は踊るように舞っていた。『避難場所』は『ノースイースト』とは対極の『サウスウエスト』の壁の上。もともと広場として作ってあった『サウスウエスト』を一時的な避難区域とし、少しずつ住人を壁の上に誘導する。どれだけの時間が必要なのか、まったく分からない。それでも、俺と彼女は『サウスウエスト』を背に、そっちに向かおうとするモンスターを攻撃して自分たちに向かわせる。
際限がない、という言葉が非常に似合う状況であった。限界の際さえも見当たらない。周囲はモンスターで埋め尽くされ、今尚、雪山の方からモンスターが入り込んで来る。モンスターの途切れが、どこにも見当たらない。
「ティア!スキルを使いすぎるなよ!」
「それはあんたでしょ!」
言いながらも、俺は『絶対的集中』を駆使して、モンスターの攻撃を回避、そこにカウンターを合わせるように斬撃を与え、なるべく一撃に沈める。キャンサーの作った毒も惜しげなく使い、手榴弾などもモンスターの群れに投げ込む。
しかし、次第に『サウスウエスト』のほうへと押し流され始める。数十メートル退却すると、数分間その場で凌ぐ。それを繰り返すが、二人では耐え切れるものではない。
モンスターの攻撃に直撃することなく持ち堪えていること自体が十分に奇跡だった。そのことを物語るように、身体中に切り傷、刺し傷、打撲を刻んでいく。
そんな時だった。俺の右手に噛みつこうとしていたアイスウルフの頭が吹っ飛んだのは。次いで、ホワイトタイガーの眼球が衝撃に爆発し、ボアの脳天が破裂した。後ろを振り返る余裕はないが、俺たちのことをスコープ越しに見てくれているのだろう。
事実、『サウスウエスト』の壁の上には、ライフルを構えたポールが腹這いになって、こちらを睨んでいた。
遅れて聞こえて来る。タァァンッ!という銃声に、勇気が湧き出て来る。
「まだまだぁ!」
「さっすがポールさん!」
どこから撃たれているのか分からない恐怖にモンスターは俺たちから少し距離を置いた。銃を持つティアに注意を向けているが、彼女の持つ銃からの弾丸ではない。では、どこから?それの分からないモンスターたちは混乱していた。もたもた、と動きの遅いモンスターの頭を撃ち抜くことなど、ライフルを持ったポールには簡単なことである。
「よぉ、まだやってっか?」
背後からの言葉に「あぁ、まだまだ大盛況だ」と答えると、おっさんが一人モンスターの群れに突っ込んでいった。すぐにおっさんは、スノーベアの爪に引っ掛かれ、ホワイトタイガーの牙に噛み付かれた。
が、しかしーーー、
「どうしたぁ?うめぇか?」
ホワイトタイガーに噛み付かれた左腕を振り上げる。ギリギリ、とホワイトタイガーの牙が軋むが、おっさんの腕が食い千切られることはない。
『スキル:身体硬化』体の一部、または全体をダイアモンドのような硬度にすることができる。おっさん(アラン)は噛み付かれていることをいい事に、左腕を上に持ち上げ、ホワイトタイガーに上を向かせ、ダイアモンドの硬度を誇る右拳でホワイトタイガーの喉を貫いた。
「はっはっは!おめぇらぁ!ガキの頃教えてもらわなかったかぁ?」
アランはホワイトタイガーの頭をその手でチギり、スノーベアに組み付いては腕を引きちぎった。モンスターの血に塗れ、豪快な笑い声を上げる様は、まるで鬼だ。
「工事現場の人間を怒らせんじゃねぇ!!ってよぉ!!!」
スノーベアの腕を振り回し、地を這っていたボアを屠る。アランのおかげで、俺とティアは少し休めた。凄惨な光景ではあるが、モンスターを足止めする一つの方法ではあったようだ。
まぁ、おっさんにそんな考えがあったかは定かではないが。
「まったく、全然スマートじゃないよねぇ」
「そうそう、工事関係者が皆、野蛮人みたいだよね」
さらに、女と男の声が背後から聞こえた。今度は振り返る余裕があり、「もう避難は大丈夫か?」と尋ねる。
「おおよそねぇ」
「後は『ここ』で食い止めれば大丈夫だよ」
銃を片手に圭一が俺たちに並びかけ、アイスウルフ、ボア、ホワイトタイガーを次々と撃ち抜く。さらに、それぞれの着弾点から炎、電撃、氷柱が発生する。特殊な効果を持つ弾丸を巧みに使い分け、的確に相手の急所、弱点を見極める。
「まぁ、確かに」
今度はン・バールが短剣を手に持ち、低い姿勢でモンスターの群れに突進する。俊敏性に富んだ動きと、意外性に富んだステップ、跳躍でモンスターの虚を突き、背後の取って、斬りつける。その際に吹き上がる血飛沫さえも遅いと言わんばかりの動きで、次々とモンスターを屠る。
「せっかく出来た構造物を壊されたら、腹が立つのは当然だよね」
いつになく怒りに満ち溢れている『建設チーム』の三人。彼らの怒りは尤もである。綺麗に作り上げたものを壊されて、普通でいられるはずがない。よく『現実世界』でもスプレーなどの落書きを見るが、彼らはこの怒りを前に同じことができるだろうか?少なくとも、俺にはできない。
そんな中、彼女の背後に忍び寄ったスノーベアが大きく振りかぶった腕を振り下ろした。彼女、ン・バールの頭に直撃したーーように見えたが、彼女の姿は虚無の映像として音もなく霧散していく。
『スキル:幻影』ーー自身の行動のワンシーンを幻影として、その場に残すことができる。全ての人間、生物はそれをはっきりと見ることができる。一分、もしくはその幻影に何かが触れると消えてなくなる。自分を入れた風景写真を撮るのに便利。
「ざぁんねぇんでぇしたぁ♪」
更にスノーベアの背後を獲り、短剣の切っ先を白い毛皮の内へと突き刺す。危なっかしいやら、頼もしいやら。彼ら『建設チーム』の戦いを眺めていると、背後からガチャガチャ、と金属音が近付いてくる。
「クリスさん!遅くなってすみません!」
マシンガン、ガトリング、ミニガンを持った少年たちが一列に並び、先頭に立つ青年が申し訳なさそうに頭を下げていた。
「『自警団』もやります!」
「はは、頼もしいな」
ようやく笑う余裕ができ、俺とティアの呼吸も落ち着いた。俺たちは目を合わせると、頷き合う。
「よっし!じゃあ、一気に片付けんぞ!」
「「「おう!!!」」」
俺たちはモンスターの群れを押し返し始めた。




