第四.五章 ティア・アルバー ③
View:クリストフ・アルバー
time:五年前
「相変わらず綺麗な所ね」
雪の舞う山を約二時間程度登ると、弱々しい太陽の光に煌めく『氷の洞窟』にたどり着く。誰も立ち入らない山のため、新雪が積もる山道を歩いてきたせいで俺たちは白い息を小刻みに吐きながら『氷の洞窟』の入り口に立つ。太陽光を反射せずに透過し、『氷の洞窟』内部は幻想的な光に満ちていた。
この光景に感動している場合ではないのだが、それでも感動せずにはいられない神秘的な光景に、思わず大きな息を漏らす。
「行こう、アルが待ってる」
先に『氷の洞窟』に足を踏み入れて、彼女の方を振り返って手を差し出す。今までの新雪の降り積もった山道とは違い、『氷の洞窟』の地面は完全なる氷だ。足を滑らせる可能性があるため、先を行き手を差し伸べる。
その手を、彼女は素直に「うん」と言って握る。一寸先の危険もあるが、この神秘的な地がそうさせているのかもしれない。
「一刻も早くスノーリーフを見つけなくちゃね」
言いながら、彼女は身を寄せる。暖かく、柔らかな感触を左腕に感じながら、もはや『それ』に照れを感じることのなくなった自分の慣れを感じながら、ゆっくりと先へ進む。
途中に生えている光る苔の明かりを頼りに、壁伝いに歩くと、すぐに一際明るく、広がった空間に辿り着いた。そして、その空間の中心に蔓状の植物が生えており、天井から伸びる氷柱に絡み付いて天井を覆っている。すぐに携帯を開き、キムから受け取った画像を確認する。
「メープルのような葉、蔓状の茎」
「『氷の洞窟』に生植している植物……、これだ」
俺たちは頷き合い、部屋へと足を踏み入れる。周囲の警戒を怠る事なく、俺は剣を、彼女は銃を構えてゆっくりと歩く。今までの経験上、こういう場所にはモンスターがいることが多い。
「採っててくれ、俺は周囲を見てくる」
「分かった」
彼女と離れて、俺は部屋の壁に手を付く。ごつごつ、とした氷がこの空間を包んでいる。天井を見上げると、それまでは薄暗かった『氷の洞窟』に太陽の光が差し込んでいる。よく見ると、幅三十センチ程度の亀裂が入っており、そこから光が入っている。もし、ここで炎でも焚こうものなら、亀裂が広がって崩れるだろう。ただでさえ、洞窟の上には何メートル以上もの雪が被さっているはずだ。ここには長居したくないな。
「オッケー、三十枚くらい採ったよ」
「よし、それじゃあ、退散しようか」
天井の亀裂から目を離さないで、俺は彼女の元へと歩く。彼女も俺の視線に気付いたのか、天井を見つめ、「そうね」と同意する。しかし、彼女が出口に向かって歩こうとした瞬間であった。洞窟の奥へと続く道から獣の唸り声が聞こえたのは。
「何かいる」
「考えられるモンスターは、スノーベアとアイスウルフか?アイスボアは唸らねぇしな」
更に俺たちが入ってきた入り口の方からも唸り声が聞こえてくる。一本道だと思っていたがどこかに脇道があったのだろう。そして、そこから獣が出てきて俺たちを尾けていた、という事だろう。気をつけているつもりでも、どこか見落としがあるものだ。そして、その見落としのせいで今、最悪の状況を迎えている。
「挟まれた?」
「だな、何匹出てきやがる?」
俺と彼女は背を突き合わせ両方の入り口を睨む。部屋の中に唸り声が反響し、何匹いるのかも想像がつかない。しかも、天井には亀裂がある。スノーリーフの成長加減を見ても、数年以上は保っていると考えられるが、モンスターとの戦闘の衝撃に耐えられるという保証にはならない。
そんなことを考えていると、ゆっくりと相手は姿を見せた。真っ白の体躯をした猛虎が三匹、そして後ろからも二匹現れる。
「ふぅ、タチ悪ぃな……」
「本当に最悪。獣のくせに」
ティアは銃をホワイトタイガーに突き付けながら、毒づいた。彼女にとって獣は嫌悪の対象なのだろう。
「前の三匹は俺がやる、後ろは頼んだ」
「オッケー、久々に本気出しちゃおうかな」
「(スキルを)使い過ぎて倒れんなよ」
「どっちが」
笑い合うと、俺たちは一気に背中を離して、猛虎の群れに突っ込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アル……、飲めるか?」
『氷の洞窟』から出ると、フェルトのプレハブ小屋へと走った。少し手間取ってしまったが、結果として『ホワイトタイガーの肝臓』を五つも手に入れることができた。これだけあれば、しばらくは『雪山風邪』の薬に困ることはないだろう。
フェルトがアルジールを抱き起こして、薬包紙に包まれた粉末を飲ませる。酷く苦いのだろう、熱で真っ赤な顔を苦しそうな表情で更に歪めて、咳き込んだ。
「アルちゃん、我慢して、ね?」
「ぅ……はぁはぁ」
「アルちゃん……」
ティアがアルジールの眠るベッドの際にまで寄り添い、声をかける。しかし、アルジールには届いていないのか、呼吸を荒げるだけで返事はない。その様子を見て消沈する彼女の頭を撫でて抱き寄せる。何も言ってやれないが、少しでも気休めになれば……。
「はぁっ、はぁっ、とりあえず、熱が下がればいいんだが……」
『スキル:錬金術』を行使したキャンサーは、非常に疲弊した様子で言う。すぐにキムが「喋らなくていい、休んでくれ」と労いの言葉をかける。
「休めるかってんだ、次はクリスとティアだよ。二人とも両手足を腫らしちまってるじゃねぇか」
俺たちの肩を掴むが、その力は普段と比べると弱い。やはり『錬金術』の中でも『薬』の精製は体力を使うようだ。
「俺たちは大丈夫だ、少し温めれば問題ない」
「問題ないわけないだろ!氷の中に居たんだ、ほっといたら腐っちまうよ!」
キャンサーは俺たちの手を握ると、「ほれみろ!冷たいままじゃねぇか!」と俺たちに怒鳴る。
「しかも青白いままだ!冷えを舐めんじゃないよ!あんたらに倒れられたら困るんだからね!」
面倒見のいいおばちゃんは、目に涙を溜めながら俺たちに怒鳴り続ける。それを見ては、俺もティアも何も言えなくなってしまい、黙ってキャンサーからの治療を受けることになった。
——————————
太陽が沈み、気温が更に下がった『氷の洞窟』では、凍てつく風が吹き荒れていた。荒れた風は、夥しく広がる血痕から鉄錆の匂いを纏って奥へ、奥へと流れていく。
《おのれ……、人間ども……》
奥へ、奥へと流れていた風が吹きやむと、一瞬の静けさの後、巨大な轟音と共に突風が『氷の洞窟』の入口に向け逆流した。轟音は、もはや意味を持たない声のようにも聞こえた。
《我が屈強なる兵士たちよ……、お前たちの無念……晴らしてやるぞ……》
ズズン、という地響きと共に、再び轟音が『氷の洞窟』に響き渡る。そして、それに呼応するように、『氷の洞窟』の至る所から第二、第三の轟音が発せられる。
轟音は雪山を覆い尽くし、山を震え上がらせ、地面を揺らし、雪崩を起こした。山頂から崩れたそれは、一気に山を駆け下り、麓へと一直線に下っていく。
意味を持たない声は、いくつもの轟音と折り重なり、意味を持たされる。
《滅ぼしてくれるっ!》
圧倒的破壊力を持った雪崩は、三十秒後、『ナインクロス』に激突した。




