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Over Land  作者: 射手
第四章  ジェラード・アイスラーム
68/250

第四.五章  ティア・アルバー ②

View:クリストフ・アルバー

Time:五年前



『風速十メートル』が吹き荒れる『ナインクロス』をひた走る。住人は数千万人にまで上り、『町』は少し狭く感じる。『九つの交差点』を形成する大通りにも、人が溢れかえっており、走り抜けることは非常に困難だ。何人もの人と肩をぶつけ、押しのけて走る。邪険な目で睨まれるが、気にしていては到着が遅れてしまう。「通してくれ!」と何度も叫んで、俺たちは走った。

『ノースクロス』に辿り着いた時には、俺たちの呼吸はぜぇぜぇ、と上がり、酸素と一緒に吸い込む酷く冷えた空気が喉を掻き切り、唾液は鉄の味がした。気温マイナス数度の世界で、俺たちは汗と冷や汗を同時に掻きながら、化粧をした特徴的なプレハブ小屋のドアを引き開けた。


「……っ!」


室内はこれでもかというほどの熱気に包まれていた。室温は三十度を超えているだろう。外気で十分に汗を掻いていた俺たちの体から一気に汗が噴き出してきた。しかし、それを意に介さず、俺たちは狭い部屋の中で一際人が集まっている一角に目を向ける。そこは普段、アルジールが眠っているベッド。人の壁が築かれ、アルジールの姿は見えないが、頭部側に父親であるフェルトが立ち、少し青ざめた表情でベッドを見つめている。ベッドの側部には、医者であるキャンサーが陣取り、隣でポールも見守っている。


「来たね」


きぃ、と椅子を軋ませてこちらを振り返ったのは、医者であるキャンサー。熱気のせいで、真っ赤な顔をして、滝のような汗が額から流れ、顎先から滴り落ちている。口元を塞ぐマスクは、余すことなく汗で変色していた。


「容体は?」


俺はベッドに近寄らずに医者に尋ねる。すぐに俺の隣を抜けてベッドに駆け寄ろうとするティアを後ろ手で制する。「なんでっ!」と悲鳴にも似た声で抗議されるが、聞き入れずに手に力を込める。


「体温四十.二度、今も上がり続けている」


医者は普段とは全く違う声色、声質で現状を言う。この言葉に、枕元に立つフェルトは唇を噛み、悔やみきれない表情でアルジールを見つめる。感染の経路は分からないが、幼い子供を苦しませているという自責の念に駆られているのだろう。


「発熱には大きく二つの意味がある」


医者はこちらを見たまま、淡々と言う。人差し指と中指を俺たちに突きつけ、続ける。


「一つは、発汗して老廃物を排泄するため。もう一つは、ウィルスを撃退若しくは弱めるため」


身体のメカニズムに詳しくない俺たちに向けた分かりやすい説明。続けて、「しかし、これ以上体温が上がると、体の方が参ってしまう」と説明を付け加える。医者がこちらを向いたために、彼女の傍から、苦しそうに顔を歪め、細かく荒い呼吸を繰り返すアルジールの姿が見えた。その姿を見た、ティアはすぐに少年の元に駆け寄ろうとするが、再度制する。彼女からは憎しみにも似た視線を向けられる。


「解熱剤は?」

「あぁ、投与したよ。三時間経つが、体温は下がるどころか上がり続けている」


恐ろしい現実が突きつけられる。言葉は俺たちに向けられているが、残念なことに『声』の届く方向は人に操れるものではない。残酷にも少年の父親の耳にも届く。


「それで、『俺たち』は何をすればいい?アルの最期を見届けるために呼んだんじゃないだろ」


荒ぶる感情を抑える。声と言葉は冷静を装うことに成功したが、視線と態度は失敗した。医者を睨み、ティアの手首を掴む力が強くなる。


「それは俺から話そう」


プレハブ小屋のドアが開くと同時に、男の声が聞こえた。そちらに向き直ると、白髪の青年がどこか疲弊した様子で立っている。『この世界』の事を調べ、知る事のできる男、キムだ。


『スキル:百科事典』——『Over Land』に存在するモンスター、町、地形、植物などあらゆる物事を調べることができるスキル。情報量が非常に多く、常人では知りたいことを知る前にスキルの使用限界に達してしまう。使い続けることで使用限界は向上するが、『戦闘スキル』でも『錬成スキル』でもないため、人気はないが、一つの集団に一人はほしい人材である。『現実世界』の事象は記されていない。


「何かあるのか?」

「あぁ、さっき調べた限りでは『二つ』ある」


今度はキムが人差し指と中指を俺に突きつけてきた。そして、続ける。


「まず一つは、『この世界』では『万能薬』というものが『錬成』できる。いつものように、素材を集めてキャンサーに渡して作るものだ。しかし、この薬には問題がある。副作用が強力だということだ。最悪、死に至る」


キムは人差し指を示して言う。強力な薬には、どんなものでも副作用はある。それは可能性の話だ。副作用が軽い場合もあれば、重い場合もある。とにかく言えることは何もしなければ、アルジールの死は免れないということだ。


「それに関しては、医者として許可はできないよ」


医者は苦い顔で「あんなものが万能薬だなんて……」と溢す。学のない俺たちにとっては、彼女の苦悩は理解できない。


「それなら、もう一つだ。言え」

「こっちも賭けだ」


白髪の男は吹き出た汗を拭いながら前置きをする。その歯切れの悪さに舌打ちが漏れた。


「聞かないのか」

「早く言えってんだ!俺がどんなに馬鹿だろうが、時間がねぇことぐらい分かる!」


そもそも時間がないのに、医者に許可がもらえない代物を第一に持ってくる時点でムカついていた。俺の荒れた声に、キムは冷たく鋭い視線を俺に向ける。


「選ぶのはお前じゃない。分かるだろ?」

「〜〜〜っ!じゃあ、早くしろ!俺にとっても、アルは『弟』だ!」

「「クリス!」」


分かっている。ティアと医者に諭されなくとも、自分が冷静じゃないことくらい。偉そうにティアを制していたが、自分こそ制御できていないことくらい。


「もう一つは、『冷凍キノコ』『ホワイトスノーベリー』『冬山の小さな花』『スノーリーフ』などの素材を『錬成』し、『体温上昇薬』を精製する」

「ふざけてんのか?」


冷静を装って、感情に任せた一言を吐き出す。すぐにティアに御されて、口を噤むが態度までは治せない。


「その薬に『ホワイトタイガーの肝臓』を付加させる。『ホワイトタイガーの肝臓』は、効果を逆転させる性質がある。それを使えば——」

「——体温を下げる薬ができる……」

「あくまで賭けだ。素材の性質を掛け合わせた机上の話でしかない」


もちろん、実績があるものではない。しかし、先の万能薬よりも遥かに副作用は少ないだろう。


「選ぶのはフェルトだ、一つは確実に効果があるだろう。もう一つは、可能性だ」


一長一短、どちらも危険を孕んでいる。その選択を下すのは、少年の実の家族であるフェルトにしかできない。

俺たちは揃って、彼に目を向け、言葉を待つ。

ベッドの上では、少年が「うぅ……」と唸りながら病魔と闘っている。

生きる意志を見せている。


「……後者で頼む」


フェルトの言葉は衰弱しきり、声は感情の波に揺られている。少年の生きる意志を薬の副作用に邪魔をさせるわけにはいかない。


「……頼む」


フェルトはその場に膝をつき、頭を下げた。突然のことに、俺たちは言葉を発せず、彼の行動を止めることもできなかった。


「アルを助けてくれ……、俺の……家族を助けてくれっ」

「やめとくれ、フェルト、頭を——」

「——頼むっ!クリス!ティア!」


キャンサーが手を差し伸べても、フェルトは止まらない。


「『冷凍キノコ』『ホワイトスノーベリー』『冬山の小さな花』『スノーリーフ』、それから『ホワイトタイガーの肝臓』だな」

「クリス……」


強く握りしめていたティアの手を離して、俺はベッドに背を向ける。フェルトは俺にとって兄のような存在だ。そんな男の頭を下げる姿なんて、見たくない。


「クリス、助言だ。『スノーリーフ』は以前行った『氷の洞窟』にしか生えていない。『ホワイトタイガーの肝臓』と『スノーリーフ』以外はこの周辺でも手に入る。お前は『氷の洞窟』に行ってくれ」


ひどく疲弊した様子で、キムは言う。彼にはひどく当たってしまったが、先の二つの答えを導くために、どれほどの『スキル』を使用したのだろうか。おそらく、立っているのもやっとの状態だろう。その上で、答えを提示し、選択した一つを遂行するために動くという。


「分かった、俺とティアは『氷の洞窟』へ行く」


しかし、謝らない。労わない。礼も言わない。その言葉を発するには、早い上に、その言葉を発していいのは俺ではない。


俺たちは、それ以上何も話さずにプレハブ小屋を出て行った。

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