第四章 ジェラード・アイスラーム ⑮
view:ジェラード・アイスラーム
time:五年前
その後、俺たちは軽く『グランタリア』を散策し、町を出た。『この町』も『人口制限』はぎりぎりのはず。長居をして、フェリペに出て来られても困るしな。町を繋ぐ橋を渡り、ゆっくりと振り返る。来た時は太陽の高い時間で、真っ白い水煙に包まれてた幻想的な町だったが、今は夕日が差し込み、仄赤い水煙が町を包み込む。周囲が森に囲まれていることもあり薄暗く、幻想的な町は、どこか闇を孕んだ魔城に見えた。
「綺麗な町でしたね」
しかし、エマを始め少年たち四人は「やっぱ住むとしたら『グランタリア』だなぁ」などと、夢見心地に耽っていた。
「さぁ、行くぞ。夜になると、今までの『どこの町』よりも真っ暗になるからな」
太陽の恩恵がある夕方でさえ、隣を歩く人の表情が見えにくい状態だ。太陽が完全に沈んでしまえば、人としての輪郭さえも溶けてしまうほどの闇に包まれてしまう。『レア』や『グランヤード』ならば周囲が柵で囲われているため、『町』の光が漏れてくるのだが、『グランタリア』は、白亜の城壁に囲まれている。光はなく、ただただ滝の音が轟くのみとなる。
「急いで焚火を熾さないと、安心して眠れなくなるぞ」
「それは困りますね、せっかくいい話ができたのに」
少年たちの表情は、薄暗闇の中でも柔らかかった。『レア』『グランヤード』と特に進展のなかった中で、『グランタリア』では、食材として湖から採れる魚や貝を漁獲量の三割を『ナインクロス』に回してくれる。更に、素材として、森で採れる薬草や木材も、自分たちで採るならば好きに持って行って構わない上に、城壁で使われている白亜や青瓦の精製方法も教えてくれるそうだ。かなりの進展が見込め、少年たちは、嬉しくて仕方がないのだろう。
「まだまだこれからだ。『ナインクロス』がもっと価値のある町になれば、交渉はもっと優位にできる」
そうすれば『ナインクロス』は他の『町』に引けを取らない立派な町となる。今はごちゃごちゃとごった返している町だが、いつかは──。
そんな空想物語を、少年たちと焚火を囲んで話し込んだ。
「次は『レンド』ですね」
「あぁ、話の分かる奴が居りゃいいがな」
久々に開けた酒を口に含む。『レンド』は今までの『町』と比べて、かなり小さな田舎町だ。『人口制限』も二、三千人とかなり少ない。しかし、周囲は海と山に囲まれており、食材、素材の宝庫だ。ポールや圭一が涎を垂らして欲しがるものが、きっとあるはずだ。
「ジェラードさんは『レンド』に行ったことは?」
「ねぇよ。だから、ちょっと楽しみだ」
『世界中』を旅していた俺たちにとって、『レンド』は唯一立ち寄れなかった『町』だ。山が険しく、道はほとんどが獣道。獣道の先にいるのはもちろん獣だ。虫系や爬虫類系のモンスターも多く出現し、俺たちは『レンド』に行くのを断念した。
「虫系、爬虫類系、ですか?」
シェリーがすり鉢で薬草を、ごりごり、と擦り下ろしながら顔を歪めた。
「なんだ?苦手か?」
「なんで私たちが得意だと思ってたんですか?」
シェリーに同調してエマが言う。更に彼女の隣ではラッセルが料理をしながら高速で頷いていた。
「いや、『ナインクロス』にもアイスボア(仮称)が出るじゃねぇか」
「いや、あのですね……」
エマは、こほん、と咳払いをして「カブトムシを素手で捕まえる少年が、同じようにタランチュラを捕まえますか?」と諭すように言ってきた。
「アマガエル捕まえるのとウシガエル捕まえるのじゃ必要な覚悟が違いますよ!」と、シェリーが続き、「妖怪は倒せても、ゾンビは無理!」と、ジャックも続く。まぁ、分からんでもない。
「でもまぁ、行って交渉するのが、俺らの仕事だからな」
「わ、分かってますけど……」
「ジェラードさんたちが尻込みするところに私たちが行けるわけないじゃないですか……」と、エマはごにょごにょと独りごちる。
「まぁ、行くだけ行って、無理なら引き返そうぜ」と、ジャックがエマの頭をぽん、と叩くと、「うぅ……」とエマは呻く。分かっていても、生理的に受け付けないものとの対峙は嫌なものだ。
「さて、そろそろ飯──」と、言いかけた瞬間だった。何の音もなく、目の前に居たラッセルの頭が吹っ飛んだのは……。
何が起こったのか理解できなかった。ラッセルは衝撃で後ろに倒れ込み、その顔は鼻の頭を撃ち抜かれていた。穏やかな笑顔が貼りついたまま、彼の顔は赤黒い血に染まった。
「全員伏せろ!」
俺の声で、エマとジャックは信じられないといった表情のままだったが、身を屈めた。しかし、
「ら、ラッシー?」
「シェリー!頭を下げ──っ」
言葉が言い終わる前に、次は彼女の頭が撃ち抜かれた。衝撃に彼女は吹き飛び、吹き飛んだ先の大木の幹に体を打ち付けた。
「くっ!」
「じぇ、ジェラードさん?」
目を丸くしたエマが俺にしがみ付いて、声を震わせる。
「シェリーは?ら、ラッシーは?」
「……っ」
かける言葉が無く、ただただエマの頭を地面へと押さえつけると、「ぅ」と悲痛な声が零れる。そして、俺は焚火に水をかけて消火すると、二人の頭を抱えて、「ジャック、エマ、何も見るな、何も考えるな。一直線に『ナインクロス』へと走れ、いいな?」と、告げる。
「じぇ、ジェラードさんは?」
「考えるなと言ったろ?走るんだ」
「い、嫌です!危険なモンスターがいるのに、一人残すなんてっ!」
「………、ライフルを使うモンスターはいない」
「へ?」
エマが間抜けな声を上げるとほぼ同時に、ラッセルとシェリーの体が青白く光り出した。その光は、『この世界』において、絶命したことの証。
「う、嘘だ……」
ジャックは俺に頭を抱えられたまま、涙に声を濡らした。青白い光はラッセルとシェリーの体を包み込み、二人の体を消し去った。
「い、いやっ」
「静かにっ!」
瞬時にエマの口を手で塞ぐ。すると、闇の中から数人の男の声が聞こえてきた。
「二人はやったか?」
「残りは三人だな」
がさがさ、と草木を掻き鳴らしながら、俺たちの近くへと歩いてくる。『グランタリア』周辺は夜になると、完全なる闇に包まれる。それが味方し、数メートル先にいる男たちは俺たちを見つけることはできずに、通り過ぎていく。
「まだ近くにいるはずだ、探すぞ」
「まったく、『フェリペ氏』もこんな事なら『あいつら』を町に入れなければよかったのによ」
「おい、滅多なことを言うなよ、聞かれたら事だぞ」
「どうせ殺すんでしょ?」
男たちが徐々に離れていく。声も遠くなっていき、草木を掻き分ける音も遠くなる。
「ジェラードさん?」
俺の体は震えていた。ジャックとエマの頭を抱いたまま、怒りに歯を軋ませた。
「すまん、ラッセル……、シェリー……」
「やりましょう、ジェラードさん、俺たちなら二人の仇を討てる」
ジャックが俺を見上げて言う。その目は、俺と同様に怒りに満ちていた。しかし、俺の喉は違う言葉を震わせた。
「ダメだ」
「なっ!なぜですか!」
闇の中でジャックは声を上げた。信じられなかったのだろう。当然だ。俺自身、俺の言葉が信じられない。遠くで「声が聞こえたぞ!」と男たちの声が聞こえた。
──何があっても、町の人間には手を出すな──
出発前夜にクリスが俺に告げた言葉が脳に焼き付いていた。熱く刻まれた言葉。俺の頭はその熱でどうにかなってしまいそうだ。
「ラッシーとシェリーの仇がそこにいるのに!なぜですか!」
「じゃ、ジャック!」
激高するジャックの口をエマが抑えた。そして、エマはジャックの目を見つめると、俺を見上げた。闇に慣れたその目には何が映ったのだろう。ジャックは俺の顔を見ると、「どうすれば、いいですか……?」と力なく俺に尋ねた。
「『ナインクロス』まで走れ……、逃げて、クリスに伝えてくれ」
「ジェラードさんは?」
「時間を作る、お前らは、絶対に死なせない」
「そんな……」
二人の頭を離し、俺は立ち上がり、奴らが歩いて行った方を睨んだ。草木の向こうにいる男たちは見えない。再度、歯を食いしばると、奥歯が軋み折れた。
「俺が行ったら、ゆっくりと動き出せ。『ナインクロス』を頼む」
「~~~っ」
「……分かりました」
俺は、男たちの方へと走った。草木を掻き分けた先には、男が三人。ショットガンとライフルを手に持ち、こちらに振り返る。
「があああああああああああっ!」
雄叫びを上げて、俺は走り続ける。男たちの脇を走り抜ける際も、ナイフは抜かず、拳を振るわず。ひたすらに走った。
──何があっても、町の人間には手を出すな──
分かっている。この言葉の意味は分かっていた。
もし、今俺が怒りに我を忘れ、この男たちを殺せば、間違いなく『グランタリア』は『ナインクロス』に戦争を仕掛けてくるだろう。『ジェラード』が『グランタリアの人間』を殺した。その事実は揺るがない。後で『ナインクロス』が何を言ったところで、戦争の正義は『グランタリア』にある。そうなれば、『ナインクロス』はただただ潰されるのみだ。
すまん、ラッセル、シェリーっ!
俺は走った。森の中に火を放ち、俺の姿を克明に奴らの目に焼き付ける。
俺を追え!俺を殺しに来い!
草木に紛れ走る。男たちも、ショットガンやライフルで牽制してくるが、構わない。銃口が俺に向いているのなら、それでいい。
しかし、
「こっちに二人居たぞ!」
「っ!」
考えれば分かることだった。今日の昼だって、橋の前に駐在していたのは青銅の鎧を着た兵士二十人。森の中に隠れる五人の人間を始末するのに、たった三人で来るはずがない。ましてや、俺たちを本気で始末する気ならば、『グランタリア』の全勢力を持って潰しに来るはずだ。
「やめ……ろ」
俺が付けた炎が、逃げ惑う二人の姿を映し出した。ジャックがエマの手を引き、走る。しかし、前後から鎧を着た男が現れると、足が止まった。
「やめろおおおおおおっ!」
俺は全力で二人の下へと走る。全力で。しかし、俺は二人の下へはたどり着けなかった。俺を追っていた男がライフルで俺の足を撃ち抜いた。脹脛の肉が削げ、力が抜ける。それでも、
「俺はここにいるぞ!こっちに来やがれ!」
俺は吠えた。頼むから、こっちを見やがれ。俺は耐え切れなくなり、ナイフを手に取った。しかし、 間に合わなかった。
兵士が装備するショットガンが、二人を撃ち抜いた。力なく倒れる二人の姿を、俺は目に焼き付けた。
「あとはあいつだな」
「いや、足をライフルで飛ばした。これ以上は弾の無駄だ、どうせモンスターの餌になる」
呆然とする俺を、兵士たちが無視をした。しばらくすると、二人の倒れた場所が青白く光り出した。残ったのは、俺だけとなった。
「………」
立ち上がる気力もなくなり、足の痛みすら感じなくなった。
「……っ、~~~っ、~~すまん……」
「俺が……、俺が……っ」
自分で放った炎が、自分に迫ってきていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
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その後、炎の中で意識を失った俺は、なぜか意識を取り戻した。体の至る所に火傷を負っていたが、死ぬことはできなかったらしい。周りの草木は焼け焦げており、自身の傷の程度が信じられなかった。
「ぐ、ぅ……」
何とか身を起こし、立ち上がる。ライフルで撃ち抜かれた脚は激痛を訴えていたが、そんなことなど、どうでもいい。
よろつく体を懸命に動かし、二人の最期の場所まで歩む。
そこには、何も残っていなかった。
ジャックの悪戯な顔も、
エマの不安そうな顔も、
シェリーの何かを企む顔も、
ラッセルの困ったような顔も、
何も、残っていなかった。
まるで、最初から何もなかったかのように。
この場で、彼らがここに居た事を知るのは、俺のみだった。
太陽は彼らがここに居た事も知らぬ顔で昇り、
風は素知らぬ顔で吹き抜ける。
「すまん……」
涙が頬を伝い落ち、固く握った拳からは血が滲み、抉れた脹脛からは骨が覗き、衣服は焼け爛れ、もはや人間に見えない姿に成り下がっていた。
それでも、心に深く刻まれた想いが、熱く脈を打つ。
「必ず……、復讐してやる……」
「見てろよ、『グランタリア』、いや……『Over Land』!」
俺は一人、『ナインクロス』へと向かった。




