第四章 ジェラード・アイスラーム ⑪
view:ジェラード・アイスラーム
time:五年前
「さて、行くか」
翌朝、非常に濃い朝靄に包まれた『サウスウェスト』に、俺と『自警団』の幹部四人は集まっていた。みな、服装は軽装、荷物は小型のリュックサックのみだ。片手で持てない程度のものは携帯の『持ち物』フォルダに入れ、その他、非常食や替えの服などはリュックサックに入れて背負う。便利だからと言って、なんでもかんでも『持ち物』フォルダに入れていると、いざという時にすぐ出て来ずにイライラすることになる。特に服の替えが必要な時というのは、水に濡れて寒い時や、汗で湿って気持ち悪い時などが多い。またスマートフォンを紛失するという可能性もあるため、無理のない程度に持ち運ぶ方がいい。ちなみに、スマートフォンやタブレットなど、自分がログインの際に使用した端末は壊れない。この広い広い世界のどこかに落としてしまったとしても、モンスターに殴られてぶっ飛んでも、防水機能がないのに川にダイヴしてしまっても、壊れない。さすが、『現実世界』と『Over Land』を繋ぐものだけあってシステムに守られているのだろう。
「まずはどこに行くんですか」
いつものパーカーを着たエマが俺の顔を覗き込むようにして尋ねる。他のメンバーも興味があるようだった。
「そうだな」
言いながら、俺たちは『サウスウェスト』にある門へと歩く。その門は壁を建設する際に外部と『ナインクロス』を繋ぐ為に作ったものだ。当初、『現実世界』に存在する様々なゲームのような大きな城門を作ろうという話があったが、実際、門を大きくすると、強度の問題や、そもそも、そんなに多くの人が出入りしないということもあり、高さ三メートル、幅十メートルのサイズの鉄枠、木製のものとなった。それでも、十分大きいと思う。
「まずは『ナインクロス』を出て、そのまま西に向かって『火の町レア』に向かう」
俺はスマートフォンをタップして、世界地図を見る。この世界地図は誰もが見ることができるものだが、詳細は自ら足を運ばなければ分からない。最初に記されているのは、主要の八つの町。それと大陸の大まかな形と、現在位置のみだ。現在位置が分かるため、町の方角も分かり、距離も大体掴める。しかし、問題はそれからだ。方角と距離は分かるが、その間に何があるのかは分からない。巨大な山や丘ならば、遠くからでも見えるだろうが、大きな穴や、森の広さ、流れる川、モンスターの多い洞窟などは近くに行かなければ分からない。真っすぐに町を目指しても、突然断崖絶壁が現れて回り道をしなければならないケースが多くあり、この世界でのあるあるネタとなっている。しかし、この世界を冒険する人が少ないので、あるあるネタかどうかは議論が必要だ。
「西に一日歩けば湿原に出られる。そこまで出れば、ここより気温も高いからキャンプも可能だ」
「………」
「モンスターは昆虫系と妖怪系が出現する。昆虫系には炎、妖怪系には電撃、毒が有効だ」
「………」
「あらかじめキャンサーに準備……、ってどうした?」
これから先の状況、出現モンスターの特徴を解説していると、四人はぽかーん、とした表情で俺を見ていた。
「ジェラードさんって、やっぱ凄いッスね」
「はぁ?」
ジャックの言葉に力が抜けたが、考えてみればそうなのかもしれない。彼らはモンスターから逃げ延びて『ナインクロス』に辿り着いた。いかにモンスターとの戦闘経験があるとは言っても、せいぜい『ナインクロス』周辺に出没する数十種類程度だ。この世界を冒険し、多くのモンスターとの戦闘経験がある人間はこの世界ではごく少数である。
「俺らが『ナインクロス』を作ったんだ、この辺りのことは大体分かる」
「すげぇ」
四人が羨望の眼差しで見つめてくる。やめてくれ、その類の目には慣れていない。
「大したことじゃねぇよ、お前らもすぐに分かるようになる」
居た堪れなくなり俺は彼らの前を早足で歩く。彼らの視線が変化したのかは分からないが、少し慌てた様子で俺の後をついて来る。しかし、前に視線を向けた瞬間、俺は足を止めることとなった。
「マジかよ」
「え?なんだあれ」
『ナインクロス』特有の朝靄により、よく見えていなかったが、『サウスウェスト』の門が微かに見える場所まで歩くと、その足元に人が集まっているのが見えた。遠目ではあるが、百人前後はいるのではないだろうか。クリスには今日の朝に出発する、ということは伝えていたが、こんな事になるとは思ってもいなかった。
「えぇ?ジェラードさぁん」
俺たちはあまり人前に出ることに慣れていない。町に襲い掛かってくるモンスターを倒すという大がかりなことをしているとは言え、モンスターとの戦闘の際には、町の人たちは避難しているため、人目につかないことがほとんどだ。たまに町ですれ違う人に「ありがとね」と声を掛けてもらうことはあっても、大勢の人に囲まれることはなかった。そのため、真面目な性格で緊張しいなエマは、ほとんど泣き声で言いながら、俺の背後に隠れようとする。
「うっひょー、テンション上がってきたぁ!」
「これだけの人が、俺たちの出発を見送りに来てくれたのか」
ジャックの言葉は別として、ラッセルは感慨深そうに呟く。俺たちの『外交』によって『ナインクロス』の未来が決まる。延々とモンスターに襲われ続け、枯渇する物資に苦労しながら生きていくのか、それとも、『町』の協力を得ることができるのか。俺たちの使命は非常に重く、大きい。
「ジェラードさん、このまま突っ切るんすか?」
不安そうにシェリーが尋ねてくる。できることなら避けたいとでも考えているのだろうが、「こそこそ出ていく必要もないしな」と答える。背中から俺のジャケットを控えめに握るエマの動揺が感じられた。
「そんなにビビんな」
エマの肩を掴んで、隣に引っ張り出す。彼女の体は瞬時にビクリ、と震えたが気にしない。
「あ、う……」
「外に出たら、あんなのよりも、もっとおっかねぇのと戦わないといけないんだぞ?」
こんな様子の彼女ではあるが、いざ戦闘となると誰よりも勇敢にモンスターに立ち向かっていく。『自警団』が出来て一年以上になるが、未だモンスターと正面切って、剣で戦えるのは彼女だけである。つまり、俺にとって彼女は命を預ける相方ということだ。こんな状態では困る。
「お前の(出身の)町にはオールドトラフォードがあんだろ?あそこに比べりゃ、こんなもん屁でもねぇ」
「うぅ……、分かりました」
未だ俺の背後に隠れようとするエマの背中を押して、隠れられないようにしながら『門』へと歩みを進める。途中、ジャックやシェリーに茶化されながらも、エマはしっかりと自分の足で歩いた。しばらく歩くと、『門』の足元にいる人たちも俺たちに気付き、「おぉぉ」という、地鳴りのような歓声が聞こえ始め、そして、その人垣は半分に割れていく。そこに出来上がったのは、『門』へと続く花道。さすがに、俺も腰が引ける。
「頼んだぞぉ!この町を変えてくれ!」
「食料を頼む!ドラゴンの肉は食い飽きた!」
「バッカ!肉があるだけマシだ!それより建材だ!素材がいるぞぉ!」
花道を潜る間、前後左右から様々な期待が投げかけられた。わいわい、と賑やかで、笑顔が含まれている声。壁が出来たことで、この町の住人たちには希望が溢れているのだろう。次は何ができる?次は何が充実する?そんな具合に、みんな期待している。壁を作り上げた俺たちに、出来ないことはない、と。
「頼んだぞ」
人の花道を抜けると、その先には『いつもの皆』がいた。先に近寄ってきたのは、この町の自治をしているキム。いつもは俺の事を煙たがっていた男だが、今は信頼の視線を向けている。
「あぁ、任せろ」
そう言って、俺はキムと拳を合わせた。次いで前で出てきたのは、圭一、アラン、ン・バールの建設組の三人。
「壁ん時は守ってくれてありがとな、お前らが戻ってきたら、家を作ってやる」
「おっ、楽しみにしてる」
キムと同じようにアランと拳を合わせる。すると、横からも拳が伸びてきて「そのためには、素材がいるからね。ツンドラの木材だけじゃ味気ないし」と圭一、「建材だけじゃなくて、食べ物もね。ほら、昔、みんなで食べた奴とか」とン・バール。
「あぁ、任せとけ」
「食材なら、あたしに回してよね」
今度は拳ではなく、巨漢に肩を組み付かれる。無駄に近い顔が気持ち悪い。
「あぁ、分かったから、少し離れろ」
なんとか押し離すと、「あんっ、ジェラちゃんとしばらく会えないからいっぱい触っておきたかったのにぃ」と非常に気持ち悪い言葉が返ってきた。それには、俺の背後でキムや圭一たちと話していたエマたちもドン引いていた。
「ははは、ちょいとジェラ、そんな素っ気ない態度を取るもんじゃないよ」
「そ、そんな事言われてもなぁ」
次いで出てきたおばちゃん、キャンサーがとんでもない事を言ってきた。しばらく会わないからって、巨漢に腰回りを触られるのを許可する気にはなれない。
「まぁ、とにかく」
キャンサーは、一度咳払いをして仕切り直す。
「ジェラ、焦ることはないからね」
「あぁ、分かってる」
「一つ町へ行ったら、一回戻ってくる、くらいの感覚でいいんだ。焦らず慎重に、だよ」
言うと、キャンサーは俺を抱き寄せて、頬を合わせて軽くキスした。挨拶程度のものだが、『こっちの世界』ではあまりしない挨拶のため、ドキリ、とした。
「あぁん、キャンサー、それズルイわぁん。あたしも」
「や、やめろ!」
気持ち悪い言葉と、どこかぬめり気を感じる動きで、俺に組み付こうとするポールを牽制する。すると、「そりゃないわ、ジェラちゃん」と泣き言を言われたが、気にしていられない。
「ジェラードさんっ」
「おぉ、アルジールも来てくれたのか?」
「はいっ」
銀髪のちびっ子に目線を合わせてしゃがみ込むと、にへへ、と笑う小さな頭を撫でる。
「ジェラ、気をつけてな」
「おう、町の事は頼むよ」
すぐに立ち上がり、フェルトとも目線を合わせる。そして、拳を合わせると、「アルはお前やクリスに懐いちまってるからな、その辺もよろしく頼むよ」と、少し嫉妬を感じる視線をアルジールに向ける。無垢な少年は、何も分かっていない綺麗な瞳でこちらを見つめ返してきて、「えへへ」と笑った。
「アルには俺のような人生は歩んでほしくねぇな」
そう言って、俺は人の花道を抜けた。まだ捕まっている四人の少年たちに向き直ると、そこには何も言わずに俺を見送る男と女の姿があった。俺とあいつらの間には、もう話すことはなかった。ただただ、黙って、男はサムズアップし、女は笑顔でピースサインを押し出した。
「おしっ!行くぞ!」
俺の言葉に四人の少年たちは解放され、俺の隣に並ぶ。そして、一様に振り返ると、片手を挙げて「行ってくる!」と口々に叫んだ。町の人たちの見送りは、俺たちの姿が朝靄に消えるまで、続いた。




