表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Over Land  作者: 射手
第一章  神阪 蓮
6/249

第一章  神阪 蓮 ⑥

「あっ、蓮兄ぃ!」


 寸胴を持ってフロアに出ると、銀髪の少年が駆け寄ってきた。よく懐いた犬みたいだ、と思いながら、寸胴を保温器に収める。


「あの、買出し・・・」

「あぁ、そらさんが手伝ってくれたからいいよ」と銀髪をくしゃくしゃと撫でてやる。しかし、少年は気が済まないのか、「その・・・つばさ姉ぇが」と言い淀んだ。


「なんだ、アル?私とクレープを食べたのがそんなに嫌だったのか?」


 そう言って、銀髪の少年アルジールの背後に立ったのは、ポニーテールを揺らしビシッと背筋の伸びた和風美人。服装こそシャツにジーパンというラフな格好だが、言葉遣いや溢れ出る和のオーラが厳格さを引き立たせる。実際はさっぱりしていて付き合いやすく、たまにとぼけるお姉さんだ。


「嫌じゃないよ、その手伝い頼まれてたのに勝手に行ったから・・・」


 そんな事でしょんぼりする姿を見ると、本当に可愛いやつだなぁ、と心の底から思う。銀髪を再度撫でてやると、和風美人も同じく銀髪を撫でる。おそらく同じことを思ったのだろう、まったく天然で年上の心を擽るなんて将来が心配だ、と考えていると和風美人は人の悪い笑みを俺に向けた。


「それで、蓮?姉さんとはどこまで行ったんだ?」

「ここまで帰ってきただけだ」


 言葉を被せ気味に返答する。姉さんというのは和風美人の姉、秋風そらのことである。そして、目の前の和風美人は秋風つばさ。この町きっての美人姉妹として知られている。姉はおっとりとした性格、ふんわりとした雰囲気で、ゆっくりなペースで行動する守ってあげたくなるタイプ。妹はビシッとした雰囲気、バシッと行動し、シュッとした見た目で付いて行きたくなるタイプ。擬音語ばかりで申し訳ないが、この方が伝わりやすいのではないかと思う。そんな町の男の好みを網羅してしまいそうなほど性格が違うが、非常に仲のいい姉妹だ。一人っ子の俺としては非常に羨ましい。


「なぜだ?いいシチュエーションだっただろう?夕日の沈む海、涼しく虫の音色が聞こえる小路、ゆっくり流れる時間、などなど!これほどのフラグが立っていてなぜ一発いかない!」

「自分の姉ちゃんだろ、手ぇ出したら殺す!くらいの気概はないのか」

「あるわけないだろう、姉の幸せを願わない妹がどこにいる」


 さも当然の如く胸を張るつばさ。これも一つの姉妹愛なのだろうが、行き過ぎている気がする。


「それとも蓮は姉さんのこと好きじゃないのか?」

「いや、その、なんつーか」


 あまりに直球すぎて打ち返せない。たしかに、そらはすごく可愛いと思う。いや、そういう話じゃなく・・・。と、返事に困っていると、つばさの後ろから、きぃ、と小さな音が聞こえた。


「つばさぁ?蓮ちゃん困らせたら、お姉ちゃん怒るけど、いいの?」


「ね、姉さん!」と俊敏な動きで振り返るつばさ。よっぽど驚いたのだろう、表情は非常に焦っている。


「ごめんね、蓮ちゃん。つばさったら蓮ちゃんのこと好きだからからかっちゃうの」


 俺にはすごく穏やかな笑顔を見せてくれたが、「ねー?」と、つばさの方を向いたときには目が笑っていなかったように見えた。


「そ、そうだ!私は蓮がす、すす好きだ!そう!そうそう」


 慌てたつばさがどもりながら告白してきた。甘酸っぱさはないが、頭の後ろが痒い。


「そ、そうか、な、なるほど。なんか照れるな、ははは」


 同じく慌てた俺もどもりながら返事をする。甘酸っぱさはないが、額から汗が滲み出てくる。そっ、とそらの様子を伺うと、にこりと微笑んで俺たち二人を見ていた。何を考えているのかは分からない。その様子を間に挟まれながら見ていた銀髪の少年は、居心地悪そうに俺を見上げて言ったのだ。


「蓮兄ぃモテモテだね」と。



「さぁて、皆揃ったから飯にしょっか」


 そう言ったのは、カウンターの中で人数分の麦茶を入れていた薫だった。彼女の言った『皆』の中に直人を含まないのは、止めを刺した張本人である証だ。


「なんだ、直人はもう寝たのか?」


 事情の知らないつばさが席について言う。しかし、視線はまっすぐに薫を見ている点、なぜ寝ているのかは分かっているようだ。つまるところ、いつもどおり。


「バーボン掻っ食らってたからね、酔いが回ったんでしょ」


 こちらもいつもどおり、素知らぬ表情で飄々と言ってのけた。酔いの回った男に弾丸ぶち込むなんて鬼の所業だ。


「そうか、奴がいないとなると飲み仲間がいないな」

「あいつは酔うと面白いからな」


 俺も席についてつばさに同意する。食卓には料理が並び、全員に麦茶が配られた。ここでの夕食の決まりとして、一杯目は麦茶がルールである。ルールであるが、テーブルの脇には既に二杯目のビールが鎮座しているのはご愛嬌だ。ちなみに、俺は酒と米を一緒に食えない性質の為、オムライスを食べてから飲むことにする。


「つばさぁ?飲み仲間がいないんなら、今日は飲まないようにね」と、車椅子を軋ませながら、つばさの隣にそらが並ぶ。姉として心配しているのだろう。しかし、「心配はいらないよ、飲み仲間なら蓮がいる」代役なら間に合っているとばかりに俺を見た。まぁ、俺以外にも薫やおっさんもいるから飲み仲間には困らないだろう。


「そういうことじゃなくて、最近飲みすぎだと思うんだけど」

「大丈夫、毎朝すっきり起きている、私は酒が残らないタイプだからな」


 はっはっは、と豪快に笑いながら言うつばさ。確かに酒に強いし、次の日もハツラツとしている。俺の中では『鉄の肝臓を持つ女』という通り名が付いているほどだ。


「つばさは良くても直くんが良くないでしょ?今日も昼くらいまで起きて来なかったし、起きてきても頭痛いとかでウンウン唸ってたし、トイレ長いし、臭いし。周りが迷惑するんだからね」


 そらは一生懸命につばさを諭す。しかし、一生懸命が故に気づいていない。後半はつばさが関係ないことに。しかも、直人の駄目人間具合が浮き彫りになっていることに。


「そらさん、すみません。ご飯にしませんか?」と、薫が口を挟む。すると、そらは顔を真っ赤にして「ごめんね、ご飯時に」と謝った。


「直兄ぃ、大丈夫かなぁ?」と、先ほどのそらの話を聞いたアルジールが心配する。よく考えれば、昼飯もまともに食ってないんじゃないだろうか。子供にまで心配されるなんて、アルジールがいい子なのか、直人が駄目なのか考えさせられる。


「アルぅ?」と、今度も薫が口を挟んだ。そして「食事時に直人の話はやめてくれない?」と笑顔で言った。その迫力たるや、アルジールが涙目になりながら、一秒間に五回頷くほどだ。そんなに嫌なのか、直人の話。全員が意思を共有できたところで、薫はごほん、と間を置いて、「いただきまーっす!」と人一倍元気よくオムライスに取り掛かった。悪くなった空気を改善しようと張り切る薫の隣で、アルジールはまだ涙目のままだった。


「ん!みぃちゃん、このオムライスいいね!ふあっふあっ!」

「でしょ?いい感じに卵に空気入ったからねぇ」


 薫の迫力に慣れているみずきはさっきの事などなかったかのように、自然に話を合わせた。すると、「また腕上げたねぇ」とそらも参入し、「ほう、ライスはガーリックか、米のパラつき具合もいい」とつばさもオムライスを褒める。たったそれだけの事なのに、テーブルが一気に華やいだ。これがガールズトーク、女子の特権なのだろう。そうと来れば、こちらもボーイズトークに華を咲かせますか。


「翔、最近仕事はどうだ?」

「へ?あぁ、新築も大方目処がついたので順調ですよ、どっちかと言えば修繕の方が大変ですね」


 テーブルが一気に汗臭くなった。二十代男子のボーイズトークと言えば、仕事の話になるのだ。仕方がないのだ。


「ねぇねぇ、しゅーぜんって何?」

「お前はこっちでいいのか?」


 昼に大盛りカルボナーラとカツカレーを平らげたフランス産お転婆娘が口を挟んできた。性別的にはガールズの方だが、精神的にはボーイズの方なのだろう。すでにオムライスを半分飲み込んでいた。さすが、『ゴムの胃袋を持つ女』だ。


「どっちで食べても一緒だよ、ねぇ、しゅーぜんって?」

「あぁ、修理することだ」


 ふーん、と蚊の鳴くような声を発すると、再びオムライスに取り掛かった。花より団子、団子よりオムライス、ボリューム重視。そして、俺たちの話は腰が折れてしまった。


「それにしてもユマはよく食べるなぁ」

「ふが?──っ、ほーは!」


 衰えない食のペースに感心する。すると、ユーマは何かを思い出したように急に麦茶を手に取ると一気に口の中のものを流し込んだ。そういう食べ方をすると、せっかく『ふあふあ』に作ったオムライスが台無しだ。


「昼の約束!忘れないでよね、全部食べるからちゃんと褒めてよ!」


 ビシッ!と豪快に振りかぶって人差し指を俺に突きつける。そんなに褒めてもらいたいものなのだろうか。しかし、彼女にとってはかなり重要なことなのだろう。


「分かった分かった、いーこいーこしてやるよ」

「絶対だかんね!」


 そう言うとユーマはオムライスの残り、ベーコンとほうれん草のソテーに向き直った。元気なことはいいことだ。正面では、翔がにやにやと俺を見ている。全くもって居心地が悪い。


「なんだよ?」

「いえいえ、楽しいなーって、ね?アル」と、翔の隣に座るアルジールに話しかける。ようやく立ち直ったアルジールはオムライスを口に運びながら頷いた。


「それで、蓮さんの方はどうですか?」

「あんまり楽しくはないな」

「はは、そうですか」


 そう言うと、翔はオムライスに向き直った。せっかくの『ふあふあ』だ、温かい内にいただきたい。スプーンを突き立てると、とろとろの卵が裂け、ガーリックライスの香りが立ち昇る。非常に食欲を掻き立てる香りに堪らず、一気に口に掻き込む。程よい温かさが口の中に広がり、柔らかい卵の食感と、少し焦げ目を付けたガーリックライスの歯応え、そして、鼻に抜けていくスパイスの香り。うむ、絶品だ。


「さすが、みぃさんですね。美味い」と翔は更にもう一口。俺は黙って頷いて、オニオンスープを口に含んだ。コンソメベースに様々なスパイスが入っているのだろう、少し辛め。しかし、それがオムライスの柔らかな食感と良いハーモニーを奏で、より味が引き立つ。とろとろに溶けつつも僅かな歯応えを残す玉葱の存在感もいい。さすが、おっさん。みずきのオムライスを更なる高みへと引き立ててやがる。


 みずきとおっさんの二重奏に気を取られていると、「へんひ!もは!もはみへ!」という元気全開の声が隣から飛び込んできた。何事か、と思ったが見るとすぐに理解する。金髪の元気娘が空っぽになった皿を俺に見せつけていた。


「はへふぁ!はへふぁひょ!」

「分かった、分かった、まずは口の中全部飲み込め」と、ユーマに麦茶を手渡す。すると、瞬時に受け取り、一気に嚥下した。すると、やはり「食べたよ!」と大きな声で主張してきた。


「はいはい、頑張ったな」ぽん、と頭に手を乗せて撫でてやる。しかし、ユーマはムスっとした。


「アルっちの時と違う」不服に頬を膨らませて言う。十五歳フランス女子はわがままだった。

「あのなぁ、アルん時もこんな感じだったぞ」もう一度頭を撫でる。しかし、機嫌が直ることはない。ジト目で睨まれ、「愛を感じない!」と一喝された。すると、ユーマの逆隣のつばさがこちらに振り返り「ユマには愛が分かるのか」と聞いた。それに「よく分かんないけど、少なくとも今は嬉しくないよ!」と、つばさにも当り散らす。何をそんなにイライラしているのか。すると、つばさは「ふむ」と考え込むと、ごく当然の表情で俺に向かって言った。


「普段姉さんにしているようなことをしてみたらどうだ?」

「すまんが意図していることがよく分からん」被せるように言い返す。真顔で何を言ってんだ、こいつは。


「姉さんは──」

「つばさぁ?呼んだ?」と腰を折る感じで、更に向こうに座っているはずのそらが割り込んできた。もともと椅子に座らず、車椅子のまま食卓についている彼女特有の動きだ。あまり存在感を出さずに、移動できる。そのため、つばさも気付かなかったのだろう。すでに、そらはつばさとユーマの間に割って入っていた。そこに入り込まれるまで気付かなかったつばさは、一瞬表情を強ばらせたが、すぐに開き直って見せる。


「蓮、姉さんの頭を撫でてみろ」

「は?」

「さっきユマにしたみたいにな」


 そういうと、つばさは席を立ち、そらの車椅子のハンドルを掴んだ。そして、戸惑うそらを無視して、俺のもとへと運ぶ。


「さぁ」

「えと、あの、蓮ちゃん、あのね」


 言いよどみながら俺の様子を伺うそら、試すように俺を見るつばさ。それ以外にも、ムスっとしたままのユーマ、楽しそうな薫、ちらちらと無関心を装うみずき、「修羅場ですな」嬉しそうな翔、そして間でオロオロとするアルジール。多くの目が俺を見ていた。別に何も気にすることはない。いつも通り、いつも通りだ。と自分に言い聞かせながら、そらの頭へと手をやる。俺の手が頭に触れると、そらは一度、びくりと体を震わせた。そして、ゆっくりと撫でる。


「ふあ」


 柔らかく、さらさらとした髪が、指の間を抜ける。彼女の吐息に赤面してしまいそうになるが、すでに真っ赤になって俯いているそらの背後でドヤ顔をしているつばさを見て、なんとか冷静さを保つ。ここで取り乱してはいけない。特別になってもいけない。普通に頭を撫でて、愛がどうとか吠える小娘を黙らせる。そう、それが今の目的だ。


「ほら、何も変わんねぇだろ?」そらの頭から手を離しながら、ユーマに向き直る。


「違う」

「そうだろう──は?何が」

「何か分かんないけど、そこに愛があるよー」と、俺の思惑とは異なり、ユーマはぎゃーぎゃーと喚いた。その隣で、つばさは非常に満足した顔をしていた。


「姉さん、今日は頭を洗えないな」

「あ、洗うよ!ちゃんと毎日洗ってるよ!」


 つばさの言葉に反論しつつも、真っ赤な顔で俺を見るそら。そんな目で見られても困るので、視線をオムライスへと移す。その俺の行動が気に障ったのか、「ユーにも優しくしてよ!」と、膨れるユーマ。それを見て、「蓮さんはモテモテですね、いやぁ羨ましい」と翔はため息混じりに言うと、再度オムライスに取り掛かった。


「いやぁ、素晴らしい。蓮、今日は飲むぞ?」と、つばさに肩を掴まれる。

「うるせぇ、今日は飯食って風呂入って寝んだよ」

「そう言うな、マスター、まずはビールを貰えるか?」


 そう言って、手を向けられたおっさんだが、神妙な面持ちで窓の外を見ていた。外は既に夜になっており、外灯の無いこの世界は完全に闇の中に包まれていた。


「マスター?」その表情が気になったそらがおっさんに声を掛けた。普段ならば、こういう酒の注文には喜んで応えるおっさんが、『こう』なる時は決まっている。俺が椅子から立ち上がると、続いて薫も立ち上がった。


「『来た』の?」


 薫の言葉におっさんは「あぁ」と低い声で返事をした。視線は窓の外。闇の中。おっさんの目には何が写っているのだろうか。


「町の北の森だ。四、五人くらい、だな」

「大きな動きはない、か?」

「まだな、この時間に北の森に『町の人間』が集まることはない。蓮、行けるか?」


 おっさんの言葉に黙って頷く。テーブルの上に出していた携帯電話をポケットにしまうと、外に向かう。


「あたしも行く」


 そういうと、薫も携帯電話を手に取り、俺に並びかけた。


「あぁ、頼む。後、アルも俺と来てくれ」

「うん、分かった」


 銀髪の少年が立ち上がり、俺に並ぶ。すると、俺は再度振り返り、「つばさはここに、ユマと翔は飯を食ったら噴水広場に来てくれ。何かあれば連絡する」と付け加える。すると、みんな同意し、それぞれが携帯電話を確認した。


「蓮ちゃん、ウチは?」


 最後にみずきが立ち上がった。その姿を見て、「みぃはつばさと一緒にここに居てくれ。店を守ること」と人差し指を向けて言った。それに「ん」と少し不服そうであったが、同意し椅子に座った。


「それじゃあ、行ってくる」

「気をつけてね」


 最後にそう言ったのは、きぃと軋む車椅子に乗ったそらだった。その言葉に振り返らず、手を振って俺たちは外へと出た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ