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Over Land  作者: 射手
第四章  ジェラード・アイスラーム
58/250

第四.五章  ティア ③

view:クリストフ・アルバー

time:七年前



もう五年も前になるのか。ただのサッカー好きの中学生だった俺が、突然家族を奪われ、独りとなったのは。ロンドンの片隅に住んでいた俺たちは、家族揃って買い物に出かけた先で、『ファルクリーズ家』のテロに巻き込まれた。奴らは町の真ん中で銃を乱射し、町の人たちを無差別に殺していった。そして、出動してきた軍隊と戦闘になり、ロンドンは戦場となった。俺の両親と姉は、『ファルクリーズ家』の奴らが使用した手榴弾の犠牲となった。爆発の寸前に、姉に抱かれた俺は死ぬことはなかった。爆発の衝撃や、飛び散ったコンクリート片は、全て姉が防いでくれた。『ファルクリーズ家』と軍隊の戦闘が終わるまで、俺は血まみれの、もはや肉塊と化した姉に抱かれていた。


『ファルクリーズ』は、家族の仇だ。



━━━━━━━━━━



「で、あんたはティアを避けてる、と」

「っせーな」


 いつものようにカマ野郎の屋台でパニーノに齧り付く。隣にはヤブ医者が並び、透明の液体と共に、『おでん』と呼ばれる煮物を食べている。透明の液体を飲んだのか飲んでないのか、分からない程度口に含んで飲み込むと、ヤブ医者は「ティアがあんたに何したってのさ」と、もはや説得に使われる常套句を口にする。


「あんたには分かんねぇよ」

「そうさねぇ、簡単に人の事が分かりゃ、戦争なんてありゃしないよ」


 今もなお語られる『ロンドンテロ事件』。犠牲者は数千人にも及んだ大惨事だ。その事件以降の『ファルクリーズ』はと言うと、活動が縮小するどころか、より活発となり、ニューヨーク、パリ、モスクワ、ニューデリー、リオデジャネイロ、東京と世界の主要都市で次々とテロ活動を行っていった。その活動の理由として考えられるのは、宗教的な思想の違い、力による世界の支配、そして、世界人口の減少だという。しかし、世界人口の増加により、人々の生活を守れなくなった『世界政府』には、もはや『ファルクリーズ』を糾弾する力もなく、もはや遠方で『奴ら』の活動を非難する程度のことしかできなかった。


 そんな中、人々の助けとなる可能性を秘めた世界、『Over Land』が現れたのである。


「確かに『ファルクリーズ』の関係者だ、って分かって身構えないかと聞かれりゃ、身構えるさ。でもね、あたしにとっちゃ、ティアは『ティア』なんだ。もうあの子は、身内なんだよ」


 そう言って、キャンサーは透明の液体を口に含む。

 分かっている。それが正論であることは。しかし──、


「クリスちゃんがティアちゃんを許せないのは本当に『ファルクリーズ』の関係者ってことだけかしら?」


 それまで黙って聞いていたカマ野郎、ポールが口を挟んできた。どういうことか分からず、ポールを睨む。すると、「その目、いいわぁ」と恍惚な表情を浮かべられた。


「うるせぇ!どういう意味だよっ!」

「そりゃねぇ、認めたくないわよねぇ?」


 ポールはうっとりとした目で、俺を見つめる。気持ち悪いが、その目は俺を見透かしていた。


「気に入った子が、実は娼婦だったなんて」

「~~~っ!」

「ずっと嘘吐かれてたなんて、ねぇ?」


「そんなんじゃねぇ!」と言えなかった。ポールの目は俺を見透かし、そして、俺の心を掘り下げていく。決して、触れてほしくない所を抉っていく。


「実際、『ファルクリーズ』なんて関係ないんでしょ?問題は『娼婦』の方、でしょ?」

「……違ぇ」

「違くないでしょ?」


 ポールに言葉を遮られ、何も言えなくなってしまう。


「言っとくけど、あたしも、キャンサーも知ってたわよ」

「え?」


 ポールは屋台から出ると、煙草に火を着けた。料理場で吸わないのはポールなりのポリシーなのかもしれない。


「もちろん『ファルクリーズ』の話は知らなかったけどね。『名家の令嬢』ではないことくらい分かるわ、ね?」


 ポールは煙草の煙と共に、キャンサーの方を見る。すると、「あんたは……」とキャンサーは呆れ顔になり、次いで俺の方に見直る。


「一度、あの子から懺悔みたいなのを聞いたことがあってね」


 そう言って、キャンサーは再び酒を口に運ぶ。


「この続きは本人から聞きな、人様の知られたくない過去を言い触らすようなことはしたくないからね」

「………」


 俺は、自分が分からなくなってしまった。『ファルクリーズ』を恨む気持ち、『ティア』の本性を知ってしまった気持ち。どちらが、今の俺を揺さぶっているのか。


「あたしなら、ベッドの上で教えてあげるけど?」

「………」


 俺は、彼女の過去を受け止められるのだろうか。

 俺は、自分の過去を乗り越えられるのだろうか。

 自問だけが続いていく。


「クリスーっ!」


 突然、大きな声で名を呼ばれ、我に返った。声の元へ振り返ると、ポテンシャル最強女子のン・バールが猛スピードで走ってきた。ぜいぜい、と息を切らし、膝に手を付く。


「ティアが!ティアがっ!知らない連中にっ!」

「なっ、何があった!」


 即座にンバの肩を掴んで揺さぶる。「分かんないよ!」とンバは俺の手を振り払って答える。


「あたしも遠くからだったし!ティアが十人くらいの男に囲まれて連れてかれてたのっ!」

「っ!どこだ!」


 すぐに場所を聞く。時間はない。おそらく、十人の男たちは『ファルクリーズ家』の者たちだろう。『ティア』が連れて行かれる。俺の中で答えを出す時間など、ない。


「『あっち』!『あっち』から『あっち』に向かって歩いてた!」


 方向音痴のンバによる方向指示。大きな身振り手振りで教えてくれる力技の案内だったが、今はそのくらい簡単な方がありがたい。


「分かった」

「ちょっ!クリスっ!?」


 大まかな位置が分かれば後は走るだけだ。その場所は現在『壁』の建設中。『外』から入ってくるには、そこが簡単だ。逆に出るのも。


「だ、大丈夫なの?ヤバそうな連中だったよ?」

「まぁ、大丈夫だろ。あたしたち大人はバックアップに専念しますかね」

「あたしは気乗りしないわね」

「あんた、渾身のボケを潰されたからって拗ねないのっ」


 クリスが全力で走った後、ポール、キャンサーは席を立った。状況を飲み込めていないンバは混乱していたが、彼女たちも黙って見ているつもりはなかった。


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