第四.五章 ティア ②
view:リザ・ピャートニツキイ
time:十二年前
私は、妖精と呼ばれていた。それは決して嬉しい言葉ではなかった。
「さぁ、リザちゃん、こっちに」
丈の長いスカートと、手首まできっちりとある長袖のシャツ、普段と比べて露出度の低い服装で向かった家は『現実世界』において、数少ない貴族の家。普段から脂の多い食事をしているのであろう、せり出した腹を服で隠せない男が脂でベタベタ感のある手で、私を招き入れた。広いお屋敷、玄関を潜ると正面に出てくる中央階段。真っ赤な絨毯。上品な花の香り。美しいお屋敷、まるでお姫様にでもなったかのような、夢のような世界の中で、私は……。
「さぁ、お風呂に入ろうか」
男のハムのような丸い手が私の肩を抱く。抵抗など、できるはずもなく。私は連れられるがままに、真っ白に輝く浴室に入っていった。
考えちゃダメ……。
何も感じちゃダメ……。
私は、ただの人形……。
助けて……、兄さん……。
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view:クリストフ・アルバー
time:七年前
「あっ!ティアさんっ!クリスさんっ!」
フェルトの家の前まで歩くと、すぐに窓の外を眺めていたアルジールに見つかった。窓の向こうに消えると、すぐに玄関から愛らしい笑顔で出てくる。ててて、と走って近くに寄ってくるアルジールを、ティアは我慢できない、というように抱きしめた。
「あぁーん、もう!可愛いなぁー」
「えへへ、父さんは出掛けてますよー」
「そっかそっかぁ」
アルジールを抱き上げて、笑顔になるティア。さっきの落ち込んだ表情は、どこかに消し飛んでいた。
「悪いな、アル。今日はお菓子ねぇんだわ」
そういえば、手ぶらで来てしまった。途中でヤブ医者にも会わなかったし、仕方がない。
「お菓子はいらないですよ、遊んでくださいっ」
笑顔で言うアルジール。本当によくできた子だと思う。それはティアも思ったのだろう。「もぉー!」と一鳴きすると、力の限りアルジールを抱きしめた。
「い、痛いです、ティアさん」
「あっ、ごめんねごめんね」
ティアは謝ると、アルジールを地面へと下して、頭を撫でた。
「よし、じゃあアル、何して遊ぼうか?」
アルジールがティアから解放されたのを見てから、アルジールの目線に合わせてしゃがみ込む。すると、アルジールは「んーっと」と悩んで、「冒険の話が聞きたいですっ」と三度眩しい限りの笑顔を炸裂させた。
「冒険かぁ」と思いを巡らせながらティアの顔を見る。彼女も共に旅をしていた為、話題は共有できる。すると、「火山での話は?スリル抜群だったでしょ」と、こちらも(俺にとっては)眩しい微笑みを見せた。
「火山かぁ、じゃあまず、『火の町:レア』の話からだな」
「うんうん、ラルフさん元気かなぁ?」
「あのおっさんが元気じゃねぇとこ見てみてぇよ」
そんな話をしながら、俺たちはフェルトの家へと入っていった。
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「なんだ、お前ら居たのか」
冒険の話がひと段落した頃、フェルトが帰って来た。手には袋が握られており、買い物帰りのようだった。
「お前らが居るんだったら、もうちょっと買い足しとけばよかったな」
「そんなのいいよ、私たちがいきなり来たんだし」
ティアは立ち上がると、フェルトの方へと歩み寄る。さながら夫婦のようなツーショットに俺とアルジールはどこか置いてけぼりになっていた。どこか寂しさを感じるのは気のせいだと思いたい。
「あぁ、そうだ」
人知れず寂しさと格闘していると、フェルトが神妙な面持ちで俺とティアを見る。それは決して良いニュースではないことを物語っていた。
「二人とも、『ファルクリーズ家』って知ってるよな」
「っ!」
フェルトの言葉にティアはビクリと体を震わした。それとは対極にアルジールは、ぽかんとしている。
「そいつらが何だってんだよ」
俺にとっては、家族の仇の名であった。『ファルクリーズ家』は、ヨーロッパを中心に活動しているマフィアの名である。もはやマフィアの範疇を超え、国を相手取りテロ紛いの活動を行っている『現実世界』で最も凶悪な組織である。構成員の数もヨーロッパの小国の人口以上いるとされている。もはや、全世界の人間において、『ファルクリーズ家』の名を知らないものはいないだろう。
「どうやら『Over Land』にまで進出してきているみたいだ」
がさり、と音を鳴らし、『現実世界』で発行されている新聞を広げてみせる。そこには大きな文字で『ファルクリーズ家、Over Land進出か』と書かれていた。また、『Over Land』内での騒動も取り上げられており、『風の町:ランダ』が強襲され、一般人が何人も犠牲になったと書かれている。
「~~~っ、っっ!」
その記事を、食い入るように見ながら、ティアはどんどんと青ざめていった。
「お、おい、大丈夫か?」
肩を揺すっても反応がない。ティアの目は、ある記事を注視していた。
《Over Land進出は『一億の女』捜索の為か》
一人の幹部が話したという、その記事は、信憑性も不確かである上に、作られた物語のようであった。一週間で一千万ユーロを稼ぐ娼婦が、『Over Land』へと逃亡し、その手引きをしたとされる兄である男娼を処分した、という記事であった。何の救いもない物語だった。
「~~~っ」
とても小さな声。嗚咽とも、悲鳴とも取れない声。ティアはその場に立ち尽くしていた。
「………。クリス、アルジール」
フェルトは低い声で、俺たちの名を呼ぶと、「少し、出ようか」と俺たちを外へと促す。
「ティア……」
俺の手は、ティアの肩を叩こうとして、寸前で止まった。この記事を読んで呆然自失となる理由。それは、俺にとっても信じたくないものだった。俺はティアには触れられない。
俺は、ティアが『現実世界の名家の令嬢』だったから、これまで一緒に居られた。いや、別に肩書きなんて『なんでも』良かった。ただ……。『ファルクリーズ家の関係者』だったのならば……。
俺は……。
「クリス」
「……あぁ」
俺は、ティアに背を向けて、家から出た。
「~~~っ、にい……、さん……っ」




