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Over Land  作者: 射手
第四章  ジェラード・アイスラーム
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第四章  ジェラード・アイスラーム ⑧

time:七年前


 夜の闇は色濃くなっていき、空には満天の星空が広がった。昼間は薄い雪雲が空を覆っていたが、夜にはそれが無くなり、様々な宝石を散りばめたような色とりどりな星たちが輝きを放っている。しかし、雪原の真ん中にある『この町』においては、見上げて手放しに喜べるような気分にはなれない。いくら傍に炎が立ち昇るドラム缶があろうとも、晴れている日は寒い。風こそ柔らかなものだが、寒いものは寒い。


「おい、ウォッカくれ」

「こら、未成年。ココアにしなさい」

「さみーんだよっ!」


 ただでさえ、誰かさんに水をぶっかけられたおかげで、服が湿って体温が奪われるってのに。ちなみに、一緒に水をかぶったンバは、キャンサーと一緒に熱燗を飲んでカウンターに突っ伏している。聞こえてくるのは、いつもの元気な声ではなく、規則正しい寝息だ。


「火ぃもうちょっとこっちに寄せてくれよ」


 ちなみに、ドラム缶はンバの真後ろ、俺から八メートルほど離れている。ンバが寝てしまった為、後ろからドラム缶、前からは鉄板強火力が彼女を温めている。


「あんたは我慢しな」


 なぜか不機嫌なティアにそう言われてしまう。なぜだ?寒空の下、水をぶっかけて尚、不機嫌を貫く意味が分からない。


「まぁ、晴れてきたからねぇ」


 ンバが寝てしまった為、相手がいなくなったキャンサーが熱燗を持ってこっちにやってきた。移動距離はカウンター席三つ分。隣に来ると、キャンサーは持ってきた徳利から熱燗をお猪口に注いだ。


「ほれ、温まるぞ」

「さっすがヤブ!」


 キャンサーに差し出されたお猪口を受け取って、まず一口。まろやかな口当たりで非常に飲みやすい。さらに人肌程度に温められている為、体の内側から温まる一品だ。


「キャンさん」

「いいじゃないか、ここには何の法律もないんだから」


 そうこの世界には何の法律もない。飲酒の法も、たばこの法も、税金も、密漁という言葉もない。ただあるのは、人を殺してはならない、という倫理観があるのみ。あとは酒を飲もうが、たばこを吸おうが自己責任だ。


「年長者がそんな認識では困るな」


 突然、背後からこほん、という咳払いと共に、高圧的な男の声が飛び込んできた。古くからのツレだが、冗談が通じず、酒の席ではあまり会いたくない人種だ。


「いいか?今この町はだな」


 語り始める冗談の通じない男、金陸遜。身長は百九十センチと大柄だが細身で、長く伸ばした真っ白な髪を後ろで束ねているのが特徴的な男だ。この話を要約すると、この町はこれから出来上がっていく上で、今後、最低限の法や条例を作っていかなければならないので、自分たちがそんな認識では困る。ということだ。


「分かるか」

「大丈夫だって」と、俺はもう一杯熱燗を口に含む。喉を抜ける温かな酒ってのは冷えた体を温めてくれる。

「分かってねぇだろ」


 脱力するキムに、「こうなったら、もう無理よ」と同情するティア。そして、二人はほぼ同時にため息を吐いた。


「ほらほら、そんなんだと幸せが逃げちゃうわよ」


 鉄板の向こうからオネエ言葉の巨漢がのそり、と蠢いて、キムに紙包みを手渡す。紙包みを覗き込むと、そこには湯気がたつコロッケが数個、ビッグサイズのものが入っていた。


「サービスしといたわよ」とカマの気持ち悪いウィンク。それを彼は「ははは」と愛想笑いで返すと、「悪いな」と続けて、踵を返した。ここでは食べずに、自分のプレハブ小屋で仕事をしながら食べるのだろう。彼の仕事は『この町』の自治だ。プレハブ小屋の区分けから、難民の受け入れ、町の人間の把握や仕事の割り振りなど、仕事量はかなり多い。


「相変わらずコロッケ好きだな」

「好きというか、腹には溜まるからな」


 食事すらも効率重視、実に仕事人間らしい。


「とにかく酒は飲むな」と言うと、キムは振り返らずに歩いて行った。捨て台詞すらも彼らしい。すぐに色の濃い夜の闇が彼を飲み込むが、所々にある松明が、彼をぼんやり、と照らし出す。モンスターもそうだが、お化けが出そうな中を姿勢よく歩いていく彼の姿はかっこよく見えた。


「さて、俺も退散すっかな」


 まだ服は半乾きだが、熱燗と強火力の鉄板のおかげで、体はぽかぽかと温まっていた。早足で帰れば、寒さを思い出す前に自分のプレハブ小屋に辿り着けるだろう。そんなことを考えながら立ち上がると、突如、空から、フェエエェエエエエエエェェンッ!という雄叫びが聞こえてきた。


「退散できなかったわね」


 ティアが苦笑しながら、次いで席を立つ。視線はすぐに空へと向けられ、そのとき漏れ出たため息が白く空へと昇っていく。その白い息を追っていくと、大きな翼を広げたドラゴンが俺たちの目の前を滑空していった。


「でけぇな」


 呟く。隣のティアを始め、キャンサー、ポール、フェルトも黙って頷いた。おそらく、ドラゴンの狙いは『この町の誰か』だろう。小さな町の上で、大きなドラゴンが旋回し続けている。それを見ているのは俺たちだけではない。向こうの屋台で飲み比べをしていたアランも空を見上げている。他の屋台ではすぐに店をたたみ、姿を隠す人、どこかへ逃げようとする人、ただただドラゴンを見つめる人、泣き出す人、怯える人、多様な反応が見られた。まだまだ安心できる町には程遠い。それは、俺たちがすべき努力だ。


「今日やれんのは誰だ?」

「あたし行けるわよ」

「俺もだ」


 俺の言葉にティア、フェルトが答える。ティアはすぐに携帯を取り出し、銃を取った。モチベーションは高いようだ。


「あたしはここで薬の準備だからパス」とキャンサー。

「あたしも、まだまだ料理しないといけないわ」と周りを見回すポール。いつもふざけた事ばかりだが、この緊急事態では食料は欠かせない。逃げるにしても、隠れるにしても、体力は必要なのだから。他の屋台が逃げるために店をたたんだ今、料理をできるのはポールだけである。


「おい!逃げんならこっちに集まれ!」


 大きな声が屋台広場に響く。「散らばるな!安全が確保しにくい!おい、ビビッてねぇ奴はドラム缶を集めろ!」あれほど酒を飲んでいて、この切り替えの早さはもはや才能だ。アランの声は野太く、よく通る。そして、その指示は的確で迷いがない。


「火を焚け!大量にだ!人を集めろ!」

「温かいスープもいっぱいあるわよ」


 ポールの声も混ざる。皆あれほど騒いでいたのに、切り替えが早い。


「さて、行くか」

「そうね」


 俺たちは足早に闇の中へと向かった。




 真っ暗な道を全力で走る。さっきまで熱燗を飲んで温まっていたが、すでに酔いは覚め、運動による熱で体は汗を掻いている。空を見上げると、巨大なドラゴンが旋回しながら、町を見下ろしている。誰を狙うか、品定めでもしているのだろう。町の中において、敢えて人気の集まらない場所を一か所作っておいた。のちに『サウスウェスト』と呼ばれるのだが、プレハブ小屋も何もない一画を作ったのは、モンスターの特性のためである。


「そろそろいいぞ」

「おっけーい」


 俺の言葉にティアは反転して、空を見上げると、銃を構えた。見た目はハンドガンだが、キャンサーの『錬金術』によるカスタマイズにより、射程距離は長く、威力も強い。狙いを定めると、ティアは一発、二発と発砲、その内の一発が命中すると、ドラゴンは視線をこちらへと向けた。モンスターの持つ『ファーストアタック』の特性を活かして、こちらにドラゴンを誘導する。その間、ドラゴンは数回咆哮し、その影響で数件のプレハブ小屋が吹き飛んだ。あの中に人がいないことを祈るばかりだ。


「ちょっと大人しくしなさい!」


 ティアはハンドガンのシリンダーを開けると、キャンサー特製の弾丸を詰める。装填は六発、それを振り返って一気に全弾発砲。少し黄色がかった弾丸は、電気を帯びており着弾と同時に高圧の電撃を放電する。間違って人に当たりでもすれば、確実に死ぬだろう。発砲した内の何発かがドラゴンに命中し、放電、その電撃がドラゴンの両翼を刺激、痙攣させることに成功し、ドラゴンは地面へと落下した。

 ドラゴンが落下した場所、そこは『この町』で唯一何もない空間、どんなに大型のモンスターが暴れても、町への影響は少ない。


「ティア、飛ばせんなよ!」

「えっらそーに!」


 ドラゴンの両翼が麻痺している隙に、ドラゴンに向かって走る。『右手で左肩に一度触れると、勢いよく振り下ろして』剣を取り出すと、一気にドラゴンの懐へと飛び込む。しかし、両翼が麻痺していようとも、ドラゴンは巨大な口、牙で応戦、俺を牽制する。しかし、


「関係ねぇ!」


『スキル:絶対的集中』

 目が大きく見開かれるような感覚を覚えると、ドラゴンの動きをスローモーションのように感じられるようになる。ゆっくりと迫りくるドラゴンの牙を半身になって躱すと、無防備な首が露わになる。そこへ剣を上段から振り下ろし、下段からの切り上げ、そして、鱗の境目を狙って打突、すると、夥しい量の血液が吹き出してきた。それをバックステップとサイドステップを駆使して回避。地面に滴り落ちるドラゴンの血からは、炎が立ち昇った。


「っぶねえ」


 ドラゴンの血には、燃える性質がある。今のように可燃物が何もない状況であっても、炎が上がる。もし、このまま血が滴り続け、血溜まりができようものなら、その地面は溶岩へと化す。


「大丈夫か」フェルトが寄ってくる。どうも近接武器を使う俺たちには相性の悪い相手だ。


「あぁ、やり方を変えるか」


 俺は『左手を振ると』手榴弾を手に取る。火薬や鉄などがあれば、キャンサーの『錬金術』はこういうものも作れる。非常に便利だが、それだけキャンサーへの負担は大きくなるわけだ。しかし、こういうものは使わなければ意味を成さない。俺は再び、ドラゴンの懐へと飛び込むと、手榴弾の安全ピンを外す。すぐにドラゴンの牙が襲い掛かってくるが、それを躱すと、大きく開けられた口の中へと手榴弾を投げ入れる。


「離れろ!」


 叫んで、俺は後ろへと走り、地面を転がる。すると、数瞬後には手榴弾が破裂、ドラゴンの口の中で爆発が起きた。ドラゴンの下顎が千切れ、多くの血液が飛び散る。咆哮さえもできなくなったドラゴンは、痺れたままの翼を動かして空へと逃げようとするが、まだ自由に動かせない翼では空を飛ぶことはできない。


「準備完了だ!クリス、ティア伏せろ!」


 フェルトの声に、耳を抑えて身を小さくする。すると、すぐに大規模な爆発が起き、ドラゴンの片翼が吹き飛ぶ。巨大な肉片と共に、血飛沫が舞う。地面の所々で炎が上がっている。


「どうだ?」

「いや、まだ動いてるな」


 ドラゴンは顔の半分、片翼を失って尚、生きていた。凄まじい生命力だ。噛みつくことも、飛ぶこともできなくなったドラゴンだが、まだ鋭い爪が残っている。ドラゴンに戦意が残っているのかは分からないが、油断はできない。


「毎度のことだが、血が面倒だな」


 立ち昇る炎のせいで、サウナのように熱い。吹き出る汗を拭って剣を構えるが、ドラゴンの血が残っていると、近づくことさえできない。遠距離攻撃といえば、ティアだが、ドラゴンにとどめを刺すとなれば、圧倒的に火力が足りない。今のように爆弾で攻撃することもできるが、飛び散る血飛沫が厄介だ。ドラゴンの血の炎はちょっとのことでは消火できない。更に、ドラゴンの体にも血液が付着しているため、さっきのように爆弾を取り付けることもできない。だからといって、このまま生かしておくわけにもいかない。


「仕方ねぇよな」


 腹を括る。『それ』ができるのは、俺だけなのだから。


「フェルトは冷気ガスで援護してくれ、ティアも頼む」

「分かった」

「おっけー」


 作戦を確認し合うと、俺はドラゴンに向かって走る。『スキル:絶対的集中』を発動し、ドラゴンの懐に入ると、後ろ脚を斬りつける。その際、噴き出る血飛沫を瞬時に躱し、もう一歩踏み込んで、足の付け根、腹部、残っている翼を次々と斬りつける。その度、血飛沫を確実に回避し、次々と踏み込む。周囲はすでに、炎の海と化しており、かなり熱い。血飛沫は躱すことができるが、地面から上がる炎までは躱しきれない。服にも炎が燃え移ろうとしていた。


 その瞬間、俺の背後でプシッ!、という音と共に冷気が広がった。フェルトの冷気ガス、瞬時に周囲を氷点下の冷気で覆うことができる。それにより、生じた温度差により、周囲の湿度が急激に変化。俺の体や衣服はもちろん、地面にまで水滴が付着した。おかげで、瞬間的ではあるが、服に炎が燃え移るのを遅らせることに成功した。


 その間も、俺はドラゴンの体を斬り続ける。袈裟斬り、斬り上げ、打突。無尽に斬りつけては、吹き出す血飛沫を躱し続ける。すべての景色がスローモーションの中、前後左右上下すべてに気を張り続ける。いくら『スキル』があろうとも、躱し続けられるものではない。熱気、血飛沫、炎、躱しきれないものが、俺の肌を焼き、焦げ爛れる。しかし、止まれない。止まればその程度では済まないからだ。


「クリス!」


 その声に反応し、俺はすぐさまバックステップでその場を離れる。直後、俺が斬り続けたドラゴンの傷口に弾丸が着弾。強烈な電撃が迸った。その威力は強烈だ。ドラゴンを覆う鱗の上から筋線維に影響、痙攣を起こさせる程の電流を、鱗を剥ぎ、更に斬り刻んだところに撃ち込んだのだ。弾丸はドラゴンの表皮を突き破り、体内へと入る。内臓に直接高圧電流を流し込むのと同じだ。叫ぶことのできないドラゴンは、断末魔すら上げることもできず、地面へと崩れ落ちた。


「ぐ、ぅ」


 『スキル』を解くと、一気に疲労感と、焼け焦げた肌の痛みが押し寄せてきた。激痛に剣を手放し、その場にしゃがみこむ。すぐにフェルトが駆けつけてくれ、背負ってくれた。


「大丈夫か」

「あぁ、問題ねぇ」


 炎から離れた箇所に俺を下すと、フェルトはすぐに携帯から塗り薬を取り出した。その薬もキャンサーのものだ。『この世界』の素材を使った薬はかなり強い効果があり、火傷程度の痛みならすぐに治まる。


「ぐっ!うぐ!」


 しかし、かなり沁みる。


「毎度、お前には負担を掛ける」


 フェルトは言いながら、傷に薬を塗り込む。激痛で「気にするな」とは言えなかった。


「本当に、この人手不足はきついね」


 ティアも俺の傍にしゃがみこんできた。俺の手を取り、傷に薬を塗る。


「いや、二人でしなくてっっもっっ!」

「黙ってなさい、まだ、来てる」


 ティアが目配せする。その先には、多くのモンスターがこの場に入り込んでいた。おそらく、ドラゴンの咆哮などで、町のバリケードが壊れたのだろう。アイスウルフ、ボア、ホワイトタイガー、スノーベア、すべて仮称であるが、かなりの量だ。


「きっついなぁ」


 薬を塗り終わると、すぐに立ち上がる。モンスターたちも、俺たちがドラゴンを倒したのを見ていたのだろう。すぐには襲い掛かってはこなかった。しかし、


「『スキル』をフル活用しても、無事では済まなさそうだな」


 いくらドラゴンを倒したとはいえ、俺たちは三人。しかも、手負いだ。致命的なヘマさえしなければ、倒しきれるかもしれないが、無事にはいかないだろう。


「やるしかねぇ、他の連中もやるべきことをやってんだ。俺らもやるしかねぇ」


 剣を強く握る。ティアも、フェルトも固い表情で頷いた。



 どちらが先に動くか、睨み合いが続く。そんな中だった。十数人の足音が背後から近づいてくるのが聞こえたのは。


「そこで止まれ、全員構えろ!」


 その足音たちは俺たちを追い越すと、号令に従ってそれぞれが銃火器を構える。呆然と俺たちはそれを眺めていた。


「狙う必要はねぇ!ぶっ放せ!」

「「「おう!」」」


 瞬後、十数の銃火器の盛大な銃声が響き渡る。あるものはミニガンを、あるものはガトリングを弾が続く限り打ち続ける。また、あるものは手榴弾、グレネードを投げつけ、他の武器を持つものは後ろで待機していた。


「ジェラードっ」


 ようやく出た声はそれだった。見知った顔が、その十数人を指揮していた。


「遅れて悪ぃな、ミニガンとガトリングは重くてな」


 にしし、と笑いながらこちらを振り返る。よく見ると、その十数人は、ジェラードがよくつるんでいる少年たちだった。


「ジェラードさん!弾が無くなります!」

「おう、スミス、素材はまだあるな?」


 背後で待機していた少年にジェラードが声を掛けると、少年は「はい」と元気な声で答える。


「じゃあ、『錬金術』で弾薬を精製、ミニガン、ガトリングの連中は待機、弾薬ができるまでは、俺が時間を稼ぐ」


 ジェラードは両手にナイフを握ると、少年たちの前へと躍り出た。少年たちの武器はミニガンとガトリングの銃火器、手榴弾やグレネードの投擲武器だった。『この町』の少年たちにとっては、モンスターは恐怖の象徴のはずだ。そんな少年たちに、剣やハンドガンなどでの戦闘は難しく、危険だ。だから、遠くから効果的に攻撃できる武器を扱わせることで、モンスターと戦えるようにしている。その分、近接はジェラードが一身に担う。


「弾薬ができたら知らせな」


 そう言い残すと、ジェラードはモンスターの群れへと突っ込んでいく。たった一人での特攻に、少年たちは歓声をあげた。


「無茶なことを」

「どうする?」


 フェルトとティアは顔をしかめて俺を見る。「手助けするか?」とでも言いたいのだろう。しかし、俺にはジェラードの意図が分かった。


「いや、危なくなるまでは放置だな」


 俺はその場に座り込む。すると、ティアとフェルトは難しい顔をして、俺を見下ろすと、ジェラードの方へと視線を向ける。不安な上に、ジェラード一人に戦わせるのに抵抗があるのだろう。しかし、俺たちが手助けすると、ジェラードの狙いが遅れることになる。


 ジェラードの狙い、それは『この町』でモンスターと戦える人間を増やすこと。現状、俺たち四、五人だけがモンスターと戦い、『この町』を守っている状態だ。それではいつか限界が来る。だから、ジェラードは少年たちを巻き込んだのだろう。少年たちはほとんどが十台程度の子供たちだ。子供は大人と比べて、受けたトラウマを塗り替えることが容易だ。個人差こそあるが、モンスター退治や冒険へのあこがれを少年たちは少なからず持っている。それをくすぐることで、徐々にモンスターに対しての抵抗を減らし、遠くから銃火器を撃つ程度なら怖くないとまで認識させれば、今のような状況には持ち込める。


 そして、そこからが問題だ。モンスターと対峙して、冷静な判断をし、行動することができるか。それに関しては、少年たちの自主性、自発的行動が必要になってくるが、それを促すことはできる。自主性、自律性を言葉によって促すのでは、相手にとってプレッシャーとなり、反発や不安を煽ることになる。それでは、どうするか?それをやっているのが、今のジェラードである。


 ジェラードは単身でモンスターの群れに立ち向かう。スノーベアが長い腕を振り回してくるのをバックステップで躱し、背後からボアが飛びかかってくるのを半身になって躱す。ステップを踏み、相手をよく観察することで、モンスターの行動のパターンが見えてくる。そして、躱しながら、ボアの胴体をナイフで切り裂き、スノーベアの腕にナイフを突き立てる。遠くで警戒しているアイスウルフには、ナイフを投げて突き刺す。


「すご」


 少年たちはジェラードの姿に見入っていた。息を呑み、見つめる。その間にも、ジェラードはスノーベアの胴体にナイフを五回突き立て、近づいてきたアイスウルフ三匹の頸動脈を切り裂き、ボアを細切れに切り刻み、ホワイトタイガーの喉元を切り裂いた。それだけでは収まらず、目にも止まらない手さばき、腕の動きで、ホワイトタイガーの側頭部にナイフを左右から突き立て、スノーベアの全身を隈なく切り裂く。このナイフ捌きこそが、ジェラードの『スキル』である。


『スキル:千手』──手、腕、肩を素早く動かすことができる。スキルを使っている間は肩や肘への負担はない。まるで千本腕があるように見えるほど早く動く為、野球のピッチャーが使うと、いつ投げたか分からなくなり、新手の魔球が完成する。


「す、すげぇ」

「さすがジェラードさんだ」


 次々と、いとも簡単にモンスターを倒していくジェラードを見て、少年たちは口々に言う。ジェラードの持つナイフは特別なものではなく、『この世界』においてはどこでも手に入るものである。そんなもので、次々とモンスターを倒していくジェラードを見て、少年たちの中で、何人かは思うだろう。


「モンスターって、意外と倒せるものなのかな」

「いや、ジェラードさんだからだろ」


 確かにジェラードの身体能力や『スキル』に依るところもある。しかし、使っている武器は凡庸で、『スキル』に至っては自分たちも取得することができるものだ。


「あんなにいっぱいのモンスターの相手じゃなくて、一匹だけとかなら俺たちでも倒せるんじゃないか?」

「一対一じゃなくて、何人かでやれば……」


 そんな少年たちの言葉を聞いて、ジェラードの狙いが上手くいったことを確信した。モンスターは倒せる存在であることが分かったのだから。すぐにはできないだろう。しかし、時間をかければ、『この町』に『戦える人間』が増えていく。『俺たちが町を守る』のではなく、『みんなで町を守る』ことができるようになる。そうなれば、俺たちは『この町』をもっと安全なものにしていける。


「さて、ここはジェラードたちに任せて、俺たちは休むか」

「そうね」


 しばらくして、ジェラードは数十人の少年たちと共に『町』を守る『自警団』を結成した。

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