第四章 ジェラード・アイスラーム ⑥
time:七年前
その後、目が覚めた俺は、目の前で眠っているアルジールの寝顔を見て、自分がいつの間にか眠っていたことに気付いた。「んーっ」と大きく伸びをしながら、体を起こす。窓の外は、すでに薄暗くなっており、それに合わせてプレハブ小屋の中も暖炉の明かりだけで、暗くなっていた。結構寝たかな?と思い携帯を取り出して、時間を確認。16:32。二時間弱くらい寝たか、と簡単に計算していると、自分に毛布が掛けられていることに気が付いた。フェルトが帰っているのか、と思い、周囲を見回す。暖炉の火が鉄柵の奥で燃えている以外の動きは見られなかった。
「起きるか」
誰に言うわけでもなく呟いて立ち上がると、アルジールの向こう側にもう一人並んでいることに気付いた。頭の先まで毛布に包まる姿を見て、フェルトでないことが分かる。ちなみに、フェルトの寝相は仰向けになり、真っすぐ一文字。非常に姿勢がいい。フェルトではなく、この家の毛布のある場所を知っている人で、頭の先まで毛布に包まり、猫のように丸くなって眠る人。男連中ではないことは確かだな。そう思いながら、その体を揺する。
「おい、起きれ」
声を掛けると、「んー」と寝惚けた返事が聞こえ、くるり、と寝返りを打つ。その寝返りにより、毛布がずれた。それにより、毛布の中身の正体が明らかとなる。なんで、こいつがここで寝てるんだ?っていうか。
俺はとっさに目を逸らした。そこで寝ていたのは、ロシア美人、ティアだった。なるほど、美人の寝顔って可愛くなるんだな、と密かに思いながら、視線は顔から胴の方へと流れる。寝返りによって、服が乱れ、胸元のボタンが一つ外れている。そして、服の裾はめくれ上がり、白い肌に小さなへそが、ちらり、と覗く。
「っっ、ったく」
見入ってしまいそうなほど魅力的なティアの姿を隠すように、俺が使っていた毛布を掛けてやる。すると、ティアは「ん、ぅ」と息を漏らすと、ゆっくりと目を開いた。
「あれ?クリス?」
「よう、起きたか?」
なんとか平静を装う。とにかく、何でもないように。すると、ティアは、自分の服の乱れに気付かないまま、体を起こした。胸元のボタンが一つ外れたせいで、なだらかな胸の谷間が目に飛び込んできた。大きさこそないものの、形の良さが伺える。そんなことまで、考えられるほど、じっくりと見入って、ようやく目を離すことができた。
「んー、今何時?」
「あー、今四時半くらいだ」
「そー」
目を擦りながら、起き上がるティア。自身の服の乱れにはまだ気付いていない。
「アルも起こすか、そろそろ飯の時間だしな」
視線をティアに向けられず、まだ眠っているアルジールに視線を落として落ち着かせる。気付かれないように、深呼吸をして気持ちも落ち着かせる。
「んー、もうちょい寝かせてあげたいけどねぇ」
そう言いながら、ティアはアルジールの隣にしゃがみこんだ。立ったままの俺からは、開かれた首元から、形のいい柔らかそうなそれが、よく見える。なんだ、これは。今までちょいちょい頑張ってきたことへの、神様からのご褒美なのか?だとしたら、結構うれしいぞ。なんてことを考えながら、「そうだな」と生返事。
「あぁ、こぉんなに幸せそうに寝ちゃってぇ。ほっぺぷにぷにぃ」
ティアの「ぷにぷにぃ」に、『違う方』の「ぷにぷにぃ」を想像してしまったのは言うまでもない。
「そういえば、毛布掛けてくれたのは、お前か?」
瞬時に「お前とか言うな」と、下から睨みつけられる。
「……ティア、か?」
「うん、そう。いくら暖炉があるからって、あのままじゃ風邪ひいちゃうよ」
ティアの視線は、すぐにアルジールへと戻り、彼の頭を撫でた。その姿に母性を感じてしまい、また、暖炉の暖かな光によって、その姿は神秘的に見えた。そのおかげで、俺の邪な考えは霧散した。
「なんて言うか、似合うな」
「毛布が?」
「いやいや」
年の離れた弟を持つ姉の愛情なのか、それとも、子を想う母親の愛情なのか。
「おま、ティアは子供ほしいとか、考えんのか?」
「はぁ?何言ってんの?」
ティアの目は「こいつ、まさか口説いてんの?」と物語っていた。両腕は彼女自身を包み込み、完璧の防御態勢。いや、さっきまで、そんなこと考えてたけどさ。
「ちげーよ、アルをそうやってんの、似合って見えたんだよ。しっくり来たっつーか、いい親になりそうだな、って」
自分で言ってて、口説き文句っぽいなと思った。しかし、今度はそう取らなかった
みたいで、ティアはアルジールの頭を撫でながら、どこか悲し気な表情を見せ、「………、あたしはいい親にはなれないよ」と呟いた。その姿を見て、俺は「なぜ?」とは聞けなかった。名家の令嬢が、一度も『現実世界』に帰らずに、『この世界』に留まる理由なんて、きっと俺には分からない事情があるのだろう。
「そうか」とだけ返すと、タイミングを見計らったかのように携帯が着信を伝えた。ポケットから取り出して、画面を見ると、『カマ』の二文字。思わず、拒否したくなった。
「もしもし?」
《あ、クリスちゃん?ご飯の準備が整ったわよ、いつ頃来る?》
電話の向こうは、賑やかだった。おそらく、仕事を終えたンバや、アラン達が来ているのだろう。そして、鉄板で肉の焼ける音が聞こえてくる。腹が減ってきたな。
「少ししたら行く」
《そ?で、今どこに居るの?》
「フェルトん家だ」
《んふふ、知ってる》
答えると、カマは気持ち悪い声で笑った。これは、何かまずいことになっている気がする。
《フェルトがぼやいてたわよぉ、「アルを挟んで家族みたいに寝やがって」てね、んふふふふふ》
「待て、それは違うぞ」
最初に俺とアルジールが寝ていて、後からティアが来て、俺たちの関係ないところで寝てたんだ。と、いうことを言いたいのだが、上手く言葉が出てこない。
《んふふふふんふんふんふ》
「きもい笑い方すんなボケ!ちげぇっつってんだろーがっ!」
「ちょっと!アルが起きちゃうでしょ!」
ボリュームを抑えた声でティアが言う。今そういうこと言うんじゃねぇーよ、と心の中でツッコんだ。
《んふんふんふんふんふ、楽しみねぇ、早く来なさい》
「っく」
すぐに通話は切れた。なんてこった。非常にまずい。そんなんじゃないのに。
「どうしたの?」
「いや、どうやら、寝てる間にフェルトが帰ってきてたみたいだ」
俺はやばいことになっている、という状況を説明するが、ティアは、こいつ何言ってんだ?といった表情で「ふーん」と言いながら、胸元のボタンを締めなおした。そう、ティアにとって俺はそういう存在なのだ。寝顔を見られようが、服が肌蹴て胸元が見えてようが、問題ない存在。くそ、悲しくなってきた。
「~~~、飯の準備出来てるみたいだから、行くぞ」
「はいはい、アルちゃ~ん、行くよぉ」
「んぅ?ティアさん?」
ティアに抱っこされるアルジールを横目に、俺は先にプレハブ小屋から出た。とりあえず、三人揃って行くと必要以上に冷やかされそうだからな。




