第四章 ジェラード・アイスラーム ⑤
time:七年前
現場から出ると、途端に喧騒が遠くに聞こえる。さっきまで傍にいたせいか、耳鳴りがする。あんな中にいたら耳を悪くするぞ。そう思いながら、再度振り返ると、さっき上った足場の頭が見えた。
「でけぇな」
あの高さの壁が出来上がれば、地上のモンスターは『町』に入ってくることはできなくなるだろう。モンスター出現のメカニズムは未だ不明だが、いきなり『町』の中に出現することは今のところない。だとすれば、モンスターにも生殖能力があり、子を産み、育てているってことか?そこまで考えて、思考を停止させた。
「なぁに、こんなトコでボサァっとしてんだい」
いきなり姐御言葉でケツを叩かれ、我に返った。瞬時に振り返ると、そこには悪い顔をした悪いおばちゃんが立っていた。
「おばちゃんとは失礼だね」
「俺の心を読むな」
相手の表情だけで考えを読むことができるおばちゃんの名は、キャンサー・リンドル。二つ以上の素材を合わせて、新たな薬や建材、武器を作ることのできる『スキル:錬金術』を持つ。おばちゃんに素材を渡せばすぐに作ってくれる面倒見のいいおばちゃんだ。
「おばちゃんを連呼するんじゃないよ!」
「ぃって」
ケツを再び叩かれる。バシッ、といい音は鳴ったが痛みはなかった。
「てか、何で分かんだよ」
「まさか、本当におばちゃんを連呼してたんかい!」
どうやらカマを掛けられて、的中されたようだ。年齢は三十台前半、以前ポールが口ずさんだ歌を懐かしいやら、中学生くらいの時の歌だ、とか言っているのを聞き、勝手に推測した年齢だ。人はそこまで生きるとそんな能力を得るらしい。
「んで、あんたは何してんだい?」
「そっちこそ、コンクリートの段取りで忙しいんじゃねぇのか?」
壁のコンクリート打設の際は、いつも『スキル:錬金術』を持つ数人の人が集まり、コンクリートを精製する。材料としては、砂、砕石、セメント、水、分量は圭一が計算し、一番高い強度を得ることができるものを選んでいる。
「はっ、こっちの『錬金術隊』は毎日色んなもん作ってっから、打設のたんびに準備したりしねぇよ」
かっかっか、と笑うおばちゃん。非常に心強いが、俺たちの仲間内では、一番無理をする。どんなに辛くて、しんどくても、今みたいに笑うのだ。おそらく今も、受け入れた『放浪者』の手当てや、薬の錬成をしていたはずだ。この町で一番負担が大きいのはキャンサーとキムの所である。
「ってことは、明日打設の日かい?」
「いや、今鉄筋組んでっから、二、三日後かな」
また足場を見上げる。おっさんとンバが喧嘩しながら作業しているのが思い浮かんだ。
「ほぉ、早いねぇ。こりゃ、もう一、二か月であらかた目途が付くんじゃないか?」
「労働力は毎日増えるからな」
毎日『放浪者』を受け入れている為、すでに壁の建設の作業員は千人を超えている。この町をより安全な場所にしたいという気持ちは、この町にいるすべての人が持っている。労働力として手を貸してくれるという人は後を絶たず、日ごとに増えていく。もちろん、『建設隊』だけではなく、ポールがやっている『食事隊』、キャンサーがやっている『錬金術隊』、キムがやっている『自治隊』にも人の補充は行われている。しかし、その中で俺たちの『戦闘隊』には、人の補充は回ってこない。今までモンスターの襲撃から逃げ延びてきた『放浪者』にとって、正面からモンスターと戦うことは大きな苦痛を伴うことだからな。それに、壁が完成すれば、戦う人間は少なくて済む。町を襲うのは、空を飛ぶグリフィンとたまに出現するドラゴンくらいになるからな。
「完成が楽しみだ、そうなりゃ、この町は本当の意味で町になる」
それは、この世界にとってはかなり大きなことだ。ゲームのシステムに守られている町だけではなく、自分たちの力で町を作ることができることが分かれば、今後、このような町を増やすことができる。それは、この世界において、『絶望』とも言えるシステムを打ち破ることに他ならない。この町は、この世界で『希望の町』となる。
「本当に楽しみだ」
「あぁ、本当にな」
しばらく、俺たちは足場を見つめていた。
「そうだ」
そういって、おばちゃんは自身の携帯を取り出して、タップする。そして、手に取り出したのは小さな革袋。それを躊躇いもなく、俺へと突き出してきた。
「なんだ?」
「お菓子だよ、あんた暇だろ?フェルトん家に寄ってってくれよ」
自然と零れるキャンサーの微笑み。それを見て、「正真正銘のおばちゃんだな」と革袋を受け取りながら言う。すぐさま、上腕二頭筋に拳をぶつけられたが、痛みはない。
「俺にもこんなおばちゃんほしかったな」
「なぁに言ってんだい、食べんじゃないよ。それは『アル』んだからね」
分かりきったことをわざわざ忠告するのも、おばちゃんっぽさを際立たせる。ちなみに『アル』というのは、『フェルト』の息子の名だ。正式には『アルジール・クライ』、愛称『アル』だ。
「自分で届ければいいだろ」
「自分で届けれるなら、そうしてるよ。あたしゃ忙しいんだ」
キャンサーは携帯をしまいながら、目的の場所を指差す。そこは、俺がさっきまで居た工事現場だった。
「誰か怪我でもしたのか?」
「あぁ、鉄筋で指を詰めたらしい。骨を折ったか、腫れが収まらないらしいんだよ」
「そりゃ、痛そうだな」
自分の指先を見つめながら言うと、キャンサーは儚げに微笑み「痛いのは良いことさ、一番悪いのは痛みを感じなくなることだよ」、そう言って、工事現場の方へと歩いて行った。おばちゃんの言ったことの意味はまったく分からなかった。
「さぁて、フェルトんとこでも行くかな」
大きく伸びをして、俺も目的地に向かって歩き出した。
プレハブ小屋が乱雑に並ぶ道を歩く。ごちゃごちゃと無規則に並んでいるため、特徴でもないと、どこが誰の家なのか分からなくなりそうだ。そういう点では、ン・バールの意見も分かる。外壁を水色に塗りたくるのは、やり過ぎだと思うが。
「俺は嫌いじゃないけどな」
ごちゃごちゃと散らかっている町。『現実世界』での、俺の生まれ育った町に似ている。何もない。あるのは暴力と窃盗、犯罪の町と言われても可笑しくない町だった。しかし、そうしなければ生きていけなかった。最低限の食料さえも、奪い合うしかなかった。その点を考えれば、この世界は、まだ生きていける。町行く人の表情も、『現実世界』のものとは、まったく違っている。『現実世界』では皆が下を向き、今日の食料に苦しんでいた。仕事も機械に奪われ、収入もない。世界が飢えていた。しかし、『この世界』では皆が上を向いている。危険こそあるものの、食料はなくなることはない。森に入れば、果実が、植物が自生しており、モンスターもいる。川に行けば、魚も釣れるし、貝も採れる。『現実世界』では規制され、できないことも、『この世界』ではできる。あとは、モンスターに襲われないような施設、設備が整えば、人は『この世界』で十分生きていける。
それを、自分たちの手で作り上げることが、できる。
自分の生まれ育った町と似た町を、自分で作り変えているという気持ちに、満足感、充足感を感じていた。おそらく、この町に来ている『放浪者』の多くは、そんな気持ちになっているのではないだろうか。『現実世界』のほとんどの町は、荒廃してしまっているのだから。
そんなことを考えながら歩いていると、一つだけ特徴的なプレハブ小屋が現れる。他と同じプレハブなのだが、改装がされており、外装は木組み、レンガ調に仕上がっており、屋根には赤瓦が使われている。この家だけがヨーロッパの伝統建築を体現したかのようなプレハブ小屋になっている。そんな小屋の窓から、一人の少年が窓の外を見つめていた。少年の視線が空や地面を巡り、そして、俺を射抜く。その瞬間、少年の表情は、花が開くようにゆっくりと笑顔になっていき、すぐに少年は窓から離れた。
「クリスさんっ」
すぐに玄関が開かれ、銀髪の少年が満面の笑みで飛び出てきた。
「おう、元気か?」
「はいっ、父さんは出掛けてます」
「そうか、留守番してたんだな」
満面の笑顔のまま、俺の元までやってくる少年を見て、まるで子犬のようだと思ってしまう。無邪気に近づいてくる少年に合わせて、目線を下げると、ついつい頭を撫でてしまう。しかも、嬉しそうに「えへへ」なんて言うもんだから、追加で抱き上げてしまう。
「クリスさん」
「ん?」
「あの、遊んでくださいっ」
少しはにかみながら、少年は俺の目を見つめて言った。少年、アルジールにこう言われて断る奴なんているだろうか、いや、いない。
「いいぞ、お菓子あるからな」
「やったー」
万歳する少年を抱っこしたまま、俺はヨーロッパの伝統建築風プレハブ小屋に入った。プレハブ小屋の中も、改装が施されており、天井は木目調のクロスが貼られ、壁はレンガ風のタイル、そして、床にも木目調のタイルが貼られ、内装も凝っている。しかも、プレハブ小屋の壁をくり抜いて、暖炉まで作っている始末。なぜ、このプレハブ小屋だけ『こう』なっているのかと言うと、すべてはアルジールの功績なのである。初めてアルジールに出会ったのは、アルジールが二歳くらいの頃だ。そのときのアルジールの可愛さは未婚女性には堪らなかったらしく、ン・バールを始め、ティア、キャンサーが、まるで子供部屋を作るかのように、この小屋をコーディネートしたのである。そのときのフェルトの台詞が「この部屋に俺も住むんだから、加減しろよ」である。
「相変わらず、温っけぇ部屋だな」
「へへ、ンバさんのおかげです」
ティアやキャンサーが内装を可愛らしく弄ったのに対し、ン・バールは自身の建築技術を掛けて、本気のリフォームをした。その一つが暖炉である。
「クリスさん、お茶飲みますか?」
「いいって、気ぃ遣うな」
アルジールを床に下して、椅子に座ると、アルジールはお湯を沸かし始めた。フェルトの教育か、それとも、アルジールを取り巻く独身女性の教育の賜物か。アルジールは良くできた子に育っている。
「アルはいくつになったんだ?」
「五つです」
すぐに手を広げて見せる。それを見て、おっきくなったぁ、としみじみ思った。
「あの、クリスさん」
「ん?」
アルジールに呼ばれて、そちらを見ると、「これ」とかなり分厚い本を両手に持っていた。五歳児には少し重そうだ。
「どうした?」
ひょい、とそれを取り上げると、「読んでください」と満面の笑顔で言われてしまった。本を読む習慣はなかったのだが、この笑顔で言われると断れない。俺にこんなの読めるのか、と不安に思っていたが、表紙を捲ると、それは杞憂に終わる。
『モンスター図鑑』──『Over Land』に生息するモンスターのごく一部をまとめた図鑑。誰がまとめたのかは不明だが、事細かく記載されており、モンスター攻略においては、かなり重宝する書物。この世界に点在するダンジョンや寺院に落ちていたりする。
「戦ったことのあるモンスターってどのくらい居ますか?」
「んー、ここに載ってるのは大体戦ったかな?」
ぱらぱら、と捲りながら、写真を見ていく。以前、この世界を冒険していた頃の記憶を呼び起こすと、どれも見覚えのある奴ばかりだった。と、いうより、ダンジョンや寺院に置かれているモンスター図鑑は、その周辺に出現しているモンスターをまとめているものがほとんどだ。そのため、ほとんどのモンスターを倒したことがあると言っても過言ではない。しかし、アルジールにとっては、この図鑑がすべてである為、目をキラキラと輝かせて、「すごいっ!」と感動していた。
「いや、すごくねぇよ──、お、こいつは」
ページを捲っていると、アルジールにとっては面白い話のあるモンスターのページが現れた。とある洞窟に、いつもの十人で入ったときの話だ。そこは森の奥深くで、昆虫系のモンスターが多く出現する洞窟だった。そのせいで、ン・バールは「嫌だ!」と駄々を捏ね、アランも「虫と無視は苦手なんだよな」と訳の分からないことを言い、キムに至っては「さて、帰ろうか」と真顔で言う始末。更に、ポールも「あたしもパス、いくらクリスちゃんとジェラちゃんが傍に居ても、ねぇ」と気持ち悪いことを言い出し、仕方なく四人を洞窟の入り口に置いて、六人で入ったのだった。
「そ、それで?」
そして、中に入ると、案の定、巨大サイズの虫のオンパレード。鳥肌が立つほどの不気味な羽音と共に、薄暗い視界の中を飛び回る黒光りする昆虫。更に、ムカデやミミズなどの蠢くタイプのモンスターも現れ、みんな精神的にも、体力的にもへとへとになっていった。
「マジで、ポールがいなくて助かったよ」
「どうして?」
「虫で気持ち悪いのに、人でも気持ち悪いのが居たら最悪だろ?」
「あ、あははは」
そして、更に奥へと進むと、一つの大きな部屋、というか空洞にたどり着いた。しかし、不思議なことにそこには虫の大群はいなかった。ホッとして、少し休憩していたのだが、少しすると、空洞の奥の方から鋭い視線と殺気を感じた。身を起こして、構えると凄まじいスピードで巨大な蟻が飛び出してきた。それをなんとか全員躱したが、その巨大な蟻の背後から小型な蟻が大量に出現し、俺たちに襲い掛かってきた。
「だ、大丈夫だったの?」
「怪我はなかったけど、かなりやばかったよ。正直、全員が無事だったのが奇跡ってくらいだ」
ティアとキャンサーが機転を利かせて、発光弾と粘着液で敵の動きを止めて、その隙に俺とジェラードが小型の蟻を少しずつ倒していった。しかし、蟻はかなり統率の執れた動きで、俺たちに迫ってきた。発光弾で目が眩んだ蟻を、洞窟の奥の方へと運び、粘着液で動けなくなった蟻の前に巨大な岩石を投げ、こちらの攻撃を牽制、そして、後ろからは続々と新たな蟻たちが雪崩れ込んでくる。俺は『スキル:絶対的集中』を駆使し、蟻たちの集団に入り込み攻撃、同士討ちを狙い蟻の攻撃を躱し続けた。ティアは発光弾と火炎弾を撃ち分けて蟻を混乱させ、キャンサーは粘着液で蟻の攻撃を防ぎ、そして退路を確保する。さらに、意外と虫に耐性のある圭一は銃でティアのバックアップとキャンサーのフォロー、そして、ジェラードは『スキル:千手』を使い、蟻に斬りかかっていく。
「みんな役割を分担してるんだぁ」
「そうだな、ゲームみたいに突っ込むだけじゃ倒せない、でも──」
いつまで続くのか分からない蟻との闘いに疲れ始めた頃、蟻たちの統率に乱れが生じた。今まで止めどなく進軍してきた蟻たちが途絶え、弱った蟻を守り、保護する蟻がいなくなった。それはつまり、前線に気を配る余裕がなくなった証。
「お前の父さんだけは別だった」
誰にも気付かれることなく、相手の中枢に辿り着き、叩くことができる男。それはまるで、人に運命的な死を届ける『死神』のようだ。事実、フェルトは俺たちが下がった後も、姿を隠し、巨大蟻を影から攻撃し続けていた。昆虫の甲殻は固いが、関節は脆く、壊れやすい。鋭利で切れ味の鋭い『死神の鎌』ならば、いともたやすく巨大蟻の機動力を削ぎ、首を落とすことができる。そうして、司令塔を失った蟻たちは統率が乱れ、烏合の衆と化し、瞬時に殲滅された。
「父さん……」
「フェルトがいなければ、みんな死んでたかもな」
「~~~~っ」
アルジールは父親の活躍談に感動し、涙目になりながら「すごい」と呟いた。
それから、しばらくモンスター図鑑を眺めながら、それぞれのエピソードを話した。
「やっほー、アルちゃんいるー?って、あれ?」
その後、ティアが小屋を訪れたそうだが、
「ちぇ、先越されたかぁ」
俺とアルジールは、カーペットの上で二人並んで眠っていた。




