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Over Land  作者: 射手
第三章  クリストフ・アルバー
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第三章  クリストフ・アルバー ⑭

 『ノースイースト』、ここは『風俗ビル』がある『ナインクロス』の一画である。そこらに立ち並ぶプレハブビルのほとんどにネオンボードが張り付けられており、それらが様々な色に光り輝く為、夜でも明るい。そして、この一画の至るところに真っ黒のスーツに身を包んだ男たちが徘徊しており、町行く人たちに軽々しく声をかけている。「どこで遊ぶ?」「何をして遊ぶ?」そんな質問を投げかけては、その人のニーズに合わせた店へと連れていく。その営業能力は、俺には真似できない。


「おっよ?クリスさんじゃないっすかぁー!」


 そして、俺もその中の一人として、スーツに身を包んだ男に営業を掛けられる。


「どうしたんスかぁ?遊びたい気分っすかぁ?」


 酒を飲んだような、とろり、とした視線で俺の表情を伺ってくるスーツ男。しかし、俺の表情が浮ついていないことを理解すると、すぐに姿勢を正した。


「『ジェラードさん』に会いに来られたんですか?」


 さすが営業能力の高い男たちだ。俺の表情一つで求める答えを出してくる。俺は頷いて「どこにいる?」とスーツ男に尋ねる。すると、「いつもの所ですよ」と答えて、手で俺を案内した。スーツ男が手で指した場所は、地下三階、地上五階、合計八階建てのプレハブビルだった。そのビルの玄関には、さらに多くのスーツ男が並び、俺を見ていた。


「クリスさん、お疲れさまです」


 一人がそう言うと、スーツ男たちは全員頭を下げて、俺の道を作る。俺はマフィアでもヤクザでもないので、止めてもらいたい。しかし、俺はそれを止めさせることなく、その間を通り、プレハブビルの中へと進んだ。


 階段を三つ降りると、体の芯にまで響く重低音が聞こえてきた。その店の前では別のスーツ男が立っており、何かを言って俺に頭を下げたが何を言っているのかは聞こえなかった。そして、スーツ男はその店の重厚な扉を開く。途端、重低音と共に大音量の音楽が俺に襲い掛かってきた。その音量は、思わず立ち眩みするほど。さらに、真っ暗な店内には、かなりの光量を放つストロボの光が様々な色で放たれている。さらにダンスフロアにはスモークが充満し、そのスモークをレーザー光線が切り裂いていた。その中を大勢の人間が飛び回り、踊り狂っていた。本来ならば、十八歳入場禁止と、制限がかかっているはずの店だが、それを取り締まる組織も、団体も『ナインクロス』には存在しない。そのために、見た目は小学生だと思える子供もこの店で踊り狂っているのである。


「『絶望』の果てだな」


 そう呟くが、もちろん誰の耳にも届かなかった。

 俺は開かれた扉を潜り、店内へと入る。すると、店内ではまた別のスーツ男が現れ、俺を奥へと案内した。人が集まり、光が集まる場所を一望できる場所。そこに、その部屋はあった。『VIPエリア』そう書かれた扉を開けると、中には足が沈み込みそうなほど柔らかなレッドカーペットが敷かれている廊下へと出た。その廊下を奥へと歩く。次第に店内の喧騒が薄れていき、遠くで重低音のみが鳴っているのが聞こえるだけとなるほど奥まで歩く。この『VIPエリア』の最果てにある一つの部屋。

そこに『奴』がいる。


「では、私はここで」


 スーツ男は扉の前で頭を下げると、そのまま去っていった。その部屋に入ることを許される者はほんの一握りの人間のみ。何も知らない人間が入ってはいけない場所だ。俺は自らその扉を開くと、中へと入った。


「よぉ」


 その部屋は薄暗かった。部屋は柔らかすぎるほどの真っ赤な絨毯で敷き詰められ、壁紙も真っ赤、その中に真っ黒なソファが向かい合うようにあり、その中心にガラス製のテーブルが置かれている。そのテーブルの上には、いくつもの注射器が並んでおり、その隣には、度のキツイ酒が鎮座していた。その真っ黒なソファに大きく脚を広げ、ソファの肩に後頭部を沈み込ませた男がこちらを向いて座っていた。髪は真っ白の短髪。それだけを見ると歳をとっているように見えるが、年齢は俺と同じ二十五歳。瞳の色は真紅に染まり、まるで血に染まっているように見える。さらに、両手両足を気だるげに投げ出して座る様は、『全てに絶望した男』を象徴していた。『全てに絶望した男』は『何も信じない、己の力でさえも』。


「聞いてるぜぇ、『また』間に合わなかったそうだなぁ」


 俺の顔も見ずに、『奴』は言う。くかかかか、と気分が悪くなる声で笑いながら。


「あぁ、間に合わなかった。『また』死なせてしまった」


 俺は『奴』と向かい合う真っ黒なソファに腰掛ける。その間も『奴』はくかか、と笑ったままだった。


「クリスぅ、所詮俺たちは何をやっても無駄なんだよ、分かってんだろぉ?」


 『奴』は微動だにせず、ただただソファの肩に後頭部を沈めこませ、天井を見つめた姿勢のままで言う。


「『あの時』だってそうだ、『ナインクロス』みたいな町を作ったところで、結局みんな『奴ら』に殺されんだ」

「ジェラード……」


 くかかかか、と笑う男の首にはいくつもの注射の痕が残っていた。それから見て取れるのは、テーブルの上に転がるいくつもの注射器、精神が崩壊するほどの痛みを和らげるための『クスリ』を打った証拠。


「お前に何が出来んだ、なぁ、『希望の男』さんよぉ」

「………」


 俺は黙ることしかできなかった。黙ってジェラードを見つめる。しかし、『奴』は俺を見てはいなかった。

 くかかかか、という『奴』の笑い声だけが響く中、突然、この部屋のドアがノックされた。


「ジェラードさん、すみません、報告があるのですが、よろしいでしょうか?」


 声変りは済んでいるが、まだまだ子供の声が、沈み切った空気に飛び込んできた。


「ジェラードさん?」


 再度ノックの音が響く。すると、ジェラードは愉快そうに笑い、「入れ」と返事をした。その不気味な声にも怯むことなく、気丈な少年は「失礼します」と部屋に入ってきた。金髪の少年は真っ黒なスーツに身を包み、一度頭を下げると「手短に報告します」と言った。おそらく、俺の姿を見て、気を遣ったのだろう。よく出来た子だと思う。


「今夜より、私たち『死神』は『レンド』へと向かいます」

「ほう」


 少年の言葉で、ジェラードは初めて体を起こした。しかし、気だるげなのは変わらず、そのまま膝に肘をついて、だらり、と頭を垂れさせた。俺は『死神』という少年の言葉に再度、少年の方を振り返る。そうだ、あの服は『黒装束』だ。


「復讐か」


 ジェラードはそのままの姿勢で言う。それに少年は「はい、『弟』の仇を討ちます」と返した。少年の手は固く握られて、震えていた。


「『弟』、フェルトの息子か」

「はい、必ず討ちます」


 少年は感情を噛み殺し、静かな口調で「行ってまいります」と頭を下げた。


「無事、戻れ」


 ジェラードの言葉に、少年はびくりと震え、そして、「ありがとうございます」と再度頭を下げて出て行った。


「ジェラード……」


 パタン、と扉が控えめに閉められたと同時に、俺は目の前でだらり、と頭を垂れている男の名を呼んだ。しかし、男の反応はなかった。ふぅ、ふぅ、と息を荒くし、垂れた頭の前で手を組んだ。


「俺は──」


 俺がソファから立ち上がり、頭をだらしなく垂らしたままの男に「お前が戻ってくんの待ってるからな」とだけ残して、俺も部屋から出た。





 大音量を響かせる店から出ると、しばらく耳がバカになっていた。何を聞いても、「キィーーーン」という音が離れない。そんな耳に小指を突っ込みながら俺は『サウスイースト』に向かって歩いた。そして、『サウスイースト』の『暗黒街』に入ると、いつもの馴染みの店へと立ち寄る。すると、そこにはいつもの馴染みの奴がすでにカウンターの椅子に座っていた。


「明日は『死神』が行くんですかー」


 語尾がだらしなく伸びる馴染みの奴は、カウンター席で豚骨ラーメンを啜っていた。最初はパニーノでも食べようかと思っていたが、奴が食べる様を見て、気が変わった。やはり、寒い日はラーメンに限る。


「お前も知ってんのか?『死神』」

「そりゃはもう、よくよく知ってますよー。いつもギルくんに連れ回されて、アルくんのお父さんの話を聞いてましたからー」


 ミノ虫はラーメンを啜る。馴染みの奴の知らなかった交友関係。そういうのを知ると、世間は狭いことを感じる。


「歳も近いですしねー、よく一緒に遊んでましたよー。妬きますかー?」


 視線をカウンターの向こうに向けると、豚骨スープを真剣な眼差しで煮込むカマの姿があった。俺が屋台に立ち寄った時は、くねくね、と気色悪く絡んできたのに、料理のことに関しては真面目だな、と感心させられる。


「なんか言ったか?」

「嫉妬してくださいと言いましたよー」

「うぜー」アンドめんどくせー。


 ゆらゆら、と揺れるミノ虫の頭を掴んで固定したくなったが、喜びそうなので止めておく。


「ギルくん、本当にバカですねー」


 ミノ虫はレンゲでスープを飲みながら感慨深そうに言う。いろいろ思うところがあるらしい。


「お前はアホな子だけどな」

「うるさいですよー」


 ミノ虫に前髪越しに睨まれるが、迫力も何もなかった。


「はい、お待ち」

「お、やっと来たか」


 カウンターの向こうからごつい腕が伸びてきて豚骨の芳しい香りを纏った丼が目の前に置かれた。さすがカマの料理、美味そうだ。割り箸を割って、一口啜る。


「あたしの愛情がたぁっぷりよ(はーと)」

「ぶべっ!」


 吹き出す。


「ちょ、なぁによ!失礼ね!」

「おま、食ってる最中にんなこと言うんじゃねーよ!折角、美味そうなのに、なんか歪んで見えちまうだろーが!」


 巨漢のカマの愛情が入ったラーメンなんて気が気で食えたもんじゃない。なんか変なもんが入ってるんじゃないかと勘繰ってしまう。


「変なもん入れてねぇだろーな?」

「いやぁねぇ、あたしは料理に関しちゃ真面目なのよ」

「そうか──ずるる」


 啜って、咀嚼する。豚骨の濃厚な風味と共に、コシのある麺が喉を通り抜ける。うん、美味い。ちなみに、この食べ方はミノ虫に教えてもらった。


「しいて言うなら、あたしの汁ね」

「おぅっえぇ~っ」

「今来た麺とスープを追い出せっ!」と俺の胃が言った。


「失礼ね、努力の汗も涙も血も、言ってしまえば全部汁でしょ?」

「なら、そう言え、無駄な変換はしなくていい」


 なんとか餌付くのを抑えて、深呼吸。大丈夫だ、平気だ、と自己暗示をかけてラーメンと向き合う。如何わしく見える錯覚を全身全霊の力をもって排除した。


「いいなー、クリスくんのラーメン特別製でー」

「よし、お前食うか?」

「あたしはもうお腹いっぱいですよー」


 にへら、と笑う(ように見える)ミノ虫。カウンターの向こうには大変な変態のカマがどこか嬉しそうに腰をうねうねさせていた。今頃、腕のいいヤブ医者は、また患者を泣かせていそうだな。キムは真面目に仕事をしていそうだ。そして、ジェラード。他にも面倒くさくて、ウザい奴らがいて、ごちゃごちゃとしているが、俺はこの町が好きだ。


 この町を守る、それが、俺の『使命』だ。

 俺が、この町の『希望』にならなければならない。


「いいから、食えよ。俺はパニーノ食うから」

「ダメですよー、食べ物を粗末にしちゃー」

「もうっ、何も入れてないから食べなさい」

「お前の言葉は信用ならねぇんだよ」

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