第三章 クリストフ・アルバー ⑬
氷の洞窟でホワイトタイガーから肝臓を手に入れた俺とミノ虫は、『ナインクロス』まで一直線に帰ってきた。それにしても、少し時間がかかってしまった。昼前に『ナインクロス』を出て、帰ってきたのは夕方。『サウスウェスト』にあるゲートを潜って、広大な荒地に出る。昼前には二十数名が集まっていた荒地だが、今は誰一人として残っておらず、この荒地のあるべき姿となっていた。
「あたしはライガを休ませてきますよー」
ライガに跨り、揺られている小娘──ミノ虫は言うと、俺の返事を待たずに荒地の隅に見えるボロ小屋のほうへと向かった。その小屋は壁は鉄格子、屋根はトタンで出来ている。猛獣を閉じ込めるには十分な強度を持った小屋には、ミノ虫が連れる『モンスター』が飼われている。そこにいる『モンスター』の種類はかなり多い。俺も何種類、何匹がそこにいるのか把握していない。もし、そこの『モンスター』が暴走し、『ナインクロス』を襲ったら、かなりの被害が出ることは間違いないだろう。そういう危険も考慮して、『サウスウェスト』の荒地の隅で飼われているのだが、雨や雪しか防がない小屋では不憫だ。『この町』を守るために戦ってくれる『モンスター』だが、『この町』の人間はこの『モンスター』達を良くは思わない。せめて、人に被害の出ないようにと妥協された結果がこれである。あんなに人懐っこいライガが不憫に思えてくる。
俺はミノ虫を見送ると、町へと向かって歩き出す。待っている必要もないだろう。
「お、戻ったね」
『メインクロス』と『サウスクロス』の間にある路地裏にある『キャンサークリニック』の扉を開けると、ヤブ医者は形だけの手術台の上に大小のボウルを並べていた。
「あぁ、準備はいいか」
尋ねると、ヤブ医者は「もちろん、それじゃ材料をボウルに入れてくんな」とボウルを指さす。そして、「このボウルにはホワイトスノーベリー、こっちにはスノーリーフ」とてきぱきと俺に指図する。俺は言われたとおりにさっき採ってきた素材をボウルに入れてヤブ医者の目の前に並べる。
「ん、じゃあ始めるよ」
すべて揃ったところで、ヤブ医者は形だけの手術台の上に両手を置いて、目を閉じた。すると、手術台の上に置かれた素材たちが一斉に青白い光を放った。
『スキル:錬金術』──『現実世界』の史書にあるような科学的なものではなく、ある素材とある素材を合わせて、新たな物質を作る魔法のようなもの。薬や武器の性能を変化させる装飾品、食料、調味料、建材等様々な物質を作ることができる。必要なレシピは自分で調べて知る必要がある。
「ふぅ、第一段階完成だ」
ヤブ医者は噴き出た汗を拭う。一瞬にして素材は姿を消し、一つのボウルに真っ白な粉が出来ていた。時間にして、一瞬の作業であるが、ヤブ医者にとってはかなりの労力が伴う。物質をほかのものへと変換する力はもはや神の力だ。そんな『スキル』の使用回数は多いはずがない。一日にそう何度もできるものではない。しかし、
「ヤブ、悪いが」
「わかってるよ、そうせっつくない」
他の素材を空いたボウルに入れ、再度両手を手術台に乗せる。そして、ヤブ医者が目を閉じると、素材は再度光を放った。白かった粉末は、少し黄色味を帯びていた。
「ふぅ、はぁ、クリス、そこのボウルに肝臓入れな」
「あぁ」
呼吸を荒げるヤブ医者、頬には汗が伝い、手術台に滴り落ちる。錬金術の中でも、一番きついと言われる薬の精製。それを目の当たりにしても、俺は「休め」とは言わなかった。言われた通りに『ホワイトタイガーの肝臓』を一切れ、ボウルに入れる。すると、すぐさま、ヤブ医者は両手をついて、目を閉じる。三度光る素材。白かった粉末は、橙色となった。
「っく、はぁ、ぜぇ、ほれ、『一人分』だ。さっさと持っていきな」
ヤブ医者は、両肩で息をすると、膝を曲げ、机に倒れこんだ。たった『一人分』を精製するだけで、この『代償』だ。簡単に作れる薬ではない。しかし、俺は『それ』を薬包紙で包む。
「ヤブ……」
「わぁってるよ、おばちゃんに任せときな」
それでも俺は「休め」と言えなかった。後二十数名分足りないのだ。俺は集めた素材をすべて机の上に並べると、「頼んだ」と言葉を残して『キャンサークリニック』を飛び出した。もう時間はない。携帯を手に取ると、すぐにキムにかける。
《trrr、trrr、なんだ?》
「場所を教えろ、どこだ!」
電話に出たキムに乱暴な言葉をかける。時間はもうないはずだ。俺はプレハブビルの非常階段を一段飛ばしで駆け下りていく。きっとキムなら分かるはずだ。
《………》
「どうしたっ!早くしろっ!」
しかし、キムは答えない。効率男のくせに俺からの電話を予期していなかったのか、と俺は『都合のいい』解釈をした。まだ『可能性に縋っていたかった』のだ。キムがすぐに答えなかった『理由』など、分かっていたのに。俺は足を止めずに、プレハブビルから飛び出した。
《死んだよ、あの乳児は》
「………」
現実が『風速十メートル』として、俺の体を襲った。ジャケットを着こんでいなかった為、体はひどく冷えた。
《お前とキャンサーはよくやってくれた。『雪山風邪』の薬は普通三日かかるものだ。それを一日で作ってくれた。ありがとう》
「そんなことはいい、母親はどうした?」
我が子を失った母親はどうしたのだろうか。キムのことだ、死なせたりはしないはずだ。
《今は、『雪山風邪』の療養をしている。薬が出来れば、すぐに良くなるだろう。治れば『風俗ビル』へ斡旋するつもりだ》
『風俗ビル』、名の通り風俗店が立ち並ぶビルだ。『ノースイースト』に位置し、そこだけが妙な雰囲気を醸し出している。『ナインクロス』を象徴するような一画で、そこには薬や暴力など人の闇が溢れている。まさしく、『Over Land』に『絶望』した人間が集まる場所である。しかし、『ナインクロス』の風俗は、『現実世界』のものと持つ意味が違う。いや、俺が知らないだけで同じ意味を持つ風俗店は存在するのかもしれない。
生きる『希望』を失った者に、仕事を与え、さらに異性または同性を会わせ、快楽と共に、『絶望』を共有する。もし、それらを共有することで、新たな『希望』が生まれるのならば、それは『ナインクロス』にとって『希望』へと変わる。『風俗ビル』はそんな役割を担っている。
「……、死なせるなよ」
《分かっている》
通話を切ると、再度『風速十メートル』が吹き付けた。この町には『絶望』が多すぎる。一体、どうすればいいのだろうか。『町』の『人口制限』がいっぱいになった時点で『この世界』は詰んでいたのだろうか。いや、まだ『希望』はあるはずだ。壁を作ったことで、『モンスター』に襲われることが減ったように、まだ、何かできるはずだ。
「だよな、『ティア』……」
俺は携帯をポケットへとしまうと、『ノースイースト』へと足を向けた。




