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Over Land  作者: 射手
第三章  クリストフ・アルバー
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第三章  クリストフ・アルバー ⑫

 俺とミノ虫、ライガはゆっくりと氷の洞窟を歩いた。万年雪が氷となり、力の弱い太陽と週一回降る雨によって少しずつ溶けていき、出来上がった氷の洞窟。地面は氷。油断していると足元が滑る。光る苔のおかげで洞窟内部は明るく保たれているが、やはり外に比べると薄暗い。更に、地面から壁、天井に至るまでが氷で形成されている為、風こそ吹かないが、かなりの冷気に包まれている。そして、天井には埋めつくされんばかりの氷柱が張り付いており、その先端から新たに溶け出た水が滴り落ちていた。その水は洞窟の奥へと進むに連れて少なくなっていったが、洞窟内部の勾配が奥の方へと下がっている為、溶け出た水は奥へ奥へと流れていく。そして、その水によって育まれているのが、スノーリーフである。


「ほとんど一本道ですねー」


 ミノ虫がライガに跨り、揺られながら言う。暢気な話し言葉であるが、周囲の警戒は怠らない。光る苔によりある程度の照度は保たれているが、それでも薄暗い。見落としていた分かれ道が存在し、その角にモンスターが隠れている可能性も低くはないのだ。更に、モンスターが生まれるシステムが未だ分かっていない。『現実世界』に数多く存在するゲームのように、湧き出るように生まれるのか、それとも『現実世界』のように雌雄が存在し生まれるのか。もし、前者ならばいきなり背後に出てくる可能性もある。警戒は怠ることはできない。


「そうだな」

「前はどうだったんですかー?この一本道の先にスノーリーフがあったんですかー?」


 ひょこりと俺の顔を覗き込むようにして、ミノ虫は言う。以前の事、それは昔の話だ。


「どうだかな、十年くらい前の話だからな」


 あれは『ナインクロス』がまだ出来上がる前の話だ。断片的にしか思い出せない。それでも、あの時の思い出は今の俺にとっては痛みを伴う。あまり掘り起こしてもらいたくはない。


「ふぅーん、でも、無いと今頃『ナインクロス』は『雪山風邪』に滅んでますよねー」

「そうだな、ってことは、この先にホワイトタイガーも居たかもな」


 遠い記憶の痛みに苛まれる。あれは苦しく、辛くて、寒かった。しかし、温かくて、楽しかった記憶。今は失われた、忘れてしまいたい記憶。こめかみの辺りが痛くなり、俺は手を添え、眉間に皺を寄せる。それを見て、ミノ虫は何を思っただろうか。何も言わずに隣を歩く。


 時折、氷に足元を滑らしながらも歩き続けると、一本道は一際光を放つ部屋へと繋がっていた。部屋というが、正確にはただ広い空間。壁面いっぱいに光る苔が張り付いている空間だった。道から部屋へ、そしてまた道が先へと伸びる。古き良きダンジョンだ。その部屋のほぼ中心には、氷の洞窟には似合わない緑色の植物が生えていた。蔦状に茎を伸ばし、天井の氷柱を伝って、天井全体に張り巡らされている。


「これですかー?」

「だな、これを刈り取るか」


 俺はダガーを取り出し、蔦状に伸びている茎を切り取った。そこから伸びている葉、これが必要なのだ。


「意外と呆気なかったですねー」

「まぁ、伝説の武具でもない、ただの植物だからな。番人みたいなのはいねぇよ」


 スノーリーフを『持ち物』にしまう。数は二、三十枚。これだけあれば大丈夫だろう。氷の洞窟はまだ先に伸びている。しかし、これ以上行く必要はないだろう。もともとスノールーフが目的で立ち寄った洞窟なのだ。これ以上先に進むことに何のメリットもない。


「外に出るか」

「えー、ここでホワイトタイガーを探さないんですかー?」


 ミノ虫は生意気にもぶー垂れる。どのRPGにおいても洞窟には強敵が存在するものだ。その理由として、フラグが立てやすいってのが一つだ。『洞窟の先へ行かなければならないが、巨大なモンスターが居て通行ができない』、うむ、いかにも村人C辺りが言いそうな台詞だ。しかし、今の俺たちには、そのモンスターを倒さなければならない理由も、先へ進む理由もない。わざわざ危険な道を選ぶ必要はない。


「外にもいるだろ、帰り道で探すぞ」

「せ、せっかくクリスくんとここまで来たんですよー、もうちょっと行きましょうよー」


 いかにもホラー映画で死にそうな奴の台詞だ。行っても危険が増えるだけで、メリットはない。しかし、そう言って聞く奴でもない。さて、どうするか。


「ミノ虫、デートなら『ナインクロス』でしてやる」

「え、ええええっ!く、クリスくん、それは誠ですかー?」


 簡単に釣れるな、こいつ。


「あぁ、だから帰るぞ」

「うぅ、悩みどころですねー、ここに残って沢山のモンスターと対峙しての吊り橋効果も捨てがたいですよー」


 ミノ虫は頭を抱えて唸る。


「そんな事は命の保証のある吊り橋でやってくれ。こっから先のデータはねぇからな」


 以前来たときもおそらくこの辺りで引き返したはずだ。あの時のメンバーには中学生みたいな奴が居なくて、皆このゲームの怖さを知っていた。


「でもでもー」


 しかし、この中学生はあまりモンスターの怖さを知っていない。こいつが『ナインクロス』に来たときには擁壁が完成していたし、空を飛ぶモンスターとの戦いにも慣れた頃だった。『ナインクロス』に流れ着くまでのことは知らないが、運良く手強いモンスターには出会わなかったのだろう。ミノ虫はしょうもない私欲の葛藤に頭を悩ませていた。

 ──その時だった。先へと伸びる洞窟の先から光る目が六つ見えた。それらは赤く光り、こちらを見ている。なんて分かりやすいタイミングなんだ。よくある冒険漫画に出てくるシチュエーションじゃないか。ミノ虫の背後から忍び寄る六つの赤眼。どうやら俺の物語のヒロインはこのどうしようもない中学生女子のようだ。……嫌だ。

 しかし──、──助けないわけにもいかない。


「ミノ虫、ゆっくりと、こっちに来い」

「え?どうしてですかー?」


 ミノ虫は気付かない。しかし、さすがは獣、ライガは迫り来る敵意に気付いたようだ。ぐるるる、と唸り声をあげて、洞窟の先を睨む。しかし、ライガは先ほどのスノーウルフとの戦いで傷を負っている。獣の回復力をもってしても、すぐに癒えるものではない。それが分かっているのだろうか、洞窟の先から同じく、ぐるるる、と唸る声が聞こえた。相手からすれば手負いのライガ一匹と人間二匹、そういう認識だろう。


「ライガ、お前は下がってろ」

「ぐるる?」


 唸りながら、俺を見る。大丈夫か?と言うつもりだろうか。


「退路を確保してくれ、あいつらを倒したらすぐに離脱する」


 そう言って、俺は剣を片手にライガの横を通り過ぎ、洞窟の先の方へと走る。それにつられるように、通路から飛び出してきたのは、どういう因果か、体長が五メートルほどの大きなホワイトタイガーだった。目が六つ、つまり三匹が大きく唸りながら、俺を睨みつける。それにいつまでも気付かなかったミノ虫もようやく気がつき、「クリスくんっ!」と叫ぶ。ライガはと言うと、俺の言葉を忠実に守り、退路の確保へと走った。


「ナメんなよ、こちとらあまり時間がねぇからな」


 俺は剣を構えると、ホワイトタイガー三匹の中へと飛び込んだ。それに虚をつかれたのか、ホワイトタイガーの初動は遅かった。その間に俺は目の前に迫ったホワイトタイガーA(仮)に斬りかかる。動けずにホワイトタイガーAは肩口を切り裂かれ、血を噴き出す。しかし、倒すには至らない。薬の素材にしなければならないため、毒を使うわけにはいかないからな。

 最初は虚をつかれていたホワイトタイガーだが、次第に状況を把握してきたのか、B(仮)とC(仮)が飛び出してきた。Aと三匹で俺を三角形で囲む。常に二匹が死角に存在するような状況だ。

 目の前のホワイトタイガーAが右前足を伸ばし爪で切り裂こうと迫る。それを、半身になり躱すと、そのカウンターに一太刀、その脇を切り裂く。すると、左手後方に居たBが背後から伸し掛るように両手を伸ばして飛びかかってくる。それをバックステップで躱すと、目の前に着地したBの横っ腹を縦に切り裂く。噴き出す血を浴びながら、Bの尻尾の方へと走りながら、Bの後ろ脚を更に切り裂く。


「ふんっ!」


 それにより、Bが体勢を崩すと、Bの影からCが飛びかかってきた。それを前転で躱し、Cと体を入れ替えると、俺は『左手を振り』、今度は『真っ黒い小瓶』を取り出した。Aは怯み、Bは脚を引き摺り、Cが俺を見失っている間に、俺は真っ黒い小瓶を柄頭に装着する。そして、俺は再度、三匹の元へと走り込むと脚を引き摺っているBの脇腹を切り裂く。すると、俺のその太刀筋から電撃が走る。その電撃は、Bの体を痺れさせ、また、傷口に軽度の火傷を負わせた。血こそ吹き出さないが、寒冷地のモンスターが熱に弱いのはお約束だ。この真っ黒の小瓶は車のバッテリーと同じように電気を蓄えることができる。今の俺はさながら電撃使いにジョブチェンジした剣士ってところだろうか。


「ぎゃふっ!」


 悲鳴をあげて、Bは地面に屈する。ダメージが蓄積したBは電撃により、行動が不能になり、さらに斬撃により力も失われている。そのBを助けるためか、その後方からCが飛びかかってきた。それをサイドステップと前転で回避する。まずは一匹、確実に仕留める。脚を引き摺って後退するBに追い打ちを掛けるように走り、その臀部を切り裂く。同時に電撃がBの体を走り抜ける。


「ぐあああああああっふっ!」


 断末魔にも似たBの雄叫びが響く中、AとCがほぼ同時に飛びかかっていた。それを屈むことで、空中でAとCは激突し、お互いの爪が互いの体を傷つけあった。その衝撃に二匹が怯んでいる間に、俺はBへと詰め寄り、合計五回斬り付けた。おまけに電撃がその度に体中を駆け抜け、体毛と皮膚を焦がしていく。


「一匹」


 Bが地面に沈むのを確認すると、俺は再度AとCと対峙する。二匹は動かなくなったBを見て、何を思うのだろうか。もちろん、そんな事を考える余裕も義理もない。こいつらは『ナインクロス』の人間を何人も殺しているのだから。

 俺は剣を中段に構えると、二匹の出方を待った。しかし、二匹とも唸るだけで飛び込んで来ることはなかった。さっきまでの事で学んでいるのだろうか。飛び込めば殺られると……。


「関係ねぇ」


 俺には時間がない。一歩踏み込んで、Aの顔面へと太刀を薙ぐ。しかし、出方を待っていただけあって、Aは横っ飛びで俺の太刀を回避、待っていたとばかりにCが両手を伸ばして飛びかかって来た。普通ならば、ここで飛びつかれて強靭な牙に噛み付かれて死ぬところだろう。

しかし、俺は違う。目を大きく見開く感覚を覚えると、目の前のホワイトタイガーCの動きがスローモーションになった。


『スキル:絶対的集中』──非常に扱い辛いスキルの一つ。一瞬にして体、意識が集中状態となる。感覚的なものであるが、集中することで、自分の周囲の状況がよりよく理解でき、それから的確な情報を得、そして行動することができる。ハイレベルなスポーツ選手が経験する『ゾーンに入った』という感覚に似ており、サッカーで例えるならば、ドリブル中に相手ディフェンスの動きが手に取るように分かり、容易く抜き去ることができること、と似た感じになる。この『スキル』を使用した状態で試験勉強をすると捗る。


 Cの両手から伸びる爪を目先で躱し、その両手が目の前を通過する瞬時に、その両手を切断する。ホワイトタイガーCからすれば、瞬時の出来事で、一瞬にして自身の両手が切り落とされたと錯覚しただろう。着地と同時に体勢を崩したCの尻尾を付け根から切断する。すると一瞬遅れて血が吹き出し、そして、電撃の熱により瞬時に止血が施される。


「に」


 更に、追い打ちをかけ、倒れ込んだCの腹部に三回の斬撃、一回の刺突を与える。先ほどと同様に一瞬血飛沫が上がるが、その瞬後、電撃の熱で止血される。その痛みに雄叫びをあげるCだが、その咆哮すらもスローモーションであった。


「ひきめ」


 そして、残ったAは、Cが瞬間にして殺されるのを目の当たりして呆然としていたのだろうか。ほぼ無抵抗のまま、俺の斬撃、刺突を受け、更に電撃により倒れた。


「終わりだ」


 その場に残ったのは、真っ白な体毛を朱に染めたホワイトタイガーが三匹横たわり、その真ん中に俺が立つのみであった。柄頭に装着した真っ黒の小瓶を取り外すと、『持ち物』にしまう。次いで、乾いた布を取り出すと、刀身にこびりついたホワイトタイガーの血液を拭い取る。


「いてっ」


 どうやら刀身はまだ電気を帯びていたようだ。指先を見ると、情けない話だが火傷を負っていた。


「こんなオチはいらねぇっつの」


 指先をペロリと舐めると、俺は左手を振り、ダガーを取り出す。そして、その切っ先でホワイトタイガーの腹を掻っ捌くと、グロテスクな内臓を掻き分ける。


「ちっ、楽じゃねぇな」


 そして、一番大きな臓器をダガーで切り取り、そして、ついでにホワイトタイガーの心臓も切り取る。たしかこれも何かの素材になったはずだ。

 そして、三匹の解体が終わると、俺は溶け出た神聖な湧水で血塗れの手を洗い、氷の洞窟を後にした。

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