第三章 クリストフ・アルバー ⑪
「くそっ、多いな」
次に襲いかかってきたのは、真っ白い毛並みが特徴のスノーウルフ(仮称)だった。最初は、一匹だけだったのだが、遠吠えで仲間を呼ばれ、今や十二匹にまで増えている。嫌な想像だが、今もまだスノーウルフ(仮称)がこちらに向かっているのではないだろうか。そうだとすれば、まだまだ増える可能性もある。俺とミノ虫、ライガは、後退を続けながら囲まれないように襲いかかってくるスノーウルフ(仮称)を一匹ずつ倒していく。俺は一撃入れれば、毒で奴らは倒れてくれるのだが、ミノ虫とライガの方は、そうはいかない。一発の攻撃力は俺よりも上だが、致命的な攻撃にはならない。近くに来るアイスウルフ(仮称)に噛み付き、振り回して投げ捨てる。スノーウルフ(仮称)の肉は削ぎ落ちるが、倒すには至らない。
「く、クリスくん、『スキル』使っていいですかー?」
ライガの苦戦に、ミノ虫は居ても経ってもいられなくなったようだ。たしかに、このままでは数に押されてしまう。
「駄目だ、何とか切り抜けるから、我慢しろ」
「でも、ライガ辛そうですよーっ」
ライガは体中にスノーウルフ(仮称)の牙や爪が突き刺さり、血を流している。噛み付かれたというよりは、牙や爪が掠って傷になったものがほとんどだ。しかし、キツイことには変わりない。
「お前の『スキル』は最後だ、こんな雑魚に使うもんじゃねぇ」
「うぅ……でもー」
「でもじゃねぇ、帰り必要になっから、我慢しな!」
襲い来るスノーウルフ(仮称)に一太刀浴びせる。柄頭に装着した褐色の小瓶に入った毒は確実に少なくなっていた。
このままじゃジリ貧だな……。囲まれないように注意はすれども、体力や毒は確実に擦り減っている。遠くからは、また遠吠えが聞こえた。まだ増えるのか、と歯を食いしばる。何とか後退しながら攻撃をして、囲まれないようにしていたが、どうやら限界が来たようだ。後方から雪を掻き分けて迫ってくる音が聞こえる。
どうする、『スキル』を使って蹴散らすか?しかし、この先『ホワイトタイガー』と戦う時まで取っておきたいが、このままでは──そう思っていた矢先だった。予想よりも早くスノーウルフ(仮称)が後方に現れ、俺たちは囲まれてしまった。出し惜しみしている場合ではない。剣を構え、『スキル』を発動しようとした瞬間だった。
「──そこで止まれ」
静かな声が、周囲に響いた。その声が響いた瞬間、スノーウルフ(仮称)たちは動きを止め、その声に聞き入った。その声の発生源を見つめ、猛っていた呼吸を抑えた。
「──あたしたちの邪魔をするな、失せろ」
その声の主は、青黒い獣に跨り、まるで百獣を従える主のようなオーラを身に纏っていた。普段の暢気な口調からは想像も出来ない。これが、ミノ虫──霧雨 珠の力である。
『スキル:催眠術』──両目を真っ赤に染め、その視線に見つめられた人物、生物はその言動に操られ、刃向かうことができなくなる。力の差によっては、声のみでも操ることができる。この世界にはレベルや能力値というものが存在しない為、力の差は曖昧のものになるが、自信、態度、姿勢、そして『スキルの使用回数』などに左右される。人を操る能力の為、使用できる回数は少ないが、使用し続けることで使用できる回数は増加する。長時間使うと目が痛くなる。
その声を聞いたスノーウルフ(仮称)は、キャンキャンと情けない声で鳴きながら、山を登っていった。さっきまでの痺れるような緊張感は溶けていき、『風速十メートル』が吹き降りていった。
「ふぁー、怖かったですよー」
瞬間、ミノ虫のいつも通りの間抜けな声が、間抜けな言葉と共に流れた。ズッコケそうになるのを何とか踏みとどまる。
「クリスくーん、そこはズッコケないと笑いが起きないですよー」
「うるせーよ」
俺にジャパニーズコメディアンの心得があるとでも思っていたのか?
「とにかく、助かった」
剣を『持ち物』にしまうと、溜息と同時にそんな言葉が出た。すると、ミノ虫はライガから飛び降りると、とことこと俺の元にまで歩み寄り、顔を覗き込んできた。
「およ?ツンデレですかー?」
耳を塞ぎたくなるような鬱陶しい台詞が耳に届いてきた。せっかく労ってやったのに……。
「もう言わね」
「やたー!クリスくんがデレたー、デレたーっ」
「うるせーうるせーうるせー」
俺は耳を塞いで、先を歩いた。後ろからライガに乗ったミノ虫が「わーい」と万歳しながら付いてくるのを無視するのが非常に大変だった。
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小雪のチラつく雪道を歩き続け、俺たちは万年雪が作り上げた氷の洞窟にたどり着いた。以前に一度来たことがあった為、来れたわけだが、初めて来たときは非常に感動したものだった。か弱い太陽光に煌めく氷の結晶、そこから溶け出る水の雫も宝石のように光り輝く。その僅かな光を吸収し、蓄え、そして光を放つ苔。それによって、氷の洞窟の中は真っ暗ではなく、神聖な光に満ちていた。
「綺麗だねぇー」
ミノ虫もそう言うに留まり、後は黙って周囲を眺めていた。たしか、この光る苔も何かの薬になったはずだ。と思い、少しずつ採っていく。あまり取りすぎると暗闇になってしまうからな。
「さて、この先だな」
「来たことあるんですかー?」
道に迷わずここに来れたことを疑問に思ったミノ虫が隣に並んで言う。そう言えば、あの時はミノ虫と知り合っていなかった。
「あぁ、今回と同じで素材の調達にな」
「へぇ、その時は誰と来たんですかー?」
ミノ虫は遠慮なく俺に昔話をさせようとする。あまり思い出したくない類の話である上に、ミノ虫の知らない人が多い。少し掻い摘む程度でいいか。
「あぁ、あの時は『キム』と『ジェラード』が一緒だったかな」
「お、男三人でここに来たんですかー?」
瞬間、俺はミノ虫の頭を軽く叩く。スパァーンッッという小気味いい音が氷の洞窟内に響きわたった。
「他にも居たっつーの、まぁお前の知らねぇ奴だ」
「……女だ」
ミノ虫はジト目で俺を見る。それに俺は再度ミノ虫の頭を叩いた。スパァーンッッッという小気味いい音が氷の洞窟内に響きわたった。いい音のする叩き方は音の割に痛みが少ない。そのため、ミノ虫も動じない。
「そうだが、お前の反応は腹が立つな」
「うあーん!あたしという女がいながらーっ!」
「うるせーよ!」
神聖なオーラを放つ氷の洞窟にミノ虫に戯言が響く。非常に無粋だ。




