第三章 クリストフ・アルバー ⑨
『必要なもの
・冷凍キノコ できるだけ多く
・ホワイトスノーベリー たくさん
・冬山の小さな花 これも
・ホワイトタイガーの肝臓 鮮度のいい内に何個か
・スノーリーフの葉っぱ そこそこの量
よろしくね』
「──じゃねぇよ!」
俺はヤブ医者から無理やり渡された紙を握りつぶした。そのまま地面に投げ捨てたい衝動に駆られたが、これを捨てると何を採りに来たのか分からなくなりそうだったので何とか思い留まる。それにしても酷い内容だ。
「『できるだけ多く』とか『たくさん』とか『そこそこの量』とかじゃなくて数字書けっつの!何個採りゃいいか分かんねぇじゃねぇか」
医者のくせに文系脳なメモに頭を痛める。本当に冗談じゃない。採って帰ってきたはいいが、全然足りないって笑えないシチュエーションも考えられる。想像するだけでイライラする。ただでさえ──、
「暑いっての!離れろ!」
左腕にへばりつく『ミノ虫』の頭を右手で押し離す。しかし、その程度で離れるほどの奴ならば、ここまで頭を痛めたりしない。
「いーやーでーすーよー」
ぐいぐい、と押されているにも関わらず、その力を『ミノ虫』が風をゆらゆら揺れて受け流す様に、首を揺らしてやり過ごす。そんな暖簾に腕押しのようなパワーバランスのせいで右手には力が入らず、俺の二の腕はさながらまな板のようなミノ虫の胸に埋もれる羽目となっている。何も嬉しくない。ただでさえ雪のチラつく土地柄のせいで、道行く人々は皆厚手のダウンジャケットを羽織っているのだ。Gカップオーバーの超豊満なおバスト様をお持ちのレディであれば話は別だが、中学生レベルの女児の胸に埋もれたところで何を感じることもない。ただ単に暑いだけだ。
「別に逃ぎゃしねーから離れろ」
「違いますよー、雪のチラつく人気のない道を男女二人で歩くって言ったら『こう』じゃないですかー、もはや様式美ですよー」
「うぜーっつの!お前雪に夢見すぎだっての!さてはお前南国育ちだろ!」
「えへへー、京都の日本海側育ちですのでそうでもないですよー」
「知らねーっつの」
キョウトって言えば、日本の古きよき文化の象徴のような町だったはず。顔真っ白で、物腰柔らか、個性爆発のしっとり美人が多いイメージだった。
「それは市内のイメージですよー、あたしは福井よりなんでー」
「んなことまで知るか」
付き合ってられない。そして、何故人気のない道を歩いているのかと言うと、隣に獣が一匹並んでいるからである。ライガは俺の視線に気づくと、人懐っこい声で「ぎゃふ」と鳴くと大きな頭を擦り付けてきた。
「やめろ、二人(一人、一匹)揃ってくっつくな」
「へっへー、ライガもクリスくん好きだもんねー」
「ぎゅふ、ぎゃふ」
しかし、こんなに人懐っこくても、モンスターはモンスターだ。今はこんなでも、いつかは俺たちに牙を剥くかもしれない。そう考える町の人間は少なくない。だから、俺たちは人目を気にして、人気の少ない道を選んでいるのだ。毎度毎度『ミノ虫』は勘違いするのだが。
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そして、ジャレついてくる一人と一匹を連れて、プレハブの裏路地から抜け出ると、『サウスウエスト』の荒地に出た。栄養の足りていないパサパサな地面に『風速十メートル』が吹きつけ、砂煙が立ち昇る。その煙に「けほ」と小さくミノ虫は咳き込む。ここは町の上空にドラゴンやグリフィンが現れたときの戦場となるが、それ以外の使用方法ももちろんある。例えば、『新たな難民』を受け入れた時などは、ここを活用し、全員の検査などを行い、また衣服などの支給品を配ったりする。今日も『新たな難民』はここに集まっていた。
「よう、どんな感じだ?」
配給されたスープを難民たちが食べている一角で一人書類を作成しているキムに話しかける。顔を上げたキムは昨日の疲れと寝不足で酷い顔をしていた。
「事態は最悪だな」
持っていたペンを書類の上に放り出して、大きな溜息を吐いた。
「人数二十四名、男性十名、女性五名、十代の子供が八名、乳児一名。内男性二名を除いて全員が『雪山風邪』に罹っている。おそらく、乳児は助からない」
キムが視線を向けた先には、母親に抱かれた乳児が顔を真っ赤にしていた。もはや泣く体力もないのだろう。一生懸命に母親が抱いて声をかけて励ますが、症状は悪くなる一方だ。言い方が悪いかもしれないが、この世界に乳児は連れてくるべきではなかっただろう。『現実世界』でどんな理由があったにせよ、せめて五歳になるくらいまでは我慢すべきだ。
そうやって見られている事に気付いたのだろう、母親は乳児を抱いたまま、こちらへと走ってきた。
「ど、どうか、この子を助けてください!どうかっ」
「今、医者が急ぎ薬を作っています」
キムは事務的に返事をした。もはや、俺たちにはそうとしか言えない。
「い、いつになりますか!もう、この子は泣く力もないんです!」
「急ぐよう手配しています。どうか、落ち着いてください」
何を言っても事務的に返されてしまう現状に、母親は理性をすり減らし、興奮状態へと入っていった。
「さっきも!同じことを聞きました!でも、あなたはそこに座って書類を書いてるだけじゃないですかっ!」
「どうか落ち着いてください」
「落ち着いていられますかっ!」
母親の言葉は止まらない。自分の子供を想う事は美しい。しかし、今、キムに当たったところで現状は変わらない。この町には他にも多くの乳児がいる上に、『雪山風邪』の薬は貴重なのだ。『現実世界』の薬局のように、すぐに調合してできるものではない。
「お願いですから、この子を助けてくださいっ!書類なんか後でいいでしょう!」
キムに詰め寄る母親を遠くで見る他の人たち。彼らの目は遠くを見るようで冷たかった。「余計な事を言うなよ、その人を怒らせて、せっかく辿り着いた町を追い出されたらどうするつもりだ」と視線が物語る。しかし、母親は気付かない。いや、気付いても止まらないだろう。彼女を守り、落ち着かせ、頼るべき男性が傍にいない。彼女にはその子しか残っていないのだ。
「クリスくん……」
「あぁ、行くか」
キムの肩をポン、と叩き、俺とミノ虫はそこを離れる。キムにはキムの仕事がある。そして、俺には俺の仕事がある。俺は携帯を手に取り出すと、すぐに電話を掛けた。耳に押し当てると聞き飽きたおばちゃんの声がした。
「キャン、すぐに戻るから薬を作る準備はしておけよ」




